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第60話 治癒能力者(ヒーラー)と幻惑魔法使用者(ジャマー)

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 冒険者が想像もしていなかった危機に陥ることは、それが冒険である以上、よくあることだ。

 例えば、下位種族の地竜しかいないと思って向かってみれば、伝説級の上位古代種である真竜に襲われたり。

 あるいは、未踏破の迷宮を攻略し、安心して外に出たところを、待ち伏せしていた十数人もの黒ずくめの男達に襲撃されたり。

 その日のウィン、クラーラを含むパーティーも、そんな状況だったに違いない。

 古都キエント東方の島同士を繋ぐ古代の巨大地下通路を探索していたときのことだ。
 複雑に入り組んではいるものの、すでに踏破済みであり、目新しいものはないはずなのだが、最近になってこの地下通路で行方不明者が出ているとの噂が流れ、ウィン達はその調査を依頼されたのだ。

 確かに、通路内にはこれまで見られなかった数体の妖魔が出現していたし、所々濃い妖気が漂っていた場所もあったものの、上級ハンターが揃う彼等のパーティーにかかれば、さして危険でもない探索であり、特に行方不明者が出るような要素は見つけられないでいた。

 念のため、さらに下方に通じるハシゴを下りて、最下層を歩いていたときのことだ。
 突然、目の前にそれは現れた。

 図体は、それほど大きくはない……せいぜい、人間の背丈の三割増しぐらいだ。
 しかし、その魔神級の化け物の圧倒的な妖気に、全員、凍り付いたように動けなかったという。

 なぜ、これほどの化け物がこの地下通路に……。
 そう思った次の瞬間、何かが一閃した。

 ウィンは、腹部に激痛を覚えて、その場に倒れ込んだという。
 ほぼ反射的に、応急の止血、鎮痛の魔法を自身に使用する。

 彼は、何かハプニングがあった時は、絶対に自分の身を最優先で考えるようにメンバーから言われていた。そんな緊急事態で治癒術師が死んでしまえば、それはパーティー全滅に等しいからだ。

 そうして、かろうじて顔を上げたときの光景は、一生忘れられないという。

 前方の四人は、上半身と下半身が綺麗に別れて、床面に転がっていた。
 後衛である自分は腹を割かれ、その傷口は内臓にまで達していた。
 そしてすぐ隣のクラーラは、胸部に攻撃を受け、血を吐いていた。

 おそらく、両肺にまで傷が達していたことだろう。
 しかし、その血を吐く動作までもが、徐々に弱々しくなっていく。

 ウィンは、なんとかもがきながら彼女の元に近づこうとしたが、自身も激しい出血のため、まともに力が入らない。
 完全止血や、増血の上位魔法も使用したものの、回復するまでにはまだ時間がかかりそうだ。

 なんとしても、クラーラを助けなければ……そんな思いだけで、彼は這うように進んでいたのだという。

 それを見た化け物は、そのまま後を向いて立ち去った。
 相手が、自分達に情けをかけてくれたわけではない。
 トドメを刺す必要がない、と認識したのだ。
 むしろ、この場合は苦しまずに殺される方が情けをかけられたパターンだったかもしれない。

 ウィンは、自分自身はなんとか高度治癒魔法を幾重にもかけることにより生還できると考えた。
 それよりも、恋人であるクラーラの方が深刻な状況……ほぼ、死んでいた。

 彼は迷わず、彼女に対して『究極完全回復魔法アルティメイト・ヒーリング』を使用した。
 すぐに意識が正常に戻ったクラーラだったが、最初はきょとんとしていたという。

 しかし、周囲の惨状、加えて彼から『究極完全回復魔法』について聞かされていた彼女は、瀕死の重傷を負っていたはずの自分に傷一つ付いていない理由を察知した。

 そしてその彼が大怪我を負っていることを把握して、まずは隠匿ハインディングの魔法を使用、周囲から隠れた状態で、彼女も基礎回復魔法で手助けして、彼の回復を待ったという。

 ウィンは、通常  (といっても、他の治癒術師からすれば最上級)の回復魔法を自分に使い続け、ほぼ魔力を空にしながら、なんとか歩けるまでに回復した。

 そして二人は、この迷宮からの脱出だけを考えて、ふらつきながらも歩き出した。
 もう一度、あの魔神級の化け物に見つかればおしまいだ。

 幸いな事に、クラーラの幻惑魔法は、逃走時に役に立つ魔法だった。
『究極完全回復魔法』が、彼女の魔力をも全回復させていたのは僥倖ぎょうこうだった。

 こうして、命からがら古代地下通路を脱出したウィンとクラーラは、この情報を冒険者ギルドへと伝えた。

 そしてこの地下通路には、大量の土砂が流し込まれ、厳重に封鎖された。
 今に至るまで、その二つの島の往来は、船で行われているということだ。
 その後、ウィンが完全に回復するまで、さらに二週間かかったという。

 その間、クラーラは献身的に彼を看護した。
 そしてほぼ完治したのを見たとき、彼女はこう言った。

「これでまた、冒険に出られるね」

 ……あんな酷い目に遭い、四人も仲間が死んだのに、彼女はまた旅に出たいと言っている。
 その事実に、ウィンは驚き、戸惑った。

 彼にとって、仲間が複数命を落とす事故は、今回が二度目だった。
 仲間が死に、助けるはずの治癒能力者ヒーラーである自分が生きていた……その事に負い目を感じ、さすがにもう、精神的に追い込まれていたのだ。

 その愕然とした表情を見たクラーラは、

「ごめん、今の、忘れて。体を休めて、完全に治す事だけを考えて……」

 冒険になど出ずとも、収入と称賛を得られる治癒能力者ヒーラーと、戦いの中でしか生きていく術のない幻惑魔法使用者ジャマーとの、根本的な考え方の違いが出た瞬間だった。

 そして数日後、彼女はウィンの前から忽然と姿を消した。
 彼が完全に回復したのを見届けた、その翌日だった。
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