本気の宇宙戦記を書きたいが巨乳も好きなのだ 〜The saga of ΛΛ〜 巨乳戦記

砂嶋真三

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起転承[乱]結Λ

54話 言伝。

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 << 名前は聞かない方が良いわ >>

 腰に手を当てて幼い少女は告げた。

 ──"どうにも困った事態になっておる。"

 と、語ったウルドは、何とも言えぬ表情を浮かべ少女の傍らに立っている。

 一方の少年は好奇心が強いのか、はたまた集中力と緊張感に欠けているのか──熊の息子ジェラルドが遺した幼児用玩具に気を取られているようだ。
 
 中でも古戦場セットに多大な関心を寄せており、いつの間にかパトリック・ハイデマン大将が相手をさせられていた。

 << ボク等の楽しみを奪う事になるから──って、あな──あ、ある人物が言っていたのよ! >>

「そうですか」

 と、トール・ベルニクは殊勝な表情で頷いた。

「ともあれ、お二人は未来から遥々、ボクに何か大事なことを伝えに来てくれたんですよね?」

 未来から来たとしか解せぬ言動だったのである。

 女帝ウルドを母と呼び、彼女しか知り得ない幾つかの秘事を耳元で囁いた後、銀河で最も悪党とされる人物に連絡を取るよう告げたのだ。

 << 単純に未来と言っては語弊があるわ >>

 見た目の幼さとは裏腹に大人びた口調である。

 << 古典時間においては未来であり認知事象面では過去になる──そうだけど…… >>

「なるほど」

 意味は全く分からなかったが、トールは質問は重ねず曖昧に首肯した。

 語尾から察するに相手も良く理解していない様に思えたし、何より彼女が「時間が無い」と繰り返していたからである。

 ──タイムリープした人って、ひょいと消えちゃうのが、お約束だもんね。

「では折角の機会ですし、有難い託宣を伺いましょうか」

 << 託宣? いいえ、神はいない >>

 と、幼き者が断言をした。

 << だから、これは、ある人物からの言伝 >>

「はい」

 << レオ・セントロマ枢機卿の招待は必ず受けて。いい? 必ずよ >>

 意外な名前を耳にしたトールは首を傾げた。

「ボクは彼から招待されるんですか?」

 友好的な関係ではないし、今後も改善する見込みなど無いと思えた。

 << これを断ると後でとっても後悔するわ >>

「後悔する? ボクが……」

 << 珍しい、とママは面白がっていたけれど >>

 あまり過去を振り返らない性格であるとトールは自認している。

 ──会社で失敗してもクヨクヨしなかったもんなぁ。

「う~ん、ご忠告はありがたいんですが、それって意味があるんですかね?」

 トールの念頭にあるのは、いわゆる因果律である。

 未来からの言伝に基づく行動選択は、世界を世界たらしめる因果律の制約に抵触すると思われた。

 ──世界が許さないとか何とか、ふんわりした理由で上手くいかないはずなんだよね。

 自己無矛盾の原理により過去の改変など不可能とする考え方だ。

 何らかの形で未来を観測した段階で未来は確定してしまう。いかなる行動を取ろうとも確定した結果に収束するよう「謎の力学」が働くのである。

 ──後は多世界解釈だけど……。

 世界が分岐を繰り返し無限に並行世界が誕生する為、因果律の制約には抵触しない。

 ──その場合、ボクが助言に従って行動したところで、助言をしてくれた別の並行世界に存在する彼女達には何のメリットも無い。

 つまり、時間と世界の在り様がいずれであったとしても、未来からの助言に従う意味が無いとトールは考えたのである。

 << ──大丈夫、心配しないで >>

 怜悧さを宿す幼い少女の姿が、ひざまずいたトールを見降ろし口上を許した女の顔貌がんぼうと重なった。

 << 意味があるのよ >>

 そう言って彼女は自身の銀髪をかきあげた。

 << メーティスの首輪から解放され── >>

 彼女のうなじにはニューロデバイスが存在せず、少年もニューロデバイスなど着けていなかった。

 << プロビデンスゲノムを刻まれた者が、それを証するでしょう >>

 ◇

 奇妙な一幕を末として、クルノフとマクギガンの乱は一応の終息を迎えている。

 トールより放免されたロマン男爵はゲオルクへ戻り、ノルドマン一家は下賜された旧マクギガン領へ入ったのだ。

 こうして、数週間が過ぎた頃、休む事を知らぬトール・ベルニクは太陽系から数百光年彼方の星系に舞台を移していた。

「次のショウは──」

 ネオゴシック様式に倣い建築された人工湖畔にそびえ建つ城の中庭で、あらゆる階層の人々が洒落た装いで着飾り浮かれ騒いでいる。

 中央にしつらえられた水上ステージでショウが披露されており、司会役とおぼしき人物が次なる演者を紹介していた。

 これら煌びやかなショウだけでなく、望むがままに供される美酒と食、そして女達の頬に絶妙な陰影を落とす宙空を彩る花火の輝きが周囲を賑わせている。

 また、片時も途切れない激しいリズムの音楽により、どれほど内気な者であったとしてもダンスの相手探しに困る事は無かっただろう。

「これはまた凄いですね!」
「え、はい?」

 主席補佐官ロベニカ・カールセンは、聞こえないという様子で耳に手を添える。

 ドレスコードがある訳でもなかったので彼女は普段通りのスーツ姿である。トール自身も軍服は避けていたがパーティ向きの装いではなかった。

 ──そりゃ聞こえないよね……。

 旧帝都エゼキエルのG.O.Dというクラブを訪れたテルミナ達ならくだんの空間を思い起こしたかもしれない。

 ラグジュアリー感と規模は桁外れに異なるが、音の洪水という点では一致していた。

「あっ、あの人」

 トールが求めているのは、責任ある立場の使用人である。

「アッチへ行きましょう!」

 ロベニカの腕を引き、人の群れを掻き分け進んでいく。

「と、トール様っ!?」

 何かを言いたそうな彼女を後ろ手に、トールは前だけを見ていた。

「すみません!」

 目当ての人物まで辿り着き、ようやくトールはロベニカの腕を離した。

 代わって今度はセバス然とした男の腕を逃がすまいとするかのように強く掴んだ。

「ん──はい?」
「突然に申し訳ありませんが、ご主人に取り次いで頂きたいのです」

 トールは、男の耳元で叫ぶように告げる。

「当家のあるじは、ご招待客様とは──」
「アハ。実は招待すらされてないんですけど──。でも、ロマン・クルノフ男爵からの言伝は預かっていますっ!」

 そう聞いた途端、男の双眸に猜疑の色が現れた。

「──あの、どちら様で?」
「ボクはトール・ベルニクです」
「え!?」

 一瞬の沈黙があった後、男の慇懃な仕草に乱れが生じ始める。

「と、トール──伯──元帥?──あのトール様で?」

 トールは相手を安心させ、尚且つ信用を得る為に満面の笑みを浮かべた。

「そうです、そうです! ボクこそ例のトールです。是非ともプロイス選帝侯に──」
「ひ、ひぃぃぃぃ」

 顔面蒼白となった男は喉笛のような悲鳴を上げて白目を剥いた。

 客に対して礼を失しているとも言えたが、この場に限るなら責められるべきではないだろう。

 微笑む悪魔に腕を強く掴まれたなら誰もが示す生物学的反応である。

 何しろトール・ベルニクは、数万人の天秤衆を殺した男なのだ。
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