彼女がのぞむ月の向こう

内山恭一

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引かれたレースのカーテン越しにオレンジ色の光が入ってくる。
彼女たちの話は相も変わらず止まることを知らなかった。
変化があったことと言えば、どこからか湧いてきたお菓子の数々が減ってきたこと、浅く漏れ聞こえてくる子供達の遊び声が次第に静まってきたことくらいのものだ。
壁の時計がかすかに秒を刻む。
ふいにあかさは加織が時計をちらりと見ていたことに気づいた。
これで三回目?
回数は定かではないが、ともかく時間を気にしているのは間違いなさそうだ。
「例の彼氏?」
言われて加織が鞄の中の携帯電話に手をやる。
ちょうどそのタイミングで携帯が短い音を出す。
何かのアプリだろう、その音にすかさず加織は返信した。
「ごめん、そろそろ帰る」
急いでいる風でもなく、しかしてきぱきと身の回りを整える加織。
ひさきも、
「じゃぁ、私もそろそろ帰ろうかな」
あかさはそうでもなかったが、空気は何となく終わりを告げていた。
結局、彼氏の話は聞けなかったな。
話題を変えたり、答えをはぐらかすのには、それなりに理由がある。
話したくないなら、それ以上は聞けないじゃない。
ひさきが最後に紅茶のカップに口を付けると、
「方向違うから先に出るね」
と、加織は足早にドアノブに手を掛ける。
「じゃぁね、ひさき。また明日」
あかさも見送りに、その後に続いた。
主人の居なくなった部屋にぽつんとひさき一人。
ひさきは菓子袋とみんなのカップをトレーに乗せ、あかさの机に置く。
女の子らしい調子の部屋に、いろんな雑誌の載った机やベッド、本棚に、壁には一面に写真が貼られていた。
かつてこの部屋をシェアしていたあかさのお姉さんが残していったらしいそれらは、いつもにこやかな姉に寄り添うあかさの姿がたくさん映っていた。
この春就職して家を出た姉の、彼女の私物らしいぬいぐるみの一団が、棚の上でひさきを見下ろしている。
きっとここには時間が詰まっている、ひさきはそう感じていた。
ひさきは音の無くなった部屋に一人、ぼうっと突っ立っていた。
「急いで行っちゃった」
あかさの声に我に返るひさき。
「どうかした?」
「お姉さん、優しかった?」
「喧嘩した記憶はないなぁ、年、離れてるし。姉妹と言うよりお母さんみたい」
母、先輩、そして憧れ。
高校入学で視野が広がったはずなのに、世界がぼんやりするあかさには、その世界をいともたやすく進んでいく姉がうらやましかった。
私は私、と思っても、だ。
あかさがうつむいていた顔を上げると、夕日のオレンジ色にひさきのシルエットが輝く。
「それがどうかした?」
「ううん、写真見てたら気になったから」
こちらを振り返る小気味よさにふわりと髪が頬をなで、制服のスカートが翻る。
やっぱりかわいい。
そして、思った。
自分には無いものが世の中にはたくさんある、と。
「結局誰なんだろうね、彼氏って」
ひさきがかしげてみせる。
帰り際にもあかさは何度か加織に探りを入れてみたが、やはり加織ははぐらかした。
聞かれるのがそもそも嫌という感じではないが、かといって話す気があればぽろりぽろりと気になることを言っても良さそうだが、頑なに笑顔で逃げるのだ。
時計はそろそろ六時を指そうとしていた。
今から待ち合わせなら、部活後ということだろう。
見知った相手?
あかさは女子の方が多いクラスメイトの中にあり得そうな男子をピックアップしてみたが、どれもありそうで、なさそうに思えた。
人当たりの良い加織ならどんな相手でもあり得そうだ。
「うちの男子じゃないよね」
同じクラスとは限らない。
同じ学校とも限らない。
あかさは人見知りする方ではないが、かといって積極的でもない。
流れに任せるように、ごく普通の、普遍的なタイプだと思っている。
一方の加織は初対面で自然と会話ができて、またそこから人と繋がっていく。
だから、あまりにも自然に人と繋がることができる加織があかさには不思議な存在に思えていた。
少し大人びた、いや、大人とか子供とかじゃなく、人間として大きな包容力を持って、でも合わない相手は匂いでわかる分別ある感じ。
蜂。
言い得て妙かも知れない。
なぜならもう一方のひさきは確実に花。
何もせずとも誰からも好かれ、嫌われないだろう。
あかさは笑顔をたたえた少女に見入っていた。
ゆっくりふわりとした肩まで伸びた髪。
先ほどの光景が思い出される、まるでスローモーションのように。
「ん?何?」
あわてて首を振るあかさ。
美しさに見とれるのは女の性だよね、と言い訳してみたり。
確か妹が居るって言ってたっけ。
きっとその子もかわいいに違いないと妙に自信のあるあかさだった。
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