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47.やっかいな後始末
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ヒロトは仕事を早退して自宅へと車を走らせた。
たいした驚きもない。いつかはこうなるだろうなと思っていた。
昔から父親は、ギャンブルが好きだった。
思えば長い年月、好き勝手なことをしていたもんだ。
ギャンブルと謳われるものにはだいたい手を出していたはずだ・・おかしなところに出入りして、負けたの勝ったのと言っていたのは、ぼんやりと知っている。
そういう趣味を持って集まる父親の仲間たちは、あまりいい感じがしなかった。
週末でも、長期休暇でも、遊びに連れて行ってもらったこともなし。家族旅行など全くなし。正月から一晩中ジャラジャラと音を立てて麻雀をしたり、土曜、日曜には仲間たちと部屋に閉じこもり競馬中継などを聞いて騒いでいたり。小学生中学生のころは、友達を家に呼んで遊びたかったのに、格好悪くてできなかったものだった。
グレもせず素直に育った自分をほめたいぐらいだ。
そのおかげで、羽振りのいい時もあったのだと母親は言っていた。
有り金を全部貯金すると不自然に見えるほどになって、タンスの中に札束を隠してあったり、地方公務員にしては分不相応な料亭へ連れて行ってくれたりもした。
しかし、そんないい時期がずっと続くわけがなく、最近は雲行きがあやしくなってきていたのだ。
ある時、父親の仲間の一人が破産宣告をした。
負けが続くと冷静さを失ってしまう。ツケはどうしようもない額にまで膨れ上がり、あちこちに借りたり保証してもらったりと頼みまくってその場をしのいでも、次に勝てるとは限らない。返せるあてもなく解決の道はふさがっていく。
一人が倒れると、互いに保証しあっていた者らへと、どんどん飛び火していき、いとも簡単にパタリパタリと倒れていった。ある者は離婚し家族を残して姿を消したり、ある者はドラマのように、夜の間に家族全員でいなくなった。
・・それがオヤジの身に降りかかって来ても、まったくもって不思議はなかった。
父親や、父親の仲間がどうなろうと、自分の知ったことではない。
死んだって自業自得だし、自己破産すりゃ人からは恨まれるだろうがなんとか生きていけるんじゃないか?
その筋の怖い人から脅かされたりするのかどうだか、オレには関係ない。自分の好きな事ばかりして家族を見返らなかった報いだ。
自分は、就職して一人暮らしをしていたから、その間は無関心でいられたのだが、実家に住んで今のカフェに通うようになったから、四苦八苦しているのが身近で見えるようになった。
車のローンが払えないようだったから、自分がローンの返済を肩代わりしてやったし、たまに現金を貸してやったりもした。替わりにオヤジから車を取り上げて、それでカフェまで通うことにした。
オヤジ自身は仲間の誰かからスクラップ寸前の車をもらって乗っている。
そのオンボロの車でダムにつっこむと言ってるわけだが・・・
父親が死んでもなんとも思わないのか?と言われると、あんな父親でも、自分が幼い頃は可愛がってくれたらしいから、やや後ろめたくはある。
悪い人間じゃないんだ、ただ子どもなんだよ・・。五十ヅラ下げて、なんなんだよ。
なんで大人になれないのか。常識をわきまえられないのか。まったく。
・・・。
寝たきりのじいちゃんの世話をしている母親は、不憫に思う。
さっさと離婚してしまえばいいのに・・・。
貧乏性だよな、逃げてもいいのに。自分からそれを捨てることに罪悪感を感じるのだろう。いや、そこまで深く考えてないかな。嫁いできたから帰る家がないし、仕方がないと思っているのかもしれない。
家に帰ると、母親が放心したように居間に座っていた。
おやじの残したメモを見た。
いくつかの親戚に何百万かずつ。
何軒かの高利貸しらしきところにも1千数百万。
建設業関係らしき会社の名前も何軒か書いてある。
合計・・約5000万か。
死にたくもなるな。
最後に「すまなかった」って書いてある。
なにが すまなかった だ。 バカか。
最初に倒れたのは、自分も顔を知っている建設業者だった。オヤジが最後まで残ってたのか?
何軒かと保証しあっていた分を全部かぶっているなら、・・考えたら、よくこれぐらいで済んでるな。
「オヤジ、仕事はやめた?」
「知らない。」
「退職金は?」
「それを担保にもう借りちゃってるから、ほとんどないみたい。」
「で、・・死んだら保険はどれぐらい出るの?」
「・・・・2000万。」
「ダムに飛び込んでも、たりねーじゃんか・・・。」
おふくろの顔が情けなく崩れた。
「いくらかカネ持って出たのかよ?」
「2万。」
「出て行く時に渡したの・・?」
「・・これで最後かなと思ってしまって。」
「んな、わけないだろ。カネなくなったら帰ってくるだけだろ。」
「・・・・。」
どうやったらいいか・・・考えようにも、途方もない。
おふくろは、じいさんがいるから・・ここから離れられない・・。
・・・。これを返すなんて、オレの給料じゃ無理だ。
オレが一生かかってこの始末をつけるのか・・?
はあ・・・。帰ってもどうなるもんでもないじゃないか。いないもん勝ちじゃねぇかよ。
「なぁ、おふくろ。どこかから電話がかかっても、オヤジはいないで通せばいいわ。ほんとのことだから。」
「うん・・そうだね。」
どう考えたって、普通に働いてすぐ返せるような額じゃない。それぐらい俺にだってわかる。
「引き延ばして引き延ばして、一日一日をやり過ごして、ゆっくり考えようや。明日の食うもんあるんだろ?」
「うん。」
おふくろは神妙にうなずいた。
翌日になっても、父親からは連絡がなかった。
ヒロトは、家にいてもすることもないし普通に仕事に出た。
じっとしていてもお金にはならない。
いくら金策したって無駄だ。どこかから借りれば返さなくちゃならなくなる。同じことだ。
親戚や知人に、あれ以上借りを増やしたくなんかない。
母親には、どこからどんな連絡があっても、行先も知らないと言えばいいと言っておいたし。
たぶん・・今日はこれ以上何もできない。
もし、家まで来るようなやつがいても、寝たきり老人の世話をしているおふくろに乱暴ことはないだろう。万が一乱暴されれば借金が帳消しになるなんて話も聞いたことがある。
精神的につらいかもしれないが、おふくろは離婚すりゃ無関係だからな。
「おはようございまーす。」
「おはよう。」
マキノさんが目をぱちくりしている。
「お父さんどうなったの?」
「え・・帰ってきませんよ。たぶん。お金がなくなるまでは。」
本音を言えば、ここの人達に自分の家の事情を知られたくはなかったのだ。ここまで来て黙っているのは無理があると判断して開き直った。
「返すのは絶対無理な金額だったんで、どうしようもないなって思って・・。」
金額の明言は避けたが、マキノにはざっくりと事情を説明した。
昨日は、オレも少々感情が不安定だった。ちゃんと話して、わかってもらっておけば、それなりの心づもりをしてもらえるだろう・・。自分はここが気に入っているけど、問題ありと判断されて首を切られても文句はない。迷惑をかけたくないというのが、第一だ。
こんなに切羽詰まった状況なのに、他人に心配されるほど悲観的には考えていなかった。
自分がかぶった車のローンや、頼まれて何度か渡した分は、くれてやったと考えているから、なんとも思っていない。これでも自分なりにボーダーを引いてあって、パーソナルスペースにまで侵食してきたらバッサリ切り落とすつもりだった。自分がした失敗じゃないから、どこか他人事なのだ。
父親が帰って来て頑張ると言うなら、一緒に頑張ってやってもいいと思えたし、母親が離婚に踏み切るならそれもいいなと思った。父親が自己破産すれば一番楽なんだろうけどな。それをしないのは、いろんな人に迷惑をかけて追い詰められているくせに、捨てきれない何かがあるんだろうか。
ああいかん。ぼーっとしていてはいけないな。
仕事だ。個人的な事は頭から追い出して、しっかりやろう。
「ヒロト君、あのさ。」
マキノさんが話しかけてくる。
「んーと、もっと働いて、たくさんお金欲しい?」
「はぁ。もちろん欲しいですけど・・。」
「朝市のおばちゃん達の、みたらし工房をね、借りる話をしてたんだけどさ・・。」
「ああ、この間言ってたのですね。」
「あそこの仕事、ヒロトがやってみたらどうかな?」
「オレが、みたらしですか?」
「いや、違うのよ。みたらしの仕事取り上げたら、おばちゃん達に怒られるでしょ。」
確かに、以前マキノさんは、朝市の工房を、月から金までうちのカフェで使わせてもらう話しをしていた。
承諾は得ているようだが、どんなふうに使うつもりなのか、自分には想像がつかない。
「朝市に出す分とお弁当の分を、あそこでヒロトが全部やっちゃえばどうかな。自分で考えて、自分で仕込んで、自分で売って。その分をヒロトの収入にすれば、やったらやるだけの事あるんじゃない?手が足りなくなれば、うちのスタッフが手伝えるし。」
「そんなことしたら、カフェのほうの手が足りなくなるんじゃ・・・それにこっちの店オレ辞めたくないですよ。給料がなくなるのも困るし。」
「その辺はまだ細かく考えてないけど・・・。ヒロト君。カフェルポの名前は欲しい?」
「ええっ?自分で店するなんて考えたこともないですよ?」
「いや、しなくていいんだけど。私の説明が悪いね。そうだな・・今日遅くなっても大丈夫?お店終わってからゆっくり話そうか。」
「・・・・。」
そう言ってからは、マキノはそれ以上のことは口にせず、休憩を入れながらいつも通りの仕事をこなした。
夕方5時には遊が帰ってきて、接客の仕事を手伝いはじめた。
6時になると春樹も帰ってきた。
仕事も夕食も終えてから、片づけは遊が引き受けてくれて、マキノとヒロトと春樹の三人の座談会になった。
春樹にも、事情を説明したあと、マキノは自分の考えをぽつぽつと話し始めた。
「わたしが、ヒロトの家の借金まるまる考える力量はもちろんないんです。でも今のお給料ではどうにもできないでしょ?お仕事をして稼がないと。ヒロトはちゃんとしたものが作れるから、せっかく場所が借りられるんだったら、カフェルポの名前を使って、お弁当とか、お寿司とか、お店に卸して売ってもらえばいいんじゃないかと思うの。ほら、いつも買い物に行ってるスーパーや、他に売店あるでしょ。試食もって行って交渉して、注文とって、そのうち口コミで直に注文もらったり。どう?よくない?」
マキノの言葉をつなぎ合わせるに、お店の商売を広げることを考えていると言うのはわかった。
しかし、自分にとって、現実味がない。
春樹もフムフムと聞いていたが、とくに意見は出なかった。
マキノの考えに対して、春樹の目線ではどう見えるのか少し興味はあったが、今日は静かだ。
「さーて・・・どうするかなぁ・・。」
「ヒロト一人で大変なら・・朝市のおばちゃんを雇ってもいいかもよ・・。」
春樹が口を出した。
「地元のみんなとは、仲良くしたほうがいい。工房の先住民は大事にしないと。意外とできる人が集まってるし。」
「じゃあさ、最初はさ、普通にヒロトにお給料を払いながら、あの工房で仕事して増えた利益は、給料に少しずつ上乗せする方向でいいんじゃない?全部自分でするとなると大変でしょ?ああっ・・あの工房の座敷で、忘年会とかもできそうだね?いろんな仕事できそうだよ。」
「マキノってば・・・そんなに焦らなくてもいいんじゃない?まだ工房の使い方の調整もしないといけないのに。ほら、ヒロト本人が、まだゆったり構えてるし。」
春樹が呆れたように口を挟んだ。
「そうだね・・。」
マキノが照れ笑いをした。
いやぁ・・ゆったり構えているわけでもなかったんだが。
オレ、ホントにダメだな。ちょっと捨て鉢になっていた。
・・・オレが非現実的だと思った借金返済を、マキノさんは現実的に考えているという事か。
わかった。
腰を入れて、真剣に考えてみよう。
オヤジとお袋のためだけでなく、自分の為にも。
明日は、定休日・・。お袋と突っ込んだ話をするか。
カネを集めることも大事だが、言われるままにカネをむしられて一向に減らないとなると不毛だ・・。
返すための交渉か・・・怖い人相手に一般人が話しなんてできるんだろうか。
「木曜日、もう一度相談に乗ってください。オレ頑張りますから。」
ヒロトは一つ、ふうと大きく息を吐いた。
たいした驚きもない。いつかはこうなるだろうなと思っていた。
昔から父親は、ギャンブルが好きだった。
思えば長い年月、好き勝手なことをしていたもんだ。
ギャンブルと謳われるものにはだいたい手を出していたはずだ・・おかしなところに出入りして、負けたの勝ったのと言っていたのは、ぼんやりと知っている。
そういう趣味を持って集まる父親の仲間たちは、あまりいい感じがしなかった。
週末でも、長期休暇でも、遊びに連れて行ってもらったこともなし。家族旅行など全くなし。正月から一晩中ジャラジャラと音を立てて麻雀をしたり、土曜、日曜には仲間たちと部屋に閉じこもり競馬中継などを聞いて騒いでいたり。小学生中学生のころは、友達を家に呼んで遊びたかったのに、格好悪くてできなかったものだった。
グレもせず素直に育った自分をほめたいぐらいだ。
そのおかげで、羽振りのいい時もあったのだと母親は言っていた。
有り金を全部貯金すると不自然に見えるほどになって、タンスの中に札束を隠してあったり、地方公務員にしては分不相応な料亭へ連れて行ってくれたりもした。
しかし、そんないい時期がずっと続くわけがなく、最近は雲行きがあやしくなってきていたのだ。
ある時、父親の仲間の一人が破産宣告をした。
負けが続くと冷静さを失ってしまう。ツケはどうしようもない額にまで膨れ上がり、あちこちに借りたり保証してもらったりと頼みまくってその場をしのいでも、次に勝てるとは限らない。返せるあてもなく解決の道はふさがっていく。
一人が倒れると、互いに保証しあっていた者らへと、どんどん飛び火していき、いとも簡単にパタリパタリと倒れていった。ある者は離婚し家族を残して姿を消したり、ある者はドラマのように、夜の間に家族全員でいなくなった。
・・それがオヤジの身に降りかかって来ても、まったくもって不思議はなかった。
父親や、父親の仲間がどうなろうと、自分の知ったことではない。
死んだって自業自得だし、自己破産すりゃ人からは恨まれるだろうがなんとか生きていけるんじゃないか?
その筋の怖い人から脅かされたりするのかどうだか、オレには関係ない。自分の好きな事ばかりして家族を見返らなかった報いだ。
自分は、就職して一人暮らしをしていたから、その間は無関心でいられたのだが、実家に住んで今のカフェに通うようになったから、四苦八苦しているのが身近で見えるようになった。
車のローンが払えないようだったから、自分がローンの返済を肩代わりしてやったし、たまに現金を貸してやったりもした。替わりにオヤジから車を取り上げて、それでカフェまで通うことにした。
オヤジ自身は仲間の誰かからスクラップ寸前の車をもらって乗っている。
そのオンボロの車でダムにつっこむと言ってるわけだが・・・
父親が死んでもなんとも思わないのか?と言われると、あんな父親でも、自分が幼い頃は可愛がってくれたらしいから、やや後ろめたくはある。
悪い人間じゃないんだ、ただ子どもなんだよ・・。五十ヅラ下げて、なんなんだよ。
なんで大人になれないのか。常識をわきまえられないのか。まったく。
・・・。
寝たきりのじいちゃんの世話をしている母親は、不憫に思う。
さっさと離婚してしまえばいいのに・・・。
貧乏性だよな、逃げてもいいのに。自分からそれを捨てることに罪悪感を感じるのだろう。いや、そこまで深く考えてないかな。嫁いできたから帰る家がないし、仕方がないと思っているのかもしれない。
家に帰ると、母親が放心したように居間に座っていた。
おやじの残したメモを見た。
いくつかの親戚に何百万かずつ。
何軒かの高利貸しらしきところにも1千数百万。
建設業関係らしき会社の名前も何軒か書いてある。
合計・・約5000万か。
死にたくもなるな。
最後に「すまなかった」って書いてある。
なにが すまなかった だ。 バカか。
最初に倒れたのは、自分も顔を知っている建設業者だった。オヤジが最後まで残ってたのか?
何軒かと保証しあっていた分を全部かぶっているなら、・・考えたら、よくこれぐらいで済んでるな。
「オヤジ、仕事はやめた?」
「知らない。」
「退職金は?」
「それを担保にもう借りちゃってるから、ほとんどないみたい。」
「で、・・死んだら保険はどれぐらい出るの?」
「・・・・2000万。」
「ダムに飛び込んでも、たりねーじゃんか・・・。」
おふくろの顔が情けなく崩れた。
「いくらかカネ持って出たのかよ?」
「2万。」
「出て行く時に渡したの・・?」
「・・これで最後かなと思ってしまって。」
「んな、わけないだろ。カネなくなったら帰ってくるだけだろ。」
「・・・・。」
どうやったらいいか・・・考えようにも、途方もない。
おふくろは、じいさんがいるから・・ここから離れられない・・。
・・・。これを返すなんて、オレの給料じゃ無理だ。
オレが一生かかってこの始末をつけるのか・・?
はあ・・・。帰ってもどうなるもんでもないじゃないか。いないもん勝ちじゃねぇかよ。
「なぁ、おふくろ。どこかから電話がかかっても、オヤジはいないで通せばいいわ。ほんとのことだから。」
「うん・・そうだね。」
どう考えたって、普通に働いてすぐ返せるような額じゃない。それぐらい俺にだってわかる。
「引き延ばして引き延ばして、一日一日をやり過ごして、ゆっくり考えようや。明日の食うもんあるんだろ?」
「うん。」
おふくろは神妙にうなずいた。
翌日になっても、父親からは連絡がなかった。
ヒロトは、家にいてもすることもないし普通に仕事に出た。
じっとしていてもお金にはならない。
いくら金策したって無駄だ。どこかから借りれば返さなくちゃならなくなる。同じことだ。
親戚や知人に、あれ以上借りを増やしたくなんかない。
母親には、どこからどんな連絡があっても、行先も知らないと言えばいいと言っておいたし。
たぶん・・今日はこれ以上何もできない。
もし、家まで来るようなやつがいても、寝たきり老人の世話をしているおふくろに乱暴ことはないだろう。万が一乱暴されれば借金が帳消しになるなんて話も聞いたことがある。
精神的につらいかもしれないが、おふくろは離婚すりゃ無関係だからな。
「おはようございまーす。」
「おはよう。」
マキノさんが目をぱちくりしている。
「お父さんどうなったの?」
「え・・帰ってきませんよ。たぶん。お金がなくなるまでは。」
本音を言えば、ここの人達に自分の家の事情を知られたくはなかったのだ。ここまで来て黙っているのは無理があると判断して開き直った。
「返すのは絶対無理な金額だったんで、どうしようもないなって思って・・。」
金額の明言は避けたが、マキノにはざっくりと事情を説明した。
昨日は、オレも少々感情が不安定だった。ちゃんと話して、わかってもらっておけば、それなりの心づもりをしてもらえるだろう・・。自分はここが気に入っているけど、問題ありと判断されて首を切られても文句はない。迷惑をかけたくないというのが、第一だ。
こんなに切羽詰まった状況なのに、他人に心配されるほど悲観的には考えていなかった。
自分がかぶった車のローンや、頼まれて何度か渡した分は、くれてやったと考えているから、なんとも思っていない。これでも自分なりにボーダーを引いてあって、パーソナルスペースにまで侵食してきたらバッサリ切り落とすつもりだった。自分がした失敗じゃないから、どこか他人事なのだ。
父親が帰って来て頑張ると言うなら、一緒に頑張ってやってもいいと思えたし、母親が離婚に踏み切るならそれもいいなと思った。父親が自己破産すれば一番楽なんだろうけどな。それをしないのは、いろんな人に迷惑をかけて追い詰められているくせに、捨てきれない何かがあるんだろうか。
ああいかん。ぼーっとしていてはいけないな。
仕事だ。個人的な事は頭から追い出して、しっかりやろう。
「ヒロト君、あのさ。」
マキノさんが話しかけてくる。
「んーと、もっと働いて、たくさんお金欲しい?」
「はぁ。もちろん欲しいですけど・・。」
「朝市のおばちゃん達の、みたらし工房をね、借りる話をしてたんだけどさ・・。」
「ああ、この間言ってたのですね。」
「あそこの仕事、ヒロトがやってみたらどうかな?」
「オレが、みたらしですか?」
「いや、違うのよ。みたらしの仕事取り上げたら、おばちゃん達に怒られるでしょ。」
確かに、以前マキノさんは、朝市の工房を、月から金までうちのカフェで使わせてもらう話しをしていた。
承諾は得ているようだが、どんなふうに使うつもりなのか、自分には想像がつかない。
「朝市に出す分とお弁当の分を、あそこでヒロトが全部やっちゃえばどうかな。自分で考えて、自分で仕込んで、自分で売って。その分をヒロトの収入にすれば、やったらやるだけの事あるんじゃない?手が足りなくなれば、うちのスタッフが手伝えるし。」
「そんなことしたら、カフェのほうの手が足りなくなるんじゃ・・・それにこっちの店オレ辞めたくないですよ。給料がなくなるのも困るし。」
「その辺はまだ細かく考えてないけど・・・。ヒロト君。カフェルポの名前は欲しい?」
「ええっ?自分で店するなんて考えたこともないですよ?」
「いや、しなくていいんだけど。私の説明が悪いね。そうだな・・今日遅くなっても大丈夫?お店終わってからゆっくり話そうか。」
「・・・・。」
そう言ってからは、マキノはそれ以上のことは口にせず、休憩を入れながらいつも通りの仕事をこなした。
夕方5時には遊が帰ってきて、接客の仕事を手伝いはじめた。
6時になると春樹も帰ってきた。
仕事も夕食も終えてから、片づけは遊が引き受けてくれて、マキノとヒロトと春樹の三人の座談会になった。
春樹にも、事情を説明したあと、マキノは自分の考えをぽつぽつと話し始めた。
「わたしが、ヒロトの家の借金まるまる考える力量はもちろんないんです。でも今のお給料ではどうにもできないでしょ?お仕事をして稼がないと。ヒロトはちゃんとしたものが作れるから、せっかく場所が借りられるんだったら、カフェルポの名前を使って、お弁当とか、お寿司とか、お店に卸して売ってもらえばいいんじゃないかと思うの。ほら、いつも買い物に行ってるスーパーや、他に売店あるでしょ。試食もって行って交渉して、注文とって、そのうち口コミで直に注文もらったり。どう?よくない?」
マキノの言葉をつなぎ合わせるに、お店の商売を広げることを考えていると言うのはわかった。
しかし、自分にとって、現実味がない。
春樹もフムフムと聞いていたが、とくに意見は出なかった。
マキノの考えに対して、春樹の目線ではどう見えるのか少し興味はあったが、今日は静かだ。
「さーて・・・どうするかなぁ・・。」
「ヒロト一人で大変なら・・朝市のおばちゃんを雇ってもいいかもよ・・。」
春樹が口を出した。
「地元のみんなとは、仲良くしたほうがいい。工房の先住民は大事にしないと。意外とできる人が集まってるし。」
「じゃあさ、最初はさ、普通にヒロトにお給料を払いながら、あの工房で仕事して増えた利益は、給料に少しずつ上乗せする方向でいいんじゃない?全部自分でするとなると大変でしょ?ああっ・・あの工房の座敷で、忘年会とかもできそうだね?いろんな仕事できそうだよ。」
「マキノってば・・・そんなに焦らなくてもいいんじゃない?まだ工房の使い方の調整もしないといけないのに。ほら、ヒロト本人が、まだゆったり構えてるし。」
春樹が呆れたように口を挟んだ。
「そうだね・・。」
マキノが照れ笑いをした。
いやぁ・・ゆったり構えているわけでもなかったんだが。
オレ、ホントにダメだな。ちょっと捨て鉢になっていた。
・・・オレが非現実的だと思った借金返済を、マキノさんは現実的に考えているという事か。
わかった。
腰を入れて、真剣に考えてみよう。
オヤジとお袋のためだけでなく、自分の為にも。
明日は、定休日・・。お袋と突っ込んだ話をするか。
カネを集めることも大事だが、言われるままにカネをむしられて一向に減らないとなると不毛だ・・。
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