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62.お財布とナミダ
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あちこちでおしゃべりが始まって、笑い声が上がり、皆が料理に手を伸ばし、にぎやかに食事会が進んだ。
ヒロトは乾杯の時だけ皆と一緒に座っていたが、厨房で次の料理の段取りをするためすぐに席を立った。
春樹は、マキノにコソコソとささやいた。
「あの二人、どう思う?」
「わたしの第六感は“ビンゴ”って言ってるけど、春樹さんはどう思う?」
「オレもそう思う。ヒロトから“彼女と一緒にいたいオーラ”がビンビン伝わってくる。・・確かめてくるよ。」
立ち上がる春樹に、マキノは親指をぐっと立てて“任せた”というそぶりをした。
ヒロトにつづいて厨房に入り、「何か手伝おうか?」と尋ねた。
「春樹さん・・本気でホストするつもりだったんですか。」
「当然じゃないか。ヒロト君。」
春樹は、冷蔵庫を開けて、銀のお盆にジュースを出しながら小声で聞いた。
「単刀直入に聞くけど、美緒ちゃんがヒロトの好きな人?」
ヒロトは、一瞬びくっとして固まった。
「は・・春樹さん・・・」
「大事な人?」
「ええと・・オレ、一年以上も彼女とは音信不通だったんで・・」
「ほーぉ。だから?」
「オレ・・合わせる顔ないんすよ。」
「ぷぷっ。もう顔合わせてるじゃないか。」
春樹は、笑った。
「いや・・以前、彼女に悪いことして・・ええと。」
ヒロトが何を言いたいのか、イマイチ伝わってこない。
「一年前とは、いろいろ・・事情が変わって・・。」
「ヒロトあのね、事情はどうでもいいんだよ。じゃあ質問の形をちょっと変えよう。一年前の音信があった時は大事な人だった?」
ヒロトがまた固まった。
「今は、違うの?」
春樹が畳み掛ける。
「よりを戻したい?」
ヒロトはぶるっと頭をふって・・“とんでもない”という顔をして春樹を見た。
「そ・・そんな資格がないというか・・。」
「資格ってなんだい?好きかどうかに資格が関係あるの?」
「・・春樹さん・・勘弁してくださいよ」
必要以上ににこにこしている春樹に対して、ヒロトはもうほとんど泣きそうだ。
まぁ・・だいたいのことはわかったが・・あともう一歩確信が欲しいな。
「今夜、美緒ちゃんの帰りの足はどうするって?」
「お・・送って行こうかと・・・。」
「それは、マキノがNG出すと思うよ?この間からヒロトの体調の事ブツブツ言ってるだろ?」
「はあ・・まぁ・・。でも今日だけだから・・」
「恩着せるわけじゃないけどさ、さっきヒロトの逝っちゃった目を見てオレここ手伝ってやろうって着替えてきたんだよ?知ってた?」
「あいや、すみませんご心配を・・。」
「オレとしてはさ、ヒロトの将来に関わる子なんだったら、うちに泊めてやっても・・あ、ここじゃないよ?うちの自宅の方。ここは遊もいるし、いくらなんでもね。ま、泊めてあげたいなって思ってるけど?マキノにはまだ言ってないけどさ。マキノは人を泊めるのが好きみたいだから大丈夫だと思うしさ。」
「えと・・えと・・いったいなんでそんな話に・・」
「オレの、ただの直感だよ。」
ヒロトが信じられん・・と言う顔をした。
でも、オレはいつでも大真面目なんだよね。
「いや・・それは、本人に聞かないと。ってか、あっ無理です。オレの将来はロクなもんじゃないし。」
「ヒロトの将来がロクなもんじゃなく素晴らしい将来だったらいいわけ?」
「・・いや・・そんな、急に言われても・・・」
「ヒロトが悪いことして一年間も離れてて、それでまだなお、こんな田舎にまで来てくれるような彼女なのに、ヒロトは追い返すってこと?」
「ち・・違いますって。」
「あそっか、なあんだ、やっぱり彼女は違うのか~。」
「そっ、そういう意味じゃあなくってぇ・・うぐぐ。」
「彼女とはごめんこうむるってことだね。」
「いっ!いやなんじゃないですってば!!」
「・・・・ふふーん。・・・」
春樹は満足して笑みを深めた。
「とにかく、美緒ちゃん呼んでくるわ。まずは話をしたら?知らない人の中で1人にするのもかわいそうだし。」
「あわわあわ・・はるる・・春樹さんっ・・。」
ヒロト、呂律が回ってないな。
春樹は声のボリュームを普通に戻してまたジュースを持った。
「今日は身内ばっかなんだから、ヒロトもゆったりやればいいさ。」
美緒ちゃんは・・と見ると、隣に座っている寛菜ちゃんから何か話しかけられているようで、にこにこと笑っていた。取り皿には何も入っていなくてお料理には手をつけていない。
春樹は、美緒ちゃんの隣りにしゃがんで話しかけた。
「寛菜、はいジュース。ちょっとお姉ちゃんとお話しするよ。美緒ちゃん、さっき寒かっただろ?オレ、君がバス停のとこにいたの知ってるんだよ。」
美緒ちゃんは春樹を見上げた。
「そうなんですか?」
「ヒロトに何かご用?」
「あ・・はい・・。」
「何か伝えようか?」
いつものオレは、そこまでおせっかいは焼かないし、詮索もしないのだけどね・・。
「えと、渡そうと思ってたものがあって・・。」
「渡すもの?ヒロトにクリスマスプレゼントとか?」
「いえ・・今日ヒロト君の誕生日で、昔の約束があって。」
「何か約束があったの?んんっ?今日が誕生日?」
「はい。・・最近ここの連絡先知って、渡したらすぐ帰ろうって思ってたのに上がってしまって・・あのご迷惑じゃなかったですか?」
「大歓迎だよ。」
うむ・・。
悪いことした?ってヒロトが言ってたから、別れたんだとしたら理由はヒロトにあるんだろう。そして1年経っても、こうやってこんな田舎に、クリスマスイブで誕生日って日に、何かを持ってたずねてくる・・ふうん。
「じゃあ、美緒ちゃんこっちへおいで。知らない人ばかりじゃ気を遣うだろ?ヒロトも気が利かないよね。遠慮しないでいっぱい食べて。うちの料理人は気は利かないけど料理の腕は優秀だよ。」
春樹は笑って、いくつかの料理をお皿に盛り、手招きして厨房へとつれてきた。
厨房の中では、ヒロトはスープを温めながら器を並べて用意していた。
「ヒロトも食べなきゃダメだよ。」
「はい。さんざん味見はして、食べてます。」
「それならいいけど。彼女の話聞いてあげなよ。オレはマキノと話してくるね。」
そう言って春樹は厨房から一旦退散した。
― ― ― ― ―
2人で厨房に残されて、なんとも言えない空気の中、ヒロトはいつもの厨房の隅のテーブルに温めていたスープを2つカップに注いでとりと置いた。
「ここに座ればいいよ。」
「うん。」
美緒は、春樹が料理を盛ってくれたお皿を持ったまま突っ立っていたが、ヒロトに促されて勧められたイスに座った。
「突然来て、迷惑だったかな?」
「いや・・。」
「外で終わるのを待ってようと思ってたの。」
「今日は変則的な日だし、いつ終わるかわかんないのに、外はまずいだろう・・。」
「そっかな。あの、さっきのスタッフの男の人は、ヒロトのボス?」
「いや。ボスはマキノさん。さっき挨拶してたろ?あの背の高い男の人はマキノさんの旦那さんだよ。」
「あ・・そうなの。」
「あのさ・・どうやってここを知った?」
「ええと・・内緒。」
「ホテルの厨房のやつらは知らなかったろ?」
「うん。ヒロトの同僚さんたちとは違うよ。意外な伏兵ってやつだよ。」
「・・誰?」
「内緒って言われてるもん。」
「・・・。」
「ヒロトの家は、今火の車で大変なんだって聞いたよ。」
ヒロトはギョッとして美緒の顔を見直した。
「ほんとに、誰に聞いた?」
「さあ、誰でしょう?」
美緒が笑った。
家のことが本格的に苦しくなったのは、こっちに来てからだ。
まさかここの連中と美緒がどこかでつながってる?と一瞬思って周りを見渡した。
「ここの人達なわけがないじゃない。バカねぇ。」
美緒は自分が考えたことをすぐに否定した。
「あのね、ばらしちゃうけどね。わたし最近ヒロトのお父さんに出逢ったんだよ。」
「ええ?・・いつ、どこで・・。」
・・・絶句だよ。あんのやろう・・・・クソバカオヤジ。
「お父さんが家出してる時。」
がくり・・・
と、ヒロトは頭を垂れた。かっこ悪すぎる。
「まさか、クソオヤジが何か迷惑かけた?」
「あ・・ううん。わたしがヒロトのこと知りたくて引き留めたの。」
「ぅぅ・・。」
垂れた頭が上がってこない。
そんなヒロトの様子を見て、美緒は小さく笑った。
「しつこくいろいろ質問しちゃったから、おじさんに嫌われたかもしんない。」
「そんなわけないだろう・・。美緒、正直に言ってくれよ。何か無心されなかったか?あのバカ見境ないから・・」
「家に帰ったほうがいいよって、言っといた。貸したと言えば、本当に何もおカネ持ってなかったから、喫茶店で飲んだコーヒー代と、コインパーキング代、それから家に帰るまでのガソリン1000円分。私がおごっといた。」
「も・・申し訳ない。それ返すよ・・。」
「いらないって。ホントはね、その時持ってたお金全部を渡してあげたかったけど、お金を持つと帰らなくなるかもしんないから、やめとこうって思ったの。」
「いい判断だよ・・。助かった。」
・・でも今、バカオヤジの話題のおかげで、思ってたより自然に話しができる。
「・・・。」
「ヒロトは一年前と全然変わんないね。」
「成長してないから・・。美緒は?・・美緒は元気だった?」
「元気?なかったに決まってるでしょう。」
「・・・。」
ヒロトが黙ると、美緒はまたくすりと笑った。
「冗談だよ?」
「・・ごめんな。」
「ううん・・・ごめんって言わないで欲しい。文句が言えなくなるし。」
「・・いや・・えと、それ食べなよ。」
オヤジの話以外は何をしゃべっても、バツが悪い。
「おいしいね。ヒロトの料理。」
「・・・。」
「今日は、これ渡したらすぐに帰るつもりだったんだ。普通もっと怪しがられると思ってたけど、なんかここの人達が歓迎ムードで、つい居座っちゃった。」
美緒は自分のバッグから、赤いリボンのついた小さな箱を取り出した。
「誕生日おめでとう。ずっと前に約束したもの。」
「約束?・・・。」
「去年の誕生日に渡す予定で、早くに買ってあったんだけど・・。」
「去年・・・」
「うん。ヒロトに彼女ができたこと知ったあとに買ったんだよ。すごくバカでしょ。もう渡せないだろうって思いながら・・。」
美緒は、遠慮して受け取ろうとしないヒロトに、それを少し強引に押し付けた。
「・・ほら、開けてみてよ。」
ヒロトはためらいながらゆっくりとリボンをほどいた。
その手元を見ながら、美緒が言葉をつづける。
「私ね、お父さんに会えたおかげで、まだ細い何かがつながってるのかもしれないって思えたんだ・・。」
ラッピングした包みを止めてある小さなシールをはがす。
ビリリと破いてもよかったが、包装紙すら無造作に扱いたくない気分だった。
「彼女さんとは別れたんだね。」
「・・・・・。」
手が止まる。逃げた・・とは、とても言えない。
「あの人、別の彼氏ができたって聞いたよ。」
「そか・・・よかった。」
「よかった・・の?」
「ああ・・うん。実はもう思い出せないぐらい、とっくに自分の中では終わってた。」
あれは、一生分の後悔をした・・と言っても過言じゃなかった。
積極的な意志がなくても、その時の空気に流されることの罪を、いやと言うほど知った。
今、本当の意味で彼女と終わったと分かって心底ほっとした。
振り回されたとは思うけど、彼女に恨みはない。むしろ不甲斐ない自分を申し訳なく思う。
できれば自分と関係のないところで幸せになってくれ。
「実はさ、今ならヒロト彼女いないって思ったから、ここに来れたってのはある。」
「悪かったな。美緒にはずっと、謝りたかったんだ・・。」
時間をかけてようやくプレゼントの箱をフタを開けた。
シンプルだけど上質な感じの革の財布だった。
二つ折りのダークブラウンの落ち着いた色。手触りがいい。
美緒の顔を見た。少し得意そうだ。
そう言えば以前、財布のこと言ってた気がする。自分も自然と顔がゆるんだ。
「ありがとう・・・。」
「ふふ、気に入った?」
「うん・・。」
ヒロトは、その財布を片手でパタンと畳んでもう一度開いてパタンと畳んだ。
今は少し固いが、使い込めばすぐ手にしっくりなじむだろう。
「本革だよな。高かったんじゃないの?・・嬉しいよ。」
「喜んでもらえてよかった。」
「・・オレの財布、今もまだ昔のボロイままだよ。」
「わたしの知ってる、ぼろっちい財布?」
「うん。そう。」
ふいに美緒がうつむいた。
「ど・・どした?」
「ヒロトって、ほんとに、何も変わらないんだもん。一緒にごはん食べに行って、いつもそのボロボロの破れた財布からお金だしてるところ、思い出しちゃった。」
美緒はそう言って笑って、ぽたりと涙をこぼした。
ヒロトは乾杯の時だけ皆と一緒に座っていたが、厨房で次の料理の段取りをするためすぐに席を立った。
春樹は、マキノにコソコソとささやいた。
「あの二人、どう思う?」
「わたしの第六感は“ビンゴ”って言ってるけど、春樹さんはどう思う?」
「オレもそう思う。ヒロトから“彼女と一緒にいたいオーラ”がビンビン伝わってくる。・・確かめてくるよ。」
立ち上がる春樹に、マキノは親指をぐっと立てて“任せた”というそぶりをした。
ヒロトにつづいて厨房に入り、「何か手伝おうか?」と尋ねた。
「春樹さん・・本気でホストするつもりだったんですか。」
「当然じゃないか。ヒロト君。」
春樹は、冷蔵庫を開けて、銀のお盆にジュースを出しながら小声で聞いた。
「単刀直入に聞くけど、美緒ちゃんがヒロトの好きな人?」
ヒロトは、一瞬びくっとして固まった。
「は・・春樹さん・・・」
「大事な人?」
「ええと・・オレ、一年以上も彼女とは音信不通だったんで・・」
「ほーぉ。だから?」
「オレ・・合わせる顔ないんすよ。」
「ぷぷっ。もう顔合わせてるじゃないか。」
春樹は、笑った。
「いや・・以前、彼女に悪いことして・・ええと。」
ヒロトが何を言いたいのか、イマイチ伝わってこない。
「一年前とは、いろいろ・・事情が変わって・・。」
「ヒロトあのね、事情はどうでもいいんだよ。じゃあ質問の形をちょっと変えよう。一年前の音信があった時は大事な人だった?」
ヒロトがまた固まった。
「今は、違うの?」
春樹が畳み掛ける。
「よりを戻したい?」
ヒロトはぶるっと頭をふって・・“とんでもない”という顔をして春樹を見た。
「そ・・そんな資格がないというか・・。」
「資格ってなんだい?好きかどうかに資格が関係あるの?」
「・・春樹さん・・勘弁してくださいよ」
必要以上ににこにこしている春樹に対して、ヒロトはもうほとんど泣きそうだ。
まぁ・・だいたいのことはわかったが・・あともう一歩確信が欲しいな。
「今夜、美緒ちゃんの帰りの足はどうするって?」
「お・・送って行こうかと・・・。」
「それは、マキノがNG出すと思うよ?この間からヒロトの体調の事ブツブツ言ってるだろ?」
「はあ・・まぁ・・。でも今日だけだから・・」
「恩着せるわけじゃないけどさ、さっきヒロトの逝っちゃった目を見てオレここ手伝ってやろうって着替えてきたんだよ?知ってた?」
「あいや、すみませんご心配を・・。」
「オレとしてはさ、ヒロトの将来に関わる子なんだったら、うちに泊めてやっても・・あ、ここじゃないよ?うちの自宅の方。ここは遊もいるし、いくらなんでもね。ま、泊めてあげたいなって思ってるけど?マキノにはまだ言ってないけどさ。マキノは人を泊めるのが好きみたいだから大丈夫だと思うしさ。」
「えと・・えと・・いったいなんでそんな話に・・」
「オレの、ただの直感だよ。」
ヒロトが信じられん・・と言う顔をした。
でも、オレはいつでも大真面目なんだよね。
「いや・・それは、本人に聞かないと。ってか、あっ無理です。オレの将来はロクなもんじゃないし。」
「ヒロトの将来がロクなもんじゃなく素晴らしい将来だったらいいわけ?」
「・・いや・・そんな、急に言われても・・・」
「ヒロトが悪いことして一年間も離れてて、それでまだなお、こんな田舎にまで来てくれるような彼女なのに、ヒロトは追い返すってこと?」
「ち・・違いますって。」
「あそっか、なあんだ、やっぱり彼女は違うのか~。」
「そっ、そういう意味じゃあなくってぇ・・うぐぐ。」
「彼女とはごめんこうむるってことだね。」
「いっ!いやなんじゃないですってば!!」
「・・・・ふふーん。・・・」
春樹は満足して笑みを深めた。
「とにかく、美緒ちゃん呼んでくるわ。まずは話をしたら?知らない人の中で1人にするのもかわいそうだし。」
「あわわあわ・・はるる・・春樹さんっ・・。」
ヒロト、呂律が回ってないな。
春樹は声のボリュームを普通に戻してまたジュースを持った。
「今日は身内ばっかなんだから、ヒロトもゆったりやればいいさ。」
美緒ちゃんは・・と見ると、隣に座っている寛菜ちゃんから何か話しかけられているようで、にこにこと笑っていた。取り皿には何も入っていなくてお料理には手をつけていない。
春樹は、美緒ちゃんの隣りにしゃがんで話しかけた。
「寛菜、はいジュース。ちょっとお姉ちゃんとお話しするよ。美緒ちゃん、さっき寒かっただろ?オレ、君がバス停のとこにいたの知ってるんだよ。」
美緒ちゃんは春樹を見上げた。
「そうなんですか?」
「ヒロトに何かご用?」
「あ・・はい・・。」
「何か伝えようか?」
いつものオレは、そこまでおせっかいは焼かないし、詮索もしないのだけどね・・。
「えと、渡そうと思ってたものがあって・・。」
「渡すもの?ヒロトにクリスマスプレゼントとか?」
「いえ・・今日ヒロト君の誕生日で、昔の約束があって。」
「何か約束があったの?んんっ?今日が誕生日?」
「はい。・・最近ここの連絡先知って、渡したらすぐ帰ろうって思ってたのに上がってしまって・・あのご迷惑じゃなかったですか?」
「大歓迎だよ。」
うむ・・。
悪いことした?ってヒロトが言ってたから、別れたんだとしたら理由はヒロトにあるんだろう。そして1年経っても、こうやってこんな田舎に、クリスマスイブで誕生日って日に、何かを持ってたずねてくる・・ふうん。
「じゃあ、美緒ちゃんこっちへおいで。知らない人ばかりじゃ気を遣うだろ?ヒロトも気が利かないよね。遠慮しないでいっぱい食べて。うちの料理人は気は利かないけど料理の腕は優秀だよ。」
春樹は笑って、いくつかの料理をお皿に盛り、手招きして厨房へとつれてきた。
厨房の中では、ヒロトはスープを温めながら器を並べて用意していた。
「ヒロトも食べなきゃダメだよ。」
「はい。さんざん味見はして、食べてます。」
「それならいいけど。彼女の話聞いてあげなよ。オレはマキノと話してくるね。」
そう言って春樹は厨房から一旦退散した。
― ― ― ― ―
2人で厨房に残されて、なんとも言えない空気の中、ヒロトはいつもの厨房の隅のテーブルに温めていたスープを2つカップに注いでとりと置いた。
「ここに座ればいいよ。」
「うん。」
美緒は、春樹が料理を盛ってくれたお皿を持ったまま突っ立っていたが、ヒロトに促されて勧められたイスに座った。
「突然来て、迷惑だったかな?」
「いや・・。」
「外で終わるのを待ってようと思ってたの。」
「今日は変則的な日だし、いつ終わるかわかんないのに、外はまずいだろう・・。」
「そっかな。あの、さっきのスタッフの男の人は、ヒロトのボス?」
「いや。ボスはマキノさん。さっき挨拶してたろ?あの背の高い男の人はマキノさんの旦那さんだよ。」
「あ・・そうなの。」
「あのさ・・どうやってここを知った?」
「ええと・・内緒。」
「ホテルの厨房のやつらは知らなかったろ?」
「うん。ヒロトの同僚さんたちとは違うよ。意外な伏兵ってやつだよ。」
「・・誰?」
「内緒って言われてるもん。」
「・・・。」
「ヒロトの家は、今火の車で大変なんだって聞いたよ。」
ヒロトはギョッとして美緒の顔を見直した。
「ほんとに、誰に聞いた?」
「さあ、誰でしょう?」
美緒が笑った。
家のことが本格的に苦しくなったのは、こっちに来てからだ。
まさかここの連中と美緒がどこかでつながってる?と一瞬思って周りを見渡した。
「ここの人達なわけがないじゃない。バカねぇ。」
美緒は自分が考えたことをすぐに否定した。
「あのね、ばらしちゃうけどね。わたし最近ヒロトのお父さんに出逢ったんだよ。」
「ええ?・・いつ、どこで・・。」
・・・絶句だよ。あんのやろう・・・・クソバカオヤジ。
「お父さんが家出してる時。」
がくり・・・
と、ヒロトは頭を垂れた。かっこ悪すぎる。
「まさか、クソオヤジが何か迷惑かけた?」
「あ・・ううん。わたしがヒロトのこと知りたくて引き留めたの。」
「ぅぅ・・。」
垂れた頭が上がってこない。
そんなヒロトの様子を見て、美緒は小さく笑った。
「しつこくいろいろ質問しちゃったから、おじさんに嫌われたかもしんない。」
「そんなわけないだろう・・。美緒、正直に言ってくれよ。何か無心されなかったか?あのバカ見境ないから・・」
「家に帰ったほうがいいよって、言っといた。貸したと言えば、本当に何もおカネ持ってなかったから、喫茶店で飲んだコーヒー代と、コインパーキング代、それから家に帰るまでのガソリン1000円分。私がおごっといた。」
「も・・申し訳ない。それ返すよ・・。」
「いらないって。ホントはね、その時持ってたお金全部を渡してあげたかったけど、お金を持つと帰らなくなるかもしんないから、やめとこうって思ったの。」
「いい判断だよ・・。助かった。」
・・でも今、バカオヤジの話題のおかげで、思ってたより自然に話しができる。
「・・・。」
「ヒロトは一年前と全然変わんないね。」
「成長してないから・・。美緒は?・・美緒は元気だった?」
「元気?なかったに決まってるでしょう。」
「・・・。」
ヒロトが黙ると、美緒はまたくすりと笑った。
「冗談だよ?」
「・・ごめんな。」
「ううん・・・ごめんって言わないで欲しい。文句が言えなくなるし。」
「・・いや・・えと、それ食べなよ。」
オヤジの話以外は何をしゃべっても、バツが悪い。
「おいしいね。ヒロトの料理。」
「・・・。」
「今日は、これ渡したらすぐに帰るつもりだったんだ。普通もっと怪しがられると思ってたけど、なんかここの人達が歓迎ムードで、つい居座っちゃった。」
美緒は自分のバッグから、赤いリボンのついた小さな箱を取り出した。
「誕生日おめでとう。ずっと前に約束したもの。」
「約束?・・・。」
「去年の誕生日に渡す予定で、早くに買ってあったんだけど・・。」
「去年・・・」
「うん。ヒロトに彼女ができたこと知ったあとに買ったんだよ。すごくバカでしょ。もう渡せないだろうって思いながら・・。」
美緒は、遠慮して受け取ろうとしないヒロトに、それを少し強引に押し付けた。
「・・ほら、開けてみてよ。」
ヒロトはためらいながらゆっくりとリボンをほどいた。
その手元を見ながら、美緒が言葉をつづける。
「私ね、お父さんに会えたおかげで、まだ細い何かがつながってるのかもしれないって思えたんだ・・。」
ラッピングした包みを止めてある小さなシールをはがす。
ビリリと破いてもよかったが、包装紙すら無造作に扱いたくない気分だった。
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「・・・・・。」
手が止まる。逃げた・・とは、とても言えない。
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「そか・・・よかった。」
「よかった・・の?」
「ああ・・うん。実はもう思い出せないぐらい、とっくに自分の中では終わってた。」
あれは、一生分の後悔をした・・と言っても過言じゃなかった。
積極的な意志がなくても、その時の空気に流されることの罪を、いやと言うほど知った。
今、本当の意味で彼女と終わったと分かって心底ほっとした。
振り回されたとは思うけど、彼女に恨みはない。むしろ不甲斐ない自分を申し訳なく思う。
できれば自分と関係のないところで幸せになってくれ。
「実はさ、今ならヒロト彼女いないって思ったから、ここに来れたってのはある。」
「悪かったな。美緒にはずっと、謝りたかったんだ・・。」
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二つ折りのダークブラウンの落ち着いた色。手触りがいい。
美緒の顔を見た。少し得意そうだ。
そう言えば以前、財布のこと言ってた気がする。自分も自然と顔がゆるんだ。
「ありがとう・・・。」
「ふふ、気に入った?」
「うん・・。」
ヒロトは、その財布を片手でパタンと畳んでもう一度開いてパタンと畳んだ。
今は少し固いが、使い込めばすぐ手にしっくりなじむだろう。
「本革だよな。高かったんじゃないの?・・嬉しいよ。」
「喜んでもらえてよかった。」
「・・オレの財布、今もまだ昔のボロイままだよ。」
「わたしの知ってる、ぼろっちい財布?」
「うん。そう。」
ふいに美緒がうつむいた。
「ど・・どした?」
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18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
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