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聖女、耕す2
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「イモの汚れを落として、裁きを下す。そののち、油攻めに処す」
「え、は? ……何だって?」
しばらく考え込んで、さっきまでの真剣な表情から一転、わくわくとした顔でマオは言った。だが、内容はわくわくするようなものではない。言葉と表情に差がありすぎる。
「……あ、これ、アレか。女神の翻訳がおかしいやつか」
少しして、リンクスは合点がいった。
もともとポンコツな女神の加護による言語変換が、たまにおかしな具合になるのだ。
今のもおそらく、『イモを洗って切って、それから油で揚げる』と言ったのだろう。翻訳が間違うだけでえらく怖い響きになるのだなと思うと、何とも言えない。
「イモ~イモイモ~イ~モ~」
イモを食べるのがよほど楽しみらしく、マオは上機嫌に歌っていた。そのまま自分で持って、洗い場まで歩いていく。
「マオ、イモを洗えるのか? 洗うのも料理するのも、俺がやってやるよ?」
「いい! これ、手出し無用!」
何となく何もできなさそうなイメージがあったため、リンクスはつい横から手を出そうとした。ところが、びしっと人差し指を突きつけられ、拒絶されてしまった。
仕方なく、リンクスは先に小屋に帰って料理のセッティングをすることにした。
少し離れたところから見ていて、もし調理の手際に不安があるようなら手伝ってやればいい――そう思っていたのだ。
だが、マオは意外なほど鮮やかにイモを扱った。
洗い場でしっかり泥を落としてきたイモの皮を、まず厚めに剥いていくのだ。
それから、あるイモは細く長く切っていき、別のイモは薄く薄く慎重に切っていった。
それらを、熱した油の中に入れていく。
ジュワジュワとパチパチが入り混じった音がして、そのうちに食材に油と火が入っていくとき特有のいい匂いがしてくる。
それをジッとマオは見守って、音がショワショワショワという静かなものに変わった頃、イモを油から上げる。
細く切ったものも薄く切ったものもどんどん揚げていき、蒸し焼きなどに使う葉っぱを敷いた皿の上に盛っていった。
そして最後に塩をさっと振って、満足げな顔でマオはリンクスのところに皿を持ってきた。
「できた。これ、すごくおいしい」
「だな。匂いだけでもうまいもんだってわかる」
「どうぞどうぞ」
自分が食べたかったから作っただろうに、マオはニコニコして皿をぐいぐいリンクスのほうへ押す。まずはリンクスに食べてほしいということらしい。
「じゃあ、いただくな。――ん! これは、うまいな!」
まずリンクスが食べたのは、薄切りのイモだ。
持ってみて、まずその軽さに驚いたが、サクッとした食感にも驚かされる。薄金色に透ける揚げたイモは、噛むとあっという間になくなってしまうものの、ほどよく利いた塩味があとを引いて、次々に手が伸びてしまう。
「こっちもこっちも! 味、違うように思うよ」
「わかったわかった。――本当だ! こっちは、カリッとしてるのに中はホクホクなんだな」
勧められて細切りのイモも食べてみて、リンクスはその美味しさに目を見開いた。
細切りのイモは薄切りのものと比べると、イモが持つ甘みがよく感じられた。イモの甘みと塩のしょっぱさ、そこに油の香ばしさが加わり、絶妙な味わいになる。
「揚げて塩振っただけのイモが、こんなにおいしいとは思わなかったな……」
「簡単が一番おいしいこともある」
「わかる。でも、こう、香草を刻んで塩に混ぜてみたりとか、ひと手間かけたらもっとうまくなったり……」
「余計なこと、だめ!」
「……はい。そうッスね。イモは揚げて塩、覚えました」
余計な手出しは許さないが食べるぶんには上機嫌でいてくれることがわかったから、そこからリンクスは黙々とイモを食した。
マオも幸せそうに薄いイモと細いイモを交互に食べていた。
「これ、手軽でうまいし、マオのおかげでイモはたくさん採れるっぽいから、店のメニューに加えてもいいな」
「やった!」
この店にメニューなどない。その日手に入った食材や貯蔵庫にあるものを使って作るから、いつだってリンクスの気まぐれ定食だ。
だが、マオがあまりにも幸せそうにイモを食べるのを見て、毎日作ってやりたいと思った。毎日作るなら、それはこの店の定番メニューということだ。
それから数日後。
マオがイモの生産に積極的になったせいか、畑に謎の植物が生えてしまった。
「ぬわー! なんだこりゃー!?」
「い、イモじゃない! イモじゃなくなった……」
イモだったもののうちのひとつが、天まで伸びる得体の知れないものになっていた。木ではない、かといって大きく育ったイモの茎でもない、よくわからないものに。
「これ、レブラに怒られるかなあ? ……森の中だ。木ぐらい生えるだろ、で乗り切るか」
頭によぎるのは、面倒な森林調査官の顔だ。
だがそのときは、リンクスはイモをひと株失ってショックを受けるマオのケアに集中したのだった。
「え、は? ……何だって?」
しばらく考え込んで、さっきまでの真剣な表情から一転、わくわくとした顔でマオは言った。だが、内容はわくわくするようなものではない。言葉と表情に差がありすぎる。
「……あ、これ、アレか。女神の翻訳がおかしいやつか」
少しして、リンクスは合点がいった。
もともとポンコツな女神の加護による言語変換が、たまにおかしな具合になるのだ。
今のもおそらく、『イモを洗って切って、それから油で揚げる』と言ったのだろう。翻訳が間違うだけでえらく怖い響きになるのだなと思うと、何とも言えない。
「イモ~イモイモ~イ~モ~」
イモを食べるのがよほど楽しみらしく、マオは上機嫌に歌っていた。そのまま自分で持って、洗い場まで歩いていく。
「マオ、イモを洗えるのか? 洗うのも料理するのも、俺がやってやるよ?」
「いい! これ、手出し無用!」
何となく何もできなさそうなイメージがあったため、リンクスはつい横から手を出そうとした。ところが、びしっと人差し指を突きつけられ、拒絶されてしまった。
仕方なく、リンクスは先に小屋に帰って料理のセッティングをすることにした。
少し離れたところから見ていて、もし調理の手際に不安があるようなら手伝ってやればいい――そう思っていたのだ。
だが、マオは意外なほど鮮やかにイモを扱った。
洗い場でしっかり泥を落としてきたイモの皮を、まず厚めに剥いていくのだ。
それから、あるイモは細く長く切っていき、別のイモは薄く薄く慎重に切っていった。
それらを、熱した油の中に入れていく。
ジュワジュワとパチパチが入り混じった音がして、そのうちに食材に油と火が入っていくとき特有のいい匂いがしてくる。
それをジッとマオは見守って、音がショワショワショワという静かなものに変わった頃、イモを油から上げる。
細く切ったものも薄く切ったものもどんどん揚げていき、蒸し焼きなどに使う葉っぱを敷いた皿の上に盛っていった。
そして最後に塩をさっと振って、満足げな顔でマオはリンクスのところに皿を持ってきた。
「できた。これ、すごくおいしい」
「だな。匂いだけでもうまいもんだってわかる」
「どうぞどうぞ」
自分が食べたかったから作っただろうに、マオはニコニコして皿をぐいぐいリンクスのほうへ押す。まずはリンクスに食べてほしいということらしい。
「じゃあ、いただくな。――ん! これは、うまいな!」
まずリンクスが食べたのは、薄切りのイモだ。
持ってみて、まずその軽さに驚いたが、サクッとした食感にも驚かされる。薄金色に透ける揚げたイモは、噛むとあっという間になくなってしまうものの、ほどよく利いた塩味があとを引いて、次々に手が伸びてしまう。
「こっちもこっちも! 味、違うように思うよ」
「わかったわかった。――本当だ! こっちは、カリッとしてるのに中はホクホクなんだな」
勧められて細切りのイモも食べてみて、リンクスはその美味しさに目を見開いた。
細切りのイモは薄切りのものと比べると、イモが持つ甘みがよく感じられた。イモの甘みと塩のしょっぱさ、そこに油の香ばしさが加わり、絶妙な味わいになる。
「揚げて塩振っただけのイモが、こんなにおいしいとは思わなかったな……」
「簡単が一番おいしいこともある」
「わかる。でも、こう、香草を刻んで塩に混ぜてみたりとか、ひと手間かけたらもっとうまくなったり……」
「余計なこと、だめ!」
「……はい。そうッスね。イモは揚げて塩、覚えました」
余計な手出しは許さないが食べるぶんには上機嫌でいてくれることがわかったから、そこからリンクスは黙々とイモを食した。
マオも幸せそうに薄いイモと細いイモを交互に食べていた。
「これ、手軽でうまいし、マオのおかげでイモはたくさん採れるっぽいから、店のメニューに加えてもいいな」
「やった!」
この店にメニューなどない。その日手に入った食材や貯蔵庫にあるものを使って作るから、いつだってリンクスの気まぐれ定食だ。
だが、マオがあまりにも幸せそうにイモを食べるのを見て、毎日作ってやりたいと思った。毎日作るなら、それはこの店の定番メニューということだ。
それから数日後。
マオがイモの生産に積極的になったせいか、畑に謎の植物が生えてしまった。
「ぬわー! なんだこりゃー!?」
「い、イモじゃない! イモじゃなくなった……」
イモだったもののうちのひとつが、天まで伸びる得体の知れないものになっていた。木ではない、かといって大きく育ったイモの茎でもない、よくわからないものに。
「これ、レブラに怒られるかなあ? ……森の中だ。木ぐらい生えるだろ、で乗り切るか」
頭によぎるのは、面倒な森林調査官の顔だ。
だがそのときは、リンクスはイモをひと株失ってショックを受けるマオのケアに集中したのだった。
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