182年の人生

山碕田鶴

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2057-2060 シキ

91-(2/2)

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 高瀬から抜け出ることができた私は、それから死神の影に怯え、照陽の人間に遭遇することを恐れながら、転々と肉体を乗っ取り移り替えていた。
 長らく高瀬に寄生して生きてきた経験から、強引に肉体を奪うことはせず、自らあの世へ向かおうとする弱った人間を見つけては声をかけて居候のつもりで入り込んだ。
 元の魂に抵抗はない。私に気づくと、それこそ席を譲るようにして自らあの世を切望し、軽く押し出すだけであっさりと肉体から離れていった。
 私の力が強くなったのではない。誰もが既に肉体から剥がれかけていたのだ。
 彼らは皆若く、精神を病み、そして生前長い期間肉体を放棄していた。
 共通するのは、虚構の感覚に依存していたことだ。好みの条件を全て設定した完全なアバターこそが実体だと信じて、体感を伴うメタバース内のアバターや現実と夢との垣根が消えたリアルアバターを使い続けるうちに、どれが元の自分なのか定かでなくなっていた。
 この世で生きる人間には強過ぎる刺激だったのだ。
 この世は魂の娯楽だと死神は言っていたが、この世で肉体を得て生きる以上の快楽を人間は作り出してしまったのだろう。あっという間に魂を消耗させて、肉体を放棄し、皆あの世へ帰っていくではないか。
 この世に執着する者はいない。
 私が新たな肉体をすぐに次々と得られるのは、この世を去ろうとする人間がいくらでもいるからだ。そして、これほど短期間に別人になり続けているのは、手に入れた肉体がどれもあまりにも酷い状態で、生き続けることが難しいからだ。
 ようやく魂が馴染んだところで思うとおりには動いてくれない肉体を引きずりながら、人通りのないビルの隙間に身をひそめる。静かに天を仰ぐと、灰色の壁があの世に続く道に見えた。
 ほこりとカビが混じった匂いの風と、背に当たるコンクリートタイルの冷たい感触が徐々に消えていく。
 また、この世から切り離されていくのか。こんな酷い状態さえも私には名残惜しくてたまらないのだ。
 新しい肉体に移るたび、私は疲弊していった。
 精神は肉体の支配を受ける。絡みつく肉体の記憶が、精神を蝕む。
 死神のエネルギーに触れ続けた後に体感した虚脱や焦燥や眩暈に似た症状が、昼夜の別なくまとわりつく。
 掴み取っても掴み取っても、砂のようにこぼれ落ちていく次の人生を私はこの先いつまで求め続けるのか。
 掴み続けるこの手さえも、砂のように崩れていく。先へ進めない焦りが、さらに思考を鈍くする。
 いつからか私は、狂気の淵をさまよっていた。
 なぜ私は、肉体を明け渡す者たちと同じようにあの世へ帰らないのか。すぐに崩れる肉体とわかっていながら、なぜ求めずにはいられないのか。
 たとえわずかでも、この世の感覚が欲しい。ざらついた騒音を聞き、刺すような日を浴び、憂鬱になるほど肉体の重みに耐え、空腹も渇きも痛みもこの身に受けて泣き崩れる。ひと時得られる生きた快感が、失って知る絶望を癒す。
 徐々に自分の輪郭がぼやけていく。
 どの肉体も私の魂を守ってはくれない。
 今の私は誰なのか。
 いつから私なのか。
 いつまで私なのか……。
 まだだ。
 私はこの世に在り続ける。この世を見続ける。
 ……なぜ?
 明確な理由もわからないままこの世に引きずられ、この世を見続けるという思いから離れられない。
 かつて死神は言っていた。
 死霊となって肉体を持たず百年もさまよえば、自らを保てず消えてなくなると。
 肉体があっても同じではないか。
 自分という情報が際限なく薄く広がり、ちりぢりになり、世界を構成する一部となって霧散する。全てと一体となり、意識もなくただそこに在り続ける。
 これもまた、この世に在り続ける形なのか? それともこれが終焉か。
 何も考えず何も感じずただ在ることへの抵抗が薄れていく。
 私は、ただ在るものになりつつあるのか。死神は魂を保持するために私を連れ帰ろうとしていたのか。
 なぜ?
 この世に散って消えるのと、どんなものかもわからないあの世に帰ってここから消えるのと。その違いが私にはわからない。
 お前は私をあの世へ連れ帰ることにこだわっていたな……。
 ……お前?
 お前とは、誰だ。
 あの世?
 ここは、なんだ。

「カイ……お前のことさえ、もはや忘れてしまいそうだな……。カイ、か……」

 カイとは……誰だ?



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