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恋に陥る瞬間
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いよいよ待望の、夏休みが始まった。
今回の夏休みは、今までとは全然違う。
部活動に入っているわけではない俺は、去年は小説を書いたり、読んだり、お盆休みに家族三人で小旅行に出かけるぐらいだった。
ところが今回は、
1.彼女ができた。
2.その彼女と、共同執筆の小説が全国出版されるため、その準備をする。
3.瞳、泪さん、イラストレーターのレナさんと『取材』と称してあちこち遊びに行くことが決定した。
……という、まあ、いわゆる『リア充』状態だ。
特に最後の『3』に関しては、夏休み初日に無理矢理予定を入れられてしまった。
レナさんが、いきなり
「みんなで、川に泳ぎに行こう!」
と強引に誘ってきたのだ。
なぜ海ではなく川なのか、と疑問に思ったのだが、
「小説の中に出てくる水浴びのシーンを再現したいから」
という言葉を聞いて、納得した。
彼女はイラストレーターで、俺たちの小説の挿絵を書いてくれることになっている。
そのイメージを掴みたいと言われれば、これは納得せざるを得ない……って、まあ、俺としては瞳を含むみんなで、ワイワイと遊びに行くのは楽しみではある。
俺たちの住む町は地方なので、ちょっと車で川上に向かえば、そのまま飲んでも問題無い水質の綺麗な清流がいくつも存在しており、開けた川原では、毎年キャンプに訪れている者も多い。
数日前から水着や水中眼鏡なんかを準備し、当日の朝九時過ぎにはシャワーも済ませてそわそわしながら待っていると、到着を告げる電話が瞳から入った。
外に出てみると、ピカピカのミドルサイズハッチバックが停車していた。
泪さんが運転し、助手席はレナさん。そして後部座席には瞳が乗っていた。
俺の荷物を乗せるためにレナさんが荷室を開けると、そこに満載されたアイテムにちょっと引いてしまった。
ビーチパラソル、ビーチボール、そしてジュースや缶ビール、保冷剤がぎっしり詰まったクーラーボックス。折りたたみのテーブルと椅子、レジャーマット、バーベキューセット。
うん、なかなか本格的に遊びにいくつもりだ……一応、取材っていう口実なんだけど。
成人二人はハイテンションなんだけど、瞳だけがちょっと憂鬱そうな表情。
どうしたのか聞いてみると、
「えっと……まだ秘密。でも、私も楽しみにしてるよ」
という、なんとも意味深な返事。
上半身は白いTシャツだけの彼女、純白の下着がほんの少し透けて見えて、ちょっとドキドキしてしまうのだが……まあ、これは年頃の男だったらだれでもそうなってしまうものだ。
その後、近所のスーパーでバーベキューの食材を買う。
俺以外は全員女性、しかも美人、美少女ばかり。プチハーレム状態だ。
肉や野菜、買い忘れていた焼き肉のタレなんかを買い揃えるのだが、
「あれも要る」
「これも必要」
「ゴハンは持ってきている」
「そんなに食べきれない」
と、ワイワイしながら店内を回るのは楽しかったし、瞳もニコニコしていた。
それから車を一時間半ほど、阿奈津川上流へ向かって走らせると、徐々に道が細くなっていき、建物の数が減っていく。
天気は快晴で、外気温はすでに三十度を超えている。
そんな真夏の田舎道を走るのは、景色も良くて気持ちがいい。
やがて舗装されていない砂利道に出て、揺られながら五分ほど走ると、堤防から川原に降りられる緩やかな坂があって、そこを下ると目的地だった。
白い砂利の川原が幅二十メートル、長さ百メートルほどに渡って広がっている、絶好のキャンプポイントだ。
ただ、自分達の他には誰も居ない。
この日はまだ夏休み初日で、一般企業は営業日だから、家族連れなんかは来られていないんじゃないかな、と泪さんが説明してくれた。
ちなみに、その泪さんは有給休暇を取っているという。レナさんはフリーのイラストレーターだから、あんまり関係無い。
車から外に出ると、強烈な日差しと、うだるような暑さだ。
あと、林である対岸のセミの声が凄まじい。
女性陣は全員、日焼け止めを塗ってきているらしいが、泳ぐのだったらあまり意味がないんじゃないだろうか?
そんな疑問を持ちつつ、唯一男の俺は、荷物の運搬を強要させられる。
レジャーシートやテーブルを設置し、ベースキャンプのような場所ができたところで、
「……じゃあ、先に取材、しちゃおうか!」
とレナさんが上機嫌で宣言した。
「えっと……取材って、何するんですか?」
そう尋ねると、彼女は
「言っておいたでしょう? 小説の中で、主人公とヒロインが裸になって水浴びするシーンを再現したいって」
と答えた。
「……あ、そうですね。でも、まさかホントに裸ってワケじゃないでしょう?」
「そりゃそうよ。いくらなんでも、そんなの強要したら犯罪になっちゃうからね……二人とも水着になって!」
レナさんも泪さんも、ニコニコしながらそう話しかけてきた。
実は、俺はそんな話を聞いていたので事前にサーフパンツを履いてきていた。そのことを告げると、
「あら、準備がいいのね。瞳と一緒」
と、泪さんはさらに笑顔を深めてそう言った。
「えっ……ひょっとして瞳、水着着込んでいるのか?」
その問いに、美少女は顔を桜色に染めて、小さく頷いた。
……トクン、と鼓動が跳ね上がる。
さっき、Tシャツの下の白い下着が透けて見える、と思ったのだが、実は、あれはビキニだった……いや、下着にしか見えない。
「……お姉ちゃんが、結構大胆な水着買ってきちゃってて……恥ずかしいって言ったんだけど、逆に恥ずかしがらないと、『裸で背を向け合って水浴びする』シーンの再現ができないっていわれて……」
「そう、その通り。主人公のタクが照れて、ヒロインのユウが恥ずかしがる。そういう表情も参考にしたかったから。ちょっと大人しい瞳には大胆な水着だから、和也君は見ないようにしてあげてね!」
泪さんの笑みは、完全に俺たちの動揺を楽しんでいるかのようなものだった。
レナさんも同じだ。
えっと、これって……でも、従わないといけないんだよな?
その後、俺はアイマスクをされ、美女二人に手を引かれて連れて行かれる。
冷たい水の中に入った感触はあるが、流れは緩やかで、足を取られることはない。
丸い石がごろごろと足の裏に当たるが、痛いと感じるほどではなかった。
やがて、膝まで水に浸かるぐらいの場所で手を離され、そのまま待機と言われた……真っ暗で何も見えず、このまま置いて帰られないか、ちょっと不安な状況だ。
しかし、女性陣のキャッキャ、ウフフという声は聞こえるから大丈夫だろう。
五分ぐらいだろうか……俺に取っては凄く長い時間だったが、待っていると人が近づいて来る気配を感じた。
「……和也君、絶対に後、見ちゃダメだからね……」
瞳の声だった。
そう言うということは……今、彼女は下着にしか見えない、白いビキニ姿のはずだ。
「ああ、分かっているよ」
冷静にそう言ったものの、心臓は早鐘を打っていた。
「はい、じゃあ、和也君、アイマスク取っていいよ。ただし、振り返っちゃダメだからね! あ、こっちは見ていいよ!」
レナさんのその声に安堵して、そっとアイマスクを取って、声がしている方向を向いてみると……累算は黒を基調としたバンドゥビキニに、レナさんはピンクの、派手で且つ露出度の高いビキニ姿になっており、さらに俺の頭に血が上るのが分かった。
「……絶対こっち、見ちゃダメだからね……」
すぐ背後から、また声が聞こえた……瞳が、居る。
イラストレーターであるレナさんの指示に従い、瞳はパシャパシャと水を自分にかけていて、そのしぶきが時折俺の方にまで飛んできた。
後ろを振り返りたい欲求はあるが、黒い水着の女性は背後の少女の姉であり、しっかりと見張られている。その視線がなかったとしても、俺は彼女との約束を破ることなどできないのだが……。
「うん、じゃあ、今度は太陽の光を全身に浴びるように、大きくのけぞってみて!」
ハイテンションのイラストレーターから、また無茶ぶりが少女に向かって飛ぶ。
「あ、はいっ! ……うん、これも芸術のため、ラノベのため……」
彼女の、決意のつぶやきが聞こえ、また鼓動が高鳴った。
今、すぐ後ろで、どうしようもない程に好きになってしまった女の子が、裸に近い姿でのけぞっている……。
と、次の瞬間、
「キャッ!」
と、短く、しかし鋭い悲鳴が聞こえ、思わず後ろを振り向いてしまった。
一瞬遅れて、その少女は、前のめりに俺の方へと倒れ込んできた。
反射的に、その体を抱き締める。
俺ごと後に倒れそうになったが、何とか踏みとどまった。
「あ……」
――その少女は、俺に抱きついていた。
思わぬ展開にプチパニックになった俺だが、すぐに冷静さを取り戻し、二、三秒おいて、彼女を気遣って
「大丈夫か……」
と、少し体を離そうとしたのだが、
「だめ、見ちゃダメ!」
と、また抱きついてきた。
少女の、意外と膨らみのある柔らかな感触が、俺の腕の中に伝わってきて、かっと顔が熱くなるのを感じた。
どうやら彼女は、こうやって体がくっついていることより、今の姿を間近で見られることの方が恥ずかしいようだった。
その大胆な行動と、あまりの愛おしさに、俺は少し、彼女を抱き締める手に力を入れてしまった。
「……ありがと……」
彼女の方からの、俺に抱きつく力も強くなるのが分かり、思いもかけぬこの展開に、今までの人生でも覚えがないぐらいの幸せを感じた。
「瞳、大丈夫?」
彼女の姉である泪さんが、次にレナさんがバシャバシャと慌てた様子で駆けつけて来る。
「……足、ひねっちゃったみたい……」
俺にかきついたまま、辛そうに彼女は話した。
「ほら、これ着て……和也君は向こう向いててね」
泪さんが、持ってきた瞳のTシャツを渡していた。
彼女は、両側を二人の女性に支えられながら、それを受け取って着ているようだった。
俺は顔を逸らしている……なぜか、それが疎外感というか、除け者にされているような気がした。
「どうする、瞳。肩貸してあげるけど……歩ける?」
泪さんが心配そうに尋ねる。
「……平らなところだったら大丈夫かもしれないけど、下、石だし、ちょっと流れもあるから……」
瞳の声は、辛そうだった。
「和也君、もうこっち向いていいよ……どうしたらいいと思う?」
泪さんも困っている。
――例えば、自分が小説の中の主人公『タク』ならば、パートナーの『ユウ』が水浴びの最中にこうなったら、どのような行動を取るだろうか……。
そして俺は、浮かんできたある行動を取ることにした。
「……瞳は、俺の大切なパートナーで、彼女です。だから、俺が運ぶ」
そう言って少しかがみ込み、左腕を彼女の背に、そして右手を彼女の膝の後ろに廻して、一気に持ち上げた。
「キャッ!」
いわゆる『お姫様抱っこ』の体制になり、瞳は慌てて両手を俺の首に廻してきた。
「……キターッ!」
「やるぅ!」
先のがレナさんの反応、後のが泪さんの声だった。
思った通り、華奢な瞳の体は、抱きかかえて歩いていけそうだった。
「……このままレジャーシートのところまで俺が運んでいくよ……それでいいか?」
「……う、うん……」
そして俺は、ゆっくり歩き始めた。
泪さんは心配そうにすぐ側で一緒に歩いていたが、レナさんは、岸へちょっと早めに戻って、両手の親指と人差し指で長方形を作って俺たちの様子をのぞき込んでいた。
「……和也君、ありがと……大好き……」
瞳が、俺にだけ聞こえるようにぼそっとつぶやいた。
顔が熱くなるのを感じながら、抱える腕に力を込めて、それに答えたのだった。
――今回の水浴び中のトラブル、及び『お姫様抱っこ』で運ぶ様子は、後日そのまま小説に反映されることとなった。
そして懸念点だった『ヒロインが主人公に対して、明確に恋に陥る瞬間』は、まさにこの抱え上げて運ぶ瞬間だということが決まった。
さらに、その場面のイラストも描かれることになったのだった。
今回の夏休みは、今までとは全然違う。
部活動に入っているわけではない俺は、去年は小説を書いたり、読んだり、お盆休みに家族三人で小旅行に出かけるぐらいだった。
ところが今回は、
1.彼女ができた。
2.その彼女と、共同執筆の小説が全国出版されるため、その準備をする。
3.瞳、泪さん、イラストレーターのレナさんと『取材』と称してあちこち遊びに行くことが決定した。
……という、まあ、いわゆる『リア充』状態だ。
特に最後の『3』に関しては、夏休み初日に無理矢理予定を入れられてしまった。
レナさんが、いきなり
「みんなで、川に泳ぎに行こう!」
と強引に誘ってきたのだ。
なぜ海ではなく川なのか、と疑問に思ったのだが、
「小説の中に出てくる水浴びのシーンを再現したいから」
という言葉を聞いて、納得した。
彼女はイラストレーターで、俺たちの小説の挿絵を書いてくれることになっている。
そのイメージを掴みたいと言われれば、これは納得せざるを得ない……って、まあ、俺としては瞳を含むみんなで、ワイワイと遊びに行くのは楽しみではある。
俺たちの住む町は地方なので、ちょっと車で川上に向かえば、そのまま飲んでも問題無い水質の綺麗な清流がいくつも存在しており、開けた川原では、毎年キャンプに訪れている者も多い。
数日前から水着や水中眼鏡なんかを準備し、当日の朝九時過ぎにはシャワーも済ませてそわそわしながら待っていると、到着を告げる電話が瞳から入った。
外に出てみると、ピカピカのミドルサイズハッチバックが停車していた。
泪さんが運転し、助手席はレナさん。そして後部座席には瞳が乗っていた。
俺の荷物を乗せるためにレナさんが荷室を開けると、そこに満載されたアイテムにちょっと引いてしまった。
ビーチパラソル、ビーチボール、そしてジュースや缶ビール、保冷剤がぎっしり詰まったクーラーボックス。折りたたみのテーブルと椅子、レジャーマット、バーベキューセット。
うん、なかなか本格的に遊びにいくつもりだ……一応、取材っていう口実なんだけど。
成人二人はハイテンションなんだけど、瞳だけがちょっと憂鬱そうな表情。
どうしたのか聞いてみると、
「えっと……まだ秘密。でも、私も楽しみにしてるよ」
という、なんとも意味深な返事。
上半身は白いTシャツだけの彼女、純白の下着がほんの少し透けて見えて、ちょっとドキドキしてしまうのだが……まあ、これは年頃の男だったらだれでもそうなってしまうものだ。
その後、近所のスーパーでバーベキューの食材を買う。
俺以外は全員女性、しかも美人、美少女ばかり。プチハーレム状態だ。
肉や野菜、買い忘れていた焼き肉のタレなんかを買い揃えるのだが、
「あれも要る」
「これも必要」
「ゴハンは持ってきている」
「そんなに食べきれない」
と、ワイワイしながら店内を回るのは楽しかったし、瞳もニコニコしていた。
それから車を一時間半ほど、阿奈津川上流へ向かって走らせると、徐々に道が細くなっていき、建物の数が減っていく。
天気は快晴で、外気温はすでに三十度を超えている。
そんな真夏の田舎道を走るのは、景色も良くて気持ちがいい。
やがて舗装されていない砂利道に出て、揺られながら五分ほど走ると、堤防から川原に降りられる緩やかな坂があって、そこを下ると目的地だった。
白い砂利の川原が幅二十メートル、長さ百メートルほどに渡って広がっている、絶好のキャンプポイントだ。
ただ、自分達の他には誰も居ない。
この日はまだ夏休み初日で、一般企業は営業日だから、家族連れなんかは来られていないんじゃないかな、と泪さんが説明してくれた。
ちなみに、その泪さんは有給休暇を取っているという。レナさんはフリーのイラストレーターだから、あんまり関係無い。
車から外に出ると、強烈な日差しと、うだるような暑さだ。
あと、林である対岸のセミの声が凄まじい。
女性陣は全員、日焼け止めを塗ってきているらしいが、泳ぐのだったらあまり意味がないんじゃないだろうか?
そんな疑問を持ちつつ、唯一男の俺は、荷物の運搬を強要させられる。
レジャーシートやテーブルを設置し、ベースキャンプのような場所ができたところで、
「……じゃあ、先に取材、しちゃおうか!」
とレナさんが上機嫌で宣言した。
「えっと……取材って、何するんですか?」
そう尋ねると、彼女は
「言っておいたでしょう? 小説の中で、主人公とヒロインが裸になって水浴びするシーンを再現したいって」
と答えた。
「……あ、そうですね。でも、まさかホントに裸ってワケじゃないでしょう?」
「そりゃそうよ。いくらなんでも、そんなの強要したら犯罪になっちゃうからね……二人とも水着になって!」
レナさんも泪さんも、ニコニコしながらそう話しかけてきた。
実は、俺はそんな話を聞いていたので事前にサーフパンツを履いてきていた。そのことを告げると、
「あら、準備がいいのね。瞳と一緒」
と、泪さんはさらに笑顔を深めてそう言った。
「えっ……ひょっとして瞳、水着着込んでいるのか?」
その問いに、美少女は顔を桜色に染めて、小さく頷いた。
……トクン、と鼓動が跳ね上がる。
さっき、Tシャツの下の白い下着が透けて見える、と思ったのだが、実は、あれはビキニだった……いや、下着にしか見えない。
「……お姉ちゃんが、結構大胆な水着買ってきちゃってて……恥ずかしいって言ったんだけど、逆に恥ずかしがらないと、『裸で背を向け合って水浴びする』シーンの再現ができないっていわれて……」
「そう、その通り。主人公のタクが照れて、ヒロインのユウが恥ずかしがる。そういう表情も参考にしたかったから。ちょっと大人しい瞳には大胆な水着だから、和也君は見ないようにしてあげてね!」
泪さんの笑みは、完全に俺たちの動揺を楽しんでいるかのようなものだった。
レナさんも同じだ。
えっと、これって……でも、従わないといけないんだよな?
その後、俺はアイマスクをされ、美女二人に手を引かれて連れて行かれる。
冷たい水の中に入った感触はあるが、流れは緩やかで、足を取られることはない。
丸い石がごろごろと足の裏に当たるが、痛いと感じるほどではなかった。
やがて、膝まで水に浸かるぐらいの場所で手を離され、そのまま待機と言われた……真っ暗で何も見えず、このまま置いて帰られないか、ちょっと不安な状況だ。
しかし、女性陣のキャッキャ、ウフフという声は聞こえるから大丈夫だろう。
五分ぐらいだろうか……俺に取っては凄く長い時間だったが、待っていると人が近づいて来る気配を感じた。
「……和也君、絶対に後、見ちゃダメだからね……」
瞳の声だった。
そう言うということは……今、彼女は下着にしか見えない、白いビキニ姿のはずだ。
「ああ、分かっているよ」
冷静にそう言ったものの、心臓は早鐘を打っていた。
「はい、じゃあ、和也君、アイマスク取っていいよ。ただし、振り返っちゃダメだからね! あ、こっちは見ていいよ!」
レナさんのその声に安堵して、そっとアイマスクを取って、声がしている方向を向いてみると……累算は黒を基調としたバンドゥビキニに、レナさんはピンクの、派手で且つ露出度の高いビキニ姿になっており、さらに俺の頭に血が上るのが分かった。
「……絶対こっち、見ちゃダメだからね……」
すぐ背後から、また声が聞こえた……瞳が、居る。
イラストレーターであるレナさんの指示に従い、瞳はパシャパシャと水を自分にかけていて、そのしぶきが時折俺の方にまで飛んできた。
後ろを振り返りたい欲求はあるが、黒い水着の女性は背後の少女の姉であり、しっかりと見張られている。その視線がなかったとしても、俺は彼女との約束を破ることなどできないのだが……。
「うん、じゃあ、今度は太陽の光を全身に浴びるように、大きくのけぞってみて!」
ハイテンションのイラストレーターから、また無茶ぶりが少女に向かって飛ぶ。
「あ、はいっ! ……うん、これも芸術のため、ラノベのため……」
彼女の、決意のつぶやきが聞こえ、また鼓動が高鳴った。
今、すぐ後ろで、どうしようもない程に好きになってしまった女の子が、裸に近い姿でのけぞっている……。
と、次の瞬間、
「キャッ!」
と、短く、しかし鋭い悲鳴が聞こえ、思わず後ろを振り向いてしまった。
一瞬遅れて、その少女は、前のめりに俺の方へと倒れ込んできた。
反射的に、その体を抱き締める。
俺ごと後に倒れそうになったが、何とか踏みとどまった。
「あ……」
――その少女は、俺に抱きついていた。
思わぬ展開にプチパニックになった俺だが、すぐに冷静さを取り戻し、二、三秒おいて、彼女を気遣って
「大丈夫か……」
と、少し体を離そうとしたのだが、
「だめ、見ちゃダメ!」
と、また抱きついてきた。
少女の、意外と膨らみのある柔らかな感触が、俺の腕の中に伝わってきて、かっと顔が熱くなるのを感じた。
どうやら彼女は、こうやって体がくっついていることより、今の姿を間近で見られることの方が恥ずかしいようだった。
その大胆な行動と、あまりの愛おしさに、俺は少し、彼女を抱き締める手に力を入れてしまった。
「……ありがと……」
彼女の方からの、俺に抱きつく力も強くなるのが分かり、思いもかけぬこの展開に、今までの人生でも覚えがないぐらいの幸せを感じた。
「瞳、大丈夫?」
彼女の姉である泪さんが、次にレナさんがバシャバシャと慌てた様子で駆けつけて来る。
「……足、ひねっちゃったみたい……」
俺にかきついたまま、辛そうに彼女は話した。
「ほら、これ着て……和也君は向こう向いててね」
泪さんが、持ってきた瞳のTシャツを渡していた。
彼女は、両側を二人の女性に支えられながら、それを受け取って着ているようだった。
俺は顔を逸らしている……なぜか、それが疎外感というか、除け者にされているような気がした。
「どうする、瞳。肩貸してあげるけど……歩ける?」
泪さんが心配そうに尋ねる。
「……平らなところだったら大丈夫かもしれないけど、下、石だし、ちょっと流れもあるから……」
瞳の声は、辛そうだった。
「和也君、もうこっち向いていいよ……どうしたらいいと思う?」
泪さんも困っている。
――例えば、自分が小説の中の主人公『タク』ならば、パートナーの『ユウ』が水浴びの最中にこうなったら、どのような行動を取るだろうか……。
そして俺は、浮かんできたある行動を取ることにした。
「……瞳は、俺の大切なパートナーで、彼女です。だから、俺が運ぶ」
そう言って少しかがみ込み、左腕を彼女の背に、そして右手を彼女の膝の後ろに廻して、一気に持ち上げた。
「キャッ!」
いわゆる『お姫様抱っこ』の体制になり、瞳は慌てて両手を俺の首に廻してきた。
「……キターッ!」
「やるぅ!」
先のがレナさんの反応、後のが泪さんの声だった。
思った通り、華奢な瞳の体は、抱きかかえて歩いていけそうだった。
「……このままレジャーシートのところまで俺が運んでいくよ……それでいいか?」
「……う、うん……」
そして俺は、ゆっくり歩き始めた。
泪さんは心配そうにすぐ側で一緒に歩いていたが、レナさんは、岸へちょっと早めに戻って、両手の親指と人差し指で長方形を作って俺たちの様子をのぞき込んでいた。
「……和也君、ありがと……大好き……」
瞳が、俺にだけ聞こえるようにぼそっとつぶやいた。
顔が熱くなるのを感じながら、抱える腕に力を込めて、それに答えたのだった。
――今回の水浴び中のトラブル、及び『お姫様抱っこ』で運ぶ様子は、後日そのまま小説に反映されることとなった。
そして懸念点だった『ヒロインが主人公に対して、明確に恋に陥る瞬間』は、まさにこの抱え上げて運ぶ瞬間だということが決まった。
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