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48.春樹先生のクラス
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自宅に戻る車の中でも、ヒロトのことと仕事のことが気になるようで、マキノは春樹にポツリポツリと思いついたことを断続的にしゃべったり、考えたりしていた。だが、ふいにこちらを向いてじっと顔を覗き込んできた。
「今日は、春樹さんどうしたの?」
「何が?」
「春樹さん、いつもとちょっと違う。」
「・・・。」
マキノってたまに・・鋭いときがあるんだよな。
「なんでもないよ。」
「・・そう?」
マキノが黙ってしまった。
そのまま自宅に着いて、マキノは風呂の用意や家の中のことをしはじめた。
なんでもないとは言ったが、実は今日ちょっと思うことが、あるにはあった。
顔に出てたかな?そんなこともないと思う。
自分は、仕事の事を家の中ではあまり話をしない。外でのことは家庭に持ち込まないという確固たるポリシーなんぞあるわけでもないのだが・・・とりあえず今日のことを振り返ってみる。
今日は、授業参観の後、懇談会があった。
そこで保護者たちが話題にしたことが、自分にとっては寝耳に水だったのだ。
最近、確かに個人的な事は忙しかったとは言えるが・・・受け持ちのクラスのことを疎かにしたつもりはなかったんだがなぁ・・・。
ソファーに寝転がって、薄手の毛布を足元にかけた。TVをつける気にはならなかった。
リビングは、朝出かける前にヒーターのタイマーをセットしているので、底冷えするほどではなかったが少し寒い。コタツが恋しいな。
台所の方から、ピーピーピーと音が聞こえた。
マキノが冷蔵庫を開けたままにしているようだ。
「何やってんの?」
「んー・・・。何かいいものないかなーと思って・・。」
「さっき夕飯食ったばっかじゃないか。」
「そうなんだけどね・・・。そうだ、お風呂のあとで・・。」
・・・。
さっきまで仕事してたのに、まだ何かする気かよ。
「マキノ、もう早めに休んだほうがいいよ・・。」
「わかってる。春樹さんは早くお風呂行って。わたしもすぐ入るから。」
「・・ああ。」
風呂から上がってマキノ入れ替わると、リビングのテーブルにつまみらしきものが並んでいた。
クラッカーにスライスチーズとプチトマトが乗ったもの。
ロースハムで野菜らしいものを巻いたもの。
朝ごはん用の食材で作ったんだな。という事がわかる。
それと、小さい器にはナッツ類が入っていた。
クルミを一つ口に放り込んで、食べ物に興味を魅かれながら、そういえば鍋の持ち手が一つぐらついていると言ってたな・・と思い出した。工具箱からプラスのドライバーを出してゴソゴソしつつマキノを待った。
「何が飲みたい?ブランデーもあるし、ワインと、焼酎と、日本酒もあるよ!」
マキノの声が聞こえた。
「いつのまに・・・」
そんなにアルコール置いてあったっけ?と思いながら、焼酎の水割りを所望してみた。
マキノは、間髪入れず、レモンを浮かべた焼酎を水割りのタンブラーを持ってきた。
返事を予想していたようなタイミングだ。
マキノ自身は、薄いピンクの飲み物の入った小さいグラスを持っている。
「今日はカレーしか食べてないからね。たまにはいいでしょ?」
そう言って、ソファーに座っている春樹の隣に寄り添うように座った。
「ほら。かんぱい。」
オレの持っているタンブラーにグラスを当ててちいさくカチンと鳴らした。
・・なんか一瞬、色っぽかったな。今の・・。
風呂で体は暖まった。部屋も暖かくなって、少し照明が落としてあって、なんとなく雰囲気がいい。
水割りはちゃんと混ざっていなくて、最初はレモンの香りの水に近かった。しかし冷たさがのどに気持ちがいい。
「それで?」
とマキノが聞いてきた。
「・・・。」
「その、なんでもないことって、なあに?」
やっぱり追及する気か。
「ほんとに何でもないんだよ?」
「じゃあ、今日の何でもない出来事の雑談しようよ。雑談を。」
「はぁ・・・。」
ため息をついた。・・どうしてもオレにしゃべらせたいらしいな。
まぁいいや、しゃべってもどうなるもんでもないんだけど、マキノの気は済むか・・。
「・・今日はね、授業参観と懇談会があったの。」
「うんうん。」
「オレね・・本当に全然気がつかなかったんだよなぁ。」
今自分が受け持っているのは4年生のクラスだ。
授業参観は普通に終わって,懇談会の時に,ある女の子のお母さんが,「自分の子が学校に行きたくないと言って,毎朝泣いている。」・・という訴えがあったのだ。
他の保護者は,何らかの事情を知っているのか,驚いたような顔すらしていなかった。
参加していた顔ぶれのほとんどが,クラスの内情を知っているようだった。
オレだけか?気づかなかったのは・・・。
「元気だったんだ。優香っていうんだけどさ。元気がなかったり一人でいたりすればわかるはずだろう?そんな気配はまったくなかったと思う。」
「勉強が嫌なの?先生が嫌われるようなことしたとか。」
「勉強はともかく・・・ニコニコ話しかけてくるし嫌われてるとは思えないけど・・。」
「お友達とのトラブルは?」
「トラブルってほどではないけど・・まぁちょっとしっかりした子がいて、他の子らを仕切ってる感じはある。他の保護者達はそこが原因だと暗黙の共通意識になってる感じだった。」
「それは一人対多数?」
「そういうのは、ない。」
「いじめてるとか仲間外れとか・・」
「ないよ。・・女子のグループは仲良かったんだ。全員が一緒に遊んで、仕切やさんの女の子は菜緒っていうんだけどね、無理に合わせたり、いやいやながら一緒にいるようには見えなかった。オレの目がボンクラなのか・・。懇談会にまで持ち込むほど親たちが深刻に思ってるとは・・・情けなかったよ。」
春樹は、そこで言葉をとめて、しばらく黙った。
タンブラーの中の氷がカランと鳴った。
「懇談会は、その菜緒ちゃんの親もいた?」
「いたね。」
「荒れた?」
「いや、荒れなかった。むしろ穏やかで、理想的な話し合いだったと思う。」
「理想的って?」
「うん。・・・結構子どもがつまづいたっていう体験の話って多くてさ。うちの子はこうだったとか、知人の子が自殺したって話までいろいろ出てた。けど、成長過程でトラブルに出会ってこそ社会に出て対応できるようになるだろうって。子ども時代にはそういう経験も必要っていう前提だった。」
「へえ、すごい。よくできたクラスだね・・。それで、菜緒ちゃんのお母さんはどういう反応だったの?」
「それがね、わかっているのかいないのか、キョトンとした感じで聞いてた。・・自分の子のことが話題になってると本気でわかってなかったかもしれんな。」
「たぶん、菜緒ちゃんも、他の子にプレッシャーを与えてるとか思ってもないんじゃない?」
「まぁ・・全体に向けてそういう道徳の指導はあるんだけどね・・。」
「本当の意味で理解できるのは大人になってからってこともあるね。」
「・・そうだな。友達に嫌な思いさせてるってことには気づいてないかもしれないな。」
「あのさ・・優香ちゃんのことばかりみんな見てるけど・・。私、優香ちゃんのお母さんが心配だな。」
「お母さんか・・・」
「たしかに、優香ちゃんには何らかのストレスはあるのかもしれないけど、普通ならそれを乗り越えて頑張れるようなことが、朝って眠いしだるいし気持ちのいい布団から出たくないじゃない。そういう時はストレスはねのけるのがつらいってこともあるでしょ。」
「あるねぇ。」
「お母さんが、子どもの言ってることを真に受け過ぎてるんじゃないかなって思った。」
「親は、自分の子ども中心に考えるからな・・。スムーズにいかないと、神経質になるかも。」
「一番暴れてる時の優香ちゃんしか見えてないから、お母さんがそれを深刻に受け止めて苦しくなっているとかさ。なんだかんだ言って学校に来れてるんなら優香ちゃん本人には自分でストレス処理できる力があるんじゃないの?」
そういえば・・・。
クラスのお母さん方から心配して励ましてもらって、懇談会の最後の方は随分肩の力が抜けていたようにも思う。
「みなさん、考えてくださってありがとう。」と懇談会の終わりでみなに礼を言っていた。
優香のお母さんにとっては、懇談会で相談するのも勇気のいることだっただろう。それができたのは、お母さんどうしの信頼関係があるという事だ。
自分一人に相談されていたとしたら・・本人に尋ねて、優香が自分の力で対応できるように指導するか、それとも、このゴタゴタが煮詰まった状態になってから話し合うことになったか・・。子ども達の様子によるが・・。
うん。・・今回これでよかったのかもしれないな。
明日はそれとなく優香に話しかけてみよう。菜緒のことも女子全体も要観察だ。
「春樹さんのおめめがボンクラかどうかは知らないけど、学校での事は春樹さんの目で見てるもののほうが正確かもしれないって思うよ。・・・あ、あともうひとつ、私が思うに、優香ちゃんにクラス以外のコミュニティがあったほうがいいと思う。塾や習い事でもいいし、何かのスポーツのクラブとか。サークルとか。」
「ああそうだね・・。」
そうだった。スイミングに行き始めて少し元気になったとも言っていた。
自分には居場所があると思えるだけでも違うし、何かできることが増えると自信にもなる。
今度、優香をカヌーに誘ってみようかなぁ。
そうやって考えていると、しばらく黙っていたマキノが
「私の旦那様は、とってもいい先生だね。」
と言った。
「・・ん?」
マキノは自分のグラスをくいっと飲み干していい笑顔をした。
なぐさめているのか何か知らないけど、笑い方がちょいわざとらしい。
「それ、何飲んでたの?」
「自家製カリン酒。」
「へえ。」
「ここの庭でカリンが成るでしょ?あんまりいい匂いがするから、お店に持って行ってカリン酒にしたの。おいしいよ?」
「よくそんな時間あったね・・・。」
春樹は苦笑いして、爪楊枝でとめたハム野菜巻をパクリと口に入れた。
「このハムの中の野菜、何か変ったものが入ってる?」
「うん。わさび菜っていうの。」
「このピリッとした風味と刺激がいいね。」
「最近出まわりだした野菜みたい。・・クラスでさ、忘年会とか新年会しないのかな。そういう仲のいい集まりで、ちょっとしたもの食べておしゃべりしたら楽しいのに。うちに来てくれたら食べさせてあげられるのにね。」
ああ・・またはじまった。
人にごはんを食べさせたら、元気になるってか・・。
マキノにとっては、おいしいことイコール幸せか。ホントに単純だ。
「きっと優香ちゃんはさ、みんなからこんなに愛されてるから、きっと強くなれるよ。」
「・・そうだね。」
いくら考えても、子どもたち一人一人がどんな人生を歩むか、どんな大人になるのか、その答えは何年も経った後しかわからない。
でも、今わからなくても、こうやって親が話し合ったり心配し思い悩むことは,無駄ではないと思う。
自分のことで、怒ったり泣いたりよろこんだりする大人がいる。その姿を見て、子どもが自分は愛されてると思えるだろう。
ソファーの背もたれに沈むようにもたれて、マキノのいくつかの言葉を頭の中で反芻する。
手に持ったタンブラーの中は氷が溶けて、最初混ざっていなかったアルコールが今になって丁度いい。
隣に座っているマキノの顔をじっと見た。
・・・・。
「水割りおかわり?」
「いや。」
「・・まじまじと顔を見るのはやめてほしいんだけど。」
ふっ、照れているのかな。
・・・。
「マキノ・・。」
呼ぶと、子犬のように見上げてくる。
この表情・・・あらためて、好きだなぁ・・と思う。
オレ、酔ったのかな。自分の思考に脈略がない。
自分の手が勝手にマキノをつかまえてやわらかく抱きしめた。
くう・・っ。
このまま押し倒したいのはやまやまだが、当分は我慢かぁ。
「マキノは、健気で一生懸命な、・・いい奥さんだな。」
「い・・一生懸命でも、ちゃんとできているとは限らないよ。」
「マキノは完璧だよ。今のところ。」
「今のところって、なん・・・んんんっ。」
何か言い返してくるときは、キスでふさぐ。たっぷりの愛を込めたキスだ。
そして、解放してから聞いた。
「マキノ、明日は検診だよね?」
「うん・・。」
「その他の予定は?」
「買い物と、商売拡張についての考察。」
「・・休みの日は、ちゃんと体を休めてよね。」
「はい・・。」
「もう寝よっか。」
「はい・・。」
「歯磨きしてからね。」
「はい・・。」
「今日は、春樹さんどうしたの?」
「何が?」
「春樹さん、いつもとちょっと違う。」
「・・・。」
マキノってたまに・・鋭いときがあるんだよな。
「なんでもないよ。」
「・・そう?」
マキノが黙ってしまった。
そのまま自宅に着いて、マキノは風呂の用意や家の中のことをしはじめた。
なんでもないとは言ったが、実は今日ちょっと思うことが、あるにはあった。
顔に出てたかな?そんなこともないと思う。
自分は、仕事の事を家の中ではあまり話をしない。外でのことは家庭に持ち込まないという確固たるポリシーなんぞあるわけでもないのだが・・・とりあえず今日のことを振り返ってみる。
今日は、授業参観の後、懇談会があった。
そこで保護者たちが話題にしたことが、自分にとっては寝耳に水だったのだ。
最近、確かに個人的な事は忙しかったとは言えるが・・・受け持ちのクラスのことを疎かにしたつもりはなかったんだがなぁ・・・。
ソファーに寝転がって、薄手の毛布を足元にかけた。TVをつける気にはならなかった。
リビングは、朝出かける前にヒーターのタイマーをセットしているので、底冷えするほどではなかったが少し寒い。コタツが恋しいな。
台所の方から、ピーピーピーと音が聞こえた。
マキノが冷蔵庫を開けたままにしているようだ。
「何やってんの?」
「んー・・・。何かいいものないかなーと思って・・。」
「さっき夕飯食ったばっかじゃないか。」
「そうなんだけどね・・・。そうだ、お風呂のあとで・・。」
・・・。
さっきまで仕事してたのに、まだ何かする気かよ。
「マキノ、もう早めに休んだほうがいいよ・・。」
「わかってる。春樹さんは早くお風呂行って。わたしもすぐ入るから。」
「・・ああ。」
風呂から上がってマキノ入れ替わると、リビングのテーブルにつまみらしきものが並んでいた。
クラッカーにスライスチーズとプチトマトが乗ったもの。
ロースハムで野菜らしいものを巻いたもの。
朝ごはん用の食材で作ったんだな。という事がわかる。
それと、小さい器にはナッツ類が入っていた。
クルミを一つ口に放り込んで、食べ物に興味を魅かれながら、そういえば鍋の持ち手が一つぐらついていると言ってたな・・と思い出した。工具箱からプラスのドライバーを出してゴソゴソしつつマキノを待った。
「何が飲みたい?ブランデーもあるし、ワインと、焼酎と、日本酒もあるよ!」
マキノの声が聞こえた。
「いつのまに・・・」
そんなにアルコール置いてあったっけ?と思いながら、焼酎の水割りを所望してみた。
マキノは、間髪入れず、レモンを浮かべた焼酎を水割りのタンブラーを持ってきた。
返事を予想していたようなタイミングだ。
マキノ自身は、薄いピンクの飲み物の入った小さいグラスを持っている。
「今日はカレーしか食べてないからね。たまにはいいでしょ?」
そう言って、ソファーに座っている春樹の隣に寄り添うように座った。
「ほら。かんぱい。」
オレの持っているタンブラーにグラスを当ててちいさくカチンと鳴らした。
・・なんか一瞬、色っぽかったな。今の・・。
風呂で体は暖まった。部屋も暖かくなって、少し照明が落としてあって、なんとなく雰囲気がいい。
水割りはちゃんと混ざっていなくて、最初はレモンの香りの水に近かった。しかし冷たさがのどに気持ちがいい。
「それで?」
とマキノが聞いてきた。
「・・・。」
「その、なんでもないことって、なあに?」
やっぱり追及する気か。
「ほんとに何でもないんだよ?」
「じゃあ、今日の何でもない出来事の雑談しようよ。雑談を。」
「はぁ・・・。」
ため息をついた。・・どうしてもオレにしゃべらせたいらしいな。
まぁいいや、しゃべってもどうなるもんでもないんだけど、マキノの気は済むか・・。
「・・今日はね、授業参観と懇談会があったの。」
「うんうん。」
「オレね・・本当に全然気がつかなかったんだよなぁ。」
今自分が受け持っているのは4年生のクラスだ。
授業参観は普通に終わって,懇談会の時に,ある女の子のお母さんが,「自分の子が学校に行きたくないと言って,毎朝泣いている。」・・という訴えがあったのだ。
他の保護者は,何らかの事情を知っているのか,驚いたような顔すらしていなかった。
参加していた顔ぶれのほとんどが,クラスの内情を知っているようだった。
オレだけか?気づかなかったのは・・・。
「元気だったんだ。優香っていうんだけどさ。元気がなかったり一人でいたりすればわかるはずだろう?そんな気配はまったくなかったと思う。」
「勉強が嫌なの?先生が嫌われるようなことしたとか。」
「勉強はともかく・・・ニコニコ話しかけてくるし嫌われてるとは思えないけど・・。」
「お友達とのトラブルは?」
「トラブルってほどではないけど・・まぁちょっとしっかりした子がいて、他の子らを仕切ってる感じはある。他の保護者達はそこが原因だと暗黙の共通意識になってる感じだった。」
「それは一人対多数?」
「そういうのは、ない。」
「いじめてるとか仲間外れとか・・」
「ないよ。・・女子のグループは仲良かったんだ。全員が一緒に遊んで、仕切やさんの女の子は菜緒っていうんだけどね、無理に合わせたり、いやいやながら一緒にいるようには見えなかった。オレの目がボンクラなのか・・。懇談会にまで持ち込むほど親たちが深刻に思ってるとは・・・情けなかったよ。」
春樹は、そこで言葉をとめて、しばらく黙った。
タンブラーの中の氷がカランと鳴った。
「懇談会は、その菜緒ちゃんの親もいた?」
「いたね。」
「荒れた?」
「いや、荒れなかった。むしろ穏やかで、理想的な話し合いだったと思う。」
「理想的って?」
「うん。・・・結構子どもがつまづいたっていう体験の話って多くてさ。うちの子はこうだったとか、知人の子が自殺したって話までいろいろ出てた。けど、成長過程でトラブルに出会ってこそ社会に出て対応できるようになるだろうって。子ども時代にはそういう経験も必要っていう前提だった。」
「へえ、すごい。よくできたクラスだね・・。それで、菜緒ちゃんのお母さんはどういう反応だったの?」
「それがね、わかっているのかいないのか、キョトンとした感じで聞いてた。・・自分の子のことが話題になってると本気でわかってなかったかもしれんな。」
「たぶん、菜緒ちゃんも、他の子にプレッシャーを与えてるとか思ってもないんじゃない?」
「まぁ・・全体に向けてそういう道徳の指導はあるんだけどね・・。」
「本当の意味で理解できるのは大人になってからってこともあるね。」
「・・そうだな。友達に嫌な思いさせてるってことには気づいてないかもしれないな。」
「あのさ・・優香ちゃんのことばかりみんな見てるけど・・。私、優香ちゃんのお母さんが心配だな。」
「お母さんか・・・」
「たしかに、優香ちゃんには何らかのストレスはあるのかもしれないけど、普通ならそれを乗り越えて頑張れるようなことが、朝って眠いしだるいし気持ちのいい布団から出たくないじゃない。そういう時はストレスはねのけるのがつらいってこともあるでしょ。」
「あるねぇ。」
「お母さんが、子どもの言ってることを真に受け過ぎてるんじゃないかなって思った。」
「親は、自分の子ども中心に考えるからな・・。スムーズにいかないと、神経質になるかも。」
「一番暴れてる時の優香ちゃんしか見えてないから、お母さんがそれを深刻に受け止めて苦しくなっているとかさ。なんだかんだ言って学校に来れてるんなら優香ちゃん本人には自分でストレス処理できる力があるんじゃないの?」
そういえば・・・。
クラスのお母さん方から心配して励ましてもらって、懇談会の最後の方は随分肩の力が抜けていたようにも思う。
「みなさん、考えてくださってありがとう。」と懇談会の終わりでみなに礼を言っていた。
優香のお母さんにとっては、懇談会で相談するのも勇気のいることだっただろう。それができたのは、お母さんどうしの信頼関係があるという事だ。
自分一人に相談されていたとしたら・・本人に尋ねて、優香が自分の力で対応できるように指導するか、それとも、このゴタゴタが煮詰まった状態になってから話し合うことになったか・・。子ども達の様子によるが・・。
うん。・・今回これでよかったのかもしれないな。
明日はそれとなく優香に話しかけてみよう。菜緒のことも女子全体も要観察だ。
「春樹さんのおめめがボンクラかどうかは知らないけど、学校での事は春樹さんの目で見てるもののほうが正確かもしれないって思うよ。・・・あ、あともうひとつ、私が思うに、優香ちゃんにクラス以外のコミュニティがあったほうがいいと思う。塾や習い事でもいいし、何かのスポーツのクラブとか。サークルとか。」
「ああそうだね・・。」
そうだった。スイミングに行き始めて少し元気になったとも言っていた。
自分には居場所があると思えるだけでも違うし、何かできることが増えると自信にもなる。
今度、優香をカヌーに誘ってみようかなぁ。
そうやって考えていると、しばらく黙っていたマキノが
「私の旦那様は、とってもいい先生だね。」
と言った。
「・・ん?」
マキノは自分のグラスをくいっと飲み干していい笑顔をした。
なぐさめているのか何か知らないけど、笑い方がちょいわざとらしい。
「それ、何飲んでたの?」
「自家製カリン酒。」
「へえ。」
「ここの庭でカリンが成るでしょ?あんまりいい匂いがするから、お店に持って行ってカリン酒にしたの。おいしいよ?」
「よくそんな時間あったね・・・。」
春樹は苦笑いして、爪楊枝でとめたハム野菜巻をパクリと口に入れた。
「このハムの中の野菜、何か変ったものが入ってる?」
「うん。わさび菜っていうの。」
「このピリッとした風味と刺激がいいね。」
「最近出まわりだした野菜みたい。・・クラスでさ、忘年会とか新年会しないのかな。そういう仲のいい集まりで、ちょっとしたもの食べておしゃべりしたら楽しいのに。うちに来てくれたら食べさせてあげられるのにね。」
ああ・・またはじまった。
人にごはんを食べさせたら、元気になるってか・・。
マキノにとっては、おいしいことイコール幸せか。ホントに単純だ。
「きっと優香ちゃんはさ、みんなからこんなに愛されてるから、きっと強くなれるよ。」
「・・そうだね。」
いくら考えても、子どもたち一人一人がどんな人生を歩むか、どんな大人になるのか、その答えは何年も経った後しかわからない。
でも、今わからなくても、こうやって親が話し合ったり心配し思い悩むことは,無駄ではないと思う。
自分のことで、怒ったり泣いたりよろこんだりする大人がいる。その姿を見て、子どもが自分は愛されてると思えるだろう。
ソファーの背もたれに沈むようにもたれて、マキノのいくつかの言葉を頭の中で反芻する。
手に持ったタンブラーの中は氷が溶けて、最初混ざっていなかったアルコールが今になって丁度いい。
隣に座っているマキノの顔をじっと見た。
・・・・。
「水割りおかわり?」
「いや。」
「・・まじまじと顔を見るのはやめてほしいんだけど。」
ふっ、照れているのかな。
・・・。
「マキノ・・。」
呼ぶと、子犬のように見上げてくる。
この表情・・・あらためて、好きだなぁ・・と思う。
オレ、酔ったのかな。自分の思考に脈略がない。
自分の手が勝手にマキノをつかまえてやわらかく抱きしめた。
くう・・っ。
このまま押し倒したいのはやまやまだが、当分は我慢かぁ。
「マキノは、健気で一生懸命な、・・いい奥さんだな。」
「い・・一生懸命でも、ちゃんとできているとは限らないよ。」
「マキノは完璧だよ。今のところ。」
「今のところって、なん・・・んんんっ。」
何か言い返してくるときは、キスでふさぐ。たっぷりの愛を込めたキスだ。
そして、解放してから聞いた。
「マキノ、明日は検診だよね?」
「うん・・。」
「その他の予定は?」
「買い物と、商売拡張についての考察。」
「・・休みの日は、ちゃんと体を休めてよね。」
「はい・・。」
「もう寝よっか。」
「はい・・。」
「歯磨きしてからね。」
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