上 下
16 / 26

信じる、信じない

しおりを挟む
「信じられないのも無理はないと思います。僕があなたの立場でも、信じられない。でも、彼女は僕の全てなんです。築き上げたこの地位も、身分も、彼女のためなら全てを捨てましょう。今から1年、いや、半年でもいい。彼女のことを1度だけ、僕に預けてください。その間と、その後、僕は彼女の行先に一切口出しをしません。その間彼女を一度でも悲しませたら、腹を切ります。そしてカサンドラ家とは縁を切ります」

スっと、一枚の紙が提示された。そこには彼が今言ったこと全てが詰まっていた。腹切りを誓うことがどれだけ重い覚悟なのか。そんなにも彼は自分を愛してくれているのか。私なんて、私なんかのために、シオン様が死ぬ必要などどこにもない。そんな価値、私にはない。
やめてくださいと、声をあげる直前、そっと口元に指が添えられる。シオン様が首を振っていた。

「君を愛する。それだけ求めてここまで生きてきたんだ。戦で死ぬよりも、君のために死にたい」

父もしげしげと書類を眺める。それが本物だと確認したらしい。先程よりも真剣な顔でシオン様を見る。

「……本気ですか」
「我が国に同じ書類を提出しています。我が国ではこれが制度化されており、一度出してしまえば、それは必ず実行されます。こちらがその証明です」

この立会の前、シオン様は私にもう一度口付けた。その時の口付けはなんだかいつもよりもずっしり重くて。その理由が今明かされるなんて。彼は予見していたのだ、覚悟していたのだ。私との婚姻が認められないと。そのためにこんな手段に訴えると。

「……わかりました」

ふーっと、長い息を吐いた。しばらく見ないうちに、父の顔は随分と前よりくたびれていた。

「サシャ、お前の気持ちをもう一度聞かせておくれ」

全員の視線がこちらに集まる。私の心は、とうに決まっていた。

「この方と、シオン様と、添い遂げたいです」

手を握って。2人寄り添って。もう一度確認するように目を合わせて。

「……許可します、けれど我が家の使用人が月に一度、ランダムにそちらを訪ねます。そこでサシャが笑っているか確認します……もし少しでも異常が見られたら、即刻帰国させます。それでもよろしいか」
「充分です。ありがとうございます」

シオン様が深く深く腰を折る。私もそれに習った。涙がぽろりとこぼれ落ちた。
しおりを挟む

処理中です...