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第4章 一年生~呪いと約束編~

46 わたしと生徒会

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 授業期間が始まって、一週目も終わりが近づいていた。
 ティファニアは実力テストで免除される授業の間は図書館に行き、マナー講習やダンスレッスンの授業の実技科目の時間は参加したりとゆったりとした時間を過ごしていた。
 相変わらずユリウスは教室には姿を現さなかった。ミルシェの情報によるとどうやらユリウスは騎士科を選択したらしく、その授業には顔を出している時もあるそうだがほとんど噂を聞かないほど姿を見たものはいないらしい。

 そんな週の最終日、ティファニアに招待状が届いた。放課後と時間が指定されたそれは生徒会からだった。

「おめでとう! これでティーも生徒会の一員だね!」

 ジルヴェスターが自分のことのように喜んだ。
 最近はシャルル、ミルシェ、そしてジルヴェスターと昼食をとることが習慣化されつつある。友達と食べなくていいかと聞いたのだが、学生時代の今しかないから妹たちを独り占めしたいそうだ。昨日はユフィシアと一階で食事を取っていた。そのうち悔しがったハルトヴィヒに学内で闇討ちされそうな気もするが、それは黙っておくのが吉であろう。

「ありがとう、ジル兄様」
「さすがティファさんとシャルルさんですわ。生徒会は成績上位者の中でも上位一位から三位までしか呼びかけられないそうですよ」
「呼びかけるってことは、断ることも可能なのかしら?」
「ええ、過去にも勉学を優先させたいからと言って断った生徒がいたそうですわ」

 へぇ、とティファニアは頷いた。
 それにしても珍しい。生徒会は顔繋ぎとして絶好の場所だ。成績上位者は基本的に身分が高い生徒が多い傾向がある。彼らと学年を超えて交流できるのだから将来のためにも入らない手はないだろう。
 その話を聞いて、シャルルが思い出したように口を開いた。

「その話、僕も聞いたよ。確か父上から」
「アルベルトおじさまから?」
「ああ、生徒会になんか入ったら将来的に中央で働かせられそうだからって直接当時学生だったイェレミアス様に断ったのが真実なんだ」
「陛下に?」
「それでも今では父上を含めて腐れ縁らしいけど」

 ん? とその物言いにティファニアは聞き覚えがあった。確か昔―――

「それって、お父様のこと?」
「まあ、ティファさんご存じなかったのですか? ウルタリア侯爵様関連のことは有名な話だと思っていたのですが」

 どうやら本当にラティスだったらしい。シャルルはティファニアが知らないことを知っていてそんなものいいをしたみたいだ。ユリウスのことやこの間のジルヴェスターのこと、そして今回のラティスのこと、最近シャルルは言ってくれないことが多い。とはいえ、ティファニアもユフィシアのことなどいっていないことが多すぎるので人のことは言えない。
 それにしてもラティスは今の今まで色々と語り継がれているなんてなにをしたのだろうか。ラティスのことならばなんでも知りたい。思えば聞こうと思ってまだアリッサに聞いていなかった。今晩にでも訊ねてみようと思う。

「ティーは断らないでしょ?」

 ジルヴェスターが尋ねる。確かに面倒だからと断ってもいいが、生徒会にはユリウスもいるはずだし来年はティリアも入ってくるはずだ。断る理由がない。

「もちろん! シャルルさんもいるもの」



 他愛もない話を終えて、ジルヴェスターと別れるとティファニアたちは教室に戻った。次はダンスレッスンだ。ティファニアとシャルルも参加必須である。
 廊下を通ると、雪組から声がした。耳にキンキンと響くそれはエドウィージュのもので間違いないだろう。シャルルが顔を顰めていた。

「―――相変わらず、耳障りだね」

 小声とはいえ公の場にいるシャルルにしては随分な言い方だ。よっぽどエドウィージュを不快に思っているらしい。
 ジルヴェスターからはもう前期課程プリウムの生徒会には伝えてあると聞いている。あとは学園が下す処分を待つのみらしい。エドウィージュの性格的に騒ぎ立てるだろうからこの件は内密に進められているそうだ。

「あらぁっ!」

 せっかく雪組を通り過ぎたというのに、後ろから高い声が聞こえて寒気がした。どうやったらここまで不快にさせる要素を詰め込めるのかと思うくらい悪寒がした。もう教室は目の前だ。ここは通り過ぎるに越したことはない。すっと教室に入ろうとするが、そんなこと許してくれるわけなかった。

「わたくしを無視するというの!? 待ちなさい!!」

 怒鳴られて、腕をつかまれそうになる。シャルルが背中で庇ってくれたおかげで接触はされなかったが、それでも詰め寄られて顔を顰めてしまう。エドウィージュは同年代では背が高いうえに学生服に合いもしない派手なハイヒールを履いている。風紀にあった靴であれば任意で選べるとはいえ、真っ赤なハイヒールを学園に履いてくるとは校則を作った人も考えてもみなかったのだろう。だがそのざっくりとした校則のせいで今のエドウィージュはシャルルよりも高く、ティファニアとは頭一つ分差がある。威圧感がないわけがない。
 自分がしようとしたことを遮られたからだろう。濃いメイクが施された端正な顔の真っ赤なルージュが酷く歪む。

「邪魔をしないでくださる? わたくしはジュリアン様の婚約者候補なのよ?」
「その婚約者候補としての役目も果たせていない人が何を言いますか」

 こうも強く言い返せるのはシャルルだからだ。自分よりも背の高い女性を見上げながら睨んでいる。負けじとエドウィージュもシャルルに鋭い視線を返した。

「貴方に言われたくないわ。主の管理もできないなんてね?」
「主の管理? そんな王族を私物化したような発言はいかがかと思いますが。―――ああ、ご自分の立場を未だに理解していらっしゃらないのですか?」
「立場? わたくしが未来の王妃だということが揺ぎ無い事実だわ。貴方こそわたくしに尻尾でも振ってみたら? それとも、―――その呪われた汚物に塗れたせいで先も見えなくなったのかしら?」
「お前らがっ―――」

 汚物とはひどい言われようだった。もしティファニアもシャルルがこんな風に言われたら怒る自信がある。けれど自分のせいでシャルルの評判を落としたくない。声を荒げてはダメだ。咄嗟に腕をつかんで止めた。
 しかし自分がどういわれようが構わないが、シャルルの目が曇っているとはどういう意味だろうか。
 アリッサが学園に入る前に嫌味を言われた時の秘訣をみっちりと伝授してくれた。それは穏便に済ませたいときや周りに同意を求めるとき、そして相手をイラつかせるときなどだ。今回の場合は、相手を黙らせるときである。
 ティファニアはにっこりと綺麗に笑った。周りで野次馬をしていた生徒の幾人かはそれで頬を染める。

「どうやらエドウィージュさんはお言葉の理解力が乏しい様子ですね」
「……は?」

 ずっと黙っていたティファニアが口を開いたことでエドウィージュも反応が遅れたようだ。

「エドウィージュさんは婚約者候補とおっしゃったでしょう? 候補の意味が分かっておいでで?」
「わたくしは…っ」
「ああ、分かっていておっしゃっていたのですね? でも使い方が分からなかったとはお可哀そうに」
「うるさ…っ」
「エドウィージュさんともう一人の方を比べたらどちらが未来の王妃に近いか一目瞭然ですのに、貴女こそ先見の明がないのではなくて?」
「だま…っ」
「黙りません! 大切な人を侮辱されて黙る馬鹿にはなりたくありません!」

 反論は全て封殺して言い切った。語気の強い言い方にエドウィージュ自身が口を噤んでしまった。

「学園は平等なんだ」

 ぽつりと誰かが言った。ここは廊下で一目がある。エドウィージュが制している雪組ではない。それは誰のものだったかわからないが、その言葉でエドウィージュは周りの目線にやっと気づいたようだった。自分が白い目で見られていることも。

「な、なによ! わたくしはシャネスタ公爵家の娘なのよ!!」

 流石に大人数には怯むようだった。自身を正当化するように叫ぶ。そして高いヒールを鳴らしてその場を去っていった。それはあまりにもみっともない姿だった。
 思えばゲームの中でのエドウィージュの退場も早かった。彼女はジュリアンルートにおいての悪役令嬢だというのに、その後に出てくるティファニアのほうが陰険で悪辣でよっぽど怖かった。それもこれも彼女の性格が原因なのだろう。貴族社会で生きていくには彼女は浅慮が過ぎる。

「ティー、ごめん。ティーが悪く言われてるのを聞いたらカッとしちゃって…」

 エドウィージュが見えなくなったころ、シャルルが小さく呟いた。野次馬の人たちはエドウィージュが去ってからすぐに解散していてきっと愛称で呼んでいることに気づいていないだろう。ティファニアもそれに乗じて小さな声で応えた。

「大丈夫だよ、シャル」

 ―――しかし周りの人たちは聞いていなくてもミルシェはばっちり聞いていたようだ。むふふふ、と零れた笑みが見てしまったと物語っている。

「ミ、ミルシェさん!?」
「いいんですのよ、ティファさん! だって大切な人ですものね?」
「えっ!?」
「大丈夫ですのよ、薄々気づいておりました」
「そ、そういうのじゃないから!」
「お二人の関係は内密にしておきます!」

 違うって! と真っ赤で返した言葉はミルシェには届かなかった。






 放課後、ティファニアはシャルルとともに生徒会室へと向かっていた。
 あの後結局ミルシェの誤解は何を言っても解けなかった。シャルルとは家族であって恋とかそういうのは全く関係ないというのに。

「勘違いさせておけばいいのに」
「ミルシェさんのこと?」
「うん、お互い婚約者を作る気ないんだから今はそれが楽でしょう?」
「………うん」

 そんな会話をしていると、すぐに生徒会室についた。本校舎の最上階にそれはあった。ノックをすると、中へと歓迎される。

「いらっしゃい」

 出迎えてくれたのは一人の男子生徒だった。ティファニアにはその人に見覚えがあった。
 席を勧めてくれたのは奥に座っていたジュリアンだった。他の席には三年生の生徒会メンバーも座っている。一番真ん中に座っている生徒がきっと前期課程プリウムの生徒会長であろう。
 腰を落ち着けると、その人が口を開いた。

「ようこそ生徒会へ! いやぁ、毎年毎年来てくれるかドキドキするね! ユリウス様はいらっしゃらないみたいだけどティファニアちゃんとルイビシス君が来てくれて助かったよ~! あ、ティファニアちゃんは紅一点だけど気にせず寛いでね!!」

 突然の情報量にティファニアの頭がボイコットを起こしそうだった。
 彼の名前はイザーク・ベント。三年生でベント侯爵家の長男だ。彼の妹とティファニアが交流があるため、何度か会ったことがあるのだが毎度毎度舌を捲し立てる速度には驚かされる。それよりも彼が生徒会に入っているとは知っていたが、生徒会長であったなど初耳だ。

「ベント先輩、お久しぶりです」
「久しぶり~。妹は元気かって? 相変わらず元気にしてるよ! 俺ももう半月会ってないけどね! それよりもイザークでいいよ! 俺とティファニアちゃんの仲じゃないか!」
「うふふ、ありがとうございます、ベント先輩」

 正直に言うとティファニアはこの先輩が苦手だった。彼の妹とは良い関係が築けているが、彼自身とはどうも合わない。イザークが話し始めたら終わらないからだ。今も会話の切れ目を狙って生徒会の内容について聞いてみる。すると、先ほど部屋に入れてくれた男子生徒が資料を渡してくれた。それを基にジュリアンが説明を始めてくれた。
 生徒会の仕事はティファニアが思っていたよりも多くはなかった。
 二月に一度のお茶会と狩り、年に三回のパーティーの企画。ほかにも前期課程プリウムの生徒の要望を叶えたり、問題を解決したりするだけだ。それに加えてパーティーは全学年で行われるので、後期課程デンプスの生徒会と合同だ。予算などの細々とした書類仕事があるだけで、イベント事の直前以外はそう忙しくなることはないらしい。
 説明を終えると、ジュリアンはこりと笑った。

「業務内容は以上です。週に一度は集まる機会を設けますが、それ以外で生徒会室に来るのは任意です。クリストハルトなどはよくくつろぎに来ているので自由に使ってくださって構いませんよ」
「やめてください、ジュリアン様」

 そう言って苦笑いで返したのは資料を渡してくれた男子生徒――クリストハルトだ。
 ティファニアは彼を知っている。もちろん初対面ではあるが、情報では知っているのだ。つまりは攻略対象者の一人である。しかしティファニアとの接点はほとんどなく、クリストハルトルートではどちらかというと彼の姉のほうが悪役令嬢らしいことをしている。もちろんティファニアも出てくるが、他のルートほど強烈ではない。
 クリストハルトとは実は初対面である。初めましてと挨拶をするとジュリアンは驚いたようだった。

「ウルタリア嬢はクリストハルトと会ったことがなかったのですね」
「ええ、わたくし、小さい頃は体が弱かったので、あまり外に出ることがなかったのです。しかし、フォルトリーク様が騎士として立派であることは聞き及んでいます。なんでもフォルトリーク公爵様も鼻が高いとか」
「そう言っていただけると嬉しいです」

 三人で話に花を咲かせていると、ティファニアとは別に他の三年の生徒会メンバーと話していたシャルルとの会話にも混ざれないイザークが痺れを切らしたようだ。割り込むように話に入ってくる。

「まあ、前期課程プリウムは基本的に優秀なジュリアン様とクリストハルト君で回しているからわからないことがあったら二人に聞いてくれ!」

 こんな生徒会長でいいのかと思いながらティファニアは溜息をついた。
 ―――しかし、突然生徒会室の扉が勢いよく開かれた。同時に聞き覚えのある金切り声が部屋に響く。

「わたくしが謹慎ってどういうことですの!!??」

 さっきぶり、と言いたくない。エドウィージュが礼儀もなくずかずかと部屋の中に入り込んだ。そしてティファニアを見て何か納得したようでまた距離を詰めてきた。今回は急のことで別の場所で話していたシャルルも反応が遅れ、ティファニアはエドウィージュに見下ろされる。そして振り上げられた手が―――

「お前が告げ口したのね!!」

 バチっと音とともにティファニアの向いている方向が変わっていた。状況を飲み込む間に頬がじんじんと熱を持ってくる。なんだかアドリエンヌに鞭で打たれた時のことが思い出された。そういえばエドウィージュはアドリエンヌの姪だ。あの公爵家に関わると碌なことがないのかもしれない。
 エドウィージュが持っていただろう紙が舞い落ちてティファニアの足元に落ちた。それには校則違反により謹慎一週間と書かれている。

「ティー!?」

 ガタガタっと音がし、護衛という面目で帯剣が許されているクリストハルトが咄嗟に剣に手を添えているのが見えた。エドウィージュは一応主であるジュリアンの婚約者候補だというのに、それくらい今回のことは突然だった。周りの者たちは何も言えずに息を呑んでいる。
 シャルルが駆け寄り、ティファニアの頬に手を添える。筋張った手のひらがひんやりとして気持ちがよかった。
 エドウィージュは二人の姿を冷たく見下ろすと指をさし、ジュリアンに向かって言い放った。

「この女の言ったことは嘘ですわ!! わたくし、嵌められたのですの!!」

 ギャーギャーとティファニアが自分の美貌を妬んだとか、婚約者候補を下りないと危害を加えると脅されたことがあるだとか身に覚えがないことをでっちあげて言い訳する。そして最後には「わたくしが謹慎になる必要はありません!」と言い切った。どうやったらそこまで図太くなれるのかが不思議なくらいだ。
 しかしジュリアンは何も言わなかった。ただ静かにエドウィージュを見つめ、近くにあった鈴を鳴らした。学園が雇っている使用人たちを呼ぶ鈴だ。そして何人かがそろうと、ジュリアンはにこりと綺麗に笑って言った。

「コレを連れて行ってください」
「え、ええっ、ジュリアン様!?」
「そして生徒に危害を加えたので謹慎の延期を打診します」
「そ、それはわたくしを嵌めようとしたからですわ!」

 エドウィージュの言い訳にジュリアンは聞く耳を持たなかった。すぐに使用人たちに両腕を掴まれ、エドウィージュは連行されてゆく。

「離しなさい!! わたくしはシャネスタ公爵家の娘なのよ!! あなた方平民が触れていいはずないのよ!! 離しなさい!!!!」

 そんな横暴な言い方は、扉を閉めても響いていた。

「―――すみません、私の婚約者候補が失礼しました」

 エドウィージュが去ったころ、ジュリアンが駆け寄ってくれた。使用人が持ってきてくれた氷を渡してくれる。ぬるくなってきたシャルルに代わって氷はじんじんと後から痛み出した頬を癒す。
 しかし今回の打たれた痛みなどティファニアにはどうってことなかった。に比べると屁でもない。

「大丈夫です、少し腫れるくらいですから」

 ティファニアは笑ってそういうが、シャルルは納得していなかったらしい。視線でジュリアンを責める。

「ご自分の婚約者候補くらいなんとかしてください!」
「わたしに、―――なんとかできると思うのかい?」

 しかし返ってきたのは自嘲の笑みだった。
 周りが黙っているせいでその低い声はよく部屋に響いて聞こえた。ジュリアンは目を細めてシャルルを一瞥すると、体を反転させて先ほどとは打って変わった明るい口調で言った。

「ウルタリア嬢はもう部屋で休んでください。ルイビシス君は送ってあげて」

 それに応えるようにクリストハルトが動き、扉まで案内した。
 ティファニアは追い出されるように生徒会室から出たのだった。


*

シャルルはミルシェが見ていると実は知っていたりする。

そして3話で退場する悪役令嬢(笑)
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