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第49話 呪怨の黒杖

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 鎧の真竜Armored true dragon を倒した後、大広間を探索した結果、ラインが見えていたこともあり、すぐに隠し通路を発見することができた。

 アクトが罠が仕掛けられていないことを確認し、慎重に開く。
 その後、少しかがんで一人ずつやっと通れる程の通路を、アクトを先頭に、慎重に歩いて行く。

 そして最後の扉を開くと、そこはやはり石造りの、縦横二十五メルほどの広間だった。
 その奥には、台座が三つ用意されている。

 アクトが一歩踏み出すと、この広間全体が、淡い青色の光を放ち始めた。
 何とも言えぬ神秘的な雰囲気を感じながら、俺達もアクトの後に続く。
 三台の台座は、左右が同じ大きさで、中央のものがやや小さい。

 それぞれの台の上には、なにか物体が浮いていた。
 そして一番左側のそれに、アクトから伸びたラインが直結していた。

「……なに、何の魔法? 浮いているなんて……」

 ユナも驚いている。

「……今さっき、浮いたのか、あるいは二百年にわたって浮き続けていたのか……その真相はともかく、問題は素直に入手できるかどうかだな……」

 アクトの表情は真剣だ。

「それって、どういうこと?」
「下手に触れると、怪我をする恐れがある……この迷宮の扉を開くことのできた俺なら大丈夫だと思うが……」

 アクトの言葉を聞いて、それが『王の血族』という条件であることを、なんとなく把握した。
 彼は台座に近づき、ゆっくりと手を伸ばした。
 そして、一本の白い棒に触れ、掴み、それをゆっくりと引っ張って自分の手中に収めることに成功した。

「……これがおそらく、『解呪かいじゅ白杖はくじょう』だ……」

 杖、というから、足腰の弱った老人がつく長い棒をイメージしていたのだが、そうではなく、指揮棒程度の短い杖だった。
 アクトは、シンプルながら純白の、美しいその杖に見入っていた。

 と、ここでアクトとその杖を結んでいた『運命フォーチューンライン』は消失し、その代わりに、ジルさんと同じく、迷宮の出口を目指した新しい糸《ライン》へと変化していた。

 俺はその事を皆に告げ、ラインの役目が、「理想の結婚相手への導き」という本来の姿へと変化したのだろう、と伝えた。

 これで、ソフィア王女の呪いを解く手段は取得した。
 しかし、もう片方の杖についてどうするか、決める必要があった。
 アクトは、右の台座にも近づいた。

「……なんて禍々しい杖だ……おぞましい『負の力』というか……そういうものを感じてしまう……」

 彼は呻くように呟いた。
 確かに、その一角だけ黒いオーラがただよっているようなイメージで、近寄るだけで背筋に寒気が走るのを感じた。

「……その杖……おそらく『呪怨じゅおん黒杖こくじょう』は、ソフィア姫を助けるために必要なものではないはず……置いて帰っても良いのでは?」

 という俺の提案に対し、彼は、

「いや……ここに至るまでの隠し通路は暴いてしまっているし、ガーディアンも全て倒してしまった。王族の血を濃く引く者は、俺だけではない……」

「だったら、いっそ破壊してしまえばいいのではないでしょうか?」

 ジル先生が、以外と大胆な提案をした。

「いや、ちょっと待った! 『呪怨じゅおん黒杖こくじょう』と『解呪かいじゅ白杖はくじょう』は、元々ひと揃いの武器でしょう? 黒杖の方を破壊してしまうと、白杖も使えなくなる、なんてこと、ないでしょうか」

 俺はジル先生にそう待ったをかけた。

「……なるほど、ないとは言えないな……対でないと使用できない可能性もある。ならば、どのみち黒杖もセントラル・バナンの王城に持ち帰らねばならない……その前に、こいつも持っておいた方がいいようだな……」

 アクトは、獲物を狙う肉食獣のような鋭い眼差しで、ある物体を見つめた。
 それは、中央の台座の上に浮いていたもの……二本の杖用のホルスターだった。

 二つで一セットのこの道具を、アクトは黒杖より先に入手した。
 その後、彼は黒杖を手にして、すぐにホルスターに収めた。
 途端に、先程までのなんとも嫌な気配は消失した。

 これで、二百年に渡って隠し続けられてきた国宝級のアイテムは無事、アクトの手に渡った。
 あとは、白杖の力でソフィア姫を呪いの眠りから覚まさせるだけだ。

 そのためには、杖が使えるアクトが、セントラル・バナンを訪問……いや、『帰還』する必要があった。
 彼はこの迷宮に挑む、と決めたときから、もしこれを入手できたならそうするつもりだったと言ってくれた。

 呪いの解除と、王女の理想の結婚相手を連れてくるという二つの使命を無事、果たせると言葉に出すと、

「二つ目は確定じゃないぞ」

 と、アクトから注意されてしまった。

 ともかく、これでヤマは越えた。
 全員、和気藹々と (ミリアだけは相変わらずの表情だが)、

「厳しい場面もあったけど、やっと帰れる」

 と明るく話しながら、ラインの導きに従って迷宮を戻っていく。
 来た道を帰るだけだ、来る時よりずっと早い。
 それでも一時間以上かけて、ようやく迷宮の入り口まで戻ることができた。
 外はもう、昼すぎのはずだ。

「……迷宮から出たら、食事にしよう……携帯食しかないけどな……」

 アクトはちょっとうんざりしたように話したが、それはまあ仕方がない。
 一旦腹ごしらえをしてから、ゆっくりと帰ればいい……そんな雑談をしている中、アクトは出口の重い扉に、来たときと同様に呪文を唱えた。

 扉はゆっくりと開いていき……ぞくん、と鳥肌が立った!

「……外から強力な魔力反応! 全員、身構えて!」

 ユナがそう叫んだ次の瞬間、扉が吹き飛んだかのような強烈な衝撃を受け、俺達は後方に弾かれてしまった。

「……敵襲! みんな、剣を抜いて!」

 完全に開かれた扉から、十人以上もの黒衣の人間が、一斉になだれ込んできた!

「アクト、大丈夫か!?」

 俺は大声で怒鳴った。このパーティーで現在一番大事なのは、白杖を持つ彼だ。

「……ああ、それより目の前の相手に集中しろ!」

 確かに、人のことを構っている余裕はなさそうだ。
 剣術の苦手な俺と、ジル先生、ミウの護衛を、ユナ、アクト、ユアンがそれぞれ受け持つ。

 壁を背にして戦うため、回り込まれることはないが、逆に逃げ場がない。
 乗り込んで来た黒衣の戦士達は、それぞれ剣の腕が、おそらく上級に相当する。

 あっという間に劣勢に立たされた俺達だが、空中浮遊・自動回避をフルに使用しているミリアが、麻痺呪文をピンポイントで三人ほどに当て、数の不利を減らしてくれる。

 しかし、ミリアは動きの速い小さな敵、かつ味方も入り乱れた混戦状態では魔法を当てるのが苦手なようで、それ以上数が減っていかない。

 そして、それは起きた。

 黒衣の人間達のうち、後方に控えていた槍使い……おそらく騎士が、不気味な黒い刃の槍で、ミドルレンジから直接俺を攻撃してきたのだ!

「危ないっ!」

 ユナが、反射的に俺を突きとばした……鈍い音がして、俺は倒れ込んだ。

「……つっ!」

 そして顔を上げ、その状況に、背筋が凍るような思いだった。
 騎士の槍が、ユナの太ももを貫いていたのだ!

「う……うああぁ、ユナ、ユナっ!」

 思わず取り乱してしまう。

 男は槍を強引に引き抜くと、トドメを刺すべく、そのままユナの胴体に向って突き出そうとした……が、ここで突然、衝撃を受けたようにのけぞった男は、その場に倒れた。

 ミリアの、麻痺呪文が直撃したのだ。
 しかし、俺達の数的不利は変わらない。

 絶望的なこの状況で、アクトは剣を目の前の男に投げつけ、代わりの何かを取り出し、振り下ろした。

 次の瞬間、目の前の男は、石になった。

 黒衣の男達が、目を見開いて一瞬、怯んだ。
 その隙を逃さず、アクトは最凶・最悪の兵器、『呪怨じゅおん黒杖こくじょう』を連続で振り下ろす。

 そのたびに、防御も何も関係無く、次々と石像が増えていく。
 そのおぞましい光景に恐れを成した男達は、我先にと逃げだそうとしたが、二秒かからず、計九体もの石像となった。

 残りの四人は、ミリアの麻痺呪文により、その場で悶絶している。

「ユナ、ユナッ!」

 俺は叫びながら、彼女の側に駆け寄った。
 ジル先生、そしてアクト、他のメンバーも集まる。
 出血はそれほど酷くないが、槍がまともに刺さっていたのだ、相当重症のはずだ。

「ユナさん、安心してください、今すぐ止血と鎮痛をかけますっ!」

 治癒はジル先生の専門だ、ここは任せるしかない。

「……変なの……痛くないの……」

「……痛く……ない?」

 その言葉は、奇異に聞こえた。
 あれだけ刃が根本まで刺さっていて、痛くないわけがない……。

「……失礼しますっ!」

 ジル先生はそう断りを入れると、彼女のベルトを緩め、厚手のズボンをずらした。
 黒いアンダースコート、次いで太ももが現れて、ユアンは目を逸らしたが、俺はそれを構う余裕はなかった。

「……なんということだ……傷口が壊死して……」

 そこまで言って、ジル先生は絶句した。
 俺も、その太ももを見て戦慄した。

 脛から太もも全体にわたって、どす黒く変色し、とくに槍が突き刺さった辺りの傷口は、溶け始めていたのだ!

 ジル先生は大急ぎで、解毒魔法を連発するが、一向に効果が現れない。

「……ククッ……ヒャッハッハッ……その女は、もう終わりだ……絶対に死ぬ……」

 槍使いが、ろくに身動きできないはずだが、こちらを見てあざけるようにそう言い放った。
 アクトがその男に飛びかかり、馬乗りになって首元に短剣を突きつけた。

「解毒剤を出せっ! 今すぐだ!」

「……そんなもの、この毒にはありはしない……俺達が新規に開発した最強の毒だ……体内に入り、発症した以上、どんな解毒魔法だって効きやしない……一分ともたず、そいつは死ぬんだよっ!」

「でたらめを言うなっ! 早く解毒剤を出せっ!」

 アクトが声を荒げるが……。

「……だめなの、アクト……指輪、光らないの……」

 ユナが、涙声でそう言った。

 ぞくん、と鳥肌が立つ。
 その男は、嘘を言っていない……絶対に死ぬ、という言葉は、嘘ではない……。

 もう一度、男は高笑いをして……他の麻痺している三人も、つられるように笑い出した。
 アクトは逆上し、全員を石に変えて、ユナの元に駆け寄った。

「右足を切断するっ!」

 彼が言い放った恐ろしい言葉に、俺は血の気が引く思いがした。
 しかし、次のジル先生の言葉は、さらに絶望的なものだった。

「……もう遅い……下腹部にまで広がっています……」

 ジル先生がまくり上げたシャツの下も、黒く変色し始めていた。

「ユナ、ユナッ……」

 俺は、ユナの手を取り、彼女の名前を呼び続ける。

「先生……ジル先生っ! もっと、もっと解毒魔法をっ! 回復魔法をっ!」

 乞うように、何度も何度も懇願したが……先生は、下を向き、沈痛な表情で首を左右に振った。
 目の前が、真っ暗になる思いだった。
 ユナが、死ぬ……助からない……。

「……う……うわあ、ユナ、ユナッ!」

 みっともなく、泣き喚くように、俺は彼女の手を握り、名前を呼び続けるしかない。
 見る間に、彼女の顔が青ざめていく。

「……タク……怖い……怖いよ……」

 ユナはそう言って、一筋の涙を流した。
 俺の手を握る力が、徐々に弱まっていく……。

「ユナ、死ぬな……頼む、死なないでくれ……神様、助けてくれっ!」

 俺は、悲痛な叫びを上げた。

 ――突然、彼女の体が、冷たく、堅くなった。

 えっと思い、もう一度、その体を見つめた。

 ――ユナは、石になっていた。

 顔を上げると、アクトが、黒杖を振り下ろした体勢になっていた。

「……何を……一体、何を……」

 俺は、その行動の意味がわからず、呆然としてしまった。

「彼女の……ユナの、『時』を止めた。この黒杖で石になった者の肉体は、その時の状態のまま維持される……何日、何ヶ月、何年でも。そして、この白杖で、いつでも復活させられる……だが、今そうしても、死ぬだけだ……だが、何らかの回復手段を見つけられたなら、彼女は助かる。助かるはずなんだ!」

 それは、アクトが仕掛けた、ユナを助ける為の、唯一の賭けだった。
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