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アンタの隣は落ち着いていられないから

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すっかり体調も回復し、最早恒例となった彼とのランチタイム。

おやつのチェリーパイを咀嚼し終わった彼は心底げんなりした声で口を開く。



「王宮主催の、親睦ぱぁてぃ~?」

片眉だけ吊り上げて思いっきり顔を顰めたイアン様に思わず苦笑が漏れた。



「はい、ちょうど次のお休みの日なのですが…」

「学園が休みの日は一日仕事に没頭する」


「社交もお仕事では?」


そう言葉を返すと、彼は不服そうに唇を突き出すのだった。



「いつも通り、アンタの兄さんじゃダメなわけぇ?」

「長兄は婚約者を、次兄は今回は姉をエスコートするようなので。姉様の夫君がどうしてもお仕事で参加できないらしいのです」


「…公爵は」

「勿論母様と参加されますわ」


ぐぬぬと唸るイアン様は可愛らしいが、この社交嫌いは筋金入りだ。

大きな夜会だから参加した方が良いと思ったけれど、彼がどうしても駄目だと言うなら諦めようと思う。


無理強いはしたくない。





「……わかったよ、俺も行く」

「いいのですか?」


「王宮主催の会に公爵令嬢が不参加はあんまり外聞良くないでしょ」


外聞なんて気にも留めなかった彼はどこに行ってしまったのでしょう。

…私のことを、考えてくれているのだろうか。




「はぁぁぁあぁぁ」

「あの、無理にとは、」


「別に平気だってば。パーティー自体はね」


なんだか含みのある言い方に彼を見つめると、横目でじろりと見つめ返されてしまった。




「アンタの家族、俺のこと…嫌いなわけ?」


「はい?」



「婚約の挨拶に行った時からさぁ、会う度おもちゃにされるんだけど」


そんなことを口にするイアン様がなんだかしょんぼりして見えて胸がきゅんと締め付けられる。

本当にこの人は、可愛いの星のもとに生まれてきたのだろう。




「うちの家族は、なんと言うか…こう、可愛い子ほどいじめてしまうと言いますか、構い倒してしまうような、そんな人たちなんです」

「特にアンタの一番上の兄姉たちには死ぬほど嫌われてそうだけど…」



「あの二人は妹をとられたようでヤキモチをやいてるんですよ。イアン様を嫌っているわけではありません」


少々過激派なところがあるだけで、根は優しい人たちだから。

そもそもが、誰かを嫌って虐げるような人間ではないのだ。



「公爵夫妻は、いつも変なニヤケ顔で…アンタがどれだけ俺に惚れてるか一から十まで説明してくる」

「それは初耳ですけれど、まあ事実ですから仕方ありませんね」



何やら吹き込んでいることは知っていたけれど、そんなことを話していたなんて。



「…次兄のキリク兄様は?」

「あの人は、まあ、普通だし?公爵家で一番話が通じるよねぇ。どうやったらあの家であんなにも穏やかな人が育つのか心底不思議だよ」


「…なんだか面白くありません」


キリク兄様が一番だと言うことは、私は二番手だということになる。

イアン様にとって誰よりも信頼できて気が置ける存在が私だったらいいのに。




「あの人、俺のこと変に蔑んだり特別視したりせずに、対等な存在として扱ってくれるから」

「だったら私は兄様に敵わないじゃありませんか。どうしたって私にとってイアン様は、誰よりも特別な存在なのですから」



「…アンタの隣は落ち着いていられないから、やっぱり俺はキリク様がいい」

「もう、なんてこと言うんですか」


婚約者よりも兄の方がいいだなんて。

恨みがましい瞳で見つめるけれど、すんっとした表情で視線を逸らされてしまった。






■□▪▫■□▫




パーティー当日、イアン様のエスコートで会場に入る。

先に到着していた家族がこちらに歩みを進み始めると隣の彼の表情が少しだけ強ばるのがわかった。




「遅かったわね、ジゼル!毎日会っているけど会いたかったわ。ふふ、イアン様も、御機嫌よう。こんなにも愛らしい姫をエスコートできるなんて貴方本当に幸せ者だわ。それこそ貴族社会の男全員を敵に回すほど」

「……はい、そうですね」


「そんなに固くならなくたって取って食べたりしないわよ?ジゼルを傷つけるような真似したら、まあ多少は、痛い目を見ていただくことになるかもしれないけれど」


「………ご忠告ありがとうございマス」




「姉様、あまりイアン様に失礼なことは言わないでくださいませ」


意地悪な言い方をする姉様に苦言を呈する。



「だって、ジゼルったら最近婚約者にばかり夢中で構ってくれないんだもの!意地悪くらいしたくなるわ」

「だからって、」



「昔は私の後ばかりついてまわっていたのに!!ぽっと出に最愛の妹を取られた姉様の気持ちを考えたことがある?!それに、姉様の方が貴女を愛しているわ!!」


ぷんぷんと怒ってそんなことを言う彼女は、良くも悪くも昔から私への愛が大きすぎるのだ。


微妙に言い返せないことを口にされ、悔しいやら悲しいやら。





「……僕だって、ジゼルが大切ですよ」


「イアン様?」


なんだか甘い言葉を吐いていらっしゃるけれど、表情は苦虫を噛み潰したようなものだから不思議だ。



「貴女、ジゼル歴十七年の私に張り合おうと言うの??」


「姉上、それ以上執拗くしたらジゼルに嫌われてしまいますよ」



口を挟んだのはキリク兄様だった。



「キリク様…」

「やあ、イアン殿。姉が悪いね」


「いえ、そんな」


「僕らはそろそろ挨拶回りに行ってくるから、ジゼルと楽しみな」


颯爽と去っていくキリク兄様にイアン様がぺこりと頭を下げる。

なるほど、兄様はこういったところでイアン様を誑かしているのね。



安心した顔をしているイアン様だが、彼の望むように状況はいかないようだ。

視界の飛び込んできた二人の姿に少しだけ彼を不憫に思った。





「ジゼル、イアン、楽しんでるかい?」

「イアン様は、なんだか疲れた顔をしているわね。またジゼルに振り回されてるんでしょう?」


アゼルシュタイン公爵夫妻は、覇気のないイアン様を見て楽しそうに表情を緩める。



「…こんばんは、お声をかけていただき恐縮です」

「お母様ったら、失礼です。イアン様を困らせていたのは私ではなく姉様です」


「あらあら、我が家の娘たちがごめんなさいね」


母の言葉に、彼は、はあ、とか、いや、とか曖昧な返事を返した。

これは結構疲れてしまっている感じだ。




「ははっ、家の娘たちは妬けるくらいイアンのことがお気に入りみたいだなぁ。ジゼルなんか家で毎日君の話ばかりだ。おかげで我が家の人間は君のいいところを500は言える」

「そうねぇ、昨日の惚気は、おやつにクランベリーのマフィンを焼いて行ったら、好物だったようでいつもよりも瞳が輝いていてとっても可愛かった、だったかしら?」


「おかげでその日のデザートは君の好物であるクランベリー塗れだった。きっと近いうちに特訓の成果を披露してくれるだろう」


「……お父様、こっそり上手になってイアン様を驚かせる手筈でしたのに」


ちらりと隣の彼を見つめると辟易とした表情で憔悴し切っていた。



本人の前で話す話ではなかった。




「ジゼルの惚気話が聞きたくなったらいつでも遊びに来るといい」

「…はあ、機会があれば」



去っていく両親を見送った後、ようやく彼はほっと息を吐き出すのだった。




まだ一人残っているのに、大丈夫だろうか。







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