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シチュエーション
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「……まさか、キスもまだなの? 付き合ってるんだよね?」
イラストレーターのレナさんが、大げさに驚いたように尋ねて来た。
「いや、あの……そう、瞳のお父さんに、『高校生らしい付き合いをするように』ってきつく制限されているから……」
「……キスぐらいなら、高校生らしい付き合いなんじゃないかしら?」
泪さんが微笑みながらそう提案してくる。
なんとなく、心配してくれているのが半分、おもしろがっているのが半分、という感じだ。
「キスしたこともないのに、男女の深い絆がテーマのラノベを書いているの? それじゃあダメよ。だから恋愛関連で、いまいち感情移入できないのね……」
レナさんが悲しげな表情になった……ちょっと演技っぽいけど。
まあ、しかし、一理あるかもしれない。
主人公のタク以外とキスをすると、その相手を殺してしまうヒロイン。
その彼女が、ある時点で恋愛感情に気付き、彼の事を常に意識するようになる。
そして事故をきっかけにして、彼からのキスを受け入れる――。
ファーストキスとしてはなかなかいいシナリオだと思うが、俺には、その時のタクの心理描写や、キスの感触など、想像でしか書くことができない。
ちらっと隣の瞳を見ると、彼女は頬を桜色に染めて戸惑っていた。
うーん、まあ、レナさんや泪さんは、半分おもしろがっているとはいえ、その意見はかなり的を射ていることも事実だ。
俺はちょっと落ち着くため、水をほんの少しだけ飲もうとした。
「……今ここでキスすれば?」
レナさんの唐突な一言に、俺は盛大にむせた。
隣の瞳が背中をさすってくれたのは嬉しかったが、そこそこ客が入っているカフェで周囲の客の注目を浴びてしまったのは、相当恥ずかしかった。
「ゴメン、ちょっとタイミングが悪かったかな……まあ、貴方たち二人がいつキスするかはさすがに私が決める事じゃないけど、ファーストキスのシーンを書籍版に書き下ろしで入れるのは賛成よ。ひょっとしたらその場面のイラストも書くことになるかもしれないしね」
レナさんは、俺がむせた原因を作ったことを謝りつつも、悪びれた様子もなくご機嫌だった。
そして次の日曜の午後も、また打ち合わせで集まろう、ということにして、その日の顔合わせは終了した。
自宅に帰ってからも、キスのことが頭の大部分を占めていた。
……と、その時、瞳から電話がかかってきた。
「和也君、大変なことになったの!」
彼女の「大変な事」とか「大ニュース」とかは、非常によく聞くフレーズであり、内容を確認するまで本当にそうなのかどうかよく分からない。
「……どうしたんだ?」
「あの……お父さんから、『まさか、この期末テストで成績が落ちるようなことはないだろうな』って念押しされたの……Poisonの書き下ろし原稿作らないといけないのに、どうすればいいのかな……」
……うーん、大変なような、大したことないような、微妙な内容だ。
「どうすればって……頑張るしかないとは思うけど……」
「和也君も、人ごとじゃないよ。『彼が帝大付属高校でどのぐらいの順位なのか、確認するように』とも言われたの……その……将来を真剣に考えているんだったら、って前置きされたけど……」
うっ……それは大変だ!
確かに、自分の事となるとちょっと焦ってしまう……将来の事、考えてくれているのならそれは嬉しいけど。
「……成績次第では、交際も、ラノベの執筆も、制限せざるを得ないな、とも言われていて……」
……なんていうか、ガンガンプレッシャーをかけてくるお父さんだ。職場でも、部下に対してこんな感じなのかな……ヒカルのくせに。
「……わかった、とにかく頑張ろう。ここは励まし合って、この難局を乗り切るしかない!」
「うん……わかった。私も勉強、頑張る! 和也君も頑張って!」
大好きな女の子が、俺のことを励まし、応援してくれる。
それだけで、やる気が出てくるから不思議だ……うん、これはラノベの主人公も同じはずだ。
テレビとか見る時間を削って、ラノベ修正も勉強も、密度を濃くして頑張るしかない!
……と思って机に向かうのだが、やっぱりキスの事が頭を離れてくれない。
瞳とのファーストキス、確かに早くしてみたい……ラノベに活かすためというのが大義名分で、その実、やっぱりあんな最高に可愛い彼女とキスしたいというのが本音だ。
だけど、どういうシチュエーションで?
普通だったら、どちらかの家で二人っきりになったときっていうのが理想なんだろうけど、俺の家で二人だけになった時点で『高校生らしい交際』と認められなくなる可能性がある。
けど、常時家族の誰かがいて、かつ、名家である瞳の家には、そもそも行きにくい。
カラオケボックスとかは、うーん、これも二人だけだとあんまり良くないし、防犯カメラあるし、ファーストキスの場所としてはいまいちだ。
近所の公園とかだと、人が結構いるから、見られてしまう可能性があるし……。
放課後、二人っきりになった教室で……は定番だが、そもそも学校が違う。
なかなか難しい……。
ちょっと悩みながら、『Poison ~ 猛毒の征服者 ~』の第一話を読み返していて、ある単語が目についた。
「……神の名代……」
小説『Poison』は、和風RPGのような世界設定が特徴だ。
そこでは『神』の存在が度々登場する。
――その瞬間、俺にはある場所が頭に浮かび、脳内にアドレナリンが噴出されるのを感じた。
そして俺は、今度はこちらから瞳に電話をかけていた。
次の週末、彼女を、ファーストキスにふさわしい(と俺が考える)場所ヘと呼び出すために。
イラストレーターのレナさんが、大げさに驚いたように尋ねて来た。
「いや、あの……そう、瞳のお父さんに、『高校生らしい付き合いをするように』ってきつく制限されているから……」
「……キスぐらいなら、高校生らしい付き合いなんじゃないかしら?」
泪さんが微笑みながらそう提案してくる。
なんとなく、心配してくれているのが半分、おもしろがっているのが半分、という感じだ。
「キスしたこともないのに、男女の深い絆がテーマのラノベを書いているの? それじゃあダメよ。だから恋愛関連で、いまいち感情移入できないのね……」
レナさんが悲しげな表情になった……ちょっと演技っぽいけど。
まあ、しかし、一理あるかもしれない。
主人公のタク以外とキスをすると、その相手を殺してしまうヒロイン。
その彼女が、ある時点で恋愛感情に気付き、彼の事を常に意識するようになる。
そして事故をきっかけにして、彼からのキスを受け入れる――。
ファーストキスとしてはなかなかいいシナリオだと思うが、俺には、その時のタクの心理描写や、キスの感触など、想像でしか書くことができない。
ちらっと隣の瞳を見ると、彼女は頬を桜色に染めて戸惑っていた。
うーん、まあ、レナさんや泪さんは、半分おもしろがっているとはいえ、その意見はかなり的を射ていることも事実だ。
俺はちょっと落ち着くため、水をほんの少しだけ飲もうとした。
「……今ここでキスすれば?」
レナさんの唐突な一言に、俺は盛大にむせた。
隣の瞳が背中をさすってくれたのは嬉しかったが、そこそこ客が入っているカフェで周囲の客の注目を浴びてしまったのは、相当恥ずかしかった。
「ゴメン、ちょっとタイミングが悪かったかな……まあ、貴方たち二人がいつキスするかはさすがに私が決める事じゃないけど、ファーストキスのシーンを書籍版に書き下ろしで入れるのは賛成よ。ひょっとしたらその場面のイラストも書くことになるかもしれないしね」
レナさんは、俺がむせた原因を作ったことを謝りつつも、悪びれた様子もなくご機嫌だった。
そして次の日曜の午後も、また打ち合わせで集まろう、ということにして、その日の顔合わせは終了した。
自宅に帰ってからも、キスのことが頭の大部分を占めていた。
……と、その時、瞳から電話がかかってきた。
「和也君、大変なことになったの!」
彼女の「大変な事」とか「大ニュース」とかは、非常によく聞くフレーズであり、内容を確認するまで本当にそうなのかどうかよく分からない。
「……どうしたんだ?」
「あの……お父さんから、『まさか、この期末テストで成績が落ちるようなことはないだろうな』って念押しされたの……Poisonの書き下ろし原稿作らないといけないのに、どうすればいいのかな……」
……うーん、大変なような、大したことないような、微妙な内容だ。
「どうすればって……頑張るしかないとは思うけど……」
「和也君も、人ごとじゃないよ。『彼が帝大付属高校でどのぐらいの順位なのか、確認するように』とも言われたの……その……将来を真剣に考えているんだったら、って前置きされたけど……」
うっ……それは大変だ!
確かに、自分の事となるとちょっと焦ってしまう……将来の事、考えてくれているのならそれは嬉しいけど。
「……成績次第では、交際も、ラノベの執筆も、制限せざるを得ないな、とも言われていて……」
……なんていうか、ガンガンプレッシャーをかけてくるお父さんだ。職場でも、部下に対してこんな感じなのかな……ヒカルのくせに。
「……わかった、とにかく頑張ろう。ここは励まし合って、この難局を乗り切るしかない!」
「うん……わかった。私も勉強、頑張る! 和也君も頑張って!」
大好きな女の子が、俺のことを励まし、応援してくれる。
それだけで、やる気が出てくるから不思議だ……うん、これはラノベの主人公も同じはずだ。
テレビとか見る時間を削って、ラノベ修正も勉強も、密度を濃くして頑張るしかない!
……と思って机に向かうのだが、やっぱりキスの事が頭を離れてくれない。
瞳とのファーストキス、確かに早くしてみたい……ラノベに活かすためというのが大義名分で、その実、やっぱりあんな最高に可愛い彼女とキスしたいというのが本音だ。
だけど、どういうシチュエーションで?
普通だったら、どちらかの家で二人っきりになったときっていうのが理想なんだろうけど、俺の家で二人だけになった時点で『高校生らしい交際』と認められなくなる可能性がある。
けど、常時家族の誰かがいて、かつ、名家である瞳の家には、そもそも行きにくい。
カラオケボックスとかは、うーん、これも二人だけだとあんまり良くないし、防犯カメラあるし、ファーストキスの場所としてはいまいちだ。
近所の公園とかだと、人が結構いるから、見られてしまう可能性があるし……。
放課後、二人っきりになった教室で……は定番だが、そもそも学校が違う。
なかなか難しい……。
ちょっと悩みながら、『Poison ~ 猛毒の征服者 ~』の第一話を読み返していて、ある単語が目についた。
「……神の名代……」
小説『Poison』は、和風RPGのような世界設定が特徴だ。
そこでは『神』の存在が度々登場する。
――その瞬間、俺にはある場所が頭に浮かび、脳内にアドレナリンが噴出されるのを感じた。
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