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序章 胸の痛み
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鬱蒼と広がる木々に囲まれた山奥の小さな家で片腕の悪女は住んでいた。
幸いにも麓の村人たちは優しくて、ガブリエルが狩った鹿や猪、魔物の肉や鉱石を買い取って金に変えてくれたり、オマケとして野菜やパンを分けてくれたりしていた。
ガブリエルは村人たちからエルと呼ばれ、慕われていた。読み書きが苦手な彼らに呼びやすいように、書きやすいようにと気を配る。エルとして生きる彼女は自由そのものだが、しかし一番愛する家族とは連絡が取れずにいた。
強大な魔力は目に宿ると言われ、拷問の際に目を潰されたが、眼帯をしながらも日常生活に不便はあまりない。何故ならその魔力は全く衰えていなかったからである。
(―まあ、諸説ありということかしら)
手のひらを見つめながら火をイメージすれば、ボッと音を立ててオレンジの火がつく。上手くコントロールすればそれは青くなり、大きさを変える。すぐにかき消してため息を吐きながら、ガブリエルは椅子に腰かけた。
どうせ、片目を潰して失うならこれではなく予知の力の方がいいのに。そう思いながら背もたれに体重を預けて項垂れる。貴族としての振る舞いは段々と薄れてきた。言葉遣いは相変わらずだが、固いベッドでも眠れるようになった。慣れとは恐ろしいものだ。
(―お父様、お母様……どうかご無事でいて……)
目を閉じて魔力を集中させる。一度見た記憶はこうすることで再度思い返すことが可能だ。映像として鮮明に瞼の裏を彩る光景。処刑台の上に立ち、震える声で娘の無実を訴えながら首に掛けられた縄に身体を震わせ、神の名を唱える両親。木槌で足元の土台を崩され、一気に首が締まる。窒息する顔の横を飛び立つカラス。沸き上がる歓声。醜悪な人たちのその様を振り払うように目を開き身体を起こす。いつの間にか呼吸すらも忘れていたのだろう。満たされた肺が新鮮な空気を求めているからか、小刻みに息を繰り返す。嫌な汗が伝った。
(大丈夫よね、殿下は約束してくれたもの。家族を守ってくださるって……)
ぶるぶると震える身体を抱きしめるように身を縮こめる。ぎゅうっと手に力をこめれば少しだけましになった気がした。
しかし、気になるのは夢の啓示に弟の姿がなかったことだ。
可愛いメル。この世で一番大切なフランシス・メル・エリアル。純粋で可愛い弟。
もう一度目を閉じてその姿を思い浮かべる。魔法とはつくづく便利なものだ。拙い声で名を呼ぶ幼い姿も、学園に憧れて目を輝かせる姿も、簡単に思い出せる。姉さまと呼ぶその声をしばらく聴いていなくても容易に再生することが可能だ。
(せめて、あの子の無事だけでも知りたい。殿下は手紙を読んでくださったかしら)
ふう、とため息を吐いて、けして座り心地がいいとは言えない椅子の背もたれに再び体重を預ける。薄く開いた目で天井を眺めながら思案する。この胸に巣食うぼんやりとした気味の悪い焦燥は一体何なのか、まったく見当がつかない。
(いけない、また考え込んでしまったわ。そろそろ、村の人たちが来る時間だというのに)
暫くの間考え込んでいたガブリエルは、ハッとして身体を起こした。と同時にドアを無遠慮に叩く音がする。
「エルさん、大変だ! すぐに来てくれ!」
「どうされたの? そんなに慌てて……落ち着いて話してくださる?」
「あ、すまない……怪我人が出て……まだ幼い……十一歳くらいの少年が……とにかく来てくれないか?」
半ばパニック気味な声に立ち上がり、ドアを開ける。要領を得ない説明に首を傾げていれば少し落ち着いた村人が麓を指さす。その口から零れた十一歳という言葉に一瞬、息が詰まる。まさか、そんなこと、と嫌な予感を、首を振る事で振り払って準備をして村人と共に山を下りる。本来であれば彼らはこの家を訪ねてくることは滅多にない。魔物や獣がいる山中をなんの力も持たない村人が歩くのはとても危険で、いくらガブリエルが道中を結界で包んでいるとはいっても、進んで入りたがらないのが心理と言うものだ。
頭を掠める嫌な予感が当たらないことを願いながら、案内されるままに村長の家を訪ねる。ほっとした大人たちの開けた空間の先に、ベッドに横たわる人物がいた。
「どう、して…………」
熱にうなされ、ねえさまと弱弱しく繰り返す声。傷だらけでボロボロの身体と、見覚えのある金髪。苦しそうに痛みに悶えているのは、今、目の前で死にかけているのは、生涯愛すると誓った弟、フランシス・メル・エリアルだ。
「神様、どうして!! ああ、メル……メル、一体、一体どうして……」
持ってきていた治療薬を落として駆け寄る。その姿に村人たちが目を見開くのは当然ともいえた。冷静沈着。いつも落ち着き払った彼女が取り乱すところを見たことなど一度もない。少年の頬を片手で撫でながら魔力を存分に使い、みるみるうちに傷を塞ぐガブリエルは大粒の涙を流していた。その異様な姿に誰もが気が付く。この少年は彼女のとても大切な人なのだと。
「ああ、ああ、私のせいだ。私のせいでこんな……っ、ごめんなさい、メル。ごめんなさい。ああ……神様、どうして……どうしてこんなに酷い仕打ちを……」
「エルさん、落ち着いて。傷は塞がったから」
「守ってくださると約束したのに! 家族だけは守ってくださると誓ってくださったのに!どうして、どうし……」
激情に身を委ね、魔力の制御を忘れる。怒りのままにそれを暴発させればこんな小さな家一つ、あっという間に吹き飛んでしまうだろう。しかしながら弟に掛けた回復魔法のセーブをしていなかったことが功を奏したらしい。くらっと視界が揺れる。ショックが強すぎたのかストレスの負荷も加わって、ガブリエルは意識を手放した。
幸いにも麓の村人たちは優しくて、ガブリエルが狩った鹿や猪、魔物の肉や鉱石を買い取って金に変えてくれたり、オマケとして野菜やパンを分けてくれたりしていた。
ガブリエルは村人たちからエルと呼ばれ、慕われていた。読み書きが苦手な彼らに呼びやすいように、書きやすいようにと気を配る。エルとして生きる彼女は自由そのものだが、しかし一番愛する家族とは連絡が取れずにいた。
強大な魔力は目に宿ると言われ、拷問の際に目を潰されたが、眼帯をしながらも日常生活に不便はあまりない。何故ならその魔力は全く衰えていなかったからである。
(―まあ、諸説ありということかしら)
手のひらを見つめながら火をイメージすれば、ボッと音を立ててオレンジの火がつく。上手くコントロールすればそれは青くなり、大きさを変える。すぐにかき消してため息を吐きながら、ガブリエルは椅子に腰かけた。
どうせ、片目を潰して失うならこれではなく予知の力の方がいいのに。そう思いながら背もたれに体重を預けて項垂れる。貴族としての振る舞いは段々と薄れてきた。言葉遣いは相変わらずだが、固いベッドでも眠れるようになった。慣れとは恐ろしいものだ。
(―お父様、お母様……どうかご無事でいて……)
目を閉じて魔力を集中させる。一度見た記憶はこうすることで再度思い返すことが可能だ。映像として鮮明に瞼の裏を彩る光景。処刑台の上に立ち、震える声で娘の無実を訴えながら首に掛けられた縄に身体を震わせ、神の名を唱える両親。木槌で足元の土台を崩され、一気に首が締まる。窒息する顔の横を飛び立つカラス。沸き上がる歓声。醜悪な人たちのその様を振り払うように目を開き身体を起こす。いつの間にか呼吸すらも忘れていたのだろう。満たされた肺が新鮮な空気を求めているからか、小刻みに息を繰り返す。嫌な汗が伝った。
(大丈夫よね、殿下は約束してくれたもの。家族を守ってくださるって……)
ぶるぶると震える身体を抱きしめるように身を縮こめる。ぎゅうっと手に力をこめれば少しだけましになった気がした。
しかし、気になるのは夢の啓示に弟の姿がなかったことだ。
可愛いメル。この世で一番大切なフランシス・メル・エリアル。純粋で可愛い弟。
もう一度目を閉じてその姿を思い浮かべる。魔法とはつくづく便利なものだ。拙い声で名を呼ぶ幼い姿も、学園に憧れて目を輝かせる姿も、簡単に思い出せる。姉さまと呼ぶその声をしばらく聴いていなくても容易に再生することが可能だ。
(せめて、あの子の無事だけでも知りたい。殿下は手紙を読んでくださったかしら)
ふう、とため息を吐いて、けして座り心地がいいとは言えない椅子の背もたれに再び体重を預ける。薄く開いた目で天井を眺めながら思案する。この胸に巣食うぼんやりとした気味の悪い焦燥は一体何なのか、まったく見当がつかない。
(いけない、また考え込んでしまったわ。そろそろ、村の人たちが来る時間だというのに)
暫くの間考え込んでいたガブリエルは、ハッとして身体を起こした。と同時にドアを無遠慮に叩く音がする。
「エルさん、大変だ! すぐに来てくれ!」
「どうされたの? そんなに慌てて……落ち着いて話してくださる?」
「あ、すまない……怪我人が出て……まだ幼い……十一歳くらいの少年が……とにかく来てくれないか?」
半ばパニック気味な声に立ち上がり、ドアを開ける。要領を得ない説明に首を傾げていれば少し落ち着いた村人が麓を指さす。その口から零れた十一歳という言葉に一瞬、息が詰まる。まさか、そんなこと、と嫌な予感を、首を振る事で振り払って準備をして村人と共に山を下りる。本来であれば彼らはこの家を訪ねてくることは滅多にない。魔物や獣がいる山中をなんの力も持たない村人が歩くのはとても危険で、いくらガブリエルが道中を結界で包んでいるとはいっても、進んで入りたがらないのが心理と言うものだ。
頭を掠める嫌な予感が当たらないことを願いながら、案内されるままに村長の家を訪ねる。ほっとした大人たちの開けた空間の先に、ベッドに横たわる人物がいた。
「どう、して…………」
熱にうなされ、ねえさまと弱弱しく繰り返す声。傷だらけでボロボロの身体と、見覚えのある金髪。苦しそうに痛みに悶えているのは、今、目の前で死にかけているのは、生涯愛すると誓った弟、フランシス・メル・エリアルだ。
「神様、どうして!! ああ、メル……メル、一体、一体どうして……」
持ってきていた治療薬を落として駆け寄る。その姿に村人たちが目を見開くのは当然ともいえた。冷静沈着。いつも落ち着き払った彼女が取り乱すところを見たことなど一度もない。少年の頬を片手で撫でながら魔力を存分に使い、みるみるうちに傷を塞ぐガブリエルは大粒の涙を流していた。その異様な姿に誰もが気が付く。この少年は彼女のとても大切な人なのだと。
「ああ、ああ、私のせいだ。私のせいでこんな……っ、ごめんなさい、メル。ごめんなさい。ああ……神様、どうして……どうしてこんなに酷い仕打ちを……」
「エルさん、落ち着いて。傷は塞がったから」
「守ってくださると約束したのに! 家族だけは守ってくださると誓ってくださったのに!どうして、どうし……」
激情に身を委ね、魔力の制御を忘れる。怒りのままにそれを暴発させればこんな小さな家一つ、あっという間に吹き飛んでしまうだろう。しかしながら弟に掛けた回復魔法のセーブをしていなかったことが功を奏したらしい。くらっと視界が揺れる。ショックが強すぎたのかストレスの負荷も加わって、ガブリエルは意識を手放した。
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