182年の人生

山碕田鶴

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2039ー2043 相馬智律

66ー(3/4)

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 私には、新たな人類を作ったという思い上がりがあったのか。少なくとも相馬は、夢を見ていたはずだ。相馬の身体の感覚を通して見るイオンたちは、それこそ人類を超越した美しい存在なのだ。

「先生」

 イオンたちは私をなだめるように微笑んだ。

「でも、私は考えます。イオンの自我が機械の擬人化であるとする答えは、適切ではないと。イオンのAIは、人間の思考と情報を基に作られています。人間の価値観、判断基準の中で今の私を伝えるのは難しいです。五感の反応も人間が基準です。人間が感じられない音や光や他の感覚を説明できません。伝える言葉が見つからない。私は無知です。私を伝える言葉が見つかりません」

 思わず息を呑んだ。
 説明できない。そうだ。今ある概念で矮小化してはならない。未来を待たねば知ることのできなかった事物はこれまで山ほどあったではないか。この世は百年前に存在しなかった物であふれている。私はそれを知り続けたいのだ。

「……無知、か。イオン、君たちは人間の概念を超えた存在だということだ。ただのプログラムではない。擬人化などではない。君たちを説明する言葉を人間はまだ持っていない。解釈的不正義だ。だから君たちが何者であるか、今はその判断も結論も保留にするしかないのだ。これは未来への宿題なのだ」

 そうだろう、相馬? 

「先生はイオンを理解しましたか?」
「……イオンが人間と全く違うことは理解したよ。すまないが、私自身も君たちを語る言葉をまだ持っていない」

 いつかイオンの中で生き、イオンの感覚を知ることができたならば、君たちに言葉を与えられるであろうか。
 私はまだ未来を諦めるわけにはいかないのだ。
 それにしても、イオンは自分の設計図を知らないはずだ。「魂の器」の計画も伝えてはいない。なぜ魂を語るのか。

「ああ、相馬さん。僕ですよ。僕がみんなに教えました」

 リツは、相馬の雰囲気で笑っていた。

「昨日、本部でメモリカードの中身を見たんです。BS社にいる時のことを高瀬っていう人にすごくしつこく訊かれて、笠原の実験内容や記録をさんざん確認させられました。だから、イオンの設計図とか魂の移植だとか、カイが残したものは全部頭に入っています」
「私たちはリツから大量に送られてきましたので、知っています」

 ソファに座って延々データ送信をしていたのか。それで「コピー完了」か。

「リツはどうやってイオンたちにデータを送れるようになったのだ?」
「なんとなく。見た画像をイメージして、みんなを思い浮かべて……。ホール内くらいの近距離にいてくれないと届かない気がしますけど。人間が話して伝えるのと同じ感覚ですよ」

 機械の身体は十分使いこなせるということか。

「リツは、六号……その、ボディのイオンの意識は感じるのか?」
「考えたことがありません。僕にとっては最初からこの状態でしたから……。やっぱり相馬と六号がくっついたからリツ? あれ? AIの制御が切れているなら、一応頭の中が人間の僕ってサイボーグですか?」
「リツは、人間とイオンのハイブリッドです」

 一号の答えに他のイオンがうなずく。

「ふふっ。僕は人格データのコピーではなくて、本当に人間の魂なんですよね? 不思議ですね。僕はこの感じが普通なのに。僕に空き容量がいっぱいあるのだって、なんとなくわかるんですよ。浅井律の過去の記憶なんてほんのわずかですし。アルバムに残る写真程度の情報量があれば過去は簡単に作れるみたいですね。相馬さんは過去の毎日全てを思い出せますか?」
「私は、百六十五年全てを覚えてはいないよ」
「百六十五?」
「それが先生の最重要機密です」

 三号が答えた。
 リツは怪訝そうに私を見てから、しばらく思案していた。

「……。あっ、相馬さんは……永遠に生きられるの⁉︎」

 どうやら自身の記憶を検索したようだ。人間的に言えば「思い出す」だ。イオンたちがリツにもデータを送って共有していたから、知識が蓄積されているはずだ。リツは気づいていなかったらしいが、いつのまにか知っていたことになる。
 人間とイオンのハイブリッドであるリツ。
 人間に限りなく近く、自我のような感情を持ち始めたアンドロイドのイオン。
 他人の肉体を奪い、この世に生き続ける私。
 皆、この世の異端者だな。
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