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起転[承]乱結Λ
7話 彼の瞳は澄んでいる。
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「古狸──、いや、ロスチスラフ侯を介さずに、お会いしたかったんですよ」
トールとしても興味深い邂逅《かいこう》だった。
──巨乳戦記でも詳細は語られていない国なんだよなぁ……。
グノーシス船団国とは、帝国内を荒らし回って来た蛮族であり、ラムダ聖教会は異端と断じている。
また、ニューロデバイスを埋め込まれていない為、EPR通信を利用出来ないハンデを背負う。
「じゃあ、これってロスチスラフ侯に内緒なんですね?」
「はい」
ルキウスが頷く。
となれば、ルキウスとアリス・アイヴァースが繋がっている事を意味する。彼女がロスチスラフとトールを引き離し、スキピオがここに誘《いざな》ったのだ。
「だから、明日では駄目だったのか……」
明日の親善行事が終わった後、ロスチスラフの屋敷で船団国一行を迎え、密議が開催される予定となっていた。
だがルキウスは、その前に単独でトールと接触する事を望んだのだ。
「左様です。が、ともあれ本題に入る前に、少しばかり私の自己紹介をさせて下さい」
と、ルキウスが言い終えたところで──、
「さて、と」
スキピオがグラスを置き席を立った。
「俺は失礼するよ」
役目は終えたとばかりにトールの肩を軽く叩きカジノへ戻って行く。
給仕役の女達の視線を奪いながら人込みに消えた。
執政官相手に不躾な態度にも思えたが、ルキウスは気にする様子もない。
「彼は耳にしない方が良い話しになりますから」
「え、ああ──はい」
「では、改めまして。私はルキウス・クィンクティ。グノーシス船団国の執政官です」
「ボクはトール・ベルニクです」
頭を下げて応えるトールを見て、ルキウスはクスリと笑った。
「何だか面白いな──。あなたを見ていると血が騒ぎます」
「え?」
「失礼になるかもしれませんが、ね。実のところ──私の前職はコメディアンなのですよ」
「こ、コメディアン?」
「そうです」
トールはあまり視聴する機会は無かったが、EPRネットワーク上でも多数のコメディアンが活躍している。
社会や政治を風刺した内容が多く、階級社会における一種の風穴的な役割を果たしているのだろう。
同種の存在は、蛮族と言われるグノーシス船団国にもあった。
最高権力者である執政官を直接選挙で選ぶ政治制度によるものか、風刺内容は帝国などよりさらに過激で先鋭化されている。
「コメディアンというのは大層なひねくれ者──いや、笑うという行為自体が悪意の塊ですからね」
「そういうものですか」
自分などは、さぞかし茶化せる部分が多いだろう、とトールは素直に思った。
「ただし、発する悪意が許される存在であり続けねばなりません。誰から見ても欠点の無い者が人様の悪口を言っても面白くありませんからね」
その言葉の意味するところは、トールにも何となく理解できる。
「分かり易い弱点のあるコメディアンほど強いものはないのです」
トールは無意識のうちに、ルキウスの口から覗く欠けた歯を見ていた。
「これは違います」
「す、すみません──」
「いえいえ。違うというのは不正確ですね。因果のひとつではあります」
「はい?」
訝し気なトールの表情を、ルキウスは楽し気な様子で見る。
「私はね──」
ここだけの話ですよ、という素振りで話を続けた。
「解放奴隷なんです」
◇
グノーシス船団国で奴隷になる方法は三つある。
帝国から攫われるか、罪を犯すか、あるいは奴隷の子として生まれるか──。
執政官ルキウス・クィンクティは、奴隷の子として生まれた。
「扱いはレギオンによります。一番悲惨なのは、ユピテル・レギオンでしょうかね……」
ほとんどの奴隷は希少鉱石採掘に従事する。
人力不要の採掘システムを何度か構築したのだが、最終的には奴隷を利用するのが最も安上がりという結論に達したらしい。
また、使い捨て可能な兵士として利用するレギオンも多かった。ユピテル・レギオンはその分野で最も先進的とされ、非常に忠実な奴隷部隊を作り上げている。
「ですが、進歩派のレギオンであれば、奴隷を解放する制度があるんです」
奴隷の主人──所有者が、所定の手続きを行えば自由奴隷という身分を得る。
但し、国民と同等の権利を得る解放奴隷は、自由奴隷の子世代からであった。
「つまり、私の父親が自由奴隷となり、ようやく私の代で解放奴隷となった訳です」
そこが、ルキウス・クィンクティの弱点なのだ。
「それはもう悲惨な少年時代でしたよ」
権利が与えられたところで即座に周囲の見方が変わるはずも無い。
思春期の少年少女は時代を問わず残酷なのだ。
「この歯はね、当時の記念に残しておいたんです」
「──なるほど」
記念ではなく自身への決意表明なのだろう、とトールは解釈した。
滑稽な容姿と不名誉な生い立ちを武器として、ルキウスはコメディアンの地位を確立したのである。
「この無様な口許と解放奴隷という身分は役に立ちました。醜い解放奴隷の雑言を真に受けるなど、お偉方のプライドが許しませんからねぇ」
ルキウスは巧妙に大衆の気を引いた。
道化として振る舞い、時折は賢し気に鋭い意見を述べる。
常に半歩先を読んだ言動をしつつ、他方で気楽でお喋りな男を演じ続けた。
「けど、そこから執政官になったんですよね?」
レギオンという強い自治権を持つ各船団を束ねる最高権力者である。
「理由は幾つかありますが、言葉悪く言えば、直接選挙って知名度と金があればチョロいんです」
執政官やレギオン総督の名は知らずとも、歯抜けのルキウスは知っている──。
民会と呼ばれる議会も存在するが、議員達の動向を気にする者などいない。
誰もが日々の生活と、帝国からの略奪に忙しいのである。
「運も良かった。コメディアン時代、虚仮にしまくった前執政官が、ラムダ聖教会と接触しているのがバレましてね」
「え?」
この情報は、トールにとって初耳である。
「やはり帝国では報道されていませんでしたか。十年ほど前の話ですが」
「知りませんでした──けど、何の為でしょうね?」
教会とグノーシス船団国は犬猿の仲ではなかったのか?
「そこが不明なんですよ。ただ、会っていたのは間違いないのです」
「教皇──当時の教皇ですか?」
「いいえ」
ルキウスが頭を振った。
「レオ・セントロマという枢機卿です。皆様は聖レオと呼ばれていますよね?」
独りであれば、面白いと膝を打ったかもしれない。
是非とも、アレクサンデルと会って真相を聞き出したいところである。
「ともあれ、そのお陰で、私の株が上がったんです」
歯抜けのルキウスには見る目がある、という大衆の意思が形成されたのだ。
「おまけに、手堅い票田も在る」
その票田については、トールにも予想が出来た。
「ルキウスさんと同じ立場の方々──、解放奴隷ですね」
「そうですそうです。ご明察!」
彼らにも、それぞれの苦労があったはずである。
同じ立場の者が起ったとなれば、自身に与えられた権利を間違いなく行使するだろう。
「後は、耳障りの良い事を、面白おかしく言うだけで勝てましたね」
「税金を安くしますとかですか?」
「それだけじゃ弱いですね。野蛮な帝国の領邦を懲らしめるとか──異端の都アヴィニョンを焼き払うとか──まあ思ってもない事をペラペラ言いました」
やろうとも思っていないし、実現不可能な公約を威勢よく次々に打ち上げた。
大衆は理論武装した退屈な能吏を求めない。
優越感を刺激し、劣等感を慰撫し、そして情動を揺さぶる存在に惹かれるのだ。
故に歯抜けのルキウスは、奴隷から祖国に忠実な男への成長というナラティブを提供した。
「──嘘──だったんですね」
「そうです」
「では、執政官になった理由は何なのです?」
と、問われたルキウスは、澄み切った瞳でトールをひたと見据えて告げた。
「奴隷制度の廃止です」
トールとしても興味深い邂逅《かいこう》だった。
──巨乳戦記でも詳細は語られていない国なんだよなぁ……。
グノーシス船団国とは、帝国内を荒らし回って来た蛮族であり、ラムダ聖教会は異端と断じている。
また、ニューロデバイスを埋め込まれていない為、EPR通信を利用出来ないハンデを背負う。
「じゃあ、これってロスチスラフ侯に内緒なんですね?」
「はい」
ルキウスが頷く。
となれば、ルキウスとアリス・アイヴァースが繋がっている事を意味する。彼女がロスチスラフとトールを引き離し、スキピオがここに誘《いざな》ったのだ。
「だから、明日では駄目だったのか……」
明日の親善行事が終わった後、ロスチスラフの屋敷で船団国一行を迎え、密議が開催される予定となっていた。
だがルキウスは、その前に単独でトールと接触する事を望んだのだ。
「左様です。が、ともあれ本題に入る前に、少しばかり私の自己紹介をさせて下さい」
と、ルキウスが言い終えたところで──、
「さて、と」
スキピオがグラスを置き席を立った。
「俺は失礼するよ」
役目は終えたとばかりにトールの肩を軽く叩きカジノへ戻って行く。
給仕役の女達の視線を奪いながら人込みに消えた。
執政官相手に不躾な態度にも思えたが、ルキウスは気にする様子もない。
「彼は耳にしない方が良い話しになりますから」
「え、ああ──はい」
「では、改めまして。私はルキウス・クィンクティ。グノーシス船団国の執政官です」
「ボクはトール・ベルニクです」
頭を下げて応えるトールを見て、ルキウスはクスリと笑った。
「何だか面白いな──。あなたを見ていると血が騒ぎます」
「え?」
「失礼になるかもしれませんが、ね。実のところ──私の前職はコメディアンなのですよ」
「こ、コメディアン?」
「そうです」
トールはあまり視聴する機会は無かったが、EPRネットワーク上でも多数のコメディアンが活躍している。
社会や政治を風刺した内容が多く、階級社会における一種の風穴的な役割を果たしているのだろう。
同種の存在は、蛮族と言われるグノーシス船団国にもあった。
最高権力者である執政官を直接選挙で選ぶ政治制度によるものか、風刺内容は帝国などよりさらに過激で先鋭化されている。
「コメディアンというのは大層なひねくれ者──いや、笑うという行為自体が悪意の塊ですからね」
「そういうものですか」
自分などは、さぞかし茶化せる部分が多いだろう、とトールは素直に思った。
「ただし、発する悪意が許される存在であり続けねばなりません。誰から見ても欠点の無い者が人様の悪口を言っても面白くありませんからね」
その言葉の意味するところは、トールにも何となく理解できる。
「分かり易い弱点のあるコメディアンほど強いものはないのです」
トールは無意識のうちに、ルキウスの口から覗く欠けた歯を見ていた。
「これは違います」
「す、すみません──」
「いえいえ。違うというのは不正確ですね。因果のひとつではあります」
「はい?」
訝し気なトールの表情を、ルキウスは楽し気な様子で見る。
「私はね──」
ここだけの話ですよ、という素振りで話を続けた。
「解放奴隷なんです」
◇
グノーシス船団国で奴隷になる方法は三つある。
帝国から攫われるか、罪を犯すか、あるいは奴隷の子として生まれるか──。
執政官ルキウス・クィンクティは、奴隷の子として生まれた。
「扱いはレギオンによります。一番悲惨なのは、ユピテル・レギオンでしょうかね……」
ほとんどの奴隷は希少鉱石採掘に従事する。
人力不要の採掘システムを何度か構築したのだが、最終的には奴隷を利用するのが最も安上がりという結論に達したらしい。
また、使い捨て可能な兵士として利用するレギオンも多かった。ユピテル・レギオンはその分野で最も先進的とされ、非常に忠実な奴隷部隊を作り上げている。
「ですが、進歩派のレギオンであれば、奴隷を解放する制度があるんです」
奴隷の主人──所有者が、所定の手続きを行えば自由奴隷という身分を得る。
但し、国民と同等の権利を得る解放奴隷は、自由奴隷の子世代からであった。
「つまり、私の父親が自由奴隷となり、ようやく私の代で解放奴隷となった訳です」
そこが、ルキウス・クィンクティの弱点なのだ。
「それはもう悲惨な少年時代でしたよ」
権利が与えられたところで即座に周囲の見方が変わるはずも無い。
思春期の少年少女は時代を問わず残酷なのだ。
「この歯はね、当時の記念に残しておいたんです」
「──なるほど」
記念ではなく自身への決意表明なのだろう、とトールは解釈した。
滑稽な容姿と不名誉な生い立ちを武器として、ルキウスはコメディアンの地位を確立したのである。
「この無様な口許と解放奴隷という身分は役に立ちました。醜い解放奴隷の雑言を真に受けるなど、お偉方のプライドが許しませんからねぇ」
ルキウスは巧妙に大衆の気を引いた。
道化として振る舞い、時折は賢し気に鋭い意見を述べる。
常に半歩先を読んだ言動をしつつ、他方で気楽でお喋りな男を演じ続けた。
「けど、そこから執政官になったんですよね?」
レギオンという強い自治権を持つ各船団を束ねる最高権力者である。
「理由は幾つかありますが、言葉悪く言えば、直接選挙って知名度と金があればチョロいんです」
執政官やレギオン総督の名は知らずとも、歯抜けのルキウスは知っている──。
民会と呼ばれる議会も存在するが、議員達の動向を気にする者などいない。
誰もが日々の生活と、帝国からの略奪に忙しいのである。
「運も良かった。コメディアン時代、虚仮にしまくった前執政官が、ラムダ聖教会と接触しているのがバレましてね」
「え?」
この情報は、トールにとって初耳である。
「やはり帝国では報道されていませんでしたか。十年ほど前の話ですが」
「知りませんでした──けど、何の為でしょうね?」
教会とグノーシス船団国は犬猿の仲ではなかったのか?
「そこが不明なんですよ。ただ、会っていたのは間違いないのです」
「教皇──当時の教皇ですか?」
「いいえ」
ルキウスが頭を振った。
「レオ・セントロマという枢機卿です。皆様は聖レオと呼ばれていますよね?」
独りであれば、面白いと膝を打ったかもしれない。
是非とも、アレクサンデルと会って真相を聞き出したいところである。
「ともあれ、そのお陰で、私の株が上がったんです」
歯抜けのルキウスには見る目がある、という大衆の意思が形成されたのだ。
「おまけに、手堅い票田も在る」
その票田については、トールにも予想が出来た。
「ルキウスさんと同じ立場の方々──、解放奴隷ですね」
「そうですそうです。ご明察!」
彼らにも、それぞれの苦労があったはずである。
同じ立場の者が起ったとなれば、自身に与えられた権利を間違いなく行使するだろう。
「後は、耳障りの良い事を、面白おかしく言うだけで勝てましたね」
「税金を安くしますとかですか?」
「それだけじゃ弱いですね。野蛮な帝国の領邦を懲らしめるとか──異端の都アヴィニョンを焼き払うとか──まあ思ってもない事をペラペラ言いました」
やろうとも思っていないし、実現不可能な公約を威勢よく次々に打ち上げた。
大衆は理論武装した退屈な能吏を求めない。
優越感を刺激し、劣等感を慰撫し、そして情動を揺さぶる存在に惹かれるのだ。
故に歯抜けのルキウスは、奴隷から祖国に忠実な男への成長というナラティブを提供した。
「──嘘──だったんですね」
「そうです」
「では、執政官になった理由は何なのです?」
と、問われたルキウスは、澄み切った瞳でトールをひたと見据えて告げた。
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