その男爵令息は一筋縄ではいかない。

のんのこ

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それは、ほんの小石程度のつまずき。

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私の自惚れでなければ、思った以上に順風満帆な日々を過ごしていたと思う。


毎日お昼を一緒に過ごして、時には放課後一緒に図書室で勉強なんかもして。



すっかり毒気の抜けたイアン様に、私たちの未来を確信してほくそ笑んでいたのだけれど…




____唐突に、違和感に襲われた。


これは、あまりにも出来すぎているのでは?

あんなにも拒絶を示していたイアン様が、こうもあっさりと私を受け入れるなんて…絶対におかしい。



勿論、何も無ければこのままゴールインで一向にかまわないのだけど。



どうやら、そんな私の予感は当たっていたらしい。


ひと月の半ばまで来て、イアン様が発狂した。




「いや、おかしいでしょ?!!」


「…イアン様?」



「何なわけぇ?!この順風満帆を絵に描いたような日々!」


私と全く同じことを思っていたくせに、真反対の感情を抱いている様子の彼。

順風満帆で何が悪いと言うのでしょう。




「こんなはずじゃなかった!!」


「はあ、」

「俺とアンタがこんなにもわかりやすく二人で過ごしてるのに、反発する貴族が一人もいないなんておかしいでしょ?!」


ぐぐぐっと拳を握りしめてそんなことを宣う彼に、なんだか思惑が読めてしまったようで小さくため息をつく。




「まるで反発して欲しかったかのような反応ですね」

「…っ」


「もとより他貴族からの干渉を受けた程度にで揺らぐような想いではありませんが、それでもまあ、面倒事の回避くらいは策を講じています」


緩く口角を上げる私を、イアン様は眉をへの字にして見つめている。




「文句をつけてきそうな家への根回しは怠っておりませんわ。ふふ、私たちの関係を周囲に知らしめることもできたし、イアン様が地盤固めに選択しそうな所謂調家系の御令嬢への牽制もばっちりです!」


「…何それ、俺はどうにかアンタから離れようとしてたのに、逆に外堀を埋められてたってわけ?」


「そうとも言いますね」


あっさりと頷く私に、彼はなんとも意地悪な表情で笑った。




「悔しいけど、効果は覿面みたいだね。けどさぁ、人間の心の機微って、そんな簡単にどうにかできるものなのかなぁ。絶大な権力で上手く封じ込めたつもりかもしれないけど、俺なんかを手中に収めちゃったら合っという間にその磐石な砦も端から崩れていっちゃうんじゃない?」


「随分と不吉なことを言いますね」



「これは、真面目な話、歴史ある公爵家に俺なんて異物を悪戯に交わらせない方がいい」


含みのない真っ直ぐな声音に、イアン様が本心からそう思っていることがありありと伝わってくる。



「アンタはこれからも何の悪意にも晒されず、脳内お花畑のまま、死ぬまで幸せに生きたらいいんだよ」


「それはまた…つまらない生き方ですね」





■□▪▫■□▫





なんだか微妙な雰囲気のまま、タイムリミットは刻一刻と近づいてくる。


思惑を晒しても、彼が私を拒絶することはなかった。



約束は約束なのだろう。

律儀に期間を守ってくれている彼に一先ずほっとする。


あのまま打ち切られたのではたまったものじゃない。





放課後、図書室で勉強をしていた帰り、空き教室から声が漏れているのに気づいた。



「ジゼル様、ご乱心だな」

「ああ、非の打ち所のない完璧な御令嬢だと思ってたのに、公爵家まで巻き込んで随分と好き勝手されてるようだぞ」


「成り上がり貴族に求婚だなんて、みっともない真似よくできるよな~」




耳に届いた言葉の羅列に思わず眉を顰める。

隣にいる彼にこんな戯言一秒だって聞かせたくなかった。



ちらりとイアン様の様子を窺うと、私以上にひどい顔をしているのが見える。




____気がつけば、空き教室の扉を開いていた。





「随分と楽しげな話が聞こえたのだけど、私も混ぜてもらえますか?」



「っ、ジゼル様…!」

「これは、その、決して貴女様を貶めていたわけでは…」



顔を真っ青にする令息たち。

先程の言葉が私を貶めたものではないのなら、それは、より一層私の怒りの琴線に触れるものだ。



イアン様を侮辱することは誰であろうと許さない。




「自慢ではないけれど、アゼルシュタイン家の女は昔から殿方の趣味だけはいいといわれているの。私も、家柄にあぐらをかいて考えることを放棄した名のある家の殿方なんかより、力を尽くし、自らの手で道を切り拓くことのできる、立派な方を見つけたと自負していますわ」


「…っ、そ、そうですね」

「おっしゃる通りです!」


吐かれた言葉の意味すら呑み込まず、ただただ目の前の公爵令嬢の機嫌を損ねないようこくこくと首を縦に振る彼らにため息をつく。


本当に、みっともないのはどちらだ。




「あなた方が他人の将来にケチをつけられる程の存在なのかは疑問ですが、そんな暇があるのなら陰口を叩くしか能のない自らを磨くことに貴重な時間を割いた方が余程有意義なのでは?」



イアン様は、常に自身を高め続けている。

自らの力でこの貴族社会に自分の立ち位置を築きつつある実力は本物だ。



泥臭い努力ができる、誰よりもかっこいい人なのだ。





薄っぺらいおべっかを口にしながらそそくさと去っていく彼らなんてどうでもよかったけれど、なんだかイアン様の纏う空気が重苦しくなっているように感じる。



イアン様にとっても、かなり失礼な発言だったため仕方がないことなのかもしれない。




「俺のせいでアンタまで謂れのない誹謗中傷を受けちゃったね。いい加減下賎な平民上がりの俺なんて切り捨てた方がいいんじゃない?」

自嘲したような薄ら笑いを浮かべて、イアン様がそんなことを口にする。


どこか疲れたような余裕のない表情だった。



「今私がいなくなれば、苦しくなるのはイアン様だと思いますよ?」

「はぁ?アンタがいなくなったって、良い商品を流したら自ずと客は来るんだよ。ただでさえ貴族なんてやたら金だけ持ってる馬鹿ばっかりなんだからさぁ」


貴族社会を敵に回す様な発言に、今後の彼のいらない苦労が忍ばれる。

私と結婚して、気楽に生きてくれたっていいじゃないか。



「こんな生意気なイアン様なんて、横暴な高位貴族でも敵に回してしまえば一瞬でけちょんけちょんですからね」

「…うざっ」


「やっぱりイアン様には、私みたいな世渡り上手なお嫁さんが必要だと思いますよ」


澄んだアメジストの瞳を見つめながらそう言うと、彼は不愉快そうな顔で私を睨みつけた。



「俺はアンタの助けなんていらない。だいたい何様のつもり?貴族に蔑まれる俺のこと、可哀想だとでも思ったわけ?自己満や優越感のために無駄な労力を割くなんて、貴族の御令嬢って随分暇なんだねぇ?」


ひどく侮蔑を含んだ物言い。

なんとも意地悪な表情は最早彼のデフォルトだった。


「可哀想だとは思っていません。ただ、かっこいいと思ったんです。理不尽で窮屈なこの世界で、イアン様があんまりにも強く生きていたから」


「…はぁ?」


「貴方の折れない心とどこまでもひたむきに努力できる姿勢が、私にはどんな宝石や夜空の星星よりも輝いて見えたのです」



その気持ちは出会った頃からずっと変わらないものだ。

私はそんなイアン様に憧れて、イアン様のそばに居たいと思った。



「…俺は残念ながら人より優れたものなんて一つも持ってなかったから、努力くらいしないと後は落ちていくだけなんだよ。流れに身を任せるだけで生き残れる程恵まれてないわけ。わかる?」

拳をきつく握り言葉を紡ぐイアン様。


「流れに身を任せて落ちていった人間がどれだけいると思っているんですか。いい加減自分の頑張りを認めてあげたらどうです?」

「そんなの、そいつらが怠惰だっただけでしょ。俺は当たり前のことをやってるだけだから。て言うか俺だって五年後十年後はどうなってるかわかんないよ?アンタは貴族らしく悠々自適に人生を謳歌してなよ」


どこまでも自分に厳しいイアン様に、一周回って哀れみすら感じてしまう。



微妙な顔で彼を見つめていると力強く睨み返されてしまった。



「私と結婚したら、五年後も十年後もきっと安泰ですよ~」

「どうしてそこまで俺に拘るのさ!」


「だから、イアン様が大好きだから、そばにいたいんですよ!」

「はぁあ!?まじで意味わかんない!俺なんかのそばにいたってろくな事ないでしょ!?馬鹿なの!?」


真っ赤な顔で吠えるイアン様はわけがわからないといった様子で片眉を釣り上げる。

ここまで余裕のない表情は少し新鮮だ。



「ろくな事がないなんて結婚してみなくてはわかりません!イアン様は貴族社会を憂いているくせに損得勘定で結婚を決めてしまうのですか?いつの間にか貴方も古臭い因習の抜けない立派な貴族になられたのですね」

「はぁ?アンタ俺に喧嘩売ってるわけぇ?」

「事実を述べたまでです。平民の皆様は当人同士の感情で婚約、結婚を決めることが多いと聞きます。ならば私とイアン様だってお互いが良いと思うのなら何も問題ないと思うんです」

私の言葉にイアン様は呆れ顔を浮かべる。


「はあ、俺は平民上がりの似非貴族だけど、アンタは根っからの貴族令嬢でしょ~?アンタの家族はアンタが俺なんかと一緒になることなんて許すわけない」


「ああ、ご心配なく。我が家には上に兄妹が三人いますので今更私一人が力の無い男爵家に嫁ごうともダメージなんて毛ほどもありませんから」


きっぱりとそう言い放った。

上の兄妹達は家督を継ぐために努力していたり、それぞれ良い伴侶を見つけたりと立派に自立している。


私がイアン様と結婚することに障害なんて何一つないのだ。



私の言葉にぐぬぬっと歯を食いしばった彼は、それでも負けじと口を開いた。


「…当人同士の感情って簡単に言うけどさぁ、大前提として、俺の気持ちはアンタにないことわかってる?」


「ぐっ、痛いところを突きますね」




障害が無いというのは、訂正しよう。

ほんの小石程度のつまずきなら存在していたようだ。





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