婚約者は隣国からの留学生()に夢中です。

のんのこ

文字の大きさ
2 / 9

除け者

しおりを挟む




翌日は、前々から約束していたデートの日だった。

幼馴染の延長戦のような関係の私たちだが、月に一度くらいは婚約者らしくショッピングや観劇なんかに出かけて仲を深めている。


とは言え、深める仲なんてない程、既にお互い知り尽くしている彼とのデートは恋人同士の甘酸っぱさなんて皆無なのだけど。



それでも、そんなことどうでもよくなってしまう程、彼と過ごす時間が幸せだった。

カイルの傍にいると、落ち着く。


彼の隣で、このまま穏やかな日々が送れるのなら、それは確かに幸せなのだろう。

カイルのことは、家族のように思っている。





満ち足りた日々だった。






私だけが。






私がカイルに抱く穏やかな愛情と、カイルが私に抱くそれは、何ら変わりないのだろう。

誰よりも近くでカイルを見ていた私だからこそ、自惚れでもなんでもない、一つの事実だと胸を張って言える。




だけど、それは身を焦がす程の熱い想いとは程遠くて、凪いだ海のような平穏は彼の望んだところではなかったのかもしれない。

彼は、嵐のような鮮烈な想い、メラメラと燃え盛るような愛を、渇望してしまったのだろうか。





悶々と頭を悩ませながら、いつも通り彼の来訪を待つ。



彼は今日も、兄のように穏やかな笑みを浮かべて我が家に馬車を乗り付けた。





「おはよ。悪い、ちょっと待たせた」


いつもは余裕を持たせるタイプのカイルだったが、今日は時間丁度の訪問である。

珍しことだけれど、遅刻したわけでもないのだから謝らなくてもいいのに。




「時間ぴったり。せっかちなのに珍しいね」

「誰がせっかちだ」



意地悪く笑いながら言うと軽く小突かれてしまった。

遠慮のない彼が好きだ。




「今日は、レイラの先に迎えに行ったやつがいるから」

「え?」



事も無げに言う彼に思わず首を傾げる。


疑問に思いながら外に出ると、停まっていた馬車の扉が開いて、絶句した。






「おはよう、レイラさん!」


明るい声で挨拶を口にする彼女は、陽の光にも負けないような眩しい笑顔を浮かべている。

訳が分からなかった。



婚約者がデートに女連れでやって来る話なんて聞いたこともない。

カイルの正気を疑ってしまうのも仕方ないのではないだろうか。





「カイル、どういうこと?」



「こいつがレイラと遊びたいって聞かなくてさ。ま、たまには三人もいいだろ?」


「っ…」





カイルは、私と二人が嫌なのかもしれない。

そんな不穏な考えが脳裏を過ぎる。




彼の考えていることがちっともわからなかった。





「婚約者とのデートにまで連れてくるなんて、少し、変だと…思う」


「そうか?友達なんだし、おかしくないと思うけど。俺らだって、婚約者っつっても、幼馴染の延長みたいなものだろ?」




「そう、だけど…」


幼馴染の延長、それはそう。



カイルに言わせてみれば、友達三人で遊びに出かけるようなものなのだろう。





だけど、ねえ、知ってる?




私ね、アスリーさんのこと友人だなんて思ったこと、一度もないのよ。






「除け者にするのも、可哀想じゃん」

「除け者って…」



「こっちに留学してから、俺らくらいしか友達いないんだよ。こいつの性格がひねくれてんの、レイラだって知ってるだろ~?」



可哀想?除け者?

蔑ろにされて可哀想なのは誰?


除け者というのは、本当にアスリーさんを指す言葉なのだろうか。





知ってるだろ?なんて私に尋ねたくせに、揶揄うようなトーンの声は、明らかに彼女に向けられていた。




「はあ?ひねくれてるってどういう意味?」

「そのまんまだろ」


「カイルに言われたくないし」



あっという間に蚊帳の外にされてしまった私を、カイルはもう見ていなかった。









「いつも二人でどんなことしてるの?」


馬車の中、唐突にそんなことを尋ねたのはアスリーさんだった。

聞いてどうするのか、なんて意地悪なことを思ってしまう。




「買い物したり観劇したり、その日の気分でてきとうに」

「ふうん、婚約者なんだからちゃんとプラン立ててエスコートしたら?カイルって本当に気が利かない」


「はあ?今更レイラのこと恋人みてえにエスコートなんてできるかよ。小っ恥ずかしいわ」


他意のない言葉に傷ついてしまう自分が嫌になる。





「私だったら、好きな人とのデートでそんな杜撰なプラン組んだりしないのに」


唇を尖らせてどこか拗ねたような表情を浮かべるアスリーさん。



「好きな人なら、ちゃんと大切にする」




彼女は遠回しに、私がカイルに大切にされていないと訴えているのだと思った。

積み上げてきたものがぐらぐらと壊れていくような嫌な感覚を覚える。




「はいはい、お前に愛される人間は幸せだよ」


呆れ笑いを浮かべながらカイルがそんなことを口にした。





____心が、ぽっきりと折れてしまいそうだ。







「カイルなんて、やめちゃえば?」


にまっと口角を上げるアスリーさんに、半ば強引に笑みを貼り付けて言葉を返す。




「…あはは、やめちゃおっ、かな」


「おいおい、ちょっとは否定しろよ」

カイルの表情は依然として楽しそうで、彼は私に見離されることなんてちっとも怖くないのだと理解した。



私の想いなんてどうでもいいのだ。






すっかり沈んでしまった気持ちのまま、しばらく馬車に揺られる。




「今日はどこに行くの?」


「レイラが観たがってた演目の上演か始まったから、それ観に行くんだよ」




「へえ、どんなの?」

「俺もよく知らない。レイラのリクエストだし」



演目の内容が気になったのか、尋ねるようにこちらを見つめる彼女。

懇願されるような瞳に観念して、なんだか重たい口を開いた。





「今回の演目は、とある国の王宮を舞台にした内容なの。王の正妻の子で権力を傘に暴虐の限りを尽くした王太子を、側妃の子であり立場は弱いけれど清廉潔白で民からの信頼も厚い第二王子が討ち滅ぼして、幸せな王国を築くハッピーエンドのお話よ」


王都でも大人気の演目らしく、チケットはいつも完売でなかなか手に入らないと専らの話題だ。







「何それ、悪趣味」


「え?」




「王子同士で殺し合う様を演目にするなんて、王家に喧嘩を売ってるようなものじゃない?私あんまり物騒なのは見たくないなぁ」



ぐっと眉間に皺を寄せ、小さくため息をつく彼女は、精一杯気に食わないことをアピールしているようだった。




「で、でも、王妃様もお気に入りの演目みたいよ?一度観たら気に入るかも」

「う~ん、きっと無理だと思う。ねえ、レイラさん、観劇より、美味しいお菓子でも食べに行かない?」


「ええ、」


いきなりの提案に困ってしまう。



今日まですごく楽しみにしていた観劇だ。

突然割って入ってきた彼女に予定を台無しにされるなんてごめんだった。



助けを求めるように、隣の彼を窺う。








「レイラ、観劇はまた今度にしたらいいんじゃないか?」


「っ、どうして…」



「アスリーがここまで嫌がってるんだし仕方ないだろ」



きっぱりと告げられた言葉。

前々から決まっていたのに、どうしてそんなことを言うのか…理由なら、嫌という程わかっしまった。




やはりカイルは、私よりもアスリーさんが大切なのだ。








「いいよ、もう、私一人で行くから」


「レイラ、拗ねるなよ…」



「拗ねてない。楽しみにしてただけ。二人はどこかでお茶でもしてて」




じんわりと滲む涙が零れないうちに、早く劇場に到着してくれたらいいのに。

どうやら神様は私の願いを聞き入れてくれたようで、それから間もなく馬車は動きを止めた。




「…おい、レイラ」


「放っておいて」



御者も待たずに馬車から降りる。







去り際に名前を呼ばれても引き止める手はなく、案外清々しているのかも、なんて思って自嘲的な笑みが零れた。









しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

彼はヒロインを選んだ——けれど最後に“愛した”のは私だった

みゅー
恋愛
前世の記憶を思い出した瞬間、悟った。 この世界では、彼は“ヒロイン”を選ぶ――わたくしではない。 けれど、運命になんて屈しない。 “選ばれなかった令嬢”として終わるくらいなら、強く生きてみせる。 ……そう決めたのに。 彼が初めて追いかけてきた——「行かないでくれ!」 涙で結ばれる、運命を越えた恋の物語。

気づいたときには遅かったんだ。

水瀬瑠奈
恋愛
 「大好き」が永遠だと、なぜ信じていたのだろう。

【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。 そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい―― なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。 後悔しても、もう遅いのだ。 ※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

初恋にケリをつけたい

志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」  そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。 「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」  初恋とケリをつけたい男女の話。 ☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

【完結】精神的に弱い幼馴染を優先する婚約者を捨てたら、彼の兄と結婚することになりました

当麻リコ
恋愛
侯爵令嬢アメリアの婚約者であるミュスカーは、幼馴染みであるリリィばかりを優先する。 リリィは繊細だから僕が支えてあげないといけないのだと、誇らしそうに。 結婚を間近に控え、アメリアは不安だった。 指輪選びや衣装決めにはじまり、結婚に関する大事な話し合いの全てにおいて、ミュスカーはリリィの呼び出しに応じて行ってしまう。 そんな彼を見続けて、とうとうアメリアは彼との結婚生活を諦めた。 けれど正式に婚約の解消を求めてミュスカーの父親に相談すると、少し時間をくれと言って保留にされてしまう。 仕方なく保留を承知した一ヵ月後、国外視察で家を空けていたミュスカーの兄、アーロンが帰ってきてアメリアにこう告げた。 「必ず幸せにすると約束する。どうか俺と結婚して欲しい」 ずっと好きで、けれど他に好きな女性がいるからと諦めていたアーロンからの告白に、アメリアは戸惑いながらも頷くことしか出来なかった。

[完結]離婚したいって泣くくらいなら、結婚する前に言ってくれ!

h.h
恋愛
「離婚させてくれぇ」「泣くな!」結婚してすぐにビルドは「離婚して」とフィーナに泣きついてきた。2人が生まれる前の母親同士の約束により結婚したけれど、好きな人ができたから別れたいって、それなら結婚する前に言え! あまりに情けなく自分勝手なビルドの姿に、とうとう堪忍袋の尾が切れた。「慰謝料を要求します」「それは困る!」「困るじゃねー!」

初恋の呪縛

緑谷めい
恋愛
「エミリ。すまないが、これから暫くの間、俺の同僚のアーダの家に食事を作りに行ってくれないだろうか?」  王国騎士団の騎士である夫デニスにそう頼まれたエミリは、もちろん二つ返事で引き受けた。女性騎士のアーダは夫と同期だと聞いている。半年前にエミリとデニスが結婚した際に結婚パーティーの席で他の同僚達と共にデニスから紹介され、面識もある。  ※ 全6話完結予定

処理中です...