182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

87-(2/2)

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 すっかり常態に戻っても、高瀬はベッドに伏したままだった。
 快感の余韻と肉体に包まれる安心感が私にも伝わってくる。

「普段何も考えずに身体を動かしていたことがよくわかった。一度肉体の感覚から離れてみると、この肉体が自分のものだと実感するな。離れて初めて『戻りたい』という強い欲求に駆られるのか。他人の肉体を求める以上の、根源的欲求だ……」

 そうだな。リアルアバターに対しても、同じ欲求を持つのだろうな。
 私も高瀬もそれ以上は言わなかった。私たちには同じ未来が見えていた。
 高瀬は気遣いのつもりなのか、さりげなく話題を変えた。

「これなら、自分の肉体が変われば別人になった気がするな。いや、元の自分は基本的に同じだが、別の人生を生きられる気がする。逆に肉体が同じであれば、中身がすり替わっても気づかれないだろう。何度も入れ替わったら混乱しそうだ。シキはそれでよく自分が保てるな」

 素直に感心するのはいいが、その話でいいのか? 私はお前の大切な相馬にすり替わった張本人だぞ。
 直接言葉では伝えなかったが、雰囲気は察したらしい。私の身勝手な不機嫌に反応して、高瀬はさらに話題を変えた。

「そういえば最近のアンドロイドは大正レトロがトレンドらしい。百三十年記念か? 懐古趣味の店が流行りで、接客用アンドロイドもそれ風の受注が増えた」

 それ風の受注とはなんだ? 服装や髪型でどうにかならないのか?

「当時の人間をタイムマシンで連れて来たかのような設定がいいらしい。よりリアルになるだろう? 当時の人は今よりもだいぶ小柄で顔つきも違う。どちらかといえばBS社の得意分野だが、体型も顔立ちも雰囲気も昔風の……ああ、そうだった」

 高瀬は何かを思い出したらしく、起き上がってタブレットに一枚の写真を映し出した。白黒写真だ。雑誌の特集記事に掲載されたものらしい。

「これはあなたか? 企画部の添付資料にあった」

 端整な顔立ちの青年が背広姿で微笑んでいる。背景の建物には「吉澤外海そとうみ組」の看板がはっきりと写っていた。
 穏やかで知的な雰囲気の美貌が当時話題になったと注釈がついているから、昔の婦人雑誌から転載引用したのだろう。

「大正モデルはこんなのが良かろうと職員たちが話していた」

 ……ああ、懐かしいな。弟だ。

「弟?」

 私が御者ぎょしゃと無理心中した騒動で、詰めかけた記者の対応をした弟のけいが評判になってな。後に婦人雑誌で取り上げられた時のものだろう。

「それは……」

 私とはあまり似ていない。経の方が男前で誠実そうだろう? 私は自慢の弟を無条件に信頼し、溺愛していたのだ。今改めて見ても可愛いな。お前もそう思わないか?
 私の死因を知る高瀬は返事に困ったようだ。

「……あなたの写真も探せば出てくるか? 貿易商の御曹司なら、個人的に写真も撮れたのではないか?」

 ない。醜聞艶聞だらけの道楽息子だぞ? 吉澤一族の恥だ。撮るわけがなかろう。
 高瀬はすまなそうにタブレットの写真を閉じた。意識を完全に外に向け、私が使わせてもらっていた書斎を黙って片づけ始める。
 おい、なんだ? お前が気にやむことではないだろう。私の事情などお前に関係ない。それに、大昔の話だ。

「そう、だな」

 高瀬はそれだけ言うと、また意識を外に向けた。
 放置された気分だ。
 父は、恥さらしだと理由をつけて私の写真は一枚も撮らせなかった。どこでも誰にでもそう言って断った。
 私が第二部に所属していたからだ。
 父が最も気にしたのは、私が諜報活動支援に従事するために渡った大陸で容姿が特定されないようにすることだった。写真がないのは、身の安全を考慮した判断だったというのが真相だ。
 私はずっと父に護られてきた。
 私にも良い思い出くらいある。
 まあ、全て昔話だ。



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