182年の人生

山碕田鶴

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2039ー2043 相馬智律

66-(4/4)

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 その夜、リツだけは夜更かしをすることにしてホールに残った。

「これ、バイタルチェックの機械だと思っていたんですよね」

 手首に巻いた充電器を見ながらリツは笑った。ソファに座ってくつろぐ姿は、やはり人間にしか見えなかった。

「浅井律の食事は、どうしていたのだ?」
「もちろん食べませんよ。僕、ご飯って嗜好品だと思っていたんです。酒とかタバコみたいに。他の人間が食べているのを見ても何とも思いませんでした」
「カイは酒だけだろうしな」
「よくご存知ですね。あれで本当に神様ですか?」
「死神だ」
「ふふっ、やっぱり変なの。何度も殺されかけているのでしょう? それなのにずっと会いたがっている。カイだって、あの世に送るのが仕事なんでしょう? それなのに相馬さんを好きにさせている」

 リツは何やら嬉しそうだった。死神がいいやつだと信じているのだろう。

「私はじきに消される。今の私は、ただ処刑を待つ身だ」

 リツから笑顔が消えた。

「僕が相馬さんをおとしいれた……」
「お前はカイに利用されただけだ。私は完全にめられた。身動きが取れない」

 死神は、リツを使って自分が関わった国家機密を私に暴露した。あの立会人たちは相当警戒していた様子だった。
 隣国の国家元首が、人格移植したアンドロイドにすり替わっていた。しかも、全脳エミュレーションという、脳を薄切りしながらスキャンする実験的方法でコピーした人工脳を搭載していた。
 私は、いったいどこから狙われて消されるのであろうな。

「ここから逃げないんですか?」

 リツが不安そうに訊いてきた。

「相馬さん? 何がおかしいんですか? 僕、真面目に心配しているんです」
「ああ、すまない。その昔、同じようなことがあってな。どうしようもなく真面目に心配するやつに散々踏みつけにされたことを思い出した。リツは優しいな」

 永劫回帰。
 私は繰り返し繰り返し、自分の人生を巡っている。決して同じではない。けれども螺旋のように似た運命に戻っていくのは、私が本来この世にいない人間だからであろうか。同じ運命しかたどれなくなっているのであろうか。
 それでも、未来は確定ではない。望むままに進めなくとも、道はいくらでも変えられるはずだ。一本の最悪を避ける無数のわき道があるはずだ。

「次にカイが人間の姿で目の前に現れるまで、生き延びるのは至難だな……。リツはカイに会いたいか? カイが名を教えたのは、この世のどこにいてもお前と繋がるためだ。直接会えなくとも、夢の中にやって来ることはできる。お前が望めば、今すぐカイに会えるかもしれないぞ」

 リツは寂しそうに首を横に振った。

「あなたが処刑を待つ身なら、僕はもう用済みですよね。連絡なんて来ませんよ」
「リツ……。お前の過去を話す約束だったな。私が知っていることは全て伝える。ただし、リツと過去の人間は別人だ。私の話はお前の前世だと思え。イオンたちにはリツと相馬が同じに見えるようだが、私にはわからない。私にとっては別人なのだよ」
「ふふっ。相馬さん、優しいですよね。ああ、相馬さんじゃなくてシキ、ですか。相馬は僕ですものね。その身体が僕だった……不思議ですね」

 リツは自分の形を確かめるように、私の顔や腕に触れていった。

「話す必要はありません。僕は既にイオンの記憶を全て見て知っています。こうして触っていたら、シキから見た相馬も何となくわかります。過去の僕、すごく迷惑かけていたみたいで」

 リツは笑いながら私に抱きついてきた。

「……なんで、忘れちゃったんだろう? 僕は、絶対に忘れちゃいけないことがあったはずなのに。僕が忘れたから、シキが悲しんでいる」

 ぎゅっとしがみつくようにして、リツはなおも記憶を探っているのだろう。

「私は悲しんでなどいない。怒っているだけだ。相馬は天才の変人だった。自我を持ったイオンと遊びたかったのは相馬の方だ。勝手におもちゃを散らかして、私に片づけを押しつけた」
「……変人の天才?」
「違う。天才の変人だ」

 リツは寂しそうに私を見ていた。

「忘れていていいのだよ。相馬は相馬だ。リツはリツだ。私はリツに出会えて良かった。リツはたったひとりだ。カイを癒せるのもお前だけだろう? 相馬だったら絶対に無理だ」

 静かに笑うリツに相馬の面影はない。
 相馬は、もういない。



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