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第九話
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僕は御坂先輩の言うことを忘れず、本当に眠ることをしなかった。御坂先輩は本当ことを言っていると信じることにしたのだ。
夜に母親がやってくるとか、信じがたい話ではあった。しかし御坂先輩の様子は尋常ではなかった。何より信頼する御坂先輩の言うことでもあったので、疑うのもよくないだろうと思ったのだ。
そこで僕は防犯対策に柴犬の千代さんを部屋に入れておいた。千代さんは茶色の毛を持っている。そして実に賢い。いや、賢い以上である。
千代さんは僕が中学一年生の頃、妖精が持て余していたのをもらい受けたのである。何でも人間から犬に転生したらしい。ところが妖精とは生活が合わず、喧嘩ばかりしていたので、人間の僕がもらったのである。
さらに僕は家の者に万が一のことがあってはと、このことをディックさんに伝えておくことにした。
「ディックさん」
「何でしょう」
このディックさんは僕の腰の高さぐらいの大きさの妖精である。顔はしわくちゃの老人みたいな顔をしている。彼の毎日の食事をうちで賄うことと引き換えに家で家事を手伝ってもらっているのである。
「今日の夜に僕を襲う人がいるらしいんで、もし僕のそばにいてほしいんだけれど」
「よろしいですが、もしかして部屋に千代様を入れるおつもりで?」
「ああそうか。ディックさんは千代さんが苦手でしたよね」
「はい。ですから周囲のにおいや音に敏感な千代様だけを部屋に置いていただけるとありがたいです。私は廊下におりますゆえ」
「うん、じゃあそういうことでよろしく頼むね」
「かしこまりました」
ぼくはそして、千代さんを部屋に入れ、夜の間はずっとユーチューブの動画を見ながら時間をつぶしていた。しかし午前二時半ごろになると、僕は唐突に強い眠気に襲われた。
僕は足に焼けつくような痛みを覚えて、目を覚ました。気が付くと僕は立ち上がっていて、誰かがそばにいた。足を見ようとした時に顔が見えた。そばにいたのは御坂先輩だった。
足を見ると、部屋に置いておいた千代さんが僕の足にかみついている。
「千代さん、痛い!」
僕はそういうと、千代さんは噛むのをやめた。僕の足にはかみついた歯形が赤く残った。そしてそこから血が噴き出した。
それから千代さんは僕から離れて体勢を低くし、戦闘態勢に入った。そして僕に向かってうなり、吠え始めた。
すると千代さんの吠え声を聞きつけたらしく、ディックさんも部屋に入ってきた。
「それが例の者ですか?」
ディックさんは訊いた。
「いや。御坂先輩、どうしてこんなところに?」
「どうしてって、片山君が私を中に入れてくれたんでしょう?」
「僕、そんなことしてませんよ?」
「やだ、寝ぼけていたのね。ついさっき、私を窓から招き入れてくれたでしょ」
「治様!今すぐお離れなさい。それはあなたのお知り合いの姿をしていようとも、中身は全く別の、化け物でございます。千代様がさんざんに吠えて立てているのが何よりの証拠です。私の鼻にも、こやつの獣臭いにおいが臭って来よりますわ!」
僕は後ずさろうとした。しかし御坂先輩は僕の二の腕をつかみ離してくれない。
そいつは口を開き、僕の首筋に向かってかみつこうとした。
しかし噛みつかれることはなかった。そいつは僕の耳元で恐ろしい悲鳴をあげると、強い風とともに消えてしまった。
見ると、ディックさんの持っているナイフから黒い血が滴っている。
「ありがとうございます」
僕は千代さんにかみつかれた足が痛むので、椅子に座った。
「ねえディックさん、本当にあれは御坂先輩じゃなかったんですよね?」
「そうに違いありません。明日になり、御坂さんのおなかを調べていただければわかることでしょう。御坂さんは一切の傷を負っていないはずですからね」
「うん、それから御坂先輩はお母さんが来ると言っていたんですよ」
「はい?」
「だから、御坂先輩は僕に自分のお母さんが僕を殺しに来るだろうと言ったんです」
「なるほど。では明日、そのお母さんのおなかをお調べなすれば、本当に御坂さんの母が来たかどうかがわかることでしょう」
「そうですね」
「しかし差し当たっての問題は御坂さんの身の安全でしょう」
「なんでですか?」
「あの化け物はあなたが秘密の一端を垣間見たと思ったことでしょう。さすれば御坂さんをあなたが助け出してしまうものと思うはずでございます。それを阻止すべくあの化け物は御坂さんを家の中に閉じ込めてしまうはずです。そうなれば御坂さんを助け出すことは困難を極めるでしょう」
「じゃあ、明日の朝に御坂先輩の家へ行ってみなくちゃならないですね」
「お待ちくだされ。それでは敵の陣地へ一人で乗り込んでいくということになります。そうなれば片山様の命の保証はないでしょう」
「そうですね。じゃあどうしたらいいですかね?」
「申し訳ありませんが、先ほど困難というような気やすめを言いましたが、御坂さんを助け出すのはほぼ不可能と存じ上げます。なぜと言って、助け出すためには、彼らの家へ乗り込まざるを得ず、また彼らの罠にかかるよりほかないからでございます」
「どういうこと、ですか?」
「こういうことでございます。やつは家じゅうの雨戸を閉め、できる限り家を暗くしていることでしょう。ああした天上の者どもから嫌われているものはすべからく、闇より本領を発揮するので、彼らもそうすることと思われるからです。そしてあなたがいざ家に入ってきたとなると、例の化け物がまた御坂さんに化けて悲鳴をあげるのです。そうなれば片山様は助けに行かざるを得ますまい。それが万が一本物の悲鳴であれば大惨事につながりかねませんし、また真偽を確かめるためには奥へ入るよりほかないのですから。こうして私たちはまんまと家の奥へと誘いこまれるわけです。私たちは闇の中では眼が利きませんから、たとえ三人ということであっても、あの化け物の餌食となることでしょう」
「そんな、何か方法はないのでしょうか?」
「ありません。彼らが籠城を決め込む以上、御坂さんを助け出すことは不可能でございます」
「そんな、じゃあ御坂先輩はどうなるんですか?」
「それは何とも言えません。彼ら次第と言いましょうか。あるいは、何か方法があるとも限りませんが、少なくとも今のところ、私の頭には何も思いつきませぬ。しばらく時間をくださいませ。明日の朝には何か案を出して見せましょう」
「悪いね」
「いえ」
僕はそれからベッドに入った。けれども寝付くことができなかった。御坂先輩を助けることができないのではないかという不安に心を刺され続けていたのだ。その痛みは耐えがたく、どうしようもないという状況から生まれた憤りが常に僕の心にあり続けた。
夜に母親がやってくるとか、信じがたい話ではあった。しかし御坂先輩の様子は尋常ではなかった。何より信頼する御坂先輩の言うことでもあったので、疑うのもよくないだろうと思ったのだ。
そこで僕は防犯対策に柴犬の千代さんを部屋に入れておいた。千代さんは茶色の毛を持っている。そして実に賢い。いや、賢い以上である。
千代さんは僕が中学一年生の頃、妖精が持て余していたのをもらい受けたのである。何でも人間から犬に転生したらしい。ところが妖精とは生活が合わず、喧嘩ばかりしていたので、人間の僕がもらったのである。
さらに僕は家の者に万が一のことがあってはと、このことをディックさんに伝えておくことにした。
「ディックさん」
「何でしょう」
このディックさんは僕の腰の高さぐらいの大きさの妖精である。顔はしわくちゃの老人みたいな顔をしている。彼の毎日の食事をうちで賄うことと引き換えに家で家事を手伝ってもらっているのである。
「今日の夜に僕を襲う人がいるらしいんで、もし僕のそばにいてほしいんだけれど」
「よろしいですが、もしかして部屋に千代様を入れるおつもりで?」
「ああそうか。ディックさんは千代さんが苦手でしたよね」
「はい。ですから周囲のにおいや音に敏感な千代様だけを部屋に置いていただけるとありがたいです。私は廊下におりますゆえ」
「うん、じゃあそういうことでよろしく頼むね」
「かしこまりました」
ぼくはそして、千代さんを部屋に入れ、夜の間はずっとユーチューブの動画を見ながら時間をつぶしていた。しかし午前二時半ごろになると、僕は唐突に強い眠気に襲われた。
僕は足に焼けつくような痛みを覚えて、目を覚ました。気が付くと僕は立ち上がっていて、誰かがそばにいた。足を見ようとした時に顔が見えた。そばにいたのは御坂先輩だった。
足を見ると、部屋に置いておいた千代さんが僕の足にかみついている。
「千代さん、痛い!」
僕はそういうと、千代さんは噛むのをやめた。僕の足にはかみついた歯形が赤く残った。そしてそこから血が噴き出した。
それから千代さんは僕から離れて体勢を低くし、戦闘態勢に入った。そして僕に向かってうなり、吠え始めた。
すると千代さんの吠え声を聞きつけたらしく、ディックさんも部屋に入ってきた。
「それが例の者ですか?」
ディックさんは訊いた。
「いや。御坂先輩、どうしてこんなところに?」
「どうしてって、片山君が私を中に入れてくれたんでしょう?」
「僕、そんなことしてませんよ?」
「やだ、寝ぼけていたのね。ついさっき、私を窓から招き入れてくれたでしょ」
「治様!今すぐお離れなさい。それはあなたのお知り合いの姿をしていようとも、中身は全く別の、化け物でございます。千代様がさんざんに吠えて立てているのが何よりの証拠です。私の鼻にも、こやつの獣臭いにおいが臭って来よりますわ!」
僕は後ずさろうとした。しかし御坂先輩は僕の二の腕をつかみ離してくれない。
そいつは口を開き、僕の首筋に向かってかみつこうとした。
しかし噛みつかれることはなかった。そいつは僕の耳元で恐ろしい悲鳴をあげると、強い風とともに消えてしまった。
見ると、ディックさんの持っているナイフから黒い血が滴っている。
「ありがとうございます」
僕は千代さんにかみつかれた足が痛むので、椅子に座った。
「ねえディックさん、本当にあれは御坂先輩じゃなかったんですよね?」
「そうに違いありません。明日になり、御坂さんのおなかを調べていただければわかることでしょう。御坂さんは一切の傷を負っていないはずですからね」
「うん、それから御坂先輩はお母さんが来ると言っていたんですよ」
「はい?」
「だから、御坂先輩は僕に自分のお母さんが僕を殺しに来るだろうと言ったんです」
「なるほど。では明日、そのお母さんのおなかをお調べなすれば、本当に御坂さんの母が来たかどうかがわかることでしょう」
「そうですね」
「しかし差し当たっての問題は御坂さんの身の安全でしょう」
「なんでですか?」
「あの化け物はあなたが秘密の一端を垣間見たと思ったことでしょう。さすれば御坂さんをあなたが助け出してしまうものと思うはずでございます。それを阻止すべくあの化け物は御坂さんを家の中に閉じ込めてしまうはずです。そうなれば御坂さんを助け出すことは困難を極めるでしょう」
「じゃあ、明日の朝に御坂先輩の家へ行ってみなくちゃならないですね」
「お待ちくだされ。それでは敵の陣地へ一人で乗り込んでいくということになります。そうなれば片山様の命の保証はないでしょう」
「そうですね。じゃあどうしたらいいですかね?」
「申し訳ありませんが、先ほど困難というような気やすめを言いましたが、御坂さんを助け出すのはほぼ不可能と存じ上げます。なぜと言って、助け出すためには、彼らの家へ乗り込まざるを得ず、また彼らの罠にかかるよりほかないからでございます」
「どういうこと、ですか?」
「こういうことでございます。やつは家じゅうの雨戸を閉め、できる限り家を暗くしていることでしょう。ああした天上の者どもから嫌われているものはすべからく、闇より本領を発揮するので、彼らもそうすることと思われるからです。そしてあなたがいざ家に入ってきたとなると、例の化け物がまた御坂さんに化けて悲鳴をあげるのです。そうなれば片山様は助けに行かざるを得ますまい。それが万が一本物の悲鳴であれば大惨事につながりかねませんし、また真偽を確かめるためには奥へ入るよりほかないのですから。こうして私たちはまんまと家の奥へと誘いこまれるわけです。私たちは闇の中では眼が利きませんから、たとえ三人ということであっても、あの化け物の餌食となることでしょう」
「そんな、何か方法はないのでしょうか?」
「ありません。彼らが籠城を決め込む以上、御坂さんを助け出すことは不可能でございます」
「そんな、じゃあ御坂先輩はどうなるんですか?」
「それは何とも言えません。彼ら次第と言いましょうか。あるいは、何か方法があるとも限りませんが、少なくとも今のところ、私の頭には何も思いつきませぬ。しばらく時間をくださいませ。明日の朝には何か案を出して見せましょう」
「悪いね」
「いえ」
僕はそれからベッドに入った。けれども寝付くことができなかった。御坂先輩を助けることができないのではないかという不安に心を刺され続けていたのだ。その痛みは耐えがたく、どうしようもないという状況から生まれた憤りが常に僕の心にあり続けた。
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