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8.イケメンも地位も望んでません!
しおりを挟むいつものように図書室で勉強していたエリザベスは、目の前に現れた男を見て眉をひそめた。
――なんか、増えた……
突然やってきて勉強の邪魔をするのはアンソワ殿下だけだったはずなのに……
なんで彼まで……
エリザベスは、自信に満ち溢れた様子のレイフォード・ユナイドルを見て内心溜息をついた。
……と思っていたら、内心だけでなく実際に出てしまっていたらしい。
ハァ……と溜息をついたエリザベスに、レイフォードは誰からも称賛される魅力的な顔を強張らせた。
「……僕の顔を見てあからさまに溜息をつく奴は初めてだよ」
「申し訳ございません。止めようと思ったのですが、我慢できずに出てしまいました」
「そっちの方がムカつく」
女性受けしそうな甘いマスクを歪ませたレイフォードは、気を取り直してエリザベスに向かって言った。
「今日は、キミと取引をしたくて来たんだ」
「取引、ですか?」
「そう。キミが王太子殿下と懇意になりたがっていることは知っている。そして、王太子殿下と週に一度会話をする機会を与えられていることも」
「……ちょっと待ってください。そもそも前提が違います!」
ペラペラと話し始めたレイフォードに思わず待ったをかける。
――なんで私が殿下とお近付きになりたい前提なんだ!!
しかもなぜか、殿下の優しさでエリザベスに時間を与えられているような口ぶりだ。
「貴方が私のことをどう思っているのか知りませんが、私は自分の身の丈をよく分かっています! 殿下と釣り合わないことくらい分かります!」
「お前なんかがアンソワと釣り合うわけないだろ。なんて恐れ多い」
――だぁかぁらぁぁぁ!!
心の中でぎゃああと叫んだエリザベスは、会話が噛み合わないことに諦めてとりあえず話を聞くことにした。
「……なんだソレは」
突然ハンカチで口を押さえだしたエリザベスに、レイフォードが訝しげに尋ねる。
「自分を必死で押さえておりますの。気になさらず話を続けてください」
ハンカチで口を覆ったままモゴモゴと話す。
そんなエリザベスを怪しいものでも見るような目で見たレイフォードは、気を取り直して話を続けた。
「キミの生い立ちは調べたから知っている。平民として暮らしてきたキミには貴族としての素養がない」
嫌なところを突いてくるレイフォードに、エリザベスは文句を言いたくなるが口元のハンカチがそれを止めてくれている。
ハンカチが意外と役に立っている。
「そんな女が王太子殿下の側にいるのはこちらにとっても都合が悪い。だから、僕がキミに、貴族としての完璧なマナーを叩きこんであげるよ」
「!」
思いがけない提案に、エリザベスは目を見開く。
エリザベスが玉の輿に乗るために、ずっと抱えていた問題を解決するチャンス。
それが本当なら、ぜひともお願いしたい。
でも――
貴族の提案には、きっと何か裏がある。
レイフォードの目的はなんだろうか?
エリザベスの視線に気付いたレイフォードが、目を細め魅惑的な笑みを浮かべて言った。
「その代わり、条件がある。ここにいる間だけ、僕の恋人になってほしい」
「恋人……?」
不可解な言葉に、エリザベスは思わずハンカチを離して尋ねてしまう。
「そう。図書室にいる間だけの、かりそめの恋人。もちろん図書室から出たら僕たちは何の関係もない。ただの他人だ」
レイフォードの言葉にエリザベスは少し考えて、そして口を開いた。
「二つ質問してもいいかしら」
「どうぞ?」
「貴方に婚約者は?」
「いないよ」
「そうですか……。あと、恋人というのは身体的接触も含まれますか?」
「含むかもしれないね。でもそれは一般的な恋人同様、お互いに同意すれば、だけど」
「……」
エリザベスはレイフォードを見つめる。
レイフォードは『恋人』と言ったけれど、彼がエリザベスに恋心を抱いているようには到底見えない。
それに、偽りの恋人を求めるほど女性に困っているようにも見えなかった。
甘いマスクに侯爵家という地位、どこを取っても魅力的な彼ならば、例え性格に難があったとしてもいくらでも女性が寄ってくるはずだ。
でも、言い出すからには何か意図があるのだろう。
それが何なのか今はまだ分からない。
単純に「抱かせろ」と言われていたら即座にお断りしていたけれど、接触があるかもしれない程度ならエリザベスに選択の余地はありそうだ。
エリザベスは得られるものとリスクとを天秤にかけて、得られるものを選んだ。
「いいわ。貴方との取引に応じます」
エリザベスは今の状況を打開しないといけない。
そのためには歩みを止めるわけにはいかなかった。
「私のことはエリザベスとお呼びください」
ニコリと笑ったエリザベスに、レイフォードも不敵に笑う。
「僕のことはレイフォード、と。よろしく、エリザベス」
「よろしくお願いします。レイフォード様」
お互い真っ直ぐに見つめ合う。
挨拶をしながら二人は自然と握手を交わしていた。
……それは、『恋人』と言いながら『ビジネス』にしか見えないやり取りだったけれど、達成感でいっぱいになっていた二人は残念ながら気付いていなかった……
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