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2043ー2057 高瀬邦彦
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「シキ、この世にあって真理を求める者はいくらでもいる。お前もそれを望むなら仏やら神やらの道を進めばよかろう。俗世にあって悟りを開こうなどと、本当に欲張りなことだ」
「カイ……?」
渦巻く煙のような影が人の形を作り始めた。闇の奥に潜む慈悲の光が影を払い、姿を見せる。
シキ……。
私を呼ぶ声が響く。
はっと息を呑んだ。
過去これまでに世界中の人間が、人智を超えた大きな存在を人に似せて絵画や彫刻に表し遺してきた。人間は共通の幻影を見るのかもしれない。
私もまた、目の前に同じ幻影を見ていた。
美しく在る、無限の輝き……。
この世にいる私には、カイの本質を理解することなどできないのだ。ほんのわずかを見た気になっているだけだ。
圧倒的な存在感……
カイはこの世の外の存在だ。
私はこの世の限界を教えられた気がした。
呆然と立ちつくす私にカイは問いかけた。
「お前は他人の肉体を奪った最初を覚えているか?」
「……川で入水しようとした小林に会った時だ」
川岸にたたずむ生気のない男が、ぼんやりと水面を見つめていた。すぐ先の激流を予感させるように、水が暴れ始めている。足もとには時おり飛沫が上がっていた。
「シキ、お前は川岸にはねる水の一滴だ。時にしてわずが三十億秒。幻よりも短く消える、取るに足らない現象。すなわち奇跡だ」
ピシャン……
静かに微笑む死神に見つめられたまま、水音を聴いたような気がした。
「お前はこの世の時間に縛られている。気が遠くなるほどの時間の総量の中で、その一瞬に二度はない。一滴はわずかに玉を結び、落ちて再び川に戻る。川のどこにも境はなく、全てがお前だ。だが、次にはねる一滴はシキではない。シキというお前はただ一度きり、ただひとつだ。お前は尊い。全ての一滴は等しく尊い奇跡の瞬間だ」
私は光り輝く死神に包まれていた。
死神が与えてくる過剰なほどの慈悲に、我を忘れて魂が焼ける痛みを感じた。
「カイ……」
何も考えられない。
震えるほどの歓喜と快楽に満たされながら、自分が生きていることを意識した。
ただ一滴。一度きり。
三十億秒の奇跡……。
「なあ、シキ。お前は美しい。俺はお前をこのままあの世へ帰してやりたい。だが、お前は魂が朽ちて消え去るその瞬間までこの世を知り続けたいと言うのか。その欲は輝きのもとであり、輝きを失う理由でもある」
不意に肩を掴まれ、ぞくりと粟立った。周囲から死神の輝きは消えていた。
「シキ、これは忠告だ。お前は気づいていない。お前には自覚がない」
「カイ……?」
「お前はこの世に執着し過ぎた。見るほどにこの世に埋没していった。……シキ、お前はもはや元の肉体を持たない。人間は肉体を失うことでこの世の期限を知るが、その目安がないのだ。他の人間の肉体で魂が守られてはいるが、どこまで持つのか俺は知らない。俺は忠告はするが、強制排除はありえない。だから、お前次第だ」
この世の期限……。
「シキ。お前が許されない存在であることに変わりはない。俺が人間として生まれていることを忘れるなよ。次に会うのは現実世界かもしれないぞ」
そうだ。死神は私を狩るために、何度となく人間として生まれ来る。意識の中に現れる時はこうして私の魂を癒し甘やかしながら、現実の世で平然と肉体を殺そうとする。
だが、今の私は肉体を持たない。高瀬に寄生することで魂を維持している。
「お前……高瀬を殺す気か?」
「俺は人間でもある。人間としてこの世にどう関わろうとなんら支障はない」
冷たく言い放つ黒い影は、霧が晴れるように姿を消した。
「カイ……?」
渦巻く煙のような影が人の形を作り始めた。闇の奥に潜む慈悲の光が影を払い、姿を見せる。
シキ……。
私を呼ぶ声が響く。
はっと息を呑んだ。
過去これまでに世界中の人間が、人智を超えた大きな存在を人に似せて絵画や彫刻に表し遺してきた。人間は共通の幻影を見るのかもしれない。
私もまた、目の前に同じ幻影を見ていた。
美しく在る、無限の輝き……。
この世にいる私には、カイの本質を理解することなどできないのだ。ほんのわずかを見た気になっているだけだ。
圧倒的な存在感……
カイはこの世の外の存在だ。
私はこの世の限界を教えられた気がした。
呆然と立ちつくす私にカイは問いかけた。
「お前は他人の肉体を奪った最初を覚えているか?」
「……川で入水しようとした小林に会った時だ」
川岸にたたずむ生気のない男が、ぼんやりと水面を見つめていた。すぐ先の激流を予感させるように、水が暴れ始めている。足もとには時おり飛沫が上がっていた。
「シキ、お前は川岸にはねる水の一滴だ。時にしてわずが三十億秒。幻よりも短く消える、取るに足らない現象。すなわち奇跡だ」
ピシャン……
静かに微笑む死神に見つめられたまま、水音を聴いたような気がした。
「お前はこの世の時間に縛られている。気が遠くなるほどの時間の総量の中で、その一瞬に二度はない。一滴はわずかに玉を結び、落ちて再び川に戻る。川のどこにも境はなく、全てがお前だ。だが、次にはねる一滴はシキではない。シキというお前はただ一度きり、ただひとつだ。お前は尊い。全ての一滴は等しく尊い奇跡の瞬間だ」
私は光り輝く死神に包まれていた。
死神が与えてくる過剰なほどの慈悲に、我を忘れて魂が焼ける痛みを感じた。
「カイ……」
何も考えられない。
震えるほどの歓喜と快楽に満たされながら、自分が生きていることを意識した。
ただ一滴。一度きり。
三十億秒の奇跡……。
「なあ、シキ。お前は美しい。俺はお前をこのままあの世へ帰してやりたい。だが、お前は魂が朽ちて消え去るその瞬間までこの世を知り続けたいと言うのか。その欲は輝きのもとであり、輝きを失う理由でもある」
不意に肩を掴まれ、ぞくりと粟立った。周囲から死神の輝きは消えていた。
「シキ、これは忠告だ。お前は気づいていない。お前には自覚がない」
「カイ……?」
「お前はこの世に執着し過ぎた。見るほどにこの世に埋没していった。……シキ、お前はもはや元の肉体を持たない。人間は肉体を失うことでこの世の期限を知るが、その目安がないのだ。他の人間の肉体で魂が守られてはいるが、どこまで持つのか俺は知らない。俺は忠告はするが、強制排除はありえない。だから、お前次第だ」
この世の期限……。
「シキ。お前が許されない存在であることに変わりはない。俺が人間として生まれていることを忘れるなよ。次に会うのは現実世界かもしれないぞ」
そうだ。死神は私を狩るために、何度となく人間として生まれ来る。意識の中に現れる時はこうして私の魂を癒し甘やかしながら、現実の世で平然と肉体を殺そうとする。
だが、今の私は肉体を持たない。高瀬に寄生することで魂を維持している。
「お前……高瀬を殺す気か?」
「俺は人間でもある。人間としてこの世にどう関わろうとなんら支障はない」
冷たく言い放つ黒い影は、霧が晴れるように姿を消した。
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