9 / 36
眩暈のころ
08. 中学三年のころ(初夏) 6
しおりを挟む私は近海を促すつもりで云った。
「これから練習?」
「うん。ここのスタジオは新しいから、においも新しいんだ。いつもは花園の、古いとこ使ってんだけど」
「近海は担当、何やってんの?」
「ギターとヴォーカル」
「好いとこ取りじゃんか」
「全然だよ。俺、元々ギターだったんだけど、ヴォーカルが脱退して、新しく入った奴がすげえギター上手かったから、俺が歌うはめになってさあ」
「嫌なんだ」
「しかも、そいつのほうが好い声で、歌も上手かったりする」
「近海は謙遜しすぎなんじゃない?」
そう云ったとたん、リモコンで一時停止したみたいに、近海が固まってしまった。奇妙な間が、数瞬間つづいた。
「僕は、ギターとヴォーカルでーー」と近海は、とりなすように話題を振り出しに戻して繰り返し、「今度、ライヴするから青木も来いよ。コンテストだから、二曲しか演奏しないんだけど、オリジナルやれるように、今作ってるんだ」
「すごいねえ、楽しみだ」
私は戸惑いを隠そうと、ショーウィンドーを眺めるふりをした。さっきの状況をどう理解するべきか、混乱していた。
「じゃあ、行くわ」近海が云った。
「うん、がんばれよ」私はほっとした。
私は近海が恐ろしくなった。やはり彼は、普通のひとと何かが違っているのではないだろうか。しかし、翌日からの近海の言動に不振な点はなく、思いつめるのも馬鹿らしくなって、腑に落ちないなりに、いつしか忘れ去った。
応援ありがとうございます!
21
お気に入りに追加
3
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる