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これは夢でしょうか
しおりを挟む「やあ、ジゼル。お邪魔してるよ」
学園がお休みの午後、課題の調べ物のため書庫にやってくると思わぬ人物に出くわした。
相変わらず綺麗なブロンドを靡かせ、穏やかに笑みを浮かべる彼。
ミハイル殿下は、どうやら兄を尋ねて我が家にやってきたらしい。
「ご機嫌麗しゅうございます、殿下。殿下がいらっしゃっているとは知らず、こんな格好で失礼いたしました」
朝起きて着替えた簡易なハウスドレスは、とてもじゃないが王太子殿下に見せられるようなものではなかった。
目の前のその人がさして気にも留めない様子であるのは、ひとえに幼少からの付き合いがあったからだろう。
「気にしなくていいよ。今日はジークの一友人として先触れもなく遊びに来たこちらが悪い。ジゼルにも内緒にするように私が頼んだんだ」
「内緒、ですか?」
「このあいだ急に求婚しちゃったから、君が気まずいかなって」
事も無げにそんなことを言う殿下に、隣にいた兄が大きなため息をつくのがわかった。
なんとも反応し難い。
「まあ、こうして遭遇しちゃったのも神の思し召しなのかもしれない。返事はなんとなくわかってるのだけど、直接聞かせてくれるかい?」
「う゛」
きらきらと輝く王太子スマイルに背中に僅かに汗をかく。
ちょうど我が家から返事をお伝えしようとしていたところだが、私からとなると少々言いづらい。
覚悟を決めて口を開く。
「王太子殿下には、もっと素敵なお相手がいらっしゃるはずです」
「う~ん、少なくとも、私にとってジゼルより素敵な人なんていないんだけれど」
「我が家にとっては大変光栄なお話ですが、私には既に心に決めた婚約者がいるのです。申し訳ございませんが、今回のお話、お受けすることはできません…」
誠心誠意頭を下げる私に、ふふ、なんていう微かな笑い声が耳に入る。
「頭を上げて。さっきも言ったけど君の返事はわかっていた。困らせてごめんね」
「いえ…」
「燻っていた初恋を昇華して、私もそろそろ前に進まないといけないと思って」
初恋、なんて言われるとなんだか少し切ない気持ちになる。
好きな人に好いてもらうことがどれほど難しくて奇跡のようなことなのか、私はもう知っているから。
この人は、そんな大切な想いを自分に向けてくれていたのだ。
「私のこと、好きになってくれて、ありがとうございました」
「困らせたのに、お礼を言ってくれるんだね」
「ジゼル…!お前はなんて素敵な子なんだ!ミハイルの言葉など一々相手にせずとも世界の男の半分はお前のことを愛おしく思っているというのに」
「水を差さないでよ、ジーク」
「兄様、馬鹿なことを言わないでください」
「馬鹿とは何だ!世の男の恋心の矛先は、お前とジェーンで二分するだろう」
相変わらず妹が大好きな兄の言い分に頭が痛くなる。
普段の冷静さのほんの少しでも思い出してくれたらこうはならないのに。
「そもそも、婚約者がいる人間に求婚する方が非常識なんだ」
「それは私だって痛いほどわかってるからあんまり突っ込まないでほしいな」
「非常識王太子め」
「兄様、殿下に向かって無礼ですよ!」
「ふん、こいつはさっき一友人として我が家に足を運んだと明言していた」
悪びれない兄に申し訳なくなって殿下を見ると、さして気にした様子もなく少しだけほっとする。
二人には、私にはわからない友情が確かにあるのだろう。
「これでジークはイアン殿を気に入っているんだよ。贔屓だよ、贔屓。友人の恋を応援してくれてもいいのにね」
「別にあの男の味方をしているわけではない。俺はいつでも妹たちの味方だ!」
「はいはい」
王太子殿下と次期公爵家当主。
ひどく重圧のかかる立場である二人だが、こうやって言い合う姿は微笑ましく思える。
私の中では大事件だった求婚騒動にも一区切りつき、肩の力が抜けるようだった。
「ああ、そうだ。ジゼルに伝えようと思っていたことがあったんだった」
「伝えたいこと、ですか?」
「以前から話に上がっていた特待生制度、来年度から試験的に導入されることが決定したよ」
特待生制度と言うのは、私も噂程度だが何度か耳にしたことがある。
平民位から応募を募り、選ばれた人を無償で学園の生徒として迎えるのだ。
目的としては、次世代を担う貴族子息や令嬢に、将来自分たちが治めていく領地に生きる人々をより深く理解して欲しいというもの。
また、特待生にとっても、学園での教育を受けるということは、幅広い知識を身につけ将来の選択肢を広げることに繋がるのだから相互利益にはなる。
ただ、文化すら分かつ貴族と平民が突然同じ場所で学園生活を送るというのは大きな壁があるように感じていた。
いくら家格にとらわれず平等を唄う学園でも、やはり暗黙の了解というものは存在する。
貴族社会の縮図と言っても過言ではないのだ。
そのような中で、いくら特待生として選ばれたとはいえ、平民位である人間が不自由や不安を抱えず過ごすことができるのだろうか。
心配の方が大きいのが本音だった。
「…うまくいくのでしょうか」
「この制度を継続するかは、次年度の一年にかかっているだろうね。制度を進めたのはこちら側だけど、生憎私たちは既に学園を卒業してしまっている」
申し訳なさそうにこちらを見つめる殿下の言いたいことがわかってしまい苦笑が漏れる。
「少し、様子を見てくれないかな」
「…殿下の頼みなら、聞かないわけにはいきませんね」
「ごめんね、ジゼル。たまに様子を聞かせてくれるかな」
「お前、ジゼルと接点をもつためにこんなこと頼んでるわけじゃないだろうな」
「失礼だな、ジークは。下心はもうないから安心してよ」
じとりと兄を見つめるミハイル殿下だった。
■□▪▫■□▫▪
そうして時が過ぎ、私たちは学園の三年生になった。
この学園で過ごすのもあと一年。
そう思うとなんだか感慨深い。
最後の一年、神様は私にとんでもない贈り物をしてくれた。
「い、イアン様、これは夢でしょうか…!」
「夢じゃないから興奮しないでくれる?いつも以上に鼻息荒いんだけど、本当に公爵令嬢?ちょっと怖いから、近づかないでよ」
学園のエントランスに一枚ずつ張り出されたクラス表には、なんと私とイアン様の名前が同じ紙に綴られている。
こんなことが起こるなんて…
「同じクラス…奇跡…いえ、必死にイアン様にアプローチをし続けた私へのご褒美です」
「同じクラスじゃなくたって、うんざりするほどべったりだったくせに。ちょっとは飽きないわけ~?」
「飽きるわけがないでしょう!毎日毎秒イアン様への想いは膨らむばかりです」
まったく、見くびらないでほしいものだ。
「っ、アンタは本当に、よくそんなこと恥ずかしげもなく言えるよねぇ?!」
「婚約者になった私の次の目標は、イアン様にほんの少しでも私のことを意識してもらうことですから」
「っ~~~!アンタってほんっっとうバカ。救いようがない!これだけ振り回しといてまだそんなこと言ってんの??」
「せっかくここまで上り詰めたんですから、同じクラスにもなったことですし、イアン様にたくさんいいところ見せちゃうんですから。私のことちゃんと見ててくださいね?」
「…もうずっとアンタのことしか見てないじゃん」
ぽつりと、零された言葉が嬉しくって擽ったくて、またもやイアン様への愛が更新されてしまう。
彼ばっかりずるいと思うのに、こんな気持ちが嫌じゃないのだから不思議だ。
「もう、さっさと教室行くよ!」
「はい!」
幸先がいいな、なんて、この時の私は呑気にそんなことを考えていた。
忘れていたわけではない。
頭の片隅に置いていたほど、さして気にしていなかったのだ。
だって、そんな、特待生としてやってきた彼女があんなにも脅威になるだなんて思わないでしょう?
「イアン、イアンでしょう?!」
教卓の前に立ち、不安気な様子で自己紹介をした彼女は、イアン様の姿を視界に捉えると一目散に駆け寄った。
そうして、
彼の首元に腕を回し、強く強く抱き締めしめたのだった。
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