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嫌いな彼女

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______我儘なのだろうか。


不自由のない家柄に愛情深い家族、気のおける友人、学園での生活は様々な学びもあり退屈しない。

毎日が充実していて、楽しい。



心からそう思っているはずなのに、最近の私はどこかおかしい。

ほんの些細なきっかけでもやもやと胸の内に広がる苦々しい思いに気づかないふりをするのも正直限界だった。




今だって、


「レイラ」


教室の後方から聞こえてきた声に思わず小さく溜息を零した。




「授業終わったのに何ぼうっとしてるんだ?レイラの好きなAランチなくなってもいいのか?」


扉からひょっこりと顔を覗かせながらそんなことを言う。

数少ない公爵家の筆頭で、我が国の宰相の息子でもある彼、カイル・フィンレーは私の婚約者だ。



幼馴染でもあるカイルとは当然のように多くの時間を共有し、お昼だっていつも一緒に食べている。

大切にしてもらっている自覚はあるのに、素直に喜んでばかりもいられない原因はひとえに彼のせいとは言えなかった。





「…アスリーさんも?」

カイルの傍に来ると、もう随分と見慣れてしまった姿が目に入りぐっと唇を噛み締める。


絹糸のように艶やかなブロンドヘアーと同じ色の睫毛に縁取られたアーモンド型の瞳が印象的な彼女。

息を呑むような美しさは正直何度会っても見惚れてしまう。



アスリーさんは、隣国からの留学生らしい。

カイルと同じ公爵家の出自で、留学生として受け入れられるからには優秀なのだろう。



国が受け入れた彼女に、ましてや家格が下の侯爵家の私が口出しできるわけもないが、せめてもの抵抗にカイルに尋ねてみる。



「今日も、三人…?」

「ああ、アスリーの世話は教師からも頼まれてるからな。これも生徒会長の務めだって」


昔から変わらない砕けた口調と案外能天気なところが好きだったけど、今は少しだけ憎らしい。

クラスも一緒の二人は、お昼だけでなく移動教室だってペアワークだって、常に二人で行動しているのだと言う。



頼まれ事であると明言されている手前、下手に不満を述べることもできなかった。




「それにアスリーもレイラと仲良くなりたいみたいだし?」

にやりと意味深に口角を上げるカイルの態度が心底お門違いで笑ってしまう。



アスリーさんは、カイルのそばに居たいだけだろうに。




「カイル、変なこと言わない。ほら、混んじゃうから早く行こう。レイラさん、今日もお邪魔するね」


「…お邪魔だなんて、」



そんなことしか言えない自分の口を呪ってやりたいくらいだ。

悪戯な笑みを浮かべてレイラさんを見つめるカイルの瞳がどこまでも優しくて、私はひどく惨めな気持ちになった。






____アスリーさんが、嫌い。


ぬるま湯につかったように居心地の良かった私たちの世界が侵食される。



彼女の傍はひどく苦しいのだ。



息が詰まる。

胸が、張り裂けそうになる。




それはきっと、婚約者を奪われてしまうという危機感や焦燥だ。

幼い頃からずっと傍にいたカイル。



どれだけ信頼していても、どれだけ大事にしていても、私だけの想いで誰かを繋ぎ止めておくことなんてできない。



ほんの些細なきっかけで、ある日突然、彼を失ってしまうのではないかと、そんなことを思って気が気じゃなかった。







■□







昼食時のランチルームは平常通りの賑わいを見せ、込み合ったホールの中、席を探すのにも一苦労だった。

特に最近は、探さなければならない椅子の数だって増えてしまっているのだから尚更。



ようやく見つけた席に座ってほっと一息つく。




「あ~あ、カイルのハッシュドビーフすっごく美味しそう。そっちにしたら良かった」

「毎日毎日、アスリーは何選んだって同じこと言うだろ」

「一口ちょうだい?」

「エビフライと交換な」



傍らには、人差し指を唇にあてて可愛くお強請りする彼女と呆れたように笑う婚約者。

すっかり見慣れてしまった二人を横目に、なんだか味気ないオムライスを無心で口に運び続けた。






_____私のこと、見えてる?


私の婚約者であるはずのカイルは今、私では無い女性に首ったけ。

四六時中彼女のそばに寄り添ってあれこれ世話をやくカイルと、当たり前のようにそれを教授するその人はまるで仲睦まじい恋人同士のようだった。


婚約者は私なのに。



心の中に燻った仄暗い感情に蓋をするのもそろそろ限界に近付こうとしている。





「…カイルの、女たらし」


ぽそりと呟いた声は誰にも拾われることなく宙に消えた。







カイルの行動の全てを理解しきれないわけではない。

この国の宰相を務めるエヴァンズ公爵の長子として生をうけ、幼い頃から努力を惜しまず、文武両道、思わず白目を剥いてしまいそうな程優秀な人間に育った。


それでいてぶっきらぼうなところはあるけれど気さくで優しく、面倒見がいい。



そんな人柄や聡明さを買われて学園の生徒会長を任されるようなカイルだ。


…彼女のことを放っておけないのだろう。





隣国からやってきた留学生。

慣れない環境で何かと不安のある彼女を助けてやるように教師からも頼まれていることは知っている。


生徒会長は何かと大変なのだ。





それに、彼女、アスリーさんは思わず守ってあげたくなるような美少女だった。

オーロラを閉じ込めたような瞳は光の加減できらきらと彩を変え、絹色よりもずっと手触りの良さそうな艶めく白金の髪がなびく姿はまるで女神様そのもの。



彼女は、息を呑むほど美しい。






「レイラ、昼休憩終わる。食ったんなら戻るぞ」


考え込んでいると、そんな声がかかる。

仮にも婚約者を置いていくことは流石に忍びなかったのだろうか、お昼になって初めての会話だった。





「…ありがとう、カイル」


「ふふっ、せっかく婚約者と過ごしてる時間なのにレイラさんぼうっとしてばっかり。もしかしてカイルといるのつまんないんじゃない?」


くすくすと笑いながらそんなことを言う彼女が何を考えているのかよくわからない。

けれど、決して良い意味での発言ではないことは確かだろう。




「あーあ、可哀想なカイルのことは私が慰めてあげましょうね~」

よしよし、なんて言いながらカイルの頭を撫でるアスリーさんに思わず絶句した。


「いらねー」

そんな言葉一つで済ませてしまう彼は何とも思っていないのだろうか。

もしかして、満更でもない…?





「…つまらなくなんて、ありません。婚約者と過ごす大切な時間ですから」


彼女の言葉を織り交ぜながら否定する。

アスリーさんは面白くなかったのか、僅かに顔を顰めるのがわかった。


…美人の不機嫌顔は迫力がある。






「はいはい、変に火花散らしてないで行くぞ。午後の授業遅れる」


敏いカイルは私たちの静かな戦いの理由に気づいているはずだ。

…野放しにしているのは何故?




胸が不安でいっぱい。






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