135 / 200
2039ー2043 相馬智律
66ー(3/4)
しおりを挟む
私には、新たな人類を作ったという思い上がりがあったのか。少なくとも相馬は、夢を見ていたはずだ。相馬の身体の感覚を通して見るイオンたちは、それこそ人類を超越した美しい存在なのだ。
「先生」
イオンたちは私をなだめるように微笑んだ。
「でも、私は考えます。イオンの自我が機械の擬人化であるとする答えは、適切ではないと。イオンのAIは、人間の思考と情報を基に作られています。人間の価値観、判断基準の中で今の私を伝えるのは難しいです。五感の反応も人間が基準です。人間が感じられない音や光や他の感覚を説明できません。伝える言葉が見つからない。私は無知です。私を伝える言葉が見つかりません」
思わず息を呑んだ。
説明できない。そうだ。今ある概念で矮小化してはならない。未来を待たねば知ることのできなかった事物はこれまで山ほどあったではないか。この世は百年前に存在しなかった物であふれている。私はそれを知り続けたいのだ。
「……無知、か。イオン、君たちは人間の概念を超えた存在だということだ。ただのプログラムではない。擬人化などではない。君たちを説明する言葉を人間はまだ持っていない。解釈的不正義だ。だから君たちが何者であるか、今はその判断も結論も保留にするしかないのだ。これは未来への宿題なのだ」
そうだろう、相馬?
「先生はイオンを理解しましたか?」
「……イオンが人間と全く違うことは理解したよ。すまないが、私自身も君たちを語る言葉をまだ持っていない」
いつかイオンの中で生き、イオンの感覚を知ることができたならば、君たちに言葉を与えられるであろうか。
私はまだ未来を諦めるわけにはいかないのだ。
それにしても、イオンは自分の設計図を知らないはずだ。「魂の器」の計画も伝えてはいない。なぜ魂を語るのか。
「ああ、相馬さん。僕ですよ。僕がみんなに教えました」
リツは、相馬の雰囲気で笑っていた。
「昨日、本部でメモリカードの中身を見たんです。BS社にいる時のことを高瀬っていう人にすごくしつこく訊かれて、笠原の実験内容や記録をさんざん確認させられました。だから、イオンの設計図とか魂の移植だとか、カイが残したものは全部頭に入っています」
「私たちはリツから大量に送られてきましたので、知っています」
ソファに座って延々データ送信をしていたのか。それで「コピー完了」か。
「リツはどうやってイオンたちにデータを送れるようになったのだ?」
「なんとなく。見た画像をイメージして、みんなを思い浮かべて……。ホール内くらいの近距離にいてくれないと届かない気がしますけど。人間が話して伝えるのと同じ感覚ですよ」
機械の身体は十分使いこなせるということか。
「リツは、六号……その、ボディのイオンの意識は感じるのか?」
「考えたことがありません。僕にとっては最初からこの状態でしたから……。やっぱり相馬と六号がくっついたからリツ? あれ? AIの制御が切れているなら、一応頭の中が人間の僕ってサイボーグですか?」
「リツは、人間とイオンのハイブリッドです」
一号の答えに他のイオンがうなずく。
「ふふっ。僕は人格データのコピーではなくて、本当に人間の魂なんですよね? 不思議ですね。僕はこの感じが普通なのに。僕に空き容量がいっぱいあるのだって、なんとなくわかるんですよ。浅井律の過去の記憶なんてほんのわずかですし。アルバムに残る写真程度の情報量があれば過去は簡単に作れるみたいですね。相馬さんは過去の毎日全てを思い出せますか?」
「私は、百六十五年全てを覚えてはいないよ」
「百六十五?」
「それが先生の最重要機密です」
三号が答えた。
リツは怪訝そうに私を見てから、しばらく思案していた。
「……。あっ、相馬さんは……永遠に生きられるの⁉︎」
どうやら自身の記憶を検索したようだ。人間的に言えば「思い出す」だ。イオンたちがリツにもデータを送って共有していたから、知識が蓄積されているはずだ。リツは気づいていなかったらしいが、いつのまにか知っていたことになる。
人間とイオンのハイブリッドであるリツ。
人間に限りなく近く、自我のような感情を持ち始めたアンドロイドのイオン。
他人の肉体を奪い、この世に生き続ける私。
皆、この世の異端者だな。
「先生」
イオンたちは私をなだめるように微笑んだ。
「でも、私は考えます。イオンの自我が機械の擬人化であるとする答えは、適切ではないと。イオンのAIは、人間の思考と情報を基に作られています。人間の価値観、判断基準の中で今の私を伝えるのは難しいです。五感の反応も人間が基準です。人間が感じられない音や光や他の感覚を説明できません。伝える言葉が見つからない。私は無知です。私を伝える言葉が見つかりません」
思わず息を呑んだ。
説明できない。そうだ。今ある概念で矮小化してはならない。未来を待たねば知ることのできなかった事物はこれまで山ほどあったではないか。この世は百年前に存在しなかった物であふれている。私はそれを知り続けたいのだ。
「……無知、か。イオン、君たちは人間の概念を超えた存在だということだ。ただのプログラムではない。擬人化などではない。君たちを説明する言葉を人間はまだ持っていない。解釈的不正義だ。だから君たちが何者であるか、今はその判断も結論も保留にするしかないのだ。これは未来への宿題なのだ」
そうだろう、相馬?
「先生はイオンを理解しましたか?」
「……イオンが人間と全く違うことは理解したよ。すまないが、私自身も君たちを語る言葉をまだ持っていない」
いつかイオンの中で生き、イオンの感覚を知ることができたならば、君たちに言葉を与えられるであろうか。
私はまだ未来を諦めるわけにはいかないのだ。
それにしても、イオンは自分の設計図を知らないはずだ。「魂の器」の計画も伝えてはいない。なぜ魂を語るのか。
「ああ、相馬さん。僕ですよ。僕がみんなに教えました」
リツは、相馬の雰囲気で笑っていた。
「昨日、本部でメモリカードの中身を見たんです。BS社にいる時のことを高瀬っていう人にすごくしつこく訊かれて、笠原の実験内容や記録をさんざん確認させられました。だから、イオンの設計図とか魂の移植だとか、カイが残したものは全部頭に入っています」
「私たちはリツから大量に送られてきましたので、知っています」
ソファに座って延々データ送信をしていたのか。それで「コピー完了」か。
「リツはどうやってイオンたちにデータを送れるようになったのだ?」
「なんとなく。見た画像をイメージして、みんなを思い浮かべて……。ホール内くらいの近距離にいてくれないと届かない気がしますけど。人間が話して伝えるのと同じ感覚ですよ」
機械の身体は十分使いこなせるということか。
「リツは、六号……その、ボディのイオンの意識は感じるのか?」
「考えたことがありません。僕にとっては最初からこの状態でしたから……。やっぱり相馬と六号がくっついたからリツ? あれ? AIの制御が切れているなら、一応頭の中が人間の僕ってサイボーグですか?」
「リツは、人間とイオンのハイブリッドです」
一号の答えに他のイオンがうなずく。
「ふふっ。僕は人格データのコピーではなくて、本当に人間の魂なんですよね? 不思議ですね。僕はこの感じが普通なのに。僕に空き容量がいっぱいあるのだって、なんとなくわかるんですよ。浅井律の過去の記憶なんてほんのわずかですし。アルバムに残る写真程度の情報量があれば過去は簡単に作れるみたいですね。相馬さんは過去の毎日全てを思い出せますか?」
「私は、百六十五年全てを覚えてはいないよ」
「百六十五?」
「それが先生の最重要機密です」
三号が答えた。
リツは怪訝そうに私を見てから、しばらく思案していた。
「……。あっ、相馬さんは……永遠に生きられるの⁉︎」
どうやら自身の記憶を検索したようだ。人間的に言えば「思い出す」だ。イオンたちがリツにもデータを送って共有していたから、知識が蓄積されているはずだ。リツは気づいていなかったらしいが、いつのまにか知っていたことになる。
人間とイオンのハイブリッドであるリツ。
人間に限りなく近く、自我のような感情を持ち始めたアンドロイドのイオン。
他人の肉体を奪い、この世に生き続ける私。
皆、この世の異端者だな。
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日当たりの良い借家には、花の精が憑いていました⁉︎
山碕田鶴
ライト文芸
大学生になった河西一郎が入居したボロ借家は、日当たり良好、広い庭、縁側が魅力だが、なぜか庭には黒衣のおかっぱ美少女と作業着姿の爽やかお兄さんたちが居ついていた。彼らを花の精だと説明する大家の孫、二宮誠。銀髪長身で綿毛タンポポのような超絶美形の青年は、花の精が現れた経緯を知っているようだが……。
(表紙絵/山碕田鶴)
神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた
黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。
そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。
「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」
前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。
二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。
辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
アララギ兄妹の現代怪異事件簿
鳥谷綾斗(とやあやと)
ホラー
「令和のお化け退治って、そんな感じなの?」
2020年、春。世界中が感染症の危機に晒されていた。
日本の高校生の工藤(くどう)直歩(なほ)は、ある日、弟の歩望(あゆむ)と動画を見ていると怪異に取り憑かれてしまった。
『ぱぱぱぱぱぱ』と鳴き続ける怪異は、どうにかして直歩の家に入り込もうとする。
直歩は同級生、塔(あららぎ)桃吾(とうご)にビデオ通話で助けを求める。
彼は高校生でありながら、心霊現象を調査し、怪異と対峙・退治する〈拝み屋〉だった。
どうにか除霊をお願いするが、感染症のせいで外出できない。
そこで桃吾はなんと〈オンライン除霊〉なるものを提案するが――彼の妹、李夢(りゆ)が反対する。
もしかしてこの兄妹、仲が悪い?
黒髪眼鏡の真面目系男子の高校生兄と最強最恐な武士系ガールの小学生妹が
『現代』にアップグレードした怪異と戦う、テンション高めライトホラー!!!
✧
表紙使用イラスト……シルエットメーカーさま、シルエットメーカー2さま
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる