彼女がいだく月の影

内山恭一

文字の大きさ
21 / 22

21

しおりを挟む
たくさんの街を抜け、海を眺め、山を見上げ、電車を乗り換えること数回。
いい加減揺られ続け、あかさたちは乗りつかれて寝てしまったり無言になっていたところに、深い山並みの眺望にテンションが自然と上がっっていった。
田園風景に懐かしさを覚えるそこは、みんな初めて行く土地。
ここまでここまで来たら、もう目的地はすぐだと分かった。
山を迂回し縫うように坂を登る電車は、もうじき目的の駅につくことをアナウンスした。
重い車体がゆったりとホームに滑り込み、あかさは荷物を手に駅に降り立つと、
「うーん」
と、大きく伸びをして固まった体をほぐした。
「あー、長かったぁ」
加織が嬉しさ満開の笑顔を見せる。
後の二人は山に溢れる景色や空気にすら終始無反応で言葉はなく、一方のカンナは完全に乗り疲れの表情、もう一方のしおんは足取りがおかしく苦悶の表情。
「電車に酔うって珍しいね」
「私はいつも自転車だもん」
と、わかるようなわからないような答えのしおんも、揺れない大地に大股の格好で動かない。
電車はまた、旅情たっぷりな音を立てて線路を走り出した。
正面も振り返ってもどこもかしこも緑の風景。
民家が軒を寄せ合い点在し人の生活を想像させるが、自分たち以外に降りる客はいなかった。
「大丈夫?カンナ」
「えへ。大丈夫」
加織はカンナの腕を取って、カンナの作り笑顔に本心からの疲れを見つけて苦笑した。
前日、旅行の話をまとめるために、集まって話し合った。
それで帰りが遅かったうえに、翌早朝出発でみんな疲れが出てしまったというわけである。
あの時、ちかやがバスケの練習を抜けられないと悲嘆にくれる中、しおんは当初から「そこまでの関係じゃないから」と固辞していた。
いきなりの不参加表明で盛り下がるケーキショップに設けた会合は、人見知り指数の高いしおんにカンナを合わせてみて、少々面倒なことをしたかと思わなくもない結果に遭遇し、骨抜きにされたちかやはうつろに場を眺めるのみでマネキンのようで、あかさと加織が何とか盛り上げようと頑張っていた。
その後ちかやの協力を取り付けた加織の計らいで丸く収まった一同は、しおんの家へ場を移し前半と打って変わって盛り上がりを見せ、結局打ち合わせはそこそこにおかしな女子会へと姿を変えた。
加織が前日の照星の件はしおんには内緒にしておこうとあかさに提案して、おそらくそれは功を奏したようで、カンナとまだ距離はあるが一緒に笑い合える程度に近づいていて、言っていれば顔に攻撃的なものを浮かばせただろうし、そもそもが絶対に来なかったろう。
あるいはそれだけでは済まなかったかもしれないと思うと、友達思いというか、情に流されやすいというか、カンナを支える傍ら加織はしおんの姿に胸をなでおろしていた。
私のことなのにね。
しおんの背中を励ますように押して歩き、あることを想像してあかさは加織に目を向けた。
タイミングよく視線が絡み、互いに苦笑してしまう。
何故なら二人とも、夜別れるときのちかやのしょぼくれたあの顔を思い出していたからだ。
ちかやにとっては行きたいのに行かれない、話を聞けば聞くほど残酷なだけの旅行話なのだから、二人は心の中でお土産だけは忘れないからとあがなった。
駅舎を出ると、優しそうな笑顔のおじいちゃんがあかさたちに声を掛ける。
「ひさきの友達は、君らかい?」
「はい、今日はお世話になります」
「長旅だったろう。さぁおいで。もう一息だ」
「はーい」
おじいちゃんとは言えどもあかさの祖父と同じくらいで動きも軽く、多分六十代だろうその人は、
「さぁ乗って」
と、大きなワゴン車のドアを開けてあかさたちを迎えた。
正直なところもう乗り物はうんざりで、少々遠くても歩いて行きたいくらいなのはきっとみんな賛同するだろうと思えた。
車が走り出すと、
「ここから遠いんですか?」
「そうね。ちょっとあるかな」
前を向いたまま話すおじいちゃんの皴は深く、しかし笑い皴なところが彼によく似合っていた。
あかさはしおんの落胆ぶりが見なくても分かった気がしたが、窓を全開にして外を眺めるしおんの後ろ頭しか見えない。
聞こえなかったのかもしれなかった。
「京恵さんのお母さんには出発時間しか言ってなかったんですけど。待っててもらったんですか?」
そういえばそうだ。
あかさがひさきの母に電話を掛けた時には、朝の電車の時間しか言ってない。
時刻表の見方がよくわからなかったから、とは恥ずかしくて大きな声では言えない。
「朝出発したら大体この時間になるからね。電車の本数もこの時間は多くない」
「すみません、ありがとうございます。それに泊めてもらって」
「平日だし、ちょうど他にお客さんは居ないからね。ゆっくりしたらいい、ひさきも喜んでるよ」
しおんが真顔でこちらを向き直し小声で、
「やっぱり、私、なんか違うんじゃない?」
「ここまで来ておいて…」
と、前日のやり取りを再現してしまいそうで、あかさは口をつむった。
ひさきとちかやの仲が良かったのは以前見て知っていた。
わからないのはしおんのことで、しおんが言うにはあまり親しい関係ではないらしく、その一方でちかやはしおんもいつも一緒だったと逆なことを言うので、どちらなのかよくわからない。
「そんなことないって」
「だって…」
「夏休みなんだから、楽しもうよ」
ちかやが居ないから心細いのだろうとはすぐに見当がつく。
しかし、居ないものは居ないのだから心配しても仕方ないだろうに。
案ずるより産むがやすしっていうじゃない。
まだ産んだ経験はないですが…。
車はカーブの連続で、話しているときも大きく車体を揺らした。
道は細く山と山の間に分け入るように木々が重なり日差しも入らず、森の深さを知らしめた。
おじいちゃんはルームミラー越しに、
「疲れてるみたいだね」
「そうなんです」
加織が答えたが、シートに沈んで車の動きにされるがままの状態のカンナを見て言ったのは明らかだ。
「車で来られたら良かったね。その方がもっと早い。ひさきも電車で来るときは疲れた顔をしてるよ」
急な話で誰の親も都合が合わなかったし、電車の長旅も経験してみたいという気持ちもあったからこその満場一致をみたわけだが、帰りはできるなら車がいいなと思うのは致し方ないことで、提案だけでもしてみようとあかさは心に決めた。。
「私…」
しおんがまた顔を近づけて話すが、声が小さくて聞き取れない。
もうその話はいいから、と言いかけてしおんの顔が青いのが気になったが、時すでに遅く、
「おえぇ」
しおんとあかさの阿鼻叫喚が車内に響いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...