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たくさんの街を抜け、海を眺め、山を見上げ、電車を乗り換えること数回。
いい加減揺られ続け、あかさたちは乗りつかれて寝てしまったり無言になっていたところに、深い山並みの眺望にテンションが自然と上がっっていった。
田園風景に懐かしさを覚えるそこは、みんな初めて行く土地。
ここまでここまで来たら、もう目的地はすぐだと分かった。
山を迂回し縫うように坂を登る電車は、もうじき目的の駅につくことをアナウンスした。
重い車体がゆったりとホームに滑り込み、あかさは荷物を手に駅に降り立つと、
「うーん」
と、大きく伸びをして固まった体をほぐした。
「あー、長かったぁ」
加織が嬉しさ満開の笑顔を見せる。
後の二人は山に溢れる景色や空気にすら終始無反応で言葉はなく、一方のカンナは完全に乗り疲れの表情、もう一方のしおんは足取りがおかしく苦悶の表情。
「電車に酔うって珍しいね」
「私はいつも自転車だもん」
と、わかるようなわからないような答えのしおんも、揺れない大地に大股の格好で動かない。
電車はまた、旅情たっぷりな音を立てて線路を走り出した。
正面も振り返ってもどこもかしこも緑の風景。
民家が軒を寄せ合い点在し人の生活を想像させるが、自分たち以外に降りる客はいなかった。
「大丈夫?カンナ」
「えへ。大丈夫」
加織はカンナの腕を取って、カンナの作り笑顔に本心からの疲れを見つけて苦笑した。
前日、旅行の話をまとめるために、集まって話し合った。
それで帰りが遅かったうえに、翌早朝出発でみんな疲れが出てしまったというわけである。
あの時、ちかやがバスケの練習を抜けられないと悲嘆にくれる中、しおんは当初から「そこまでの関係じゃないから」と固辞していた。
いきなりの不参加表明で盛り下がるケーキショップに設けた会合は、人見知り指数の高いしおんにカンナを合わせてみて、少々面倒なことをしたかと思わなくもない結果に遭遇し、骨抜きにされたちかやはうつろに場を眺めるのみでマネキンのようで、あかさと加織が何とか盛り上げようと頑張っていた。
その後ちかやの協力を取り付けた加織の計らいで丸く収まった一同は、しおんの家へ場を移し前半と打って変わって盛り上がりを見せ、結局打ち合わせはそこそこにおかしな女子会へと姿を変えた。
加織が前日の照星の件はしおんには内緒にしておこうとあかさに提案して、おそらくそれは功を奏したようで、カンナとまだ距離はあるが一緒に笑い合える程度に近づいていて、言っていれば顔に攻撃的なものを浮かばせただろうし、そもそもが絶対に来なかったろう。
あるいはそれだけでは済まなかったかもしれないと思うと、友達思いというか、情に流されやすいというか、カンナを支える傍ら加織はしおんの姿に胸をなでおろしていた。
私のことなのにね。
しおんの背中を励ますように押して歩き、あることを想像してあかさは加織に目を向けた。
タイミングよく視線が絡み、互いに苦笑してしまう。
何故なら二人とも、夜別れるときのちかやのしょぼくれたあの顔を思い出していたからだ。
ちかやにとっては行きたいのに行かれない、話を聞けば聞くほど残酷なだけの旅行話なのだから、二人は心の中でお土産だけは忘れないからとあがなった。
駅舎を出ると、優しそうな笑顔のおじいちゃんがあかさたちに声を掛ける。
「ひさきの友達は、君らかい?」
「はい、今日はお世話になります」
「長旅だったろう。さぁおいで。もう一息だ」
「はーい」
おじいちゃんとは言えどもあかさの祖父と同じくらいで動きも軽く、多分六十代だろうその人は、
「さぁ乗って」
と、大きなワゴン車のドアを開けてあかさたちを迎えた。
正直なところもう乗り物はうんざりで、少々遠くても歩いて行きたいくらいなのはきっとみんな賛同するだろうと思えた。
車が走り出すと、
「ここから遠いんですか?」
「そうね。ちょっとあるかな」
前を向いたまま話すおじいちゃんの皴は深く、しかし笑い皴なところが彼によく似合っていた。
あかさはしおんの落胆ぶりが見なくても分かった気がしたが、窓を全開にして外を眺めるしおんの後ろ頭しか見えない。
聞こえなかったのかもしれなかった。
「京恵さんのお母さんには出発時間しか言ってなかったんですけど。待っててもらったんですか?」
そういえばそうだ。
あかさがひさきの母に電話を掛けた時には、朝の電車の時間しか言ってない。
時刻表の見方がよくわからなかったから、とは恥ずかしくて大きな声では言えない。
「朝出発したら大体この時間になるからね。電車の本数もこの時間は多くない」
「すみません、ありがとうございます。それに泊めてもらって」
「平日だし、ちょうど他にお客さんは居ないからね。ゆっくりしたらいい、ひさきも喜んでるよ」
しおんが真顔でこちらを向き直し小声で、
「やっぱり、私、なんか違うんじゃない?」
「ここまで来ておいて…」
と、前日のやり取りを再現してしまいそうで、あかさは口をつむった。
ひさきとちかやの仲が良かったのは以前見て知っていた。
わからないのはしおんのことで、しおんが言うにはあまり親しい関係ではないらしく、その一方でちかやはしおんもいつも一緒だったと逆なことを言うので、どちらなのかよくわからない。
「そんなことないって」
「だって…」
「夏休みなんだから、楽しもうよ」
ちかやが居ないから心細いのだろうとはすぐに見当がつく。
しかし、居ないものは居ないのだから心配しても仕方ないだろうに。
案ずるより産むがやすしっていうじゃない。
まだ産んだ経験はないですが…。
車はカーブの連続で、話しているときも大きく車体を揺らした。
道は細く山と山の間に分け入るように木々が重なり日差しも入らず、森の深さを知らしめた。
おじいちゃんはルームミラー越しに、
「疲れてるみたいだね」
「そうなんです」
加織が答えたが、シートに沈んで車の動きにされるがままの状態のカンナを見て言ったのは明らかだ。
「車で来られたら良かったね。その方がもっと早い。ひさきも電車で来るときは疲れた顔をしてるよ」
急な話で誰の親も都合が合わなかったし、電車の長旅も経験してみたいという気持ちもあったからこその満場一致をみたわけだが、帰りはできるなら車がいいなと思うのは致し方ないことで、提案だけでもしてみようとあかさは心に決めた。。
「私…」
しおんがまた顔を近づけて話すが、声が小さくて聞き取れない。
もうその話はいいから、と言いかけてしおんの顔が青いのが気になったが、時すでに遅く、
「おえぇ」
しおんとあかさの阿鼻叫喚が車内に響いた。
いい加減揺られ続け、あかさたちは乗りつかれて寝てしまったり無言になっていたところに、深い山並みの眺望にテンションが自然と上がっっていった。
田園風景に懐かしさを覚えるそこは、みんな初めて行く土地。
ここまでここまで来たら、もう目的地はすぐだと分かった。
山を迂回し縫うように坂を登る電車は、もうじき目的の駅につくことをアナウンスした。
重い車体がゆったりとホームに滑り込み、あかさは荷物を手に駅に降り立つと、
「うーん」
と、大きく伸びをして固まった体をほぐした。
「あー、長かったぁ」
加織が嬉しさ満開の笑顔を見せる。
後の二人は山に溢れる景色や空気にすら終始無反応で言葉はなく、一方のカンナは完全に乗り疲れの表情、もう一方のしおんは足取りがおかしく苦悶の表情。
「電車に酔うって珍しいね」
「私はいつも自転車だもん」
と、わかるようなわからないような答えのしおんも、揺れない大地に大股の格好で動かない。
電車はまた、旅情たっぷりな音を立てて線路を走り出した。
正面も振り返ってもどこもかしこも緑の風景。
民家が軒を寄せ合い点在し人の生活を想像させるが、自分たち以外に降りる客はいなかった。
「大丈夫?カンナ」
「えへ。大丈夫」
加織はカンナの腕を取って、カンナの作り笑顔に本心からの疲れを見つけて苦笑した。
前日、旅行の話をまとめるために、集まって話し合った。
それで帰りが遅かったうえに、翌早朝出発でみんな疲れが出てしまったというわけである。
あの時、ちかやがバスケの練習を抜けられないと悲嘆にくれる中、しおんは当初から「そこまでの関係じゃないから」と固辞していた。
いきなりの不参加表明で盛り下がるケーキショップに設けた会合は、人見知り指数の高いしおんにカンナを合わせてみて、少々面倒なことをしたかと思わなくもない結果に遭遇し、骨抜きにされたちかやはうつろに場を眺めるのみでマネキンのようで、あかさと加織が何とか盛り上げようと頑張っていた。
その後ちかやの協力を取り付けた加織の計らいで丸く収まった一同は、しおんの家へ場を移し前半と打って変わって盛り上がりを見せ、結局打ち合わせはそこそこにおかしな女子会へと姿を変えた。
加織が前日の照星の件はしおんには内緒にしておこうとあかさに提案して、おそらくそれは功を奏したようで、カンナとまだ距離はあるが一緒に笑い合える程度に近づいていて、言っていれば顔に攻撃的なものを浮かばせただろうし、そもそもが絶対に来なかったろう。
あるいはそれだけでは済まなかったかもしれないと思うと、友達思いというか、情に流されやすいというか、カンナを支える傍ら加織はしおんの姿に胸をなでおろしていた。
私のことなのにね。
しおんの背中を励ますように押して歩き、あることを想像してあかさは加織に目を向けた。
タイミングよく視線が絡み、互いに苦笑してしまう。
何故なら二人とも、夜別れるときのちかやのしょぼくれたあの顔を思い出していたからだ。
ちかやにとっては行きたいのに行かれない、話を聞けば聞くほど残酷なだけの旅行話なのだから、二人は心の中でお土産だけは忘れないからとあがなった。
駅舎を出ると、優しそうな笑顔のおじいちゃんがあかさたちに声を掛ける。
「ひさきの友達は、君らかい?」
「はい、今日はお世話になります」
「長旅だったろう。さぁおいで。もう一息だ」
「はーい」
おじいちゃんとは言えどもあかさの祖父と同じくらいで動きも軽く、多分六十代だろうその人は、
「さぁ乗って」
と、大きなワゴン車のドアを開けてあかさたちを迎えた。
正直なところもう乗り物はうんざりで、少々遠くても歩いて行きたいくらいなのはきっとみんな賛同するだろうと思えた。
車が走り出すと、
「ここから遠いんですか?」
「そうね。ちょっとあるかな」
前を向いたまま話すおじいちゃんの皴は深く、しかし笑い皴なところが彼によく似合っていた。
あかさはしおんの落胆ぶりが見なくても分かった気がしたが、窓を全開にして外を眺めるしおんの後ろ頭しか見えない。
聞こえなかったのかもしれなかった。
「京恵さんのお母さんには出発時間しか言ってなかったんですけど。待っててもらったんですか?」
そういえばそうだ。
あかさがひさきの母に電話を掛けた時には、朝の電車の時間しか言ってない。
時刻表の見方がよくわからなかったから、とは恥ずかしくて大きな声では言えない。
「朝出発したら大体この時間になるからね。電車の本数もこの時間は多くない」
「すみません、ありがとうございます。それに泊めてもらって」
「平日だし、ちょうど他にお客さんは居ないからね。ゆっくりしたらいい、ひさきも喜んでるよ」
しおんが真顔でこちらを向き直し小声で、
「やっぱり、私、なんか違うんじゃない?」
「ここまで来ておいて…」
と、前日のやり取りを再現してしまいそうで、あかさは口をつむった。
ひさきとちかやの仲が良かったのは以前見て知っていた。
わからないのはしおんのことで、しおんが言うにはあまり親しい関係ではないらしく、その一方でちかやはしおんもいつも一緒だったと逆なことを言うので、どちらなのかよくわからない。
「そんなことないって」
「だって…」
「夏休みなんだから、楽しもうよ」
ちかやが居ないから心細いのだろうとはすぐに見当がつく。
しかし、居ないものは居ないのだから心配しても仕方ないだろうに。
案ずるより産むがやすしっていうじゃない。
まだ産んだ経験はないですが…。
車はカーブの連続で、話しているときも大きく車体を揺らした。
道は細く山と山の間に分け入るように木々が重なり日差しも入らず、森の深さを知らしめた。
おじいちゃんはルームミラー越しに、
「疲れてるみたいだね」
「そうなんです」
加織が答えたが、シートに沈んで車の動きにされるがままの状態のカンナを見て言ったのは明らかだ。
「車で来られたら良かったね。その方がもっと早い。ひさきも電車で来るときは疲れた顔をしてるよ」
急な話で誰の親も都合が合わなかったし、電車の長旅も経験してみたいという気持ちもあったからこその満場一致をみたわけだが、帰りはできるなら車がいいなと思うのは致し方ないことで、提案だけでもしてみようとあかさは心に決めた。。
「私…」
しおんがまた顔を近づけて話すが、声が小さくて聞き取れない。
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