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44.適所 二
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明美は涙目になりながら、晴久の肩を優しく叩いた。
「わかるよ。すごーくわかる。昔バンドやってた頃もササイさんは地味担当だったからね。でも、ササイさんがいないと締まらないんだよ。別にアイドルじゃないし、普段は家で曲とか作ってる在宅勤務の引きこもりだし。フツーに働くオジサンなんだってば。でもね。ステージに立つと、違うの。仕事してる時って、みんなカッコよく見えるじゃん。ササイさん、もうスッゲーかっこいいんだよ。石崎とササイは同じだとか言っておいて悪いけど、ホント別人。毎日見いてるオレだって、別世界の人だなーって思う」
明美はうっとりとした表情でササイを思い出していた。
晴久は明美の指摘どおり想像の限界を超えていて、話についていけない。ただ、明美の気持ちはわかる気がした。
駅前に石崎が現れた時の、闇をまとったような近寄りがたい雰囲気。気難しそうな顔と目を合わせた瞬間の、身がすくむ感覚と捕らわれる錯覚。
優しく穏やかな声で話す時とは違う一瞬の幻影に晴久は惹かれていた。
「なんかさ、オレ、すごい憧れの人と一緒に生活したらダメだったのかなってちょっと思っているの。こっちは勝手に妄想込みのイメージ作っちゃってたからさ、もちろん全然幻滅なんかしないしむしろ益々すごい人だなって思ったんだけど、なんか違うんだよね。自分の思うササイさんじゃないの。酷い話だよね。ササイさんにしてみれば、いい迷惑。君みたいに先入観なく出会ってたらきっと違った。でもたぶん、そうしたら好きになっていない。サイアク」
あはは。明美は照れたように笑った。
「……それでも、全部欲しかったんだよね。全部自分にしたかった。魂を、食べたい。本能なの。やだなあ、未練タラタラ。オレ、決めたんだよ。自分はササイさんになれないから、せめてササイさんが食べたモノをオレも食べて間接的にササイさんと一緒になろうって」
「は?」
明美は晴久の腕を取ると、そっと唇を這わせながら何度も甘噛みした。
晴久の緊張は腕の強張りから伝わっているはずだが、明美が気にする様子はない。
「イタタッ。ちょっとやめて下さいっ。腕ダメだって! 見えちゃいますって」
「あ、ごめーん。制服は半袖? じじばばには、犬に噛まれたって言っといてよ。あと、ササイさんなら大丈夫。まだ帰って来ないよ?」
「何言ってるんですかっ」
「だってー、お客君すぐ赤くなってかわいいんだもの。あーあ、複雑。オレは歌姫だけでいいやって、いつになったら割り切れるかなあ」
「歌姫だけ?」
「ササイさんにとってのポジションだよ。親友とか恋人とか色々あるでしょ? んー、ちょっとコレだと話しにくいなあ」
明美は座ったままで晴久に抱きつくと、また片手で目隠しをした。明美の唇が晴久の耳をくすぐる。
「悪いけどすっぴんはムリだから我慢してて」
明美は真面目に言った。明美の中のグラデーションが一気にアケミに傾いた。
「あのね、アタシはササイさんのただ一人の歌姫なの。ササイさんと一緒にステージに立てる唯一の歌姫なの」
そうささやく明美の声は自信に満ちていた。
「プロにはなれていないけれど、アタシはササイさんのステージで歌わせてもらえる。バックコーラスってわかる? 子供の頃から合唱団で歌ってたからね。今だってそう。今回のツアー、アタシは行ってないけど、音撮って声だけはちゃんと参加している。ササイさんが用意した歌姫という椅子は一つ。他の誰にも渡さない。お客君が今座らされている椅子が、たぶんアタシの欲しかったもう一つの椅子だと思うのだけれど、ササイさんにとってはそれもたった一つ。君も特別なのよ」
「座ら……されている?」
「そうでしょう? お客君はササイさんにたぶらかされて洗脳されて調教されていいようにもてあそばれて、無理やり座らされているじゃない。ああ、椅子じゃなくてペット用のケージに押し込まれているのか。ササイさん、未だに懐いてもらえなくていい気味。もっと苦しめっての」
「酷い言われようですけど……」
「ただのひがみだから気にしないの!」
目隠しをされて明美の表情が見えなくてよかったと晴久は思った。
「あ、ヤバっ。結構長く話してた。オレ帰るから」
明美はスマホを見ながら慌てていた。
「あ、すみません。忙しいのに呼び止めてしまったみたいで……」
「あー、違う違う。ケンが来るから」
「はい? 憲次郎さん?」
明美はアキヨシの顔で笑いながら自分のスマホを指差した。
「君がオレを襲いに来たから、ケンにヘルプした。『駅東ベンチでお客君発見。すぐ来い。』って。いや、君もっと落ち込むとかショックでヘロヘロになってるのかなーって思っちゃて。オレは加害者だからフォローできないっしょ? でも、こんなにタフで、しかもササイ演歌説持って来るとは思わなかった……ぶははっ。ツボーっ!」
明美は思い出したのか、また笑い転げた。
いつのまに連絡したのか。晴久を助けてやれというヘルプ。明美が自身を責めていたかと思うと、晴久は胸が痛んだ。
「わかるよ。すごーくわかる。昔バンドやってた頃もササイさんは地味担当だったからね。でも、ササイさんがいないと締まらないんだよ。別にアイドルじゃないし、普段は家で曲とか作ってる在宅勤務の引きこもりだし。フツーに働くオジサンなんだってば。でもね。ステージに立つと、違うの。仕事してる時って、みんなカッコよく見えるじゃん。ササイさん、もうスッゲーかっこいいんだよ。石崎とササイは同じだとか言っておいて悪いけど、ホント別人。毎日見いてるオレだって、別世界の人だなーって思う」
明美はうっとりとした表情でササイを思い出していた。
晴久は明美の指摘どおり想像の限界を超えていて、話についていけない。ただ、明美の気持ちはわかる気がした。
駅前に石崎が現れた時の、闇をまとったような近寄りがたい雰囲気。気難しそうな顔と目を合わせた瞬間の、身がすくむ感覚と捕らわれる錯覚。
優しく穏やかな声で話す時とは違う一瞬の幻影に晴久は惹かれていた。
「なんかさ、オレ、すごい憧れの人と一緒に生活したらダメだったのかなってちょっと思っているの。こっちは勝手に妄想込みのイメージ作っちゃってたからさ、もちろん全然幻滅なんかしないしむしろ益々すごい人だなって思ったんだけど、なんか違うんだよね。自分の思うササイさんじゃないの。酷い話だよね。ササイさんにしてみれば、いい迷惑。君みたいに先入観なく出会ってたらきっと違った。でもたぶん、そうしたら好きになっていない。サイアク」
あはは。明美は照れたように笑った。
「……それでも、全部欲しかったんだよね。全部自分にしたかった。魂を、食べたい。本能なの。やだなあ、未練タラタラ。オレ、決めたんだよ。自分はササイさんになれないから、せめてササイさんが食べたモノをオレも食べて間接的にササイさんと一緒になろうって」
「は?」
明美は晴久の腕を取ると、そっと唇を這わせながら何度も甘噛みした。
晴久の緊張は腕の強張りから伝わっているはずだが、明美が気にする様子はない。
「イタタッ。ちょっとやめて下さいっ。腕ダメだって! 見えちゃいますって」
「あ、ごめーん。制服は半袖? じじばばには、犬に噛まれたって言っといてよ。あと、ササイさんなら大丈夫。まだ帰って来ないよ?」
「何言ってるんですかっ」
「だってー、お客君すぐ赤くなってかわいいんだもの。あーあ、複雑。オレは歌姫だけでいいやって、いつになったら割り切れるかなあ」
「歌姫だけ?」
「ササイさんにとってのポジションだよ。親友とか恋人とか色々あるでしょ? んー、ちょっとコレだと話しにくいなあ」
明美は座ったままで晴久に抱きつくと、また片手で目隠しをした。明美の唇が晴久の耳をくすぐる。
「悪いけどすっぴんはムリだから我慢してて」
明美は真面目に言った。明美の中のグラデーションが一気にアケミに傾いた。
「あのね、アタシはササイさんのただ一人の歌姫なの。ササイさんと一緒にステージに立てる唯一の歌姫なの」
そうささやく明美の声は自信に満ちていた。
「プロにはなれていないけれど、アタシはササイさんのステージで歌わせてもらえる。バックコーラスってわかる? 子供の頃から合唱団で歌ってたからね。今だってそう。今回のツアー、アタシは行ってないけど、音撮って声だけはちゃんと参加している。ササイさんが用意した歌姫という椅子は一つ。他の誰にも渡さない。お客君が今座らされている椅子が、たぶんアタシの欲しかったもう一つの椅子だと思うのだけれど、ササイさんにとってはそれもたった一つ。君も特別なのよ」
「座ら……されている?」
「そうでしょう? お客君はササイさんにたぶらかされて洗脳されて調教されていいようにもてあそばれて、無理やり座らされているじゃない。ああ、椅子じゃなくてペット用のケージに押し込まれているのか。ササイさん、未だに懐いてもらえなくていい気味。もっと苦しめっての」
「酷い言われようですけど……」
「ただのひがみだから気にしないの!」
目隠しをされて明美の表情が見えなくてよかったと晴久は思った。
「あ、ヤバっ。結構長く話してた。オレ帰るから」
明美はスマホを見ながら慌てていた。
「あ、すみません。忙しいのに呼び止めてしまったみたいで……」
「あー、違う違う。ケンが来るから」
「はい? 憲次郎さん?」
明美はアキヨシの顔で笑いながら自分のスマホを指差した。
「君がオレを襲いに来たから、ケンにヘルプした。『駅東ベンチでお客君発見。すぐ来い。』って。いや、君もっと落ち込むとかショックでヘロヘロになってるのかなーって思っちゃて。オレは加害者だからフォローできないっしょ? でも、こんなにタフで、しかもササイ演歌説持って来るとは思わなかった……ぶははっ。ツボーっ!」
明美は思い出したのか、また笑い転げた。
いつのまに連絡したのか。晴久を助けてやれというヘルプ。明美が自身を責めていたかと思うと、晴久は胸が痛んだ。
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