隻腕と隻眼の魔女

東間ゆき

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序章 胸の痛み

ハジマリの魔女

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 世界を灰にした大魔女、メル。
 後の世に、悪女として語られる彼女の物語は常に悪意に満ちていた。

 親友の聖女様を虐め、恋い慕う王太子に嘘を吐き、追放されたその先で恨みを募らせ脅迫し、そして最後には国を乗っ取り世界を燃やした。

 傲慢で強欲な大魔女。


 これはそんな魔女が悪役令嬢となり追放された後から始まる物語。


 彼女を知らない貴方が誤解しないように、まずは彼女の絶望を知ってもらいましょうか。


 後に大魔女として恐れ愛されるメルがまだ、ガブリエルという一人の女性であった時の話。







ーこの、胸の痛みは。この悲しみは……。

 これがあの日、すべてを許した代償だと言うのなら、神とはあまりにも残酷なのね。
 願ったのはひとつだけ。叶えたかったのはひとつだけ。ただひとつのそれすらも奪われるのならば、悪意が広がることを望む貴方に最大の悪を返してあげましょう。

 復讐を彼らは望まないですって? ……そうね、私の大切な人達はきっとこんな結末を望まない。純粋で無垢なるままに蹂躙されたのだから。恨むことすら辞めてくれと願うかもしれないわね。
 ならば何故復讐するのかですって?
 貴方は辞書を読んだことあるかしら。嗚呼、あなたの読んだ辞書には書いてないかもしれないわね。

 教えて差し上げます。物語はいつだって復讐から始まり、復讐は常に、己を満たすためのものなのですわ。




 王国歴2350年。ここはインヴェルノ王国の首都セルエラ。
 大賢者セリエルによって保護魔法が掛けられ、聖女によって維持される平和な国には、貴族たちの通う学校がある。全寮制で優秀な人材を多く排出する聖セレスト学院は、王太子は勿論、聖女も通う名門校だ。

 首席は王太子トライス・シスト。次に聖女マリア・レイシスと王太子妃候補の一人でトライスの婚約者、ガブリエル・リネ・エリアルが二人並んで成績表に名を連ねていた。
 彼らへの評価と言えば、トライス王子は眉目秀麗、頭脳明晰、身体も丈夫であらゆる分野において成績は優秀。非の打ち所のない優しい性格から時期国王を期待されており、聖女マリアは慈愛に満ちた心と大賢者に匹敵するほどの魔力を保持しておりそのコントロール力にも長けていることから王室とは懇意にしたい教会からの指示を受けて、大貴族の仲間入りを果たしている。
 しかしながら、二人の幼なじみであり、大貴族エリアル侯爵家の娘ガブリエルは怠け三昧、傲慢で強欲。非常識。悪魔のような赤目を持つ悪女。そんな烙印が押されていた。
 誰がそんな噂を広めたのか。聖女の友人を名乗る人物から尾ひれをつけて人へと伝わり、ねじ曲がった噂は彼女をそんな人間ではないと否定していた王太子と聖女自身にも不信を募らせるほど大きく育った。

 そして、遂に卒業祝いのパーティーの席で、事実確認をしようと宣い公衆の面前で  を名乗る人物が、ガブリエルの行いを糾弾し、彼女は毅然とした態度で身に覚えがないと答えたが、次々と出される捏造された証拠に聖女が泣き出し、王太子は事態の収拾のためにやむなくガブリエルを追放処分とした。


 普通に考えれば、ガブリエルの成績は常に聖女と同率であり、王太子の面子を潰さないように淑女としての振る舞いを忘れず、聖女に対してもあくまで一人の友人として振舞っていたし、王太子と聖女の仲の良さを知っていたからこそ自分とは婚約破棄した方が良いのではないかと提案するような他者を慮れる人物がそんなことをするはずもないと分かるだろう。ましてや、聖女自身も気が付いていた筈だ。
 ガブリエルには聖女や大賢者をも超える魔法の才があった。それなのに前に出てそれをひけらかしたことは無い。マリアの、美しい容姿と慈愛に満ちた心を知る彼女は、国に必要なのは巨大な力でも恐れでもなくて、民を思いやる心だからといつも一歩引いていた。
 学校でも噂されないように上手く隠していたその魔力が仇を生して、聖女に遠く及ばない嫉妬心から彼女を虐めていたと噂されても、決して前に出ることを選ばなかった。
 あくまでガブリエルが望んだのは、両親の幸せと大切な弟の幸せだった。
 エリアル侯爵家を継ぐ弟の為に王太子の婚約者となったガブリエルは、追放される時ですら己の行く末ではなく弟の未来を案じていた。
 そこまで他人を思いやれる人間だからこそ、拷問の末に宰相に提示された「罪を認めるならば利き腕と効き目を失い、この国を出ることですべて許し、エリアル侯爵家の取り潰しは避けよう」という理不尽な条件を飲むのは当然とも言えた。
 しかしながら、罪を認めたことを聞いたトライスはショックを受けたらしく、夜遅くに地下牢へと足を運び、彼女に問いかけた。何故、そんなことをしたのかと。
 ガブリエルは答えた。
「これで全て丸く収まるのならば、あの子の未来のため、両親のため、引いては国のため、腕や目のひとつくらい安いものです」
 ガブリエルはボロボロの姿をしていたが、氷の悪女と呼ばれたとは到底思えないほど綺麗に笑うと、そのまま続ける。
「犯していない罪を認めることは問題ありません。ただひとつ。殿下、どうかひとつ約束くださいませ。私の大切なものを、お守りくださると」
 忌み嫌われる赤い目をしていたとしても、ガブリエルは美しい。金色の髪は切られ短くなっていたが、それでも誇り高き貴族である。利き腕を落とされ燃やされて、片目を潰し焼かれても、犯罪者の烙印を押されていても、彼女の高潔なる精神は誰にも汚すことが出来ないのだ。
 ガブリエルの話を聞いたトライスは無力な自分を嘆きながら、それでもこの地位を利用してでも「必ず、キミの家族は守る」と違った。
 美しい笑顔で笑うガブリエルが、翌日国を去ったと新聞に載り、彼女の行先までは誰も調べることがかなわなかった。



そして、彼女の暮らす山奥の家から、物語は始まる。
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