彼女がいだく月の影

内山恭一

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車はようやく目的地に着いたようで、森の中の広っぱに静かに動きを止めた。
「あー、大変だった」
カンナが一番に降りて伸びをする。
さっきまでの疲れが吹き飛んだようで一転笑顔である。
「大丈夫?しおん」
加織とあかさに脇を抱えられるようにして力なく足の草を踏むしおんは、
「ごめん。ごめん」
と繰り返すばかりだ。
「何にもなかったんだから、良かったじゃん」
「しおんだけ何も食べなかったからね」
そんな言葉は耳に入らないようで、謝罪を呪文のように繰り返すしおんの顔色は普段を凌駕する白さで病的に青かった。
「グミ、食べる?酸っぱくていいかもよ」
小さく首を横に振るしおん。
「みんなの荷物、持っとくからー」
しおんの空気で一層カンナの変貌ぶりが際立つ。
おじいちゃんを先頭に歩く一同。
木々は多いが蝉の声は激しいことなく、むしろ街よりも静かな気がする。
空気はひんやりとして木々の放つ雰囲気が心地よく肺を満たす。
歩くたび、ポンプで空気を入れられた浮き輪のように、体が起きてくるしおん。
それは他の面々も同じで、目の前に木で組まれた趣のある建物が迫ってきたからだった。
「うわぁ、すごい」
あかさの感嘆の声はみんなの気持ちを代表して言ったようで、他に言葉はない。
「スイスとか、ドイツの建物みたい」
しおんの言葉に少し驚き顔のおじいちゃんは、
「詳しいね。好きなのかい?」
「詳しくはないです。ただ、雰囲気が好きなので」
「そうか。泊まるのは奥の建物で違うけどね」
場違いな歓喜の声に誘われて、ひさきが駆けてくる。
エプロン姿のひさきは元気そうな可愛らしい笑顔で、木漏れ日に髪が輝きを放った。
開口一番、
「しおん、大丈夫?」
随分顔色が良くなったしおんは目をくりっとさせて、
「う、うん。大丈夫」
と笑顔を見せたが、その眼には驚きが混じっていた。
「しおんと一緒のお泊りは初めてだね。楽しみ」
その言葉はしおんの元気を取り戻すのに充分すぎるものらしく、
「うん、ありがとう」
と、いまいち噛み合わない受け答えを見せた。
ひさきはみんなの顔を見回して、
「電話で聞いてたけど、おもしろい組み合わせだね」
「そういえばそうだね」
クラスメイトのあかさと加織はともかく、隣のクラスのカンナと、かつて中学で一緒だったしおんが一緒というのは、確かにちぐはぐな感じを受ける。
「ひさき、案内してあげて。疲れてるだろう」
「うん。じゃぁ、こっち。荷物持つよ」
ひさきに続いていくことしばし、
「こっちもすごい」
カンナが鞄を振り回してはしゃぐ。
建物自体はさっきよりも小さいが、それだけに可愛らしさが強く印象的。
斜面の途中で森が少し開けている立地もまた魅惑的で、夢のような場所だった。
「すごーい。ひさき、すごい」
「いいね、ここ」
すっかり元気を取り戻した二人は坂をものともせず駆け上り、新しいおもちゃを存分にいじくりまわす子供に戻ったように興味津々な様子だった。
「虫、出ないといいけど…」
加織の意識はどうも森の中のこの環境に行っているらしく、あかさと目が合って互いに苦笑いを浮かべた。
「大丈夫だと思うよ」
ひさきはさらりと言ってのける
もしかして虫が来ても手で捕まえてぽいっとするくらい大丈夫な口なのだろうか、あの顔で。
あかさはそんな光景を思い浮かべてギャップにクスリと笑った。
「どうかした?」
「いや、なんでもない。それより元気そうで良かった」
「元気だよ。ただ、お母さんが心配して」
ひさきの母に電話した際、母は勉強できていないのではないかと心配している口ぶりだった。
てっきりあかさは病気のせいかと勘繰ったが、
「家に帰ると勉強が手につかないのは本当だけど」
と、ある意味では勉強ができない病気なのかもとひさきの笑顔を見て冗談が浮かんだ。
「試験対策できてる?」
「うん、問題なし」
「一応、筆記用具もってきてるし。教えられるよ」
「あかさの方が教えてもらえるんじゃない?」
加織の言葉に、あかさは頬を膨らませて、
「じゃぁ、教えてもらおうかな」
けたけたと歯を見せて笑顔満開の三人。
「安心した。みんな元気そうで」
目をこすって言うひさきには、あかさとかおりも同じ言葉を返したかった。
やっぱり会うといつもと変わりないのだ。
「ねぇ、しおん。カンナ。お昼ご飯食べる?用意してあるよ」
大きく手を振って見せるカンナと大人しくうなずくしおん。
「荷物、置いてから戻ろ。さっきのところだから」
坂になった小道を上がり、ひさきがカギを開けて一同を向かいいれた。
ドアを開けたその中、屋根の高い開放的な空間の向こう、幾つもの窓から外の空気が風に乗ってあかさたちを迎える。
「やっぱすごーい」
カンナもしおんもテンション上がりまくりで、そんなことを考えているあかさ自身ももちろん同じだった。
ひさきの母の話で想像したよりも、もっともっと、最高と言っても過言ではないと断言できた。
それが夏休みの最初のイベントであり、みんなでお泊りとは贅沢極まりない。
「これって、本当にお金、いいの?」
「おじいちゃんのペンションだもん、おじいちゃんがいいって言ったらいいんだから」
「おじいちゃん、何者?お金持ちだね」
「大工さん。だから作ったの、自分で。他のも全部」
「すごいおじいちゃん。うらやましい」
「ここに居る間は私も手伝ってるの」
エプロンをピンと伸ばして、
「お昼も作ったんだぁ。自信作」
「期待していいの?」
「いいよ。おばあちゃんの自信作だから」
また笑い声が部屋いっぱいに満ちて、最高の時間を過ごせそうな期待にも満ちていた。
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