182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

88-(2/4)

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 社長以下、執行部が居並ぶ会議室には、国会議員も照陽グルーブの重役も臨席している。例のロボフレの官僚、黒岩の姿もあった。会議の内容は、どうせ後で高瀬の愚痴から知ることになるだろう。
 私は高瀬の意識の内側に留まり、外界と接触することなく床に伏していた。
 明るいだけの天井が私の空だ。窓もなく、一面何もなく、意識した瞬間に壁が立ちはだかる。
 よく見ればそこここに開かない倉庫が置かれている。高瀬が仕事で関わる企画が一段落するたび、封印した記憶の数だけ倉庫が増えていく。
 私の周りは全て高瀬だ。
 私が静かな監獄の中で自分を保っていられるのは、皮肉にも高瀬の酷い扱いのおかげだろう。
 高瀬に酷くされるたび、自分の魂の輪郭を確かめられ、私の記憶する五感を呼び覚まされ、傷痕として自他の境を刻まれる。
 高瀬に不本意ながら取り憑いてすぐの頃は、自分がぼんやりとにじんでいくのを日々感じていた。高瀬にエネルギーを奪われ続け、イオンと再会できてもここから抜け出せなかったことに憔悴する私を救ったのは、あの死神だ。
 私をあの世へ誘う死神がなぜ私にエネルギーを与えるのかはわからない。
 思えば私は、死神に魂を救われ続けてきた。未来に向かう力を与えられ続けてきた。
 「魂の器」になるはずのイオンは現在も照陽の管理下にあり、私の接触を阻む。
 私はこうして仕方なく高瀬に寄生したまま出られずにいるが、再びこの世に出て行くことを諦めてはいない。

 なぜ?

 自問の声に明確な答えはない。
 世界は変わり続ける。今日に繋がる明日が見たい。この世の当事者として、自分が存在するこの世を見続けたい。
 知りたい。
 強い衝動。ただそれだけだ。

 カイ……。

 私は不法滞在者であることをやめる気はない。たとえこのまま高瀬から出られなくとも、それでもこの世に在り続けたい。

「そうか。お前はそこまでこの世に執着するか」

 突然、声が聞こえた。

「 ……カイ、なのか?」

 高瀬の意識の中に黒い闇が広がる。刺すような冷えた感覚がぞくりと背中に走った。

「カイ……」

 人の形の闇が、私に笑いかける。暗い影が私の周囲を舞う。
 とっさに意識の空間を見回した。高瀬を死神に接触させてはならない。

「案ずるな。俺はこの人間に用はない。お前にだけ語りかけている」

 死神は高瀬に関心がない様子だった。

「お前は相変わらずだな。俺を挑発するために、わざと名を呼んだのか? それほど俺に会いたかったか。ここの暮らしは退屈であろう。刺激が欲しいのか?」

 からかうような口調が優しく私に絡みつく。

「呼ばれて飛んできたのか? 毎度ご苦労だな。私はお前など望んでいない」
「そうか? それは残念だ。シキ、お前を説得できずいまだあの世へ帰してやれない俺の責任だが、このままその美しさを失わせるのは偲びない」
「私の魂は色褪せてしまったか?」
「いいや。こんな窮屈なところに閉じ込められていながら、よくも輝けるものだと感心している。だから、なおさら残念だ」

 私をいとおしむように撫でる影からは、消えゆくものへの憐れみさえ感じられた。

「カイ、お前が悲しむ必要はない。私はこの先も輝き続ける。私の魂は朽ちることなく、この世に在り続ける」
「お前がどうしてもこの世を生ききるというのであれば好きにしろ。ただし、終焉しゅうえんに向かっていることを忘れるなよ。魂が朽ちるのは一瞬だぞ」
「終焉……?」

 それは私の内にくすぶる予感だ。心のどこかで日々大きくなっていく不穏な影を死神はすくい取り、私の不安をあおっているのか。
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