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翌日、学校は午前中だけとはいえ通常モードに戻っていて、しっかり授業が行われた。
あかさは夏の暑さに参っているのか、それとも授業内容に参っているのか、ぐったりとしている。
それでもきちんと教科書に目を通すふりだけは欠かさない。
何しろ、前席のひさきが居ないがため、教壇からはあかさの姿が丸見えなのだ。
否が応でも背筋が伸びるというものである。
「よし、今日はここまで」
この教諭、大体授業終了時刻の三分前にはきっちり話を終える。
そのあとは片付けながら、
「何か質問は?」
と今もそう言っているが、これもまたいつもと同じように、クラスメイトは各々好き勝手にざわつきはするものの、もはや教諭の存在がないかのように質問の手を上げる人はほとんどいない。
「霧村、なぁ」
隣の佐村が身を乗り出してあかさに、小声で話しかける。
前より確実に日焼けした佐村の顔が近づき、より運動選手っぽい雰囲気がある。
同じくバスケットボール選手のちかやは日焼けしておらず、その違いは何なんだろうと考えては答えを見つけられないあかさに、
「今日、一緒に帰ろうぜ」
と、さっきよりさらに小声で話してくる。
当然、互いの顔も近づくので、改めてその距離にあかさは思わずびくりとしてしまうのである。
さらに、理由はほかにもある。
一緒に帰ることなど今まで一度もなかったからだ。
「加織も一緒だよ」
いつものことだ、きっとそうなるに違いない。
それを佐村も知っているはずだが。
「いいよ、それで」
笑顔のかけらも見当たらないところに、あかさも同調して真顔になってしまう。
「何かあるの?」
佐村が間髪入れずに話し出そうとすると、図ったようにチャイムがなりだして、その続きは聞けず仕舞い。
「では、終わり」
教諭が教科書の類をドンと机で揃える音を合図にして、ガタガタと椅子が一斉に騒ぎ出す。
他のクラスも同様だが、あかさのクラスだけは特に今日は騒がしい。
下校前、ホームルームが必ずあるのが慣習だが、時間の多少で違いはあっても、今日のように無いということは今までないことだ。
今の授業前、
「担任の先生からの伝言です。今日は急用でホームルームをできないからそのまま下校してくださいとのことでした」
律儀な教諭で有名なので、きっと担任の言ったことをそのまま言ったに違いなかった。
「急用ってなんだろう?」
あかさはさっと机の上を仕舞って、一人教員室に向かった。
教員室の僅か手前、こんなところまできてあかさは担任に教員室に来るよう呼ばれていることを佐村に伝えていないことに気が付いて「しまった」と思ったが、そのまま担任の用を済ませた方が早いだろうとドアを開けた。
冷風が全身を包み心地いい。
教室にもエアコンがあればいいのに、と何かの会議でもあれば多分生徒みんな同意するだろうなどと一瞬頭をよぎる。
ホームルームの最中で先生の数はやや少なく、離席中で誰もいないところを縫って歩くとまるであみだくじのようだった。
目的の場所へ向かう。
急用というくらいだ、居ないだろうと予想したが、いつもの席でいつものように何かしている担任の姿が目に入り、ちょっとだけあかさは落胆した。
ひさきの件だろうから、呼ばれるのが嫌だと拒否感があるわけではないが、佐村と約束した手前、焦りがあるのも事実だった。
足が早まる。
そういえば、佐村の方は何の用だろう。
加織が居てもいいって、まさかひさきのことではないだろうが。
「先生、来ました」
「あ、ご苦労様」
担任はあかさをちらっと見ただけでそういうと、何やら書き留めていたメモを引き出しにしまうと傍らのあかさの方を向いて座りなおした。
「昨日の文化祭の話。何か良い提案はある?」
「昨日?」
言ってから、しまったと気づくあかさ。
「聞いてなかったのね。昨日のホームルーム」
ギロッと薄目であかさを見る担任の顔にぶるっとしてしまうのだった。
「まぁ、それはいいの」
と、一旦視線を外して、再度あかさと目を合わせて担任が言う。
「京恵さん、どう?進展は」
「相変わらずです。家の方も、電話も」
「家?京恵さんの家まで行ってくれたの?」
「はい、誰もいませんでしたけど」
それなりに距離はあっても友達の家だ、当然そのくらいは行くでしょ?
あかさは訪れたもののプリントはまだ自分が持っていることも付け加えておいた。
担任は口を結び、足を組んで椅子の背に身を伸ばした。
何か考えている様子ののち、前かがみに姿勢を変えると、
「いい?あなただから話すことよ」
いつも真面目一筋な表情だが、いつもと違う真剣な面持ちであかさは自然と腰をかがめ担任に近づく。
「何ですか?」
「京恵さん、旅行に行ってたみたい」
「え?」
意外な話だった。
あかさにとってはややもすれば「そんなこと?」程度に思えたからだ。
しかし、それは担任からすれば重要な要素を含んでいるのかもしれないと思われた。
一切何も頭に浮かぶことはなかったけれど、そんな気がした。
「口外しないでね」
言うことの内容や表情の割に声量がいつも通りで、あかさの方が動揺してきょろきょろしてしまう。
言葉から受けるニュアンスで読み解けば、おそらく事前の告知もなく長い旅行に行ってしまった、そんな感じだろう。
言わなかったことは重大な問題だろうが、病気ではないならそれは大目に見ても良いのではないだろうか。
だとしても、やはり自分たちには言って欲しかった、その感情はもちろん、ある。
複雑な思いにしばられたあかさだったが、それを言うためにあかさを呼んだわけではないだろう。
「さっき京恵さんのお母さんから連絡があって、今日家に帰ってきてるそうなの」
「そうなんですか」
あかさはその抑揚のない返答と裏腹に内心驚いていた。
もちろん、担任だから知りえる情報なのはわかる。
それを、担任から提供があるとは思わなかったし、信任があるからこそなのだと思うとうれしいようで、変に力の入った体を元に戻そうとこぶしを握っていた。
「プリントは…」
「持っていってみます」
担任の言葉の続きが何だったのかわからないが、あかさに託された書類のことをきっかけにして勝手に口をついて出ていた。
もちろん、後悔は微塵もなく、望むところである。
「お母さん、今日は居るらしいから。連絡入れてみようか?」
担任は行くことを催促している風ではないと知っているし、今日、今からとも言ってもいなかったが、あかさの足はすでにひさきの家に向かおうとしているようだった。
「大丈夫。自分で連絡してみます」
「そう。もし渡せたら、アドバイスしてあげて」
「任せてください」
親指を立ててウインクして見せるあかさを見て、にこりと一つ頷いた。
あかさは一礼すると、静かな職員室を颯爽と肩で風を切って抜け廊下を小走りに歩いた。
ようやくひさきに会える。
突然の訪問に、どんな顔をするだろうか?
かつてのひさきの顔を思い出してみるが、驚き顔はうすぼんやりで、煌めくいつものあの笑顔ばかりが浮かんできて、あかさも自然と笑みがこぼれた。
何を話そう?
病気だとしたら触れない方がいいのだろうか。
しかし、大病ならまだ見舞わない方がいいとか、それこそ教えてもらえることがありそうだし。
加織のことを話そうか。
それはきっと加織が自分で打ち明けるだろうし、自分の話ではない。
話を聞こう。
それが一番、今したいこと。
加織も会えるとわかればそう思うに違いない。
「あれ?」
帰宅してまばらになったクラスメイトの顔ぶれに加織を見つけられずに、あかさはとまどってしまう。
いつもなら途中までであるが一緒に帰る、言わば目的を同じくしたクラブ部員なのだが、再度見回しても姿はない。
代わりに…。
「あ、ごめん」
机に乗せた鞄の上に突っ伏している佐村の、そのうなじに目を止めてあかさはそう言った。
あかさは夏の暑さに参っているのか、それとも授業内容に参っているのか、ぐったりとしている。
それでもきちんと教科書に目を通すふりだけは欠かさない。
何しろ、前席のひさきが居ないがため、教壇からはあかさの姿が丸見えなのだ。
否が応でも背筋が伸びるというものである。
「よし、今日はここまで」
この教諭、大体授業終了時刻の三分前にはきっちり話を終える。
そのあとは片付けながら、
「何か質問は?」
と今もそう言っているが、これもまたいつもと同じように、クラスメイトは各々好き勝手にざわつきはするものの、もはや教諭の存在がないかのように質問の手を上げる人はほとんどいない。
「霧村、なぁ」
隣の佐村が身を乗り出してあかさに、小声で話しかける。
前より確実に日焼けした佐村の顔が近づき、より運動選手っぽい雰囲気がある。
同じくバスケットボール選手のちかやは日焼けしておらず、その違いは何なんだろうと考えては答えを見つけられないあかさに、
「今日、一緒に帰ろうぜ」
と、さっきよりさらに小声で話してくる。
当然、互いの顔も近づくので、改めてその距離にあかさは思わずびくりとしてしまうのである。
さらに、理由はほかにもある。
一緒に帰ることなど今まで一度もなかったからだ。
「加織も一緒だよ」
いつものことだ、きっとそうなるに違いない。
それを佐村も知っているはずだが。
「いいよ、それで」
笑顔のかけらも見当たらないところに、あかさも同調して真顔になってしまう。
「何かあるの?」
佐村が間髪入れずに話し出そうとすると、図ったようにチャイムがなりだして、その続きは聞けず仕舞い。
「では、終わり」
教諭が教科書の類をドンと机で揃える音を合図にして、ガタガタと椅子が一斉に騒ぎ出す。
他のクラスも同様だが、あかさのクラスだけは特に今日は騒がしい。
下校前、ホームルームが必ずあるのが慣習だが、時間の多少で違いはあっても、今日のように無いということは今までないことだ。
今の授業前、
「担任の先生からの伝言です。今日は急用でホームルームをできないからそのまま下校してくださいとのことでした」
律儀な教諭で有名なので、きっと担任の言ったことをそのまま言ったに違いなかった。
「急用ってなんだろう?」
あかさはさっと机の上を仕舞って、一人教員室に向かった。
教員室の僅か手前、こんなところまできてあかさは担任に教員室に来るよう呼ばれていることを佐村に伝えていないことに気が付いて「しまった」と思ったが、そのまま担任の用を済ませた方が早いだろうとドアを開けた。
冷風が全身を包み心地いい。
教室にもエアコンがあればいいのに、と何かの会議でもあれば多分生徒みんな同意するだろうなどと一瞬頭をよぎる。
ホームルームの最中で先生の数はやや少なく、離席中で誰もいないところを縫って歩くとまるであみだくじのようだった。
目的の場所へ向かう。
急用というくらいだ、居ないだろうと予想したが、いつもの席でいつものように何かしている担任の姿が目に入り、ちょっとだけあかさは落胆した。
ひさきの件だろうから、呼ばれるのが嫌だと拒否感があるわけではないが、佐村と約束した手前、焦りがあるのも事実だった。
足が早まる。
そういえば、佐村の方は何の用だろう。
加織が居てもいいって、まさかひさきのことではないだろうが。
「先生、来ました」
「あ、ご苦労様」
担任はあかさをちらっと見ただけでそういうと、何やら書き留めていたメモを引き出しにしまうと傍らのあかさの方を向いて座りなおした。
「昨日の文化祭の話。何か良い提案はある?」
「昨日?」
言ってから、しまったと気づくあかさ。
「聞いてなかったのね。昨日のホームルーム」
ギロッと薄目であかさを見る担任の顔にぶるっとしてしまうのだった。
「まぁ、それはいいの」
と、一旦視線を外して、再度あかさと目を合わせて担任が言う。
「京恵さん、どう?進展は」
「相変わらずです。家の方も、電話も」
「家?京恵さんの家まで行ってくれたの?」
「はい、誰もいませんでしたけど」
それなりに距離はあっても友達の家だ、当然そのくらいは行くでしょ?
あかさは訪れたもののプリントはまだ自分が持っていることも付け加えておいた。
担任は口を結び、足を組んで椅子の背に身を伸ばした。
何か考えている様子ののち、前かがみに姿勢を変えると、
「いい?あなただから話すことよ」
いつも真面目一筋な表情だが、いつもと違う真剣な面持ちであかさは自然と腰をかがめ担任に近づく。
「何ですか?」
「京恵さん、旅行に行ってたみたい」
「え?」
意外な話だった。
あかさにとってはややもすれば「そんなこと?」程度に思えたからだ。
しかし、それは担任からすれば重要な要素を含んでいるのかもしれないと思われた。
一切何も頭に浮かぶことはなかったけれど、そんな気がした。
「口外しないでね」
言うことの内容や表情の割に声量がいつも通りで、あかさの方が動揺してきょろきょろしてしまう。
言葉から受けるニュアンスで読み解けば、おそらく事前の告知もなく長い旅行に行ってしまった、そんな感じだろう。
言わなかったことは重大な問題だろうが、病気ではないならそれは大目に見ても良いのではないだろうか。
だとしても、やはり自分たちには言って欲しかった、その感情はもちろん、ある。
複雑な思いにしばられたあかさだったが、それを言うためにあかさを呼んだわけではないだろう。
「さっき京恵さんのお母さんから連絡があって、今日家に帰ってきてるそうなの」
「そうなんですか」
あかさはその抑揚のない返答と裏腹に内心驚いていた。
もちろん、担任だから知りえる情報なのはわかる。
それを、担任から提供があるとは思わなかったし、信任があるからこそなのだと思うとうれしいようで、変に力の入った体を元に戻そうとこぶしを握っていた。
「プリントは…」
「持っていってみます」
担任の言葉の続きが何だったのかわからないが、あかさに託された書類のことをきっかけにして勝手に口をついて出ていた。
もちろん、後悔は微塵もなく、望むところである。
「お母さん、今日は居るらしいから。連絡入れてみようか?」
担任は行くことを催促している風ではないと知っているし、今日、今からとも言ってもいなかったが、あかさの足はすでにひさきの家に向かおうとしているようだった。
「大丈夫。自分で連絡してみます」
「そう。もし渡せたら、アドバイスしてあげて」
「任せてください」
親指を立ててウインクして見せるあかさを見て、にこりと一つ頷いた。
あかさは一礼すると、静かな職員室を颯爽と肩で風を切って抜け廊下を小走りに歩いた。
ようやくひさきに会える。
突然の訪問に、どんな顔をするだろうか?
かつてのひさきの顔を思い出してみるが、驚き顔はうすぼんやりで、煌めくいつものあの笑顔ばかりが浮かんできて、あかさも自然と笑みがこぼれた。
何を話そう?
病気だとしたら触れない方がいいのだろうか。
しかし、大病ならまだ見舞わない方がいいとか、それこそ教えてもらえることがありそうだし。
加織のことを話そうか。
それはきっと加織が自分で打ち明けるだろうし、自分の話ではない。
話を聞こう。
それが一番、今したいこと。
加織も会えるとわかればそう思うに違いない。
「あれ?」
帰宅してまばらになったクラスメイトの顔ぶれに加織を見つけられずに、あかさはとまどってしまう。
いつもなら途中までであるが一緒に帰る、言わば目的を同じくしたクラブ部員なのだが、再度見回しても姿はない。
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