182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

88-(1/4)

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 リアルアバターは瞬く間に全世界に普及した。現実世界自体がテーマパークにでもなったかのような斬新さが支持されて、NH社の思惑以上に世界的大流行を巻き起こしていた。
 利用者は年齢に関係なく増加しており、当初想定された医療、福祉、ゲーム目的以外にファッション感覚で取り入れた者も多くいた。リースや特注限定モデルなど販売形態に柔軟性を持たせ、初心者コースを安価に試せることもあって顧客の裾野を広げたといえる。
 私には、かつてのフラフープや一輪車やインベーダーゲーム等の大流行を思い起こさせるが、今の人間は誰もそんなものは知らない。歴史クイズ研究会で遊んでいたという高瀬すら、わざわざ検索して「なるほど」とつぶやいたくらいだ。
 にぎやかで明るい話題に溢れるなか、依存や中毒については今のところ取り沙汰されていない。
 各国の指導者たちがその毒に気づくのはまだ先だろう。
 売り上げの拡大に沸くNH社では、リアルアバターの功績により異例の出世を果たした高瀬副社長の話題でもちきりだった。

「なあ、これから役員会議だろう? こんなところで油を売っていていいのか?」
「こんなところとは失礼だな。私の意識の中だ」

 高瀬は副社長室のソファに背を預けて仮眠を取っていた。忙しさは以前と何ら変わらない。
 高瀬が狙撃されたのは十年近く前のことだ。私はそれだけの時間を高瀬と共に生きたことになる。
 真面目に療養もしないまま働き続けたわりに元気そうではあるが、たぶん本人が不調に気づいていないだけだろう。ストレスも相当のようだが、何があろうと動じない副社長はおくびにも出さず、内に溜め込んでは私で発散していた。
 よって私は相変わらず高瀬にエネルギーを奪われ続けている。今も、わずかな隙間時間に起き上がれないほど酷くされ、高瀬に抱きかかえられたまま悪態をついていた。

「お前、次期はとうとう社長か? NH社はかなりヤバイのか?」
「まだどこもリアルアバターの中毒性に言及はしていない。ただ、海外でゲーム依存を騒ぐ団体がリアルアバターを問題にし始めている。国内は、問題ない。医師会もマスコミも国の管轄だ。外国の競合企業とは弁護士を通じて常に連絡を取り合っているから状況は把握しているが、外野の政治家が急に絡むこともあるから不透明だな」

 NH社は、他国からの見えない侵略に対する反転攻勢が失敗した場合に備えている。

「本当に会社が危なくなったらお前が社長就任か。それで引責辞任する大事なお役目を任されるのだろう? ああ、減俸とかもあるのか? 寂しいオヒトリサマは金が心の友だぞ。大丈夫か?」
「勝手に話を進めるな。私がリアルアバターの全責任者なのだから副社長のままでも引責辞任はできる。社長が辞任したら社のダメージが大き過ぎるだろう?」
「結局お前の引責辞任は既定路線だ。お前一人が全て被る。初めからそのつもりだったか。そこまでがリアルアバターの計画か」
「最悪の事態を想定しているだけだ」

 リアルアバターが実用化された後も、NH社の技術は世界トップレベルのまま他企業の追随を許さない独占先行で事業を展開している。
 NH社を敵視する勢力から技術で追われるだけでなく、NH社の訴訟や欠陥品などあらゆるスキャンダルを狙われている。
 高瀬の出世は会社の保険だ。
 軍産複合体としてこの国の軍事力を陰で支えるNH社は、何があろうと傾くわけにはいかない。問題が起きれば高瀬の辞任あるいは解雇で幕引きを図る筋書きができている。
 高瀬は常に最前線にいるから、たとえ市場競争に勝っても明るい未来が来ないことはわかっている。たとえ自分が引責辞任しても、もはや中毒患者が蔓延する事態が好転しないことを承知している。
 出世に喜びも感動もなく、社畜らしく淡々と働いていた。

「お前ひとりが相変わらず冴えない顔だな。表部門は、社会や人間に求められるモノを作ったと純粋に喜んでいる。裏部門は、プロジェクトが順調に推移していることに安堵している」

 表部門がリアルアバター製作によってアンドロイドを進化させ、社会貢献したのは確かだ。
 二千三十年代に完成した光通信技術の利用は、リアルアバターのような双方向性情報の遅滞ない通信を可能にした。同時期に完全実用化された全樹脂電池もリアルアバターで採用されており、バッテリー分の重量を大幅削減したことでアバターが軽量化され、一般家庭でも扱いやすくなっていた。電池構造をアンドロイドの内蔵部品表面に印刷する技術が確立するなど、イオン開発時には考えられなかったことだ。

「私も喜んでいるさ。これで、よりマシな世界が維持できる」

 喜んでいるなら、もっと嬉しそうにしたらどうだ?

 コンコン。

 ドアのノックと共に会議の時間を知らせる呼びかけが外から聞こえた。

「仕事が終わったら、歩いて帰ろう」
「デートの誘いか?」
「そうだ」

 高瀬……。そう呼びかける前に目覚めて意識を外に向けた高瀬は、私を放置して会議の準備を始めた。
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