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盲目な彼ら
しおりを挟むアカリさんが異世界からやって来た夜は、目が冴えてしまってなかなか眠れなかった。
ハルト様とアカリさんは今いったい何をしているんだろうとか、二人で楽しく過ごしてるんだろうな、とか。
深夜だからきっともう眠っているはずだと頭ではわかっていても、悶々と考え込み朝方まで寝付けなかった。
彼女が学園に通い始めたのは、それから一日あいて異世界からやって来て二日後のことだった。
十八の私より一つ下だった彼女は、二年生のクラスになる。
二年生には私の弟である第三王子のユリウスがいた。
彼は面倒見の良い子だから、きっとアカリさんのサポートに努めてくれるはずだ。
勿論私も彼女を学園に招いた身としてしっかり支えていくつもりである。
お昼休み、慣れない場所で不安だろうと思い、食事に誘いに彼女のクラスを訪ねた。
入口から中を除くと、彼女は綺麗な黒髪をしているから、すぐにその姿を発見する。
アカリさんはユリウスと楽しげに談笑しているようだった。
どうやら打ち解けることができたみたい。
少しでも過ごしやすい場所になってくれると嬉しい。
「あら、あれは確か…」
ユリウスと彼女、そしてもう一人の姿が目に入る。
宮廷騎士団の団長子息、ジェラール様だ。
ユリウスと親しくしている印象はなかったけれど、いつの間に一緒に談笑する仲になったのだろうか。
それとも、親しくなったのは…アカリさん?
無口であまり人と関わらないという彼にまで彼女は良い影響を与えているのかもしれない。
遠巻きだからはっきりとはわからないが、二人のアカリさんに向けられた顔がほんのり赤身を帯びている気がする。
姉の贔屓目としては、婚約者のいるジェラール様よりもユリウスに頑張って欲しいところだが、それでも彼女はひと月後には帰ってしまうため複雑な気持ちだ。
…今は、まだ不要な思考か。
どっぷりはまっているわけではなさそうだし、ユリウスだって彼女が帰ることは知っている。
現状彼女の学園生活がうまくいっているのなら何も言うまい。
この分では問題なさそうだ。
昼食は二人のナイトに任せよう。
…片方はプリンスだけれど。
彼女の手腕の凄さを改めて実感したのは、それから一週間後のお昼だった。
幼い頃から親しくしているこの国の宰相の娘であるバーバラさんとランチルームで昼食をとっている時、
「わぁっ、今までここには来たことがなかったけど、すごく素敵なところねっ!メニューも多いし、おいしそうっ」
そんな声が聞こえてきた。
アカリさんだった。
いろいろあって、この頃には私はしっかり彼女のことが苦手になっていたため、微妙な気持ちで声のした方を窺った。
「やるわねえ?」
隣に座るバーバラさんの声には正直同感としか言いようがなかった。
アカリさんに連れ添って歩く彼らを見ると、その気持ちも理解してもらえると思う。
我が弟ユリウスに、ジェラール様。
それに加えて豪商の子息のリッツ様に、侯爵令息のトーマス様。
彼らは総じて多種多様な才能を持つ学園の有名人で、その整った顔立ちはいつもご令嬢達の噂の的だった。
…私にはハルト様がいるから興味はないけど。
ユリウス以外は皆さん婚約者がいるというのに、一人の少女に付き添うのはあまり良い行いではないのでは?
アカリさんがいろんな方を虜にしていると噂では聞いていたが、実際のところを目の当たりにしてしまうと…うーん。
アカリさんが悪いわけでは、ないのよね。
彼女はこことは違う世界で育って、彼女なりの常識や価値観に沿って生きているだけ。
例えそれが彼らの婚約者を蔑ろにする行いだったとしても。
勿論一番悪いのは明らかに良くない振る舞いを行う男たちなのだが。
「ユリウス、随分と賑やかね?」
だから、殿方達に苦言を呈すくらいは構わないわよね?
「…姉上、何か用ですか」
ユリウスはどうしてか最近私にすごく冷たくなった気がする。
「用がなければ話しかけてはいけないの?」
「別に」
姉上は寂しいですよ?
「皆様も御機嫌よう。普段は婚約者の方々と食事を共にされていたようですが、今日は御一緒ではありませんの?」
私の問いに気まずそうに視線を逸らす彼ら。
良くないと理解しながらことに及んでいるのは一目瞭然だった。
「みんな貴族のしがらみに苦しんでいたんですっ、この学園くらい…肩の力を抜いてもかまわないんじゃないですかっ?」
アカリさんが恐る恐ると言ったように、ぎゅっと手のひらを握りしめてそう言った。
「まあ、そうですね。最低限のマナーを守っていれば、ですが」
「自分の意思で婚約したわけでもないのにみんなが可哀想ですっ!あたしのいた世界では好きな人同士で婚約することが当たり前でしたっ、この世界は間違っていますっ」
事実がどうであれ、暗に彼らが婚約者に好意など抱いていないと述べている彼女に頭が痛くなってしまう。
彼らが可哀想なら、公衆の面前でそのようなことを他人に言われてしまう彼女達は可哀想ではないのか。
そして何より、国民のほとんどがこの世界を創ったという創造神様を信仰しているこの国で世界を否定することがどのようなことか彼女は理解していない。
「神への冒涜ですよ。異世界から来られたあなたとは文化も伝統も信仰する宗教も違うことは知っていますが、そのように頭ごなしに否定なさるのはどうかと思います」
「でもっ」
眉間に皺を寄せて何かを口にしようとする彼女を遮り、口を開いたのはジェラール様だった。
「オーツ公爵のことで彼女を嫌悪しているのはわかるが、頭ごなしに否定しているのはあなたの方ではないのか?」
「ジェラール様は私が私怨で彼女を虐めているとでも言いたいのですか?」
馬鹿にしたように鼻で笑って吐かれた言葉に、私は微笑みを浮かべてそんな言葉を返した。
「そうだろう。現に、俺達が彼女に自分の意思で寄り添っていることで彼女を責めようとしている」
「その件に関しては彼女ではなくあなた方を責めているんですがお気づきではなかったのですね」
彼女に対してはこの世界を否定されたことに苦言を呈しただけだ。
「ふん、なんと言われようとも俺達はアカリのそばを離れる気は無い」
ああ、彼が無口だと言われていたのは、言葉が通じないからなのかもしれい。
「アカリに言われて気づいたんだ。自分の気持ちに従って素直に生きることは全く悪いことなんかではないと」
「それは婚約のことを言っているのですか?」
「ああ。俺は親に決められた婚約者なんかより、アカリのことが大切だ。家なんて関係ない。俺には剣がある。婚約者との繋がりなんてなくとも自分の力で生きていける」
…何を言っているんだろうこの人は。
「全てが正しいとは言えませんが、時には政略的な結婚も家の存続のためにはやむを得ない時もあるでしょう」
恋愛結婚(予定)の私が言うのもどうかと思うけど。
「その婚約を破棄するということはあなたの言う通り家の力など借りず自分の力で生きていくということです。簡単におっしゃいますが、本当にわかっていますか?」
正直疑わしい。
「騎士団長であるお父上の威光など借りず、貴族としての地位をも失ったあなたが…本当に騎士としてやっていけるのでしょうか。平民が騎士になるには並々ならぬ苦労が必要でしょうね」
「それでも、俺の剣の腕があれば…」
「あなたの剣の腕なんて知りませんが、もしかするとできるかもしれませんね。では、平民のジェラール様、あなたのご活躍を期待しています」
私がそう言うと彼はぐっと唇を噛み締めて私を睨みつけていた。
覚悟もないのに大口を叩くものではありませんよ?
「…姉上がこんなに性格の悪い方だったなんて知りませんでした」
「ユリウス…」
「失望しました。僕のことはもう自分の弟だなんておもわないでください。僕はあなたの弟であることが恥ずかしい」
…私は実の弟にここまで言われる程のことをしたのだろうか。
最近の彼はさっぱりわからない。
彼らは私の前を通り過ぎて、五人で仲良く昼食を食べに行ってしまった。
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