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55.執事への命令(3)
しおりを挟むその後、クロードが公爵家の護衛兵を呼び、男は連れ去られていった。
「あの男がお嬢様の前に姿を見せることは二度とありません」
私を安心させるよう、クロードはそう言った。
あまりにも断定的な言い方だったから、クロードがあの男にどのような処分を下そうとしているのかと考えてヒヤリとした。でも、自分の欲望を私に押し付けようとしたあの男には、もう二度と会いたくない。
クロードにそう言ってもらえてホッとしたのも確かだった。
「では、そろそろ帰りましょう」
椅子に腰かけていた私に向けてクロードが手を差し出す。
けれど彼からのエスコートを、私は拒絶した。
「もうすっかり遅い時間になってしまったわ。――クロード! 貴方、アメリ嬢に付き添って家まで送って差し上げなさい」
「はい?」
訳が分からないという顔をしてクロードが眉をひそめる。
「あのような事件が起きたばかりです。お嬢様をお一人にすることは出来ません」
「それを言うならアメリだってそうでしょう?」
「ですが……」
テーブルの上の壊れたペンダントトップに視線を落としたあと、クロードがなおも抗議しようとする。
私はそれを遮って被せるように言った。
「クロード、これは主人としての命令よ!」
顎を引いて威勢よく言い放つ。これくらい言わなければ、クロードは主人を置いてアメリを送っていきはしないだろう。どんなにアメリのことが心配だったとしても、使命感の強いクロードならばきっと私を優先するはずだ。
でも、私は二人の仲を応援すると決めた。
だからこれは、私からのプレゼント。私を守ってくれた二人に、二人きりの時間をあげたかった。
「……貴方は自分のことを何一つ分かっていない」
私の頑なな態度に、クロードは諦めたように溜息をついた。
「分かりました。でも……」
クロードは言葉を止めると、こちらに一歩近付いた。私の膝がクロードの体にぶつかりそうなほど距離が近くなる。
そして椅子の背もたれに手を置くと、椅子に座る私の顔をクロードは上から覗き込んだ。
顔が、ち、近い……!
ギョッと驚く私の顔を間近で見ていたクロードは、目を細めるとゆっくり言い聞かせるように告げた。
「お嬢様。私が、執事として貴方の命令を聞くのは、これが最後ですからね?」
「え……?」
「だから、覚悟していてください」
目を離すことが出来なくて、彼の腕の中に捕らえられたまま、私は身を固くした。
見上げた彼の顔は影になっていて、端正な顔立ちに暗い色を落としていた。
『執事として命令を聞くのは最後』ということは、執事を辞めるということ……?
(冗談、よね?)
嘘だと言ってほしくて縋るようにクロードの顔を見つめる。
けれど、クロードは真剣そのものだった。いつまで経っても否定してくれない。
射貫くように私を見つめるクロードの黒い瞳の奥に、ドロッとした粘着質な何かを感じて、私の心臓は飛び跳ねた。
「ではアメリ様、参りましょう」
「え、ええ……」
魔法植物の準備室を出ていく二人の背中を目で追いながら、私はドクドクと荒ぶる胸を抑えるのに必死だった。
――こ、これは……
この流れはまさか、とうとう『アレ』が来たということ……?
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