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勇者の幼馴染み
しおりを挟む「おほん」
父である陛下が一つ咳払いをして口を開く。
「オーツ公爵は、そちらの迷い人と幼馴染なのだな?」
オーツというのはハルト様の家名で、公爵となった今では勇者よりもその名で呼ばれることの方が多くなっている。
「はい、僕がいた地球という世界では家が隣同士でした。僕の両親が忙しかったこともあって、彼女の家に預けられることも多くありました」
ハルト様がどこか物憂い気な表情でそんなことを言う。
…つまり、家族公認の仲ということですか?
ひねくれた考え方に走ってしまう私は本当に可愛くない。
少し不安になったら劣等感ばかり抱いてしまうのは私の悪い癖だった。
「あの、彼女はどうしてこの世界に来てしまったのです?僕が勇者として召喚されたことは理解していますが、彼女はそうではありませんよね?」
「ああ、そのことについて今から説明しよう」
陛下が申し訳なさそうに眉を下げて言葉を続けた。
「我々が勇者である君を召喚した時、きっと君は自分の部屋にいたのだろう?」
「はい、部屋にいると突然この世界に飛ばされてしまいました」
「だとすると、魔法の残り香とでも、言うべきか…召喚時にこの世界から漏れた微かな魔力が、非常に稀なことだがたまたま波長のあったそちらの彼女に反応してしまったのだろう。大方最後に使われた召喚魔法を再現してしまったのだ」
そんなことが起こり得るんですね。
私達にとって身近な存在である魔法だけど、そのところまだまだ未知数な部分が多い。
陛下が少し曖昧な返答であるのも頷ける。
「アカリは、帰れるのですか?」
ハルト様が不安そうに眉を下げて陛下に問う。
私としては早急に元の世界に帰ってもらいたいところだ。
「ああ、それは大丈夫だ。少し時間はかかるが…大体ひと月ほどだな。元の世界ではせいぜい三日程度だから心配はいらぬ」
ひと月も…
「あたし、帰れるんですねっ!よかったぁ!これでやっと、またハルちゃんと一緒にいられるんだねっ」
迷い人である彼女の言葉が不思議で首を傾げる。
もしかして、彼女はハルト様も一緒に帰ると思っているの?
…え、帰りませんよね?
チラリとハルト様を見ると困ったような表情を浮かべていた。
まさか、ハルト様も迷っていたり…?
不安に思って隣に座る彼の袖をきゅっと掴むと、それに気づいた彼が私を見つめる。
「ハルト様…」
「もしかして、不安にさせちゃった?」
彼は甘く微笑んで、袖を掴む私の手をとり優しく撫でた。
「アカリ、ごめんね」
「…ハルちゃん?」
「アカリとはひと月したらお別れしなくちゃいけないんだ。僕はもうこの世界の住人だから」
ハルト様は先程とは違う堂々とした顔つきでそう言った。
「えっ…どうして?ハルちゃんの帰る場所はちゃんとあるでしょっ?こんなわけわかんないとこにいちゃダメだよぉ」
うるうると涙をいっぱいに浮かべた瞳で彼女はじっとハルト様を見つめる。
女の私でも惚れ惚れするような可憐さだった。
…ハルト様には私だけ見ていて欲しいのに、こんな顔されたら男の人はドキドキしちゃうはずだ。
「アカリの言葉は嬉しいけど、アカリにとってのわけわかんない世界が、もう僕の居場所なんだ」
「っ…やだよ、ハルちゃん!ハルちゃんはあたしのお願いだったら何でも叶えてくれたじゃん…もうあたしわがまま言わないから…これで最後にするから…ねぇ、一緒に帰ろうよぉっ」
彼女の言葉で、二人がどれだけ親密な関係だったのか理解してしまう自分が憎い。
少なくとも彼女の頼みを逐一叶えてあげる程度にはハルト様は彼女を思っていたのだ。
「ごめんね」
彼は笑みを浮かべて、謝罪の言葉だけを口にした。
はっきりとした拒絶だった。
傷ついたような表情の彼女とは裏腹に、私は彼の一貫した態度に嬉しさが込み上げる。
「話もついたようだ、迷い人…アカリ殿といったか?私はこのグランディア王国国王のシュバルツだ。今回は我々の召喚魔法が二年越しに君に作用してしまったようで申し訳ない。先程述べたようにこの世界の時間で約ひと月ここに滞在してもらうことになる。せめてもの詫びに、そなたが不自由せんよう最大限のもてなしはするつもりだ」
「あ、えと…あたしは、アカリっていいます。ハルちゃんの幼馴染です…えっと、王様がいるから、ここは王宮ってことですか?あたし、こんなところに泊まるんですかっ!?」
アカリさんは、混乱した様にオロオロして言葉を紡ぐ。
「王宮では不満か?最高級の調度品と、美味しい食事…もてなしとしてはここで暮らしてもらうのが最適なのだが」
顎に手を添えて考え込む陛下に、次の瞬間彼女はとんでもないことを口にするのだった。
「王宮なんて、きっと堅苦しいに決まってます!ハルちゃんはどこに住んでるんですか?あたしハルちゃんのお家に泊まりますっ」
「僕の家?」
「うんっ、知らない人達と過ごすより、ハルちゃんと一緒の方が安心でしょ?」
「ダメに決まってます!」
私は焦って、珍しく声を荒らげてしまった。
「あなた、だあれ?」
「私はこの国の第二王女、ミリア・グランディアです。差し出がましいようですが、ハルト様の婚約者として…いくら幼馴染と言えども、女性が自分の婚約者の家に滞在するなど許容できかねます」
私の言葉に彼女は思いっきり目を見開き、ぽつりと言葉をもらした。
「ハルちゃんに、婚約者…?」
「ええ、婚約者です。一年前に婚約して、順調に愛を育んでおりますわ」
だからあなたの入る隙間なんてありません、なんて思いを言葉の裏にふんだんにあしらって口に出した。
わけのわからない世界に突然放り込まれて苦しんでいる人に対して、私はなんて心が狭いのだろうか。
ハルト様も呆れているかもしれない。
だけど…止められなかったんだ。
だってこの子、絶対ハルト様のこと好きですよね?
同じ女性だから…そして、同じように彼を想う私だからわかった。
彼女のハルト様を見つめる表情はきっと私と同じ顔をしているはずだ。
依然として私の手を撫で続けるハルト様の手を私は震える手でぎゅっと握りしめる。
「ミリア…嬉しい」
ぽっと顔を赤らめるハルト様に恥ずかしくなって視線を下に逸らしてしまった。
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