マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~

Repos

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春樹視点(1)

レモン色のTシャツ

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イズミさんの申し出はありがたかったが、とりあえず、家事はしてもらわなくても大丈夫と遠慮して、食事のことも、ジムに行く日はいらないと断った。

火曜日と金曜日には、仕事の帰りに運動公園内のスポーツジムに通っている。こんな田舎の公営施設にしてはいい器具が揃っている。常駐のインストラクターがいないので教えてくれる人もいないが、それが返って気楽でもある。
通いはじめた頃は、受付の事務所のカウンターでいちいち利用者名簿に名前を書いていたが、今は片手をあげて軽く会釈をすると顔パスで通ることができる。利用者数の報告がいるようだが、自分が利用する曜日はずっと決まっているから、初めから数のうちに入れておいてくれるようになった。
トレーニングは高校の部活でやっていたものや自己流のメニューで気ままに適当に汗を流す。そして、その帰りにコンビニで弁当とつまみとビールを買って帰る。
時間が不規則になる会議などがある時もあらかじめ辞退するようにして、最近は、1週間のうち3日か4日、食事のお世話になる生活パターンで落ち着いている。



今は夏休みだが、水泳教室や陸上練習などがあって、毎日子ども達と学校で顔を合わせる。オレ自身は、平日はもちろん仕事なのだが、休みのはずの子ども達も忙しい。
週末は、子ども達が校外のスポーツクラブで野球やバレーの試合があると聞くと、見に行ってみたりもするし、何もなければ家事をしたり映画を見に行ったり買い物をしたり。
つきあいのあった友達は、結婚して家庭優先になっていて、最近はこんな田舎にまで遊びのお誘いをしてくる酔狂な奴も少なくなったが、オレとしては、しかしそれでも特に問題はない。
ただ遊ぶってのは、たまにはいいけれど、度々だと面倒なものだ。みんなそれぞれ元気に楽しく生きてくれてさえいればそれでいい。
そのうち皆に余裕ができてきて、OB会や同窓会を求める声が上がったら、幹事になってやらないでもない。


子どもを対象とした校内外の活動は、お盆を過ぎる頃にはほぼ終わっていて、8月の後半はスムーズな新学期スタートをするための準備が主な仕事になっている。
夏休みの後半は、カヌーをするつもりではりきっていたのだが、岡本先生に連絡を取ると、今週の活動は他県でちょっとしたカヌーの大会があるらしく、活動は休みとのことだった。そしてその翌週も、夏休みの最後ぐらいは子ども達に家族で過ごしてもらおうということで休みになるらしい。残っている宿題のためでもあるかもしれない。なかなか縁がないな。ま、気楽に過ごして待っていれば、機会なんていくらでも巡って来るだろう。

ということで、土曜日の朝はあえて目が覚めてからもゴロゴロと過ごすことにした。
そのうち、のどが渇いたので冷蔵庫を開け、ペットボトルの麦茶をそのまま口をつけ、ゴクリとのどを鳴らした。
さて十時か。今日は何をしよう。車でも洗うか・・。少し腹が減ったな。冷蔵庫の中には、きゅうり ピーマン トマトか・・。メシ・・・何にするかなぁ。思いつかない。
土曜日といえば・・近所の空き地でおばちゃん達が毎週朝市をやっている。それぞれが自分の畑で作った野菜や卵やらを出品している。たまにすぐに食べられる物を売っていたりするのでそれを期待して、ぶらりと出かけることにした。

広場に並んでいる3張のテントは、この辺りの自治会の払い下げだ。屋根に3つの違う町内会の名前が書かれているから、それがわかる。
そのうちの一番大きな一張は、個人の出品者が自分の売りたいものを並べている、本来の朝市をするための場所。ふたつめは、おばちゃん達が共同で作って共同で焼いているみたらしの屋台。
3つ目のテントの下には茶店のように縁台が置いてあり、腰かけてみたらしを食べたり、休憩できるようになっている。

真ん中のテントで、見慣れない若い女の子がいつものみたらしを焼いていた。
しばらく離れた場所から見ていたが、おもしろそうな子だな・・と思った。
くるくるとよく動き、よく笑う。
・・・。
愛嬌のある、いい笑顔だ。
ボーダーのTシャツにジーパン。ショートカット。化粧っ気はないようだな。
少々押しの強いおばちゃん達とも対等に話をしている。そして、年配のおばちゃんの声に交じって、女の子の笑い声だけがよく通る。今、一人のおばちゃんにぱしっと肩を叩かれた。おもしろいことでも言ったのか、可愛がられているようだ。愛されキャラというのだろうか。

「春ちゃん、久しぶりだねえ。」
近所のおばあさんから声をかけられ、我に返った。
「佐々木のおばちゃんか、おはよう。あの子、誰?」
「何をニヤニヤしてるのかと思ったら、若い子見てたんね。」
「えっ?」
そんな顔してたかな・・?と、自分の頬を軽くさすった。
「ふふん。今年の春に引っ越してきたんよ。大谷さんが息子さんのいる名古屋へ行っちゃったでしょう。そのあとに入ったみたい。女の子が一人でいるんだよ?変だよね。」
「・・・。」

大谷さんは知っている。息子と娘がいると聞いていたが。自分が物心ついた頃にはすでにお年寄りの二人暮らしだった。大谷さんの奥さんは、去年のお祭りの時に具合が悪くなって救急車で運ばれたことがある。そのせいで老夫婦二人だけで生活をしていくのが不安になったのだろう。
しかし、息子夫婦は、度量が大きいな。年老いた親を引き取ることができるとは・・ああそうか、彼らももういい年なんだ。子どもが巣立って行ったから部屋が空いたのかもしれない。
生家を手放してしまったという事は、とにかくもう、こちらに帰って来るつもりがないという事か。この街からまた一世帯、減ってしまったんだな。

家は、所有していれば税金もかかるし、人が住まないと顕著に傷んでくる。畑や広い庭の草刈り。管理も大変だ。、・・何十年も名古屋に住んでいれば、幼い頃をここで過ごしたという郷愁など切り捨ててもよいと思えるほど、生活の基盤がそちらに移り根付いているのだろう。

さてしかし・・その後に入った彼女は、何故こんな田舎に一人で暮らし始めたのか・・。佐々木のおばちゃんが言うような「変でしょ」ってな感じはしないけど、何をしているんだろう?と不思議に思う。
「あの子の出してるもの、おいしかったよ。すぐに売り切れちゃったけど。」
「何か出してたの?」
「そう。私はさっき、あの子のおはぎを食べたんよ。」
「へえ。」
「サンドイッチや山菜ごはんがあるから、春ちゃんのお昼にちょうどいいんじゃないの?」
「ふうん。・・今度、買いに来ようかな。」
佐々木のおばあちゃんに「じゃあまた・・」と挨拶をして、並んでいた野菜をざっと眺め、名前を知らない菜っ葉を1把と卵を1パック、買って帰った。
みたらしは、あえて買わず、女の子がいるところには近づかなかった。

その日の朝昼兼用のごはんには、インスタントラーメンに買ったばかりの野菜と卵を放り込んで食べた。



翌日、日曜日の朝。
冷蔵庫を開けようとして、あぁそうだ・・と、朝市の女の子を思い出した。早めにいかないと、なくなるって言ってたっけ・・・。
朝市の空き地までブラブラと歩いてきた。
あの子は?・・と目で探すと、・・いた。
今日はレモン色のTシャツにひざ下丈のジーンズだ。
・・そのレモン色に既視感があったが、思い出せない。
後ろポケットにタオルらしいものをつっこんであるのが尻尾のようだ。女の子のいる場所がこころなしか華やかに見えた。

名前は・・おばちゃん言ってなかったな・・。
売り場の前まで近づいて行って、ぼそりと声をかけた。
「山菜ごはんと、そのサンドイッチを。」
「600円になります!」
白いレジ袋に商品を入れて渡された。千円札を渡して、400円のおつりをもらう。
「ありがとうございました!」
女の子がこちらを見て笑った。

ひゅっ・・・一瞬、息を止めた。

が、すぐに横から一人のおばちゃんから「これ、ちょうだい。」と声をかけられて、女の子は「あっ、はあい。」とそちらを向いて返事をした。


ほんの一瞬だ・・・彼女がこちらを向いたとき、ドキリとしたのだ。

なんで?どうして?何にとも言えないけど。
さっきから、おばちゃん達に向いていた笑顔と同じ笑顔のはずだ。
営業スマイルだよな。
営業スマイルだろうけど・・・。

かわいいとか、美人だからとかいった、ビジュアルではなくて・・。
まるで、こちらの心の奥まで覗きこまれたような。
そして、自分の好意を全部解放しているような・・笑顔・・・。
・・何か話をしてみたい、と思ったが、話のネタが何もないし、そのままゆっくり後ろを向いて歩きだした。背後から、おばちゃん達がまた女の子に話しかけている声がしていた。

自宅に帰ってきてから、サンドイッチのパックを止めてあるセロテープをはずして、卵焼きのサンドイッチを一つ、ぱくりと食べてみた。

・・うん。普通のサンドイッチ・・。
だけど、・・おいしい。
レタスがシャキッとしてみずみずしい。卵のボリュームがある。なつかしいと感じるのは、この味付けだろうか?・・たまたま食べたことのあるパンを使っているのか?
その白い食パンにパクパクと自分の歯型を重ねて、あっという間に口いっぱいになる。
そのままもぐもぐと咀嚼していると、徐々に卵とレタスとパンがのどを通り胃の中へゆっくりと落ちていく。

おいしいなぁ・・。もう一つ、ツナサンドにもかぶりついてみた。ツナとたまねぎの薄切りがマヨネーズで和えてある。たまねぎのシャリっと歯ごたえがあって甘みがある。どうやっているんだろう。好みの味だ。・・コンビニでもスーパーにでもこういう物はあるけれど、それらとはどこかが違う。これは、昔母親が作ってくれたような自然な味だ。余計なものが入っていないっていうことかな、この卵は、彼女が焼いたのだろうか。

他にも、いろんなものを売っていたな。佐々木のばあちゃんはおはぎを食べたと言っていた。あれ全部を、朝早く起きて一人で作ったのか。
春樹は、英字がプリントしてあるパックに目を落した。シンプルな紙ナプキンが敷いてあって、それがカフェっぽくておしゃれだ。

そのうちまた、買いに行こう。
近所だし、あの家にずっといるなら、そのうち話しをするチャンスもあるだろう。
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