毒の美少女の物語 ~緊急搬送された病院での奇跡の出会い~

エール

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初めての共同作業

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**********

 ――気がつくと、木々に囲まれた奇妙な空間に立っていた。

 ……なんだ、ここ……。
 まったく状況がつかめない。

 花粉症用の点鼻薬と間違えて殺虫剤を鼻の中に噴射してしまい、呼吸困難に陥ったところまでは覚えている。

 しかし、病院のベッドの上で目が覚めた、というのならまだしも、ここは明らかにどこかの山中だ。

 人が二人ほど並んで歩ける幅の、下草が踏み固められたような道が存在し、その上に立ってはいる。

 しかし、車が通ったようなタイヤの後はなく……よく見ると、いろんな種類の動物の足跡がついているだけだ。
 これってもしかしたら、いわゆる『獣道』なのでは……。

 とりあえず、自分の身なりを確認してみたが、なぜか僕は袴(はかま)をはいていた。
 服も和服というか、着物というか、そんなものだ。

 ふと、視界の左側に、うっすらとなにやら絵文字のような物が見えた。
 そこに意識を集中すると、突然、ゲームのウインドウのようなものが開いた。
 半透明で、視界の八分の一ほどを占める。
 そこに書かれている文字は、

  タク 職業 : 剣客
     階級 :  1
     生命力:100
     妖力 : 20
     俊敏 : 60
     筋力 :100
     器用 : 40

 となっており、さらに「生命力」と「妖力」にはグラフィックバーが表示されている。
 さらに、「その他能力」欄に意識を集中すると、

     技能段位
     投擲:3
     太刀:3
     弓 :1
     軽業:2

  特殊技能・能力
     妖術:なし
     完全異常耐性
     異常状態瞬間治癒

……など、事細かに値が設定されている。

(……これは、ゲームかっ! いよいよ話題の『完全仮想環境』が実現したのか? ……いや、単に夢を見ているだけのかも……)

 しかし、なぜこんな状況になってしまったのか。
 元の世界で死にかけて、集中治療室かなんかに入っていて、僕は夢を見ているのか。

 はたまた、意識の戻らない僕を、眠っている間にも退屈させまいと、病院の人が気を利かせて意識だけで遊べるゲームにログインさせてくれたのか……いや、それはないな……。

ウインドウに意識を集中し、片っ端から開いてみるも、現在の状況や、表示されている各数値の意味を教えてくれるような解説文は存在しなかった。

 それにしても……ここはいったい、どこなのだろうか。
 よく辺りを見渡すと、今立っている場所は八畳間ぐらいの広場で、その周りは緩やかな斜面となっており、さっきの獣道もその斜面にそって続いている。

 道のない部分は木々が生い茂っているが、その間隔は二、三メートルといったところで、道がなくとも歩いて行くことができそうだ。

 僕が殺虫剤で苦しんでいたのは夜中だったはずだが、この世界は昼間だ。
 木漏れ日が心地よく降り注ぎ、どこからか小鳥のさえずりが聞こえてくる。
 ひょっとしたら、これが『あの世』というやつか……。

 でも、そうだとしたら、なんでパラメータみたいなモノが見えるのだろう……。

 と、その時、何か頭の中で警報音のような音が鳴り響いた。
 ビクッっとし、辺りを見回してみると……なんか、獣道の下、百メートル程の場所にでっかいイノシシがいるではないかっ!

 本当にでかくて……『○○○○姫』に出てくる奴……よりはちょっと小さいが、普通に牛ぐらいあって……こっちをじっと睨み、次の瞬間、勢いよくこちらに走り出してきた!

「うっ……うわあぁ!」
 間抜けな声を上げて、僕は獣道を上へと駆け出したが……イノシシの方が断然速いっ!

 みるみる差を縮められるっ!
 そんな、せっかく転生? したのに……。

 ……と、必死に走る僕の目の前に、人影が見えた。
「……た、助けてっ、そこの人……」

 精一杯声を上げると、その人は背中から何か取り出し、弓につがえる動作をとった。

(狩人……えっ、女の子……)

 僕は目を疑った……その子は例えるなら、『武装した弓道部の女子』だ。
 華奢な体ながら、凛々しさと美しさを兼ね備えた、神々しさすら感じさせる美少女だった。

 一瞬、自分がバケモノに追われている事すら忘れ、見とれてしまったが、

「避けてっ!」

 という言葉にはっとし、獣道から木々の生い茂る空間へと身を躍らせた。

 二、三回転げて身を起こすと、巨大イノシシは標的を少女に変更したのか、彼女の方に、文字通り猪突猛進していく。

 次の瞬間、彼女はギリギリまで引き絞った弓から、一本の矢を解き放った。
 ヒュン、という心地よい音と共に、その矢は巨大イノシシの体に見事命中した……が、あっけなくはじけ飛んでしまった。

「えっ、うそっ……」

 少女は呆然と立ち尽くし……そして回避動作が一瞬遅れ、巨大イノシシの体当たりをまともに受けてしまった。

 はじき飛ばされた彼女の体は、獣道から外れ、斜面となっている場所を転がり落ちていく。

 幸か不幸か、勢いがついていたのと、その進行方向に立木がなかったこともあり、一気に数十メートルも滑り落ちていった。
 それを見た巨大イノシシは、悠然と獣道を下方へと引き返していった。

 僕は慌てて彼女を追った。

 この世界で出会った初めての人間。
 そして、ひょっとしたら僕の身代わりになってくれたかもしれない恩人。
 それでいて、可憐な美少女でもあった。
 そんな子を放っておけるわけもない。

 何度か転びながら、斜面を降りていく。
 ようやく彼女を見つけた。

 そこには小川が流れており、そのすぐ脇で倒れている彼女は、血を流して苦悶の表情を浮かべている。

「……大丈夫かっ?」

 オロオロしながら、僕は彼女に声をかけた。

「……私に……私の血に、さわらないで……」

「馬鹿なこと言うな、腕からこんなに出血してるじゃないか……」

 彼女の二の腕からは、どくどくと血が溢れている。

 何か止血できるものはないか自分の体を調べ、帯が使えると判断し、それを取って彼女の出血箇所にきつく巻き付けた。

「……ばかっ……私の血は、毒なんだ……触れると痛むでしょう……」

「……いや、全然。それより、君の生命力があと20しかなくなってる……どうすればいいんだ? 僕はまだこの世界に来たばかりで、どうしたら良いかわかんないんだ」

「……えっ? ……私のステータスが見えるの? ひょっとして、あんたも転生者……『神の名代』なの?」

「神? みょうだい?」

 と、僕が初めて聞く単語に戸惑っていると、彼女はゆっくりと起き上がった。

「……オオマヒシシの麻痺が解けてる……あんた、何したの?」

「えっ、いや、僕は別に……」

 すると彼女は、そっと僕の肩に手を触れてきた。

「……特殊能力、『完全異常耐性』、『異常状態瞬間治癒』……なるほど、私の神は、私を助けるためにあんたを召喚してくれたのね……」

「それって、どういう意味……」

 と、そのとき、小川の上流から

「ブフオォー!」

 とう叫びと共に、またでっかいイノシシか駆け下りてきた。

「……さっきのオオマヒシシだわ。しつこいわね……困ったな、私の矢じゃあいつの毛皮を貫けない……」

 えっ、それって、またやられるって事じゃ……。

 と、そのとき、彼女の腰に短剣が装備されているのを見つけた。

「ちょっと、それ、貸してくれないか?」

「この剣鉈(けんなた)? ……そっか、あんた、職業『剣客』だったね。でも、こんな短刀であのバケモノと戦えるの?」

「いや……一つ、試してみたいことがあるんだ」

 そう言って、僕は強引に彼女から剣鉈を借りた。

 そして狙いを定め……セットポジションから、僕は迫り来る巨大イノシシに向かって、その剣鉈を投げつけた。

 一直線に飛んだそれは、狙い通り、バケモノの右目を貫いた。

「グボオオオォォーッ!」

 思わぬ苦痛に、大口を開けて絶叫する巨大イノシシ。
 さすがに足は止まったものの、倒れる事はなくその場で苦しんでいる。

「……しまった、剣鉈投げちゃったから、もう武器がないっ」

「……十分だわ。あれだけ大口を開けてくれてるなら……」

 彼女は矢を引き絞っている。

「なっ……腕の怪我は大丈夫なのか?」

「ええ。この世界じゃ、体力が残っていて、麻痺もしていない今なら……このぐらいの怪我、どうってことないわっ!」

 言うが速いか、彼女は素早く矢を巨大イノシシに向かって放った。

「……グオォッ」

 見事、口の中に突き刺さった次の瞬間、そのバケモノは泡を吹いてズドン、と倒れた。

「……あの矢尻には私の血が塗ってある。そして私の血は、どんなバケモノも突き刺すことさえ出来れば一撃で倒せる、猛毒なの……」

 ――僕はその言葉と、倒れたバケモノの苦悶の死に顔に、戦慄した――。

**********

(うん、こんな感じで良いか……)

 喫茶店で打ち合わせをした翌日の夜、瞳からメールで送ってもらった下書きを、ストーリーはそのままに、俺なりに推敲して彼女に返信した。

 約20分後。
 ちょっと興奮した彼女から電話がかかってきて、

「私が書いたのより、ずっと良くなっている! 本当に和也君が書いたの?」

 というようなことを、延々30分ぐらい話していたように思う。
 
 そしてその日のうちに、彼女は、この作品を「新作の連載開始!」として『小説家を目指そう』に投稿した。
 律儀に、「友達との共同作品です!」と但し書きを入れて。

 タイトルは、後でも変えられるということで、とりあえず

『Poison ~ 猛毒の征服者 ~』

 に決めた。

 そしてこの日から、俺と瞳の共同作業が本格的に始っていくのだった。
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