彼女がのぞむ月の向こう

内山恭一

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ちかやの明るすぎる性格はあかさとしおんのぎこちない関係を取り持っていた。
居づらいなら帰ればいいじゃないと思うあかさと、隣のにこにこした笑顔のちかや、さらにその隣に愛想笑いを浮かべるしおんと並んで、歩きながら話を続けていた。
誰が行き先を決めるでもなく、足の向くままと言うか、三人気兼ねなく並んで歩けるのは歩道の広い大通りくらいなので、自然とそちらに向かっていた。
夜はまだ少し肌寒いのだが、昼の日差しは、特に今日は強くて暑い。
街灯に幾多の電線が、臨時なのだから許してくださいとばかりに、背の高さにぶら下がっている。
「そうか、祭りがあるんだ」
この大通りでは年二回、大きな祭りが催される。
その一つがゴールデンウィーク後半の、こどもの日をピークにして数日行われるのである。
いつもは見られないその電線はその日の屋台のために使われる。
まだ何も祭りの匂いを感じさせないおかげで、歩くには都合がよかった。
「結局どうだった?食べた?」
さっきも答えた気がする話をするので、あかさは苦笑した。
しおんがちかやの腕をはたき、
「食べてないって、さっきも言ってたよ」
あかさには聞き取りづらい程小さい声だったがかろうじて意味はわかったので、しおんと目が合いほほえみを浮かべた。
「あ、そうだった」
歯を見せて屈託無く笑うちかや。
家が近いだけで付き合わされたのに帰りもせず、それどころか話を聞いているということは、しおんにとっては興味のある話ということになる。
それならばと、あかさは臆さず話を続けることにした。
「私の夢の中ではちかやはうちの学校の制服着てたし、ちかやは私がそっちの制服を着てたってことだよね?」
「そうそう」
「見てた夢の場所も同じところだったみたいだし。最後は山の上でケーキを食べまくってたちかやを見て終わっちゃった」
「うーん」
真顔で考え込むちかや。
「冷気の向こうにあかさが立ってた。そこで終了だった」
「れいき?」
「あのドライアイスの煙みたいなの。ひんやりしてたから、たぶんそう」
話を合わせておもしろがっているのではない。
解釈が違うのだ。
そもそも、こんな下らないことをまじめに話したりしないだろう。
あかさは続けた。
「ドライアイスって何でだろう?意味がよくわからないね」
「ドライアイスの意味?」
「そう」
「それは、ケーキを持って帰るとき、箱に入れてくれるじゃない。それから連想されたんじゃない?」
「でも山がケーキで、食べたらそこから煙が出るなんて…」
「だから夢なんじゃない。二人が同じ夢を同時に見るってのがおもしろい現象だよ」
「そんなことあるのかな」
「ないよね、たぶん。知らないだけかも知れないけど」
ちかやは考えながら間を取って話し続ける。
「人に話を聞いてからっていうならあり得るけど」
真剣な横顔はとても知的である。
「そもそもドライアイスだったら死んでるかもよ、あかさ。私だってあれだけ食べたんだもん、お腹こんなになるよ」
と手を広げ、おどけるちかや。
確かにそうなのだ。
触覚も、おそらく味覚も存在する。
ちかやはゆめでもすらりと痩身だった。
それに霧は冷たくはなかった。
「冷たくなかったし、それにドライアイスなら煙消えちゃうよね」
「うん、合理性が欠如してるね。水蒸気になるから見えなくなるはず。ドライアイスは二酸化炭素だから、ある濃度以上だと呼吸できないし」
「へー、いろいろ知ってるんだね」
「勉強嫌いじゃないからね」
とちかやははにかみ、しおんが小さく何度もうなずく。
容姿といい、体つきといい、頭の良さといい、もう万能じゃん!
それはともかく、
「山に登ったのは共通だよね?」
「うん?」
不思議な顔をするちかや。
「私は結構高い山に登って、その一番上にちかやが居たの」
「へー、私はてっきり体が小さくなったのかと。それで、ケーキの上にいた。下は確かに煙で一杯だったけど、山とは思わなかったよ」
そして、まるで他人事のように続ける。
「食べたかったんだろうねぇ」
少しずつ何かに近づいているような気がしていた。
しかしそれが何なのかは相変わらずわからない。
「私たち、互いに制服のデザイン知らなかったんだね」
確かに、あかさはうなずいた。
だからほとんどすべて一致する状況なのに、服装だけ認識が異なったのだ。
一方で、咲奈のようにウェディングドレスや自分の時のように着飾るでもなく、何故に制服だったのかが意味がわからない。
無理に意味を持たせるなら、ちかやの希望が服ではなく、ケーキだったからなのかも知れない。
服なんてどうでも良かった、と。
さっきのちかやの食べっぷりや咲奈、自分の夢を鑑みて、あかさはそう考えた。
単純に希望が夢の世界を作り上げただけ。
にしては、ちかやはともかく、私の夢は今ひとつである。
だとするなら、格好良い彼氏と一緒にいる夢でもいいじゃない。
何で山登り?
それにあの頭でっかニャンコ。
思い出し、あかさはまだちかやにそれを聞いていないことに気づいた。
「ねぇ」
ちかやの腕を取り、
「夢の最後、私の頭の上に何か居なかった?」
立ち止まって見つめ合う二人。
「ん。そういや、茶色いネズミみたいな」
見えていない?
あの猫の姿を見てネズミ?
遠目だとそう見えるのだろうか?
女子が二人道路の真ん中で見つめ合って居る姿は通行人の気を引くに充分な様子で、
「そこに公園があるから」
と、しおんが二人を促した。
少し道をそれてすぐ、確かに公園があった。
遊具があり、広々としたところで、子供たちが走り回って遊んでいる。
その真ん中にぽつんと果物のようなオブジェがある。
変哲無い公園に、結構な存在感。
それもそのはず、近づいてみたら相当に大きな彫刻であった。
三人が入っても余裕な大きさである。
「シンデレラのかぼちゃの馬車みたい」
あかさの言葉に二人とも賛同するようにうなずき、それを見上げる。
「そこの椅子で…」
あかさの言葉は足を引っかけ倒れ込むしおんの姿を見て、行き先を失った。
とっさにかばうちかや。
当のちかやもバランスを崩し、あかさもそれに巻き込まれ、滑稽にも子供たちの走り回るど真ん中で女子三人が倒れた。
「あいたたた」
「ごめん」
怯えるような声で詫びるしおん。
しおんが四つん這いに、その上にかぶさるようにちやか、一番下にあかさがいた。
「おもい」
重なる手をほどき、起きようとするしおんの姿を最後に、あかさは別世界に足を踏み入れていた。
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