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15.偶然 二
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落合の言い方が気になる。
車椅子。あのタイミング。
わざとではない、よな。
……おい。
「おい」
「あっ!」
呼ばれて晴久は我に返った。目の前に男がいる。
「偶然だな」
「……こんばんは」
駅前の、いつものペデストリアンデッキ広場だ。
今日も、会えたのか。
「お久しぶり……です」
「そうか?」
「……」
確かに、二、三日前に一度会った気がする。毎日会いたいわけでもないのに、お久しぶりはおかしいだろう。ずっと待っていたみたいで嫌だな。
晴久は、自分の感覚がわからなくなる。
この人は、仕事か何かでたまたま通って僕を見かけるから声をかけているだけだ。一年ぶりに会ったって「久しぶり」とは言わない気がする。
晴久と男は偶然会う。それだけだ。約束も連絡もない。
男が駅前に現れる時は、これから仕事だといつも言う。その気があれば何時にまた来い。そう言って去って行く。
都合が合えば、お互いの意思があれば会う。それだけの関係だ。何も話さず、しばらくベンチに並んで座っているだけのこともある。それもまたお互いの気分次第だ。
決めるのは晴久だと男は言う。だが、晴久は不思議で仕方がない。なぜこの男は自分の気持ちを代弁できるのかと。
ほんのわずかな心の揺らぎも不安も、なぜすくい取っていくのか。自分でさえつかめない気持ちもあるというのに、晴久が本当は望んでいたと後になって気づくようなことまでも、それとわからないよう既に用意されている。
「お前は面倒だな。いちいち考え込むな」
男は晴久の隣に座った。はあ、と小さく溜息をつく。これは晴久に対してではないだろう。仕事か何か。晴久には関係のない、立ち入ってはいけないことだ。
晴久は、男をそっと盗み見る。
今日も全身黒い闇だ。きちんとした髪も瞳も夜よりも黒い闇の色だ。なんでこんな隙のなさそうな怖い人が、僕と並んで座っているのだろう。なんで僕と知り合いなのだろう。
愚痴を言ったり悩みを相談したりする間柄ではない。そんな面倒なことをして少しでも近づいたら、きっと拒絶される。それは怖い。
この男だからではなく、拒絶されること自体が晴久は怖かった。
「……二十三時半だな。今から厄介なのがあって、終わったらそれくらいの時間だ。来る気があれば来い」
「え?」
「なんだ? お久しぶりなんだろう?」
「違っ……! そういう意味ではなくて!」
「まあ、子供は寝ている時間だな。無理はするな。よくよく考えろ」
男は立ち上がると晴久を見ることなく広場の階段を降りて行った。
何も訊かないのに。
詮索して立ち入ることはしないのに。
わずかな心の揺らぎをすくい取る。
すぐそばで、けれども遠くに、いつもいる。
僕の境界線の上。ただ、そこにいてくれる……。
車椅子。あのタイミング。
わざとではない、よな。
……おい。
「おい」
「あっ!」
呼ばれて晴久は我に返った。目の前に男がいる。
「偶然だな」
「……こんばんは」
駅前の、いつものペデストリアンデッキ広場だ。
今日も、会えたのか。
「お久しぶり……です」
「そうか?」
「……」
確かに、二、三日前に一度会った気がする。毎日会いたいわけでもないのに、お久しぶりはおかしいだろう。ずっと待っていたみたいで嫌だな。
晴久は、自分の感覚がわからなくなる。
この人は、仕事か何かでたまたま通って僕を見かけるから声をかけているだけだ。一年ぶりに会ったって「久しぶり」とは言わない気がする。
晴久と男は偶然会う。それだけだ。約束も連絡もない。
男が駅前に現れる時は、これから仕事だといつも言う。その気があれば何時にまた来い。そう言って去って行く。
都合が合えば、お互いの意思があれば会う。それだけの関係だ。何も話さず、しばらくベンチに並んで座っているだけのこともある。それもまたお互いの気分次第だ。
決めるのは晴久だと男は言う。だが、晴久は不思議で仕方がない。なぜこの男は自分の気持ちを代弁できるのかと。
ほんのわずかな心の揺らぎも不安も、なぜすくい取っていくのか。自分でさえつかめない気持ちもあるというのに、晴久が本当は望んでいたと後になって気づくようなことまでも、それとわからないよう既に用意されている。
「お前は面倒だな。いちいち考え込むな」
男は晴久の隣に座った。はあ、と小さく溜息をつく。これは晴久に対してではないだろう。仕事か何か。晴久には関係のない、立ち入ってはいけないことだ。
晴久は、男をそっと盗み見る。
今日も全身黒い闇だ。きちんとした髪も瞳も夜よりも黒い闇の色だ。なんでこんな隙のなさそうな怖い人が、僕と並んで座っているのだろう。なんで僕と知り合いなのだろう。
愚痴を言ったり悩みを相談したりする間柄ではない。そんな面倒なことをして少しでも近づいたら、きっと拒絶される。それは怖い。
この男だからではなく、拒絶されること自体が晴久は怖かった。
「……二十三時半だな。今から厄介なのがあって、終わったらそれくらいの時間だ。来る気があれば来い」
「え?」
「なんだ? お久しぶりなんだろう?」
「違っ……! そういう意味ではなくて!」
「まあ、子供は寝ている時間だな。無理はするな。よくよく考えろ」
男は立ち上がると晴久を見ることなく広場の階段を降りて行った。
何も訊かないのに。
詮索して立ち入ることはしないのに。
わずかな心の揺らぎをすくい取る。
すぐそばで、けれども遠くに、いつもいる。
僕の境界線の上。ただ、そこにいてくれる……。
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