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2043ー2057 高瀬邦彦
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「いいか、高瀬。じっとしていろよ。何も考えるな。私が広がっていくのをただ肉体で感じろ」
「……自分の口であなたの言葉を聞くのは気味が悪いな」
「だから考えるな。まだ首から上しか繋げていない」
高瀬の自宅ベッドで、私は今まさに高瀬と繋がろうとしていた。
研究施設から本社近くにある高瀬のマンションに戻って来たのは数日前のことだ。
帰りの車中で高瀬からリアルアバターの国外仕様品開発を手伝うよう言われ、さっそく協力することになった。
魂と他人の肉体が繋がる感触をリアルアバターで再現する。そのための詳細を記録して残すには、高瀬を介さず高瀬の身体を借りて私が直接データ入力した方が早い。
それで高瀬が目を覚ました状態のまま、高瀬の身体の感覚を一時的に私も共有しようというのだ。高瀬を肉体から完全に剥離することはしないしできないが、私を優先して割り込ませることは可能だ。
私もやるのは初めてだ。高瀬が希望するから気持ち悪いのを覚悟で試みている。
高瀬は自分でも繋がる感触を確かめたいらしいが、これだと高瀬はアバター側の立場だな。
「ゆっくりと私は延びていく。脊髄から末端へ神経が広がるように、内からお前を押し広げて侵食し、絡まり、浸みていく……」
背筋にぞくりと熱い感覚が走る。高瀬が感じれば、私も感じる。
侵食する側とされる側を同時に感じる奇妙な感覚に酔いそうだった。
「……うくっ……はっ。あ、ぐあっ……」
「おい高瀬、変な声を出すな」
「出していないっ、あっ」
着ぐるみに身を包むような感触といえば近いだろうか。神経の全てを張り巡らせ高瀬の肉体を動かせるようになった頃、高瀬は放心状態で生きる屍となっていた。
「しばらく借りる。ゆっくり休んでいろ」
ベッドから起き上がった私は、書斎へ向かった。久々に外界を直接感じることができた喜びで自然と笑みがこぼれるが、やけにぎこちない。
こいつは作り笑いしかしたことがないのか? 笑う喜びを知らないこの肉体が哀れだ。
さて。
他人の肉体を乗っ取る感覚をどう説明すればいいのか。
アンドロイドを動かすプログラムならわかるが、人間の脳の生理学は門外漢だ。ひと通り勉強した記憶はあるが、実際の脳は見たことがない。アンドロイドと格闘し続けてきたせいか、機械のボディならば図解できる気はする。私は肉体に繋がる感触を主観で詳細に表現し、記録していった。
同時に、AI搭載のイオンを「魂の器」として手動運転に切り替える際の手法も全て開示した。リアルアバターとの神経接続で参考になるはずだ。
「魂の器」について記録したのは初めてだった。システム自体をブラックボックス化して公表しなかったから、高瀬が研究施設での残務処理でまとめた報告には入っていない。こうして記録に残すことで、イオンの開発が完全に終わったことを実感する。
あれは私の子だ。名もなくどこにも存在しない私の生きた証だ。
そのイオンたちも私と同様、今はこの世に存在しないことになっている。ただの偶然か。死んだはずの吉澤識がこの世に関わることの因果か。
まあ、大した問題ではなかろう。私を知る人間も私の知る人間も、誰もが二百年を待たずにこの世から消えてなくなるのだから。
「おい高瀬、生きているか?」
気配の全くなくなった高瀬を呼ぶと、身体の内側からかすかに返事が聞こえたような気がした。
いつもと立場が逆だ。自分の内にもう一人いるというのは、気持ちのいいものではないな。
「全て終わった。不足があれば、あとはその都度お前に説明すれば済むだろう。これから離脱する」
今度はきっと高瀬が自分の肉体と繋がる感覚を味わえるはずだ。
侵食したのとは逆に、末端から少しずつ高瀬の肉体を離れていく。私は再び現実から遠くなり、全身に高瀬が戻っていく。
このまま高瀬の肉体を乗っ取り魂を追い出せば、外の世界を直接感じていられるのだな。いや、魂を追い出さずとも高瀬を意識の内に封じ込めておけるのではないか?
誘惑がわずかに頭をかすめる。
「ふう……」
肉体を取り戻した高瀬の吐息が熱い。
先ほどの暴力的な剥離の刺激とは違い、静かに満ちる快感に包まれたに違いない。安堵の気配に私までがほっとする。
私は高瀬に素直に肉体を返した。
私は高瀬にはなりたくない。
単純にそう思った。
きっとただの好みの問題だ。高瀬は湿度が高過ぎる。
「……自分の口であなたの言葉を聞くのは気味が悪いな」
「だから考えるな。まだ首から上しか繋げていない」
高瀬の自宅ベッドで、私は今まさに高瀬と繋がろうとしていた。
研究施設から本社近くにある高瀬のマンションに戻って来たのは数日前のことだ。
帰りの車中で高瀬からリアルアバターの国外仕様品開発を手伝うよう言われ、さっそく協力することになった。
魂と他人の肉体が繋がる感触をリアルアバターで再現する。そのための詳細を記録して残すには、高瀬を介さず高瀬の身体を借りて私が直接データ入力した方が早い。
それで高瀬が目を覚ました状態のまま、高瀬の身体の感覚を一時的に私も共有しようというのだ。高瀬を肉体から完全に剥離することはしないしできないが、私を優先して割り込ませることは可能だ。
私もやるのは初めてだ。高瀬が希望するから気持ち悪いのを覚悟で試みている。
高瀬は自分でも繋がる感触を確かめたいらしいが、これだと高瀬はアバター側の立場だな。
「ゆっくりと私は延びていく。脊髄から末端へ神経が広がるように、内からお前を押し広げて侵食し、絡まり、浸みていく……」
背筋にぞくりと熱い感覚が走る。高瀬が感じれば、私も感じる。
侵食する側とされる側を同時に感じる奇妙な感覚に酔いそうだった。
「……うくっ……はっ。あ、ぐあっ……」
「おい高瀬、変な声を出すな」
「出していないっ、あっ」
着ぐるみに身を包むような感触といえば近いだろうか。神経の全てを張り巡らせ高瀬の肉体を動かせるようになった頃、高瀬は放心状態で生きる屍となっていた。
「しばらく借りる。ゆっくり休んでいろ」
ベッドから起き上がった私は、書斎へ向かった。久々に外界を直接感じることができた喜びで自然と笑みがこぼれるが、やけにぎこちない。
こいつは作り笑いしかしたことがないのか? 笑う喜びを知らないこの肉体が哀れだ。
さて。
他人の肉体を乗っ取る感覚をどう説明すればいいのか。
アンドロイドを動かすプログラムならわかるが、人間の脳の生理学は門外漢だ。ひと通り勉強した記憶はあるが、実際の脳は見たことがない。アンドロイドと格闘し続けてきたせいか、機械のボディならば図解できる気はする。私は肉体に繋がる感触を主観で詳細に表現し、記録していった。
同時に、AI搭載のイオンを「魂の器」として手動運転に切り替える際の手法も全て開示した。リアルアバターとの神経接続で参考になるはずだ。
「魂の器」について記録したのは初めてだった。システム自体をブラックボックス化して公表しなかったから、高瀬が研究施設での残務処理でまとめた報告には入っていない。こうして記録に残すことで、イオンの開発が完全に終わったことを実感する。
あれは私の子だ。名もなくどこにも存在しない私の生きた証だ。
そのイオンたちも私と同様、今はこの世に存在しないことになっている。ただの偶然か。死んだはずの吉澤識がこの世に関わることの因果か。
まあ、大した問題ではなかろう。私を知る人間も私の知る人間も、誰もが二百年を待たずにこの世から消えてなくなるのだから。
「おい高瀬、生きているか?」
気配の全くなくなった高瀬を呼ぶと、身体の内側からかすかに返事が聞こえたような気がした。
いつもと立場が逆だ。自分の内にもう一人いるというのは、気持ちのいいものではないな。
「全て終わった。不足があれば、あとはその都度お前に説明すれば済むだろう。これから離脱する」
今度はきっと高瀬が自分の肉体と繋がる感覚を味わえるはずだ。
侵食したのとは逆に、末端から少しずつ高瀬の肉体を離れていく。私は再び現実から遠くなり、全身に高瀬が戻っていく。
このまま高瀬の肉体を乗っ取り魂を追い出せば、外の世界を直接感じていられるのだな。いや、魂を追い出さずとも高瀬を意識の内に封じ込めておけるのではないか?
誘惑がわずかに頭をかすめる。
「ふう……」
肉体を取り戻した高瀬の吐息が熱い。
先ほどの暴力的な剥離の刺激とは違い、静かに満ちる快感に包まれたに違いない。安堵の気配に私までがほっとする。
私は高瀬に素直に肉体を返した。
私は高瀬にはなりたくない。
単純にそう思った。
きっとただの好みの問題だ。高瀬は湿度が高過ぎる。
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