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第四章 7時から5時まで De 7 à 5
7.
しおりを挟む花に会いたいと、こんなに強く思ったのは、一生のうちで初めてだ——これから先は、ないことを強く願うけれど——。
午後の作戦会議まで、待っていられない。だけど、部外者の花と僕が、口出しできる領分を超えている。仕事なんだから。大体、犯人探しの能力も権限もないのだ。製作委員会側からしてみたら、興味本位で騒ぎ立てる邪魔者でしかない。
無力なくせに、田坂さんに頼られていると自惚れていた。彼は僕ではなく、ユキちゃんたちの相談に乗り、問題解決を図っている。彼女たちを羨んでいるのに気づく。本音では、やっかまずにいられない。緊急事態なのに。恥ずかしくて自己嫌悪に陥る。
田坂さんだって、酷い誹謗中傷の標的にされているだろうに——あんなに怯えるほど——。
醜い蛙の唾が白鳩に届くはずもないけれど、唾を吐かれて、ダメージを負わないわけがない、いくら気高い白鳩だっても。
それなのに僕は、手をこまねいて傍観しているだけ。
僕は感傷的な気分に深く沈み込んで、膝を抱えてうずくまり、膝に顔を押しつけた。
「うわ、びっくりした!」
いきなり大声がした。
僕も驚いて振り返ると、バックパックを背負った、漫画家の夛利ナオキ先生がいた。いつも通りTシャツの柄は“のらくろ”だった。
「ナオキ先生、どうしてここに?」
「いや、葉くんこそ」
ナオキ先生は関係者だから、きっと僕より詳しい事情を知っているだろう。
「田坂さんの、上衣のポケットに、手紙が入っていたのが見えたから。もしかしたら、それが……例の、問題の手紙じゃないかって。それを確認したくて」
「それは、佳ちゃんに頼まれたん?」そう尋ねるナオキ先生の口調は、決して咎めるようではなかった。
「田坂さんからは、何も聞いてはないです。ただ、田坂さんが心配で、居ても立っても居られなくて」
「専門家が動いてるから、大丈夫だからね」とナオキ先生は言い、「迷惑をかけて、ごめんなさい」
ナオキ先生だって被害者なのに。
「兎に角」とナオキ先生が明るく言った。「とりあえず、階下でゆっくり、お茶でも飲ませてもらいましょう。じきに、監督や佳ちゃんが、ちゃんと説明してくれると思いますから」
台所の隅の卓子で、ナオキ先生が熱い番茶を淹れてくれる。さっきとは反対に、花がいなくて、むしろほっとした。伯母ちゃんたちや、桃音ちゃんの姿もなかった。
ナオキ先生の携帯電話に着信があり、短くやり取りすると、僕に向かって、
「落ち着きました?」
「はい、おかげさまで」
「皆んな、客間に集まったようなので、僕らも行きましょう」
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