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第四話
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菫の目の前にはすっかり冷えたお茶が置いてあった。ほかにもおせんべいもおいてある。すべて、菫の祖母が用意してくれたものであった。祖母は菫と美咲たちを、おやつの時間だと言って呼んでくれたのだ。
もっとも、菫はただ、呼びかけに応じてきただけだった。祖母が菫たちを呼んでくれた時、行きたくないという気持ちがまず頭をよぎった。食欲などなかったし、出されたとしても、一口だって食べられる自信がなかった。
その次に、もし行かなかったらどうなるだろうということを考えた。そうしたら、祖母が“おやつものどを通らないんだねえ。きっと、それほど両親が死んだことがショックなんだろうね”と言いながら、急須を片付けたりしている場面が浮かんだ。ついでに祖父がしょんぼりしている姿も。
二人に気を遣わせてしまうことは気が引けた。それだから、せめて顔を出してお茶だけでも飲むべきだろうと思った。そうして菫は居間へと向かったのだった。
しかしいざお茶とお菓子を目の前にすると、とても食べられたものではない、と思った。決してお腹いっぱいというわけではない。だが食べ物を見ると自然と吐き気がこみ上げてきた。菫はこの時、何かショックなことがあるとストレスで何も食べられなくなる、ということを実地で体験したのだった。
一方、美咲は対照的な態度を見せていた。菫が居間に来たときにはすでに座布団に座っていた。お茶もおせんべいもためらうことなく飲んで、食べていた。もっとも元気よく、とまではいかなかったが。美咲の顔には笑顔など言った暖かな表情は一切なく、ただ食うべきものを食べている、それだけといった表情をしていた。
「おねーちゃん、お菓子食べないの?」
美咲が訊いた。
「食べられないの。あんたこそ、よく食べられるね」
「だって食べなきゃもったいないじゃん」
「そうじゃなくてさ、お父さんとかお母さんが死んだのに、ショックじゃないの?」
「何で?」
「だからさ、私はショックで食べ物ものどを通らないけど、美咲は違うの、って」
「まるで私が父さんと母さんが死んだのに全然平気みたいな言い方だね、それ」
「そういうわけじゃないけど」
「平気じゃないよ。でもさ、気にし過ぎたってよくないじゃん。私がさ元気ないまんまでいたって、お母さんが喜んでくれるとは思えないしさ」
「そんなのわかってる。でも私は美咲みたいに図太くないの」
「図太いって、何さ上品ぶって」
「上品ぶってるんじゃないの。食べられないの。美咲みたいに図太くなんかないから、おせんべいパクパク食べて、お茶もごくごく飲んだりなんかできないの」
「おねーちゃん、気にしすぎなんだよ。おねーちゃんみたいなの、しんけーしつっていうんだよ」
「そう、神経質なの私は。だから私は羨ましいの、美咲が。いつでも頭の中が太平楽のまんまだから」
美咲が立ち上がり、菫にとびかかった。美咲は菫のポニーテールに束ねた髪を引っ張りながら、わめいた。
「図太くて悪かったね、このしんけーしつ!」
菫は髪の毛を引っ張られるのが痛くて、美咲の手をつかんだ。美咲はそうしている菫を引きずっていく。
しかし菫は美咲の方へ近づいて行けば引っ張られても痛くないに気が付き、美咲の方へと這い寄っていく。そしてこぶしを一発、美咲の鼻へとぶつけた。
美咲の動きが止まる。美咲の手から菫の髪の毛が離れた。美咲の鼻から鼻血が垂れてきた。美咲が潤んでいく。
美咲はわめきながら、菫にとびかかった。鼻血を出しながら、涙を流しながら向かってくるその様子はすさまじいものだった。しかし菫もそんな美咲にひるまず、応戦する。
「何やってるの、二人とも!」
そこへ祖母がやってきた。
「ほら、喧嘩はやめなさい」
祖父がそういうとともに、二人の間に割って入る。二人はいとも簡単に、祖父の力で引き離された。それでも菫と美咲は互いに、視線をぶつけあっていた。
「美咲が先に手を出したの」
「おねーちゃんが私の鼻をぶったの。見て、鼻血出たの」
「あんたなんか私の髪の毛引っ張った。髪の毛抜けちゃったらどうするのよ」
「二人ともやめなさいと言っただろう。ほら、なんでこんなことになった?」
「美咲が馬鹿だから」
「菫!」
「やーい、怒られてやんの」
「美咲!」
「いーよ、もう。私が悪かったの、おじいちゃん。美咲の鼻をぶったのは本当だし。だから、ごめんね美咲。美咲の鼻、大きかったからぶちやすくってつい殴っちゃった」
「それが謝る態度なのか、菫?」
「ううん。ごめんね美咲」
菫は頭を下げた。
「私は謝ったけど、美咲は謝ってくれないの?」
「だれが謝るもんか」
「美咲。謝りなさい」
祖母が言った。
「むうぅ……ごめん」
最後のごめんは小さくてもにょもにょと言っているようにしか聞こえなかった。しかしその三音を聞き取ると、祖父は謝ったということにしてしまった。
「よし、これで仲直りしたな。もう喧嘩するなよ」
菫はうなずいた。美咲はうなずかなかった。もっとも、うなずいた菫の方も喧嘩をしないつもりなどなかった。ただ、ここではしないというだけのことだった。
もっとも、菫はただ、呼びかけに応じてきただけだった。祖母が菫たちを呼んでくれた時、行きたくないという気持ちがまず頭をよぎった。食欲などなかったし、出されたとしても、一口だって食べられる自信がなかった。
その次に、もし行かなかったらどうなるだろうということを考えた。そうしたら、祖母が“おやつものどを通らないんだねえ。きっと、それほど両親が死んだことがショックなんだろうね”と言いながら、急須を片付けたりしている場面が浮かんだ。ついでに祖父がしょんぼりしている姿も。
二人に気を遣わせてしまうことは気が引けた。それだから、せめて顔を出してお茶だけでも飲むべきだろうと思った。そうして菫は居間へと向かったのだった。
しかしいざお茶とお菓子を目の前にすると、とても食べられたものではない、と思った。決してお腹いっぱいというわけではない。だが食べ物を見ると自然と吐き気がこみ上げてきた。菫はこの時、何かショックなことがあるとストレスで何も食べられなくなる、ということを実地で体験したのだった。
一方、美咲は対照的な態度を見せていた。菫が居間に来たときにはすでに座布団に座っていた。お茶もおせんべいもためらうことなく飲んで、食べていた。もっとも元気よく、とまではいかなかったが。美咲の顔には笑顔など言った暖かな表情は一切なく、ただ食うべきものを食べている、それだけといった表情をしていた。
「おねーちゃん、お菓子食べないの?」
美咲が訊いた。
「食べられないの。あんたこそ、よく食べられるね」
「だって食べなきゃもったいないじゃん」
「そうじゃなくてさ、お父さんとかお母さんが死んだのに、ショックじゃないの?」
「何で?」
「だからさ、私はショックで食べ物ものどを通らないけど、美咲は違うの、って」
「まるで私が父さんと母さんが死んだのに全然平気みたいな言い方だね、それ」
「そういうわけじゃないけど」
「平気じゃないよ。でもさ、気にし過ぎたってよくないじゃん。私がさ元気ないまんまでいたって、お母さんが喜んでくれるとは思えないしさ」
「そんなのわかってる。でも私は美咲みたいに図太くないの」
「図太いって、何さ上品ぶって」
「上品ぶってるんじゃないの。食べられないの。美咲みたいに図太くなんかないから、おせんべいパクパク食べて、お茶もごくごく飲んだりなんかできないの」
「おねーちゃん、気にしすぎなんだよ。おねーちゃんみたいなの、しんけーしつっていうんだよ」
「そう、神経質なの私は。だから私は羨ましいの、美咲が。いつでも頭の中が太平楽のまんまだから」
美咲が立ち上がり、菫にとびかかった。美咲は菫のポニーテールに束ねた髪を引っ張りながら、わめいた。
「図太くて悪かったね、このしんけーしつ!」
菫は髪の毛を引っ張られるのが痛くて、美咲の手をつかんだ。美咲はそうしている菫を引きずっていく。
しかし菫は美咲の方へ近づいて行けば引っ張られても痛くないに気が付き、美咲の方へと這い寄っていく。そしてこぶしを一発、美咲の鼻へとぶつけた。
美咲の動きが止まる。美咲の手から菫の髪の毛が離れた。美咲の鼻から鼻血が垂れてきた。美咲が潤んでいく。
美咲はわめきながら、菫にとびかかった。鼻血を出しながら、涙を流しながら向かってくるその様子はすさまじいものだった。しかし菫もそんな美咲にひるまず、応戦する。
「何やってるの、二人とも!」
そこへ祖母がやってきた。
「ほら、喧嘩はやめなさい」
祖父がそういうとともに、二人の間に割って入る。二人はいとも簡単に、祖父の力で引き離された。それでも菫と美咲は互いに、視線をぶつけあっていた。
「美咲が先に手を出したの」
「おねーちゃんが私の鼻をぶったの。見て、鼻血出たの」
「あんたなんか私の髪の毛引っ張った。髪の毛抜けちゃったらどうするのよ」
「二人ともやめなさいと言っただろう。ほら、なんでこんなことになった?」
「美咲が馬鹿だから」
「菫!」
「やーい、怒られてやんの」
「美咲!」
「いーよ、もう。私が悪かったの、おじいちゃん。美咲の鼻をぶったのは本当だし。だから、ごめんね美咲。美咲の鼻、大きかったからぶちやすくってつい殴っちゃった」
「それが謝る態度なのか、菫?」
「ううん。ごめんね美咲」
菫は頭を下げた。
「私は謝ったけど、美咲は謝ってくれないの?」
「だれが謝るもんか」
「美咲。謝りなさい」
祖母が言った。
「むうぅ……ごめん」
最後のごめんは小さくてもにょもにょと言っているようにしか聞こえなかった。しかしその三音を聞き取ると、祖父は謝ったということにしてしまった。
「よし、これで仲直りしたな。もう喧嘩するなよ」
菫はうなずいた。美咲はうなずかなかった。もっとも、うなずいた菫の方も喧嘩をしないつもりなどなかった。ただ、ここではしないというだけのことだった。
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