182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

88-(3/4)

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「私が消え去るというのか?」
「俺は予言者ではない。それはお前次第だ。お前のように他人の肉体を奪い、あるいは『魂の器』に収まれば、この世に在り続けることは確かに可能だろう。だが、この世で永遠に生きることはそもそも想定されていない」
「私は未来を諦めていない。私には生き続ける力がある。システムの不具合だろうがエラーだろうが、私に与えられた力だ。永遠を夢見て何が悪い?」
「いいか、シキ。この世は魂の娯楽だ。魂がひと時の刺激を得るための装置だ。楽しく遊んで帰るだけだが、そのほとんどを人間は苦しみと捉えている。だから百年もあれば十分だろう。長く居続けるのは毒でしかない。強過ぎる刺激に魂を疲弊させ、やがて麻痺して何も感じなくなる。この世は長居するためにできてはいない。死後百年さまよって消え去る以前に、百年も生きれば十分消耗してしまうのだ」
「私は既に元の肉体の寿命を超えているが、まだここに存在するぞ。魂も輝いているのだろう?」
「お前はどこまで生きる気だ? 百年の命から見れば千年は永遠だ。だが、千年を生きれば一万年の先にも未来があることを知るだろう。お前がどこまで生きようと、永遠を生きた気にはならない。どうせ満足はしない。先を見るほどにさらに未来が欲しくなる。だが、お前の魂はそこまで持たないぞ。一日を一年を、この世で欠けることなく重ねた先にあるのはお前の魂の終焉だ。お前はそこまでしても満足できないか?」
「……ならばお前はなぜ私を満たす? これまでに何度も……意識の中に現れて、魂の輝きを失っていたであろう私を満たしたではないか。私を狩るのがお前の仕事ではなかったのか? 放っておけば、私はこの世を諦めるかもしれないぞ。なぜ光のエネルギーを私に与える?」
「お前が勝手に奪い取っただけだ」

 そう言いながら死神の影は私を包み、理屈も道理も通らない言いがかりさえ無視して闇の内の輝く光に私を浸した。
 死神の距離は冬の太陽のように遠い。私を決して満足させてはくれない。私は自ら輝きに手を伸ばし、さらなる刺激を引き寄せた。
 魂が焼ける痛みと快感が欲しい。生きている実感が欲しい。
 死神のもたらす強い刺激が私をますます依存させていく。お前はなぜ奪い取る私を好きにさせるのか。

「私は消耗しているか? 高瀬にエネルギーを奪われて弱っているのは確かだが、まだ十分にこの世を生きられるはずだ。私はまだこの世を見続けたい。その意思と意欲がある。魂が朽ちて崩れゆく人間がそんなことを考えるか?」
「シキ、お前はシステムの不具合だ。俺はお前のような不具合を他に知らない。お前がこの世に居続けたらどうなるのか、俺は知らない」
「お前の仕事がこの世の維持管理ならば、私よりもこの世を心配すればいい。私が居続けたらこの世はどうなる? 本来なら存在しないはずの私が、この世を歪ませることにはならないのか?」
「お前ひとりでこの世がどうにかなるわけがなかろう。不具合ひとつで壊れるほどこの世は単純ではない」

 死神はかすかに笑った。私の無知と小ささを笑ったのだろう。

「私は長くこの世に在り続けたことで、アンドロイド、イオンを作った。イオンは私が存在した証だ。吉澤識として死んだままならイオンはいなかった。イオン技術は世界に影響も与えた。私が生き続けたことで世界が変わり、それが例えば……社会を終焉に向かわせる原因になる可能性はないのか?」

 ふと口をついて出た言葉に深い意味はない。どこかで頭をかすめたかもしれない疑念。
 あえてすくい取らなかった不安と本音。
 私の本能的恐怖を具現化したようなリアルアバターを作ったことへの罪悪感。
 誰にも語ることのなかった思いをこの世のものでない死神に話したところで、独り言と同じだ。

「ずいぶんと物騒だな。心当たりでもあるのか? 俺に仕事の愚痴をこぼすなと前にも言ったろう。この世で人間のやることには興味がない」

 前にも聞いた。七十年近くも前だ。どうやら私は進歩がないらしい。

「予定された未来など元々ない。不法滞在であろうと、お前がいてもいなくても、この世は常に正解だ。この世を形作っているのはこの世に在る全ての意思だ。お前がこの世に存在する以上、影響を与えるのは当然だろう。それが破滅だろうと何か問題があるのか? 人間はこの世でロクなことをしないからな。通常運転だ。お前が終焉を感じるのであれば、予感どおり終わりが来るかもしれない。だが、予感は予測だ。吉澤識が死を迎えた時に未来を見たのと同じ原理だ。見た時点のデータから計算される予測値でしかない。百四十年前には説明が難しかったが、今ならスーパーコンピュータやらAIやらがシミュレーションしてくれると言えばイメージできるか? 実際に未来を確定させるのは、その時に生きる人間だ。どうなるのかは、なってからしかわからない。そして、俺には関係ない」

 つまらなそうに答える死神にとって、この世の善悪は問題ではないのだ。私を排除しようとする理由はただ一つ、この世の規則を破ったからだ。
 本来ならばこの世に生まれた魂は、肉体が消滅してはじめてあの世へ帰ることができる。だが私は、他人の肉体を奪った時に肉体から元の魂を完全に切り離し、あの世へ帰れる状態にしてしまうという。私の責任ではない。この世の不具合だ。製造物責任法の対象ではないか。
 システムの不具合は可及的速やかに排除されなければならない。
 お前はそう言いながら私の生を肯定するのか? こうして現れるたびに、なぜ私を満たす?

「カイ、私とはなんだ?」

 死神が冷笑したような気がした。

「それを俺に訊くのか? お前がこの世を去る時に、自ら総括すれば良いだろう。答え合わせをしてあの世へ帰る気になったか?」
「私が何者かは自分で決める。お前にとって、お前から見た私とはなんだ?」
「俺から見た? そんなことに意味はない」
「私には意味がある。せっかく死神と知り合えたのだ。お前をもっと知りたい。カイからはこの世がどう見えているのか知りたい」
「俺と知り合いか。ずいぶんと仲が良さそうではないか。都合のいい解釈だな。俺をもっと知りたい? それこそがお前だ。知の欲の塊だ」

 影が私から離れていく。十分に満たされて、なお光に触れようと伸ばしかけた指先を影がからかうようにかすめた。

「カイ……私とは、なんだ?」

 もっと、根源的な答えが欲しい。私はあの世やその先の世界について訊いているのではない。私が生きるこの世を知りたいのだ。この世を外から見ることのできるお前にはどう映っているのか?
 カイには何が見えている?
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