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第4章 一年生~呪いと約束編~

45 授業と図書館

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 入学式、実力テストと歓迎パーティーが終わり、休みを経ると次の日から通常授業が始まった。
 入学式時にすでに学科選択は終えている。必須科目以外はそれに沿った授業教室に移動して勉強するようだ。文官科を選んだティファニアは同じ学科を選んだシャルルとともに文官科の学び舎である『筆の棟』へ向かった。
 授業内容は実力テストで上位であったティファニアやシャルルには簡単なものだった。最初は真面目に黒板に向かってみるが途中で暇になったので持参した本を読み始める。
 実は在学中常に一位を取り続けたアリッサによると、授業妨害さえしなければ成績上位者は何をしても目を瞑ってもらえるらしい。むしろ授業に出なくても何も言われない。もちろんそれで成績を落としたらお目玉を食うが、そうでなければ基本的に自分のペースで勉強しろと放任される。現に隣に座るシャルルも後期過程デンプスの勉強をしている。
 ゲームの逆ハーレムエンドではこの授業時間を利用してヒロインは攻略対象者たちと仲を深めていく。時間が多くある分、逆ハーレムという一夫一妻の文化で生きてきたティファニアには理解し難い複数の相手と結ばれるルートが攻略できるのだろう。思えばこのゲームが作られた日本も一夫一妻である。それなのに逆ハーレムエンドを作ったというのはどういうことだろうか。おそらく需要があるからだと思うが、そんなにも複数人に強く愛されたいものなのだろうか。プレイこそしていないがそのルートで悪役令嬢としてティファニアが出て来るのならばそのヒロインの傲慢さに憤るのも同意できる。
 次の授業も実力テストを実施された教科であった。授業を受けてもいいが、真面目に取り組んでいる生徒たちの横でのんびりと読書するのは気がひける。それならば、と次の授業は休むことにした。



「わぁ…!」

 つい感動して声がこみ上げた。同行してくれたシャルルの腕を強く掴んでしまう。
 なんて立派な建物だろうか。
 そこは図書館であった。昨日は休みであったがパーティーの疲れが残っており、アリッサが行くことを許可してくれなかった。そのためここへ来るのは初めてである。
 さすがエルフィリス王国一の蔵書数を誇る図書館。見上げなければいけないほどの高さのあるその建物にいっぱい本が納められているのだと思うと胸が熱くなった。
 早く、と急かして中へ入る。そこで、息を飲んだ。羊皮紙の独特の香りが鼻いっぱいに広がる。
 二階まで届く高さの本棚が陳列され、吹き抜けで見える上の階の壁にはびっしりと本で埋め尽くされている。その数は何冊であろうか。きっと100万は優に超えるだろう。それを読むことができるなんてと心が踊った。
 いつの間に来ていたのかツクヨミが近くにいた。

「これは、随分と本が増えたね」
「来たことがあるの?」
「まあ、ね。―――元々は俺のコレクションだったから」
「どういうこと?」

 聞き返しても返ってきたのは曖昧な笑みだけであった。
 見て、とシャルルが指差す。そこには受付のような場所があった。人は誰もおらず、鈴だけが置かれていた。それを鳴らすと受付の先の扉が開かれた。そこから現れた女性を見て、なぜかどきりと胸の奥が跳ねた。

「新入生ですか?」

 表情を変えないまま青い瞳にそう問われて、ティファニアは小さく頷く。

「本を借りるときや探し物があるときにここへ来て鈴を鳴らしてください」

 それ以外は呼ぶなと言わんばかりに彼女はすぐに置くの部屋に戻ってしまった。
 そういえば先日パーティーの後に会った彼が利用者数が増えると彼女が喜ぶと言っていたが今の女性のことだろうか。正直喜んでいるようには見えなかった。今度彼に聞いてみよう。その前にジルヴェスターに学年やクラスを聞かなければならない。あのとき名前を聞けなかったのは本当に痛い。
 そんなことを思っていると、シャルルがティファニアの顔を覗き込んだ。さらりと流している三つ編みが肩から落ちる。同い年だというのにシャルルの方が頭半分背が高くてちょっぴり悔しい。

「奥に机があるようだから僕はそこで勉強するけれど、ティファニアさんはどうする?」
「わたしは読む本を選ぶわ」

 わかった、という返事を聞くとシャルルと別れた。
 図書館内にはティファニアのように授業を免除されている生徒が2人ほど見えた。本を選んでいる彼らを横目にティファニアも読んだことのない本を探す。本の並びはどうやら日本十進分類法を使われているようだ。気になるのは国内の経済についてである。その数字が書かれた番号まで足を運ぶ。そして何冊か選ぶとシャルルの隣で読書に耽った。



「―――ア、ティア」

 どれくらい時間が経ったのかわからない。少なくとも各領地の地理について書かれた本をほとんど読み切る頃にツクヨミに呼ばれて顔を上げた。目の前にツクヨミの顔があって驚いた。シャルルはまだ横で集中して勉強している。
 どうしたの、と瞳で問いかけると、ツクヨミは入口の方へ目を向けて眉を寄せた。

「あいつが来るよ」

 それだけで気づく。当初の計画通りツクヨミレーダーで常に警戒してもらっている。別のクラスのおかげで今まで接触することがなかったが同じ学園に通っているからずっとそういうわけにはいかないようだ。
 図書館での出会いなんてゲームにあっただろうか、と考え、シャルルの顔を見て思い出した。
 そういえば図書館はヒロインとシャルルが初めて会った場所だ。

「シャルルさん、そろそろお昼じゃない? ミルシェさんとの約束の時間には早いけれど、席を先に確保するためにもう食堂に行きましょう」

 パタリと静かに本を閉じる。嘘は言っていない。
 元々今日はミルシェと昼食を取る予定であった。時間を見ると午前の授業が終わって少し経ったころだ。ミルシェとは余裕を持った時間に待ち合わせしてるのでまだのんびりしても大丈夫だが、今はここを離れたい。
 シャルルは少し何かを考えていたようだが頷いて教材を鞄にしまった。
 ツクヨミに視線を送るとまだ大丈夫、と教えてくれた。
 すぐに受付に行き、鈴を鳴らす。すると先ほどの女性が現れてティファニアの本の貸し出し処理をしてくれた。彼女が貸し出しカードを書いているときに気づいた。彼女の手首は包帯でぐるぐると巻かれていた。長袖を着ているのでよく見ないと分からないが、服の下から包帯がのぞいていた。そのことがなぜか息が一瞬止まってしまうくらい胸をキュッと苦しめた。

「あのっ、」

 どうしたのですか?と聞こうとして、ツクヨミにそろそろだよと遮られる。
 言葉が止まってしまったので彼女は無表情のまま首を傾げる。その綺麗な青い瞳に吸い込まれそうだった。

「どうしましたか?」

 そう問われたがふるふると首を振った。今は一刻も早くこの場を離れなければならない。|あの女(・・・)にシャルルを近づけたくない。

「―――いえ、なんでもありません。ありがとうございます」

 本を受け取ると、ティファニアは図書館を後にした。


 図書館からは三箇所に道が伸びている。ツクヨミによるとユフィシアはそのうちの一つ、淑女科のある『華の棟』から来ているらしかった。ティファニアはそれとは別の本校舎への道を選んで進んだ。望み通りユフィシアとすれ違うことはなかった。

「まあ、ルイビシス様とウルタリア様ですわ!」
「本当ですわ! 今日も一段と……」

 本校舎にある中庭に向かっていると、きゃあきゃあという声が聞こえた。
 ティファニアたちは歓迎パーティーでファーストダンスを踊り、そして実力テストでトップを取ったことでここ数日で有名になってしまったようだ。なぜかご令嬢方に黄色い声で騒がれる対象になってしまった。その視線が生暖かいのも混ざっているのは気のせいだろうか。
 食堂は昼休みが始まったばかりなので腹を空かせた生徒たちで溢れかえっていた。中は吹き抜けになっていて、二階の片側は侯爵家以上が使える個室があり、もう片側は成績上位者のみが使えるようになっている。ティファニアもシャルルもどちらも使えるがシャルルの勧めで成績上位者の方を使うことにした。
 全学年合計30名しか使えないそこはテーブルごとに仕切りがあって周りに見えないようになっていた。そのうちの一角に腰をかけて下の階を覗きながらミルシェを待つ。
 ミルシェは時間を置かずに現れた。成績上位ではないのにいいのかしら?と遠慮するミルシェを自分たちが一緒ならば大丈夫だからと二階に呼び、運ばれてくる料理を口に運んだ。一階は自分で取りにいかないといけないが、二階席は給仕がいて至れり尽くせりだ。

「―――それにしても成績上位者の方々への待遇はすごいですわね」

 感心したようにミルシェが言った。
 この学園はミルシェが言った通り成績が上位になると待遇が格段によくなる。まず成績上位者はエルフィリス王立学園の生徒という証明である丸い銀のピアスの形が花の蕾へと変わる。この学園の生徒は丸いシンプルなピアスをつけることが伝統であり、義務付けられている。どうやらそれは『まじない』に関係するものであるらしくティファニアには仄かに光って見える。そしてそのピアスをつけた成績上位者たちは授業の免除や申請すれば空き教室を自分のものにできたり、食堂の食べる場所が変わったりと多くの特権を受けることができる。努力に対して評価を惜しまないということだろう。
 今朝のホームルームで成績表を渡されたが、ミルシェは総合順位9位だったらしい。悔しそうに唇を尖らせている。その可愛らしい様子を見てつい笑みがこぼれた。

「とは言っても、ミルシェさんは一桁台にいるのだからこれから努力すれば来年は掲示板に張り出されるわ」
「そうだね。ミルシェ嬢の努力次第では、かな。僕らを超えるのは無理でも僕らのほかの二人は抜けると思うよ」
「お二人を超えることは諦めていますわ! けれど、来年は絶対に堂々とこの二階に上がってみせますの!!」

 それまではお二人のおこぼれを頂戴させていただきます、と奮起しながらもミルシェは揚々に笑った。どうやら一階の料理よりも二階の方が美味しいという情報を仕入れていたようだ。図々しく思う人もいるかもしれないが、こんなミルシェがティファニアは好きだ。
 食事をしながらもミルシェの口は止まらなかった。今日が授業初日だというのにどうやってか集めてきた情報を提供してくれる。ティファニアはその中でも気になったことを聞いてみた。

「花組はどんな様子かしら?」

 花組とはユフィシアのクラスのことだ。パーティーで見かけたくらいで本人からの接触はほとんどない。何をしでかすかわからないから得体のしれないものに感じて、正直怖い。
 不安な顔がミルシェには妹を心配する姉に見えたようだ。ふふふ、と笑って答えてくれた。

「ユフィシア様は…、いえ、花組はエドウィージュ様がいらっしゃる雪組と違って比較的穏やかなクラスと聞いています。その中でも中心になっているのはユフィシア様ですわね。やはりカマリアネス伯爵家ということもあってお近づきになりたい方も多いようです。実力テストは総合七位でクラス内二位だったそうですわ」
「なにか目立ったことはないよね?」
「特には聞いていませんわ。やはり噂になるのはエドウィージュ様が牛耳ろうとしている雪組のことばかりですの」

 雪組は相当大変らしい。
 ミルシェによると、エドウィージュは雪組でまるで自分が女王であるかのような横柄な態度をとっているそうだ。担任が止めようにも自分よりも爵位が低い家の出身であるため聞く耳を持たない。自身が公爵令嬢であり、ジュリアンの婚約者候補であることを盾にしているので手の付けようがないらしい。

「雪組の方には同情いたしますわ。わたくしは月組でよかったです」

 ミルシェも伯爵家であるためエドウィージュのいるクラスであればきっとその圧政の波にのまれてしまっただろう。そもそもエドウィージュよりも身分が高いものなどこの学園の生徒ではジュリアン、ユリウス、シャルルと生徒会にいるはずのもう一人の攻略対象者くらいだ。身分について言われたらクラスメイトたちは何も言えなくなるだろう。

「―――そんなの、謹慎にしちゃえばいいんだよ」

 三人でエドウィージュの行動に眉を寄せていると後ろから声がかけられた。その聞き覚えのある声にティファニアは嬉しそうに振り向いた。

「ジル兄様!」
「久しぶり、ティー!」

 そこにはジルヴェスターが満面の笑みで立っていた。すぐに駆け寄るとぎゅっと抱き締められる。

「あーー、久しぶりのティーだ。兄様たちがいないから独り占めできるってここは学園じゃなくて楽園だよね!!」
「兄様、人が見ています!」

 ここは一階から見える場所だ。誰かに見られるかもしれない。そう思って怒るが、ジルヴェスターには通じなかった。さらに腕の力を強められる。

「大丈夫! 俺がシスコンだってことはこの学園の常識そのものなんだよ!」
「へっ?」

 何のことだとティファニアは呆けてしまった。そんな話、ミルシェからもシャルルからも聞いたことがない。二人に視線を送ると、目を逸らされてしまった。どうやら本当のことらしい。
 無理矢理ジルヴェスターから抜け出そうにも、ティファニアの力では無理で縋るように二人を見る。すると面白くなさそうな表情をしていたシャルルが頷いてくれた。カツカツと足を鳴らしてティファニアのもとに寄り、べりっとその身体を離した。そして守るように間に入ってくれる。

「ジルヴェスター先輩、おいたが過ぎますと、ラティスおじさまに連絡しますよ?」
「ふぇっ!?」

 情けない声が零れる。金の髪が揺れてジルヴェスターの表情が崩れた。決して前にティファニアの件でラティスに3ヶ月ウルタリア侯爵邸を出禁にされたことがあるからではない。その時の説教で半日ずっと正座させられたのを思い出したからでもない。

「それにしても、どうして教えてくれなかったの?」

 シャルルに尋ねる。シャルルとは基本的に情報を共有しているというのになぜ今回は教えてくれなかったのかが不思議でならなかった。
 下から上目遣いで顔を覗かれたシャルルは珍しく目を合わせない。しかし、すぐに小さく溜息をついて応えてくれた。

「そんなこと言われても困るだけだろう?」

 確かにそうだった。知っていても何もしようがない。

「それよりもジルヴェスター先輩がさっき言っていたことどういうことですか?」

 シャルル話を逸らすかのようにそう話を振った。それはティファニアも気になっていたことだ。仕切り直しに皆で席につき、紅茶を淹れてもらいながら耳を傾けた。

「―――つまりは、校則違反で謹慎にすればいいって話さ」
「エドウィージュ様を、ですか?」
「そうそう、俺は後期過程デンプスの生徒会だから前期課程プリウムの生徒には手が出せないけど、前期課程プリウムの生徒会ならその校則違反者を取り締まることができるんだ。謹慎とかの具体的な処分は学園に委ねられるけれど、全員に知れ渡るからそれ以降は派手なことはできなくなる」

 どうやらこの学園の生徒会は風紀委員のような役割も果たしているらしい。ならば生徒会に報告すればこの件はすぐに解決できる。ジルヴェスターは今の前期課程プリウムの生徒会長と顔見知りらしい。今度話しておくと約束してくれた。どうやら生徒会長として許せなかったらしい。
 そういえば、とティファニアは思い出す。ジルヴェスターに先日会った生徒について聞きたいと思っていたのだ。会えるのはまだ先になると思っていた。しかし、すっかり忘れていたがジルヴェスターも同じ蕾のピアスをつけた成績上位者だ。食堂で会えて当たり前だった。

「兄様、聞きたいことがあるのですけど」

 ジルヴェスターはティファニアに頼られて喜びのあまり緑の瞳をキラキラと輝かせる。もちろんだ、と答えた言葉は勢いあまってティファニアの言葉を遮ってしまったが、すぐに口を噤んで耳を傾ける。
 ティファニアはその生徒の特徴を伝えた。するとジルヴェスターの表情が急に悲壮感漂うものに変わった。

「……ごめん、俺は役に立てそうにないや」

 どうやらその生徒について知らないそうだ。
 見た目はジルヴェスターくらいだったため同じ学年だと思ったが、そうではないらしい。ならば彼は一体誰なのだろうか。疑問だけが残った。
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