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異世界からの迷い人
しおりを挟む勇者のおかげで平和を取り戻したこの国に、再び異世界から誰かがやって来るなど、どんな文献を探したって見当たらない。
ひと世代に二人も召喚されるなんて普通なら有り得ないことだった。
「ハルト様っ」
「ミリア?そんなに慌ててどうしたの?」
事態を知らせるため、爵位と共にお父様が与えたハルト様の屋敷に向かうと、彼はいつもと同じ優しい声で私を迎えてくれた。
「異世界から、女性の迷い人が現れたんです…その方はどうやらニホンという国から来られたらしくて…以前ハルト様からお聞きしたお話に出ていた国ですよね?」
意図して召喚されたハルト様とは違う、突如として現れた存在を迷い人と称する。
私の言葉を聞いたハルト様は、大きく目を見開いた。
「日本から…?」
「はい、ハルト様にお教えした方がいいと思って」
「そうか。ありがとう、ミリア。僕もその方にお会いしたいのだけど、いいかな?」
ニホンという場所は、やはりハルト様が生まれ育ったと聞いた国と同じだったようで、普段物事にあまり興味を持たないハルト様も気になっている様子だった。
「既に父には話を通しています!せっかく同郷の方と会えるのですから、急ぎましょうハルト様。私も興味がありますわ」
「君は本当に優しいね、ミリア」
蕩けるような優しい瞳でそんなことを言うハルト様に見蕩れていると、手を引かれて停めていた馬車に乗せられた。
「まさか異世界で日本人と会えるなんて思ってもみなかったよ」
「…いつまでも異世界だなんて寂しいです。私とハルト様は、もう同じ世界の住人ですわ」
わざとらしく拗ねたように唇を尖らせるとハルト様は困ったように小さく笑った。
「そうだね、ごめんねミリア。もうこの世界にきて二年も経つのに、未だに剣や魔法の世界に慣れない自分がいるんだ。今はこんなに可愛い婚約者までいるのにおかしいよね?」
隣に座る私の頬に軽い口付けを落としてそう言うハルト様は、一つしか歳も変わらないのにすごく大人に見える。
「…私も、少し面倒くさいことを言ってしまいました」
「ミリアが面倒なわけないよ。別の世界にさえヤキモチやいちゃうなんて本当に可愛い」
「……やきもちなんて」
十分すぎる愛情を感じて、私は恥ずかしさでいたたまれなくなる。
俯くと隣からクスクスという笑い声が聞こえた。
早く王宮につかないかしら…
「僕の婚約者が愛しすぎてつらい」
そんな声は全力で聞こえないふりに徹する。
王宮に到着して、私達が足を運んだのは一つの応接間だった。
中には父である国王陛下とその側近、そして私と同じくらいの年頃に見える少女が革張りのソファに腰を下ろしている。
…可愛い人だ。
ハルト様と同じ烏の濡れ羽色のような黒髪に、くりくりとした大きな瞳は黒に近い茶色。
不安そうな表情に庇護欲を刺激されるようだった。
目の前の美少女が、ハルト様と同郷の方…もしかして彼の世界はこんな人で溢れているのかもしれない。
ハルト様もすごくかっこいいし。
…本当にハルト様はこんな私で良かったのだろうか。
なんて、自信の無い考えが頭をよぎる。
チラリと隣にいるハルト様を見やると、何故か彼は驚いたようにぱちぱちと瞳を瞬かせていた。
不思議なことでもあったのか。
自分の故郷からやってきた少女だということは事前に知っているはずだから、その髪や瞳が自分と同系色だということに驚いているわけではないと思う。
首を傾げるが、私の疑問は次の彼のセリフによってすぐに解消されることとなった。
「…アカリ!」
明らかに動揺の色が滲んだその言葉は、半ば叫ぶようにハルト様の口から零された。
アカリ…?
それが少女の名前なのかもしれない。
異世界からの迷い人は、ハルト様の知り合いだったのだろうか。
「え、ハルちゃん!?」
ハル…ちゃん…?
ハルちゃんと言うのは、もしかしてハルト様の愛称?
そうだとすると二人は、名前を呼び捨てたり、愛称で呼んだりする程の仲だということ。
どういう関係なのだろうか。
「ハルちゃん!ハルちゃんだっ!!」
「アカリ、久しぶり」
ハルト様が再会の挨拶を述べると、彼女はすぐさまハルト様に駆け寄り…
「っ!?」
あろうことか、勢いよく彼に抱きついてしまったのだった。
え……?
「会いたかったよぉぉおハルちゃぁぁあんっひっく、ハルちゃんっ、本物のハルちゃんだあっ」
「ははっアカリは相変わらず泣き虫だね」
ハルト様も拒否することなく、少しよろつきながらもしっかりと彼女を胸の中に受け止めた。
そして、されるがまま彼女に抱きしめられ続ける。
正直、物凄く不愉快だった。
今すぐ彼にひっついてる少女を力任せにひっぺがしてしまいたい程には。
だけど、我慢だ。
彼女だって突然異世界にやってきてしまってきっと物凄く不安なのだと思う。
そんな時に元の世界で知り合いだった人間に会えたらどれだけ安心するだろう。
抱きつきたくもなるわよね。
仕方ないことだわ。
うん。
ぷるぷると震える拳をぎゅっと握りしめて平常心を保った。
「あの、ハルト様…その方は、お知り合いですか?」
精一杯の笑みを貼り付けて口を開く。
「うん、そうだよ。幼馴染なんだ」
「幼馴染、ですか」
幼馴染というのは、あれですか?
生まれてからずっと傍で育って、思春期になれば自然にお互いを意識し始めて、ライバルや当て馬の出現など、あまたの困難を乗り越えた末愛を育み、当たり前のようにハッピーエンドにたどり着くという…あの幼馴染?
………そんな幼馴染さんが、この世界にいったい何の御用です?
「ハルちゃん、ここどこなのっ?私、ハルちゃんが二ヶ月前急にいなくなって、寂しくてハルちゃんのお部屋に遊びに行ったら…突然知らない場所に…もっ、わけわかんないよぉ」
…………お二人は、お部屋に気軽に入っちゃえるような仲だったのですか?
もう思わず王女らしからぬ白目を剥いてしまいそうなくらいショックだった。
いや、今はとりあえずそれは置いておこう。
「今、二ヶ月っておっしゃいました?」
ハルト様が来て、この世界では約二年が経過しようとしているというのに。
あちらの世界ではまだほんの二ヶ月…?
十二分の一の時間しか経っていないの?
「二ヶ月って、そんな…」
「ハルちゃん?どうかしたの?」
「僕が消えてもう二年は経過しているはずだよ」
ハルト様は信じられないと言った様子でそんなことを言う。
「ええっ?二年!?ハルちゃんが行方不明になってから…?そんなわけないよっ、二年も経ってたらハルちゃんはもう二十歳になったゃうよぉ!?」
「…うん、僕はもう二十歳だよ」
「そんなのありえないよぉ!だって見た目だって何にも変わってない……て、あれ…ハルちゃん、なんか大人っぽくなった??」
大人っぽくなったというか、二年前のハルト様とは結構大きく変わっているんじゃない?
髪の毛も爽やかな短髪から、肩につきそうな程の、まるで王子様のようなミステリアスな雰囲気の美青年ヘアになっている。
もちろんこの国の王子であるお兄様達なんかより断然かっこいい。
それに、身長だって以前より少し伸びて、勇者として戦ってきたからか、細い体には適度な筋肉がついていて見る度惚れ惚れしてしまうし。
うん、二年間でとんでもない成長を遂げてしまった。
こんなに変わったハルト様に気づかないなんて、彼女の目は節穴に違いない。
「僕がこの世界にきて二年も経っているからね。向こうとは時間軸が違うみたいだ」
「…この世界?えっと、どういうこと?」
彼女はしっかり混乱してしまっている。
……それより、いい加減離れませんか?
「立ち話もなんですし、座って話をしましょう。ね、ハルト様?」
にっこり微笑んで促す。
「ミリア…?なんか、怒ってる?」
「そう見えますか?」
私は明確な答えを返さず、一人先にソファに腰を下ろした。
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