8 / 39
第四話 初めての授業2
しおりを挟む
「あの……どうすれば、光の魔術を発動できますか?」
新しいおもちゃを前にした子供のように、ミュリエルははしゃいでいた。
そんなミュリエルを見て、クレーフェ侯爵はアーモンドのような形の琥珀色の目を細める。獣ならば獲物を前にした物騒な表情のように見えるが、人間味が混じると柔らかな表情なのだとわかる。
「杖の、光の文様をなぞりながら、光の球を想像してみて。それから『我が杖の先に光を』って唱えてみよう」
「はい」
ミュリエルは杖を左手に持ち直すと、右手の人差し指で文様をなぞった。目を閉じ、頭の中には光を思い浮かべる。
「我が杖の先に光を」
「……おお!」
クレーフェ侯爵の声に目を開けると、握った杖の先に光が灯っていた。まるで星をひとつ捕まえたかのように、ゆっくり瞬きながら光はそこにある。
「さすがはリトヴィッツ卿のご息女だ。実に筋がいいね。魔力を均一に放出できるようになりさえすれば完璧だ。初歩の初歩にしては上出来と言えるだろう」
「……本当ですか?」
手放しの褒め言葉に、ミュリエルは面映ゆくなった。
幼いときから家庭教師をつけられ様々なことを学ばされてきたが、出来のいいミュリエルはそんなに褒められることはなかった。
すんなりやってのけてしまうよりも、苦労して達成する姿のほうが見ている者の胸を打つらしい。
ミュリエルはできて当たり前という顔で卒なくこなすため、教える側もさらりと流してしまうことが多かった。
「本当だよ。最初は力みすぎて魔力を無駄に放出してしまったり、集中できなくてうまく発動しなかったりするんだ。でも、ミュリエル嬢は上手だった。この筋の良さは誇っていいことだよ」
「……あ、ありがとうございます」
野獣の顔に満足げな笑みが浮かんでいるのを見て、ミュリエルは思わずうつむいた。まっすぐに褒められて、どう反応していいのかわからなかったのだ。
いつもなら、「こんなことくらい、できて当然ですわ」と言ってしまうところだ。優秀な魔術師の娘であるという自負と圧迫が、いつしかミュリエルに傲岸にすら見える態度を取らせてしまうようになっていた。
だが、何の含みもないクレーフェ侯爵の褒め言葉は、素直に嬉しいという気持ちを引き出してくれた。
「あの、水の魔術陣を書いてくださいませんか? やってみたいことがあるんです」
「いいよ、やってごらん」
喜んでみせる代わりに、そうクレーフェ侯爵にお願いした。ミュリエルの思いつきが何か気になったのか、クレーフェ侯爵は笑顔でサラサラと書いてくれる。
「では、やってみますね。『水、光、七色の橋を架けよ』」
杖の先で魔術陣をなぞり、指先は光を表す文様をなぞった。すると、魔術陣の中心から小さな水柱が噴き上がり、そのまわりをキラキラした光が覆った。
「わっ……どうしましょう!」
水は天井まで届くと今度は水滴となって降り注ぎ、あっという間にミュリエルとクレーフェ侯爵を濡らしてしまった。
「すみません! 虹を出してみたかったんです……」
「あはは! いいんだ。謝らなくて。すごくいい。すごく面白い発想だ!」
クレーフェ侯爵は杖をひと振りして水と光を消し去ると、風を吹かせ身体を乾かした。その間、ずっと笑っている。怒られると思ったミュリエルは、大笑いする獣頭を前に戸惑った。
「陣と杖の文様を使って同時にふたつの魔術を使おうとするなんて、すごく面白くて柔軟な発想だ! 魔術学校に悪戯者はたくさんいたけど、彼らの発想力に負けてないよ!」
どうやら笑いのツボにはまったらしく、しばらくクレーフェ侯爵は笑い続けた。そして笑い止むと、ミュリエルの頭をポンポンと撫でた。
「ミュリエル嬢、君にいろんなことを教えるのが、これからすごく楽しみだよ」
「……頑張ります」
失敗したのに、それを咎めないどころか面白がってくれた。その上、褒めてくれた。それが嬉しくて、ミュリエルの胸にはやる気が満ちあふれた。
まっすぐに褒められたのはいつぶりだろうか。
こんなふうに頭を撫でられたのはいつぶりだろうか。
思い出せないくらい久しぶりのことで、それだけに喜びはいつまでも広がっていくように感じられる。
結婚は嫌だが、いい先生に巡り会えたことは、とても幸運だと思えたのだった。
新しいおもちゃを前にした子供のように、ミュリエルははしゃいでいた。
そんなミュリエルを見て、クレーフェ侯爵はアーモンドのような形の琥珀色の目を細める。獣ならば獲物を前にした物騒な表情のように見えるが、人間味が混じると柔らかな表情なのだとわかる。
「杖の、光の文様をなぞりながら、光の球を想像してみて。それから『我が杖の先に光を』って唱えてみよう」
「はい」
ミュリエルは杖を左手に持ち直すと、右手の人差し指で文様をなぞった。目を閉じ、頭の中には光を思い浮かべる。
「我が杖の先に光を」
「……おお!」
クレーフェ侯爵の声に目を開けると、握った杖の先に光が灯っていた。まるで星をひとつ捕まえたかのように、ゆっくり瞬きながら光はそこにある。
「さすがはリトヴィッツ卿のご息女だ。実に筋がいいね。魔力を均一に放出できるようになりさえすれば完璧だ。初歩の初歩にしては上出来と言えるだろう」
「……本当ですか?」
手放しの褒め言葉に、ミュリエルは面映ゆくなった。
幼いときから家庭教師をつけられ様々なことを学ばされてきたが、出来のいいミュリエルはそんなに褒められることはなかった。
すんなりやってのけてしまうよりも、苦労して達成する姿のほうが見ている者の胸を打つらしい。
ミュリエルはできて当たり前という顔で卒なくこなすため、教える側もさらりと流してしまうことが多かった。
「本当だよ。最初は力みすぎて魔力を無駄に放出してしまったり、集中できなくてうまく発動しなかったりするんだ。でも、ミュリエル嬢は上手だった。この筋の良さは誇っていいことだよ」
「……あ、ありがとうございます」
野獣の顔に満足げな笑みが浮かんでいるのを見て、ミュリエルは思わずうつむいた。まっすぐに褒められて、どう反応していいのかわからなかったのだ。
いつもなら、「こんなことくらい、できて当然ですわ」と言ってしまうところだ。優秀な魔術師の娘であるという自負と圧迫が、いつしかミュリエルに傲岸にすら見える態度を取らせてしまうようになっていた。
だが、何の含みもないクレーフェ侯爵の褒め言葉は、素直に嬉しいという気持ちを引き出してくれた。
「あの、水の魔術陣を書いてくださいませんか? やってみたいことがあるんです」
「いいよ、やってごらん」
喜んでみせる代わりに、そうクレーフェ侯爵にお願いした。ミュリエルの思いつきが何か気になったのか、クレーフェ侯爵は笑顔でサラサラと書いてくれる。
「では、やってみますね。『水、光、七色の橋を架けよ』」
杖の先で魔術陣をなぞり、指先は光を表す文様をなぞった。すると、魔術陣の中心から小さな水柱が噴き上がり、そのまわりをキラキラした光が覆った。
「わっ……どうしましょう!」
水は天井まで届くと今度は水滴となって降り注ぎ、あっという間にミュリエルとクレーフェ侯爵を濡らしてしまった。
「すみません! 虹を出してみたかったんです……」
「あはは! いいんだ。謝らなくて。すごくいい。すごく面白い発想だ!」
クレーフェ侯爵は杖をひと振りして水と光を消し去ると、風を吹かせ身体を乾かした。その間、ずっと笑っている。怒られると思ったミュリエルは、大笑いする獣頭を前に戸惑った。
「陣と杖の文様を使って同時にふたつの魔術を使おうとするなんて、すごく面白くて柔軟な発想だ! 魔術学校に悪戯者はたくさんいたけど、彼らの発想力に負けてないよ!」
どうやら笑いのツボにはまったらしく、しばらくクレーフェ侯爵は笑い続けた。そして笑い止むと、ミュリエルの頭をポンポンと撫でた。
「ミュリエル嬢、君にいろんなことを教えるのが、これからすごく楽しみだよ」
「……頑張ります」
失敗したのに、それを咎めないどころか面白がってくれた。その上、褒めてくれた。それが嬉しくて、ミュリエルの胸にはやる気が満ちあふれた。
まっすぐに褒められたのはいつぶりだろうか。
こんなふうに頭を撫でられたのはいつぶりだろうか。
思い出せないくらい久しぶりのことで、それだけに喜びはいつまでも広がっていくように感じられる。
結婚は嫌だが、いい先生に巡り会えたことは、とても幸運だと思えたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界転生公爵令嬢は、オタク知識で世界を救う。
ふわふわ
恋愛
過労死したオタク女子SE・桜井美咲は、アストラル王国の公爵令嬢エリアナとして転生。
前世知識フル装備でEDTA(重金属解毒)、ペニシリン、輸血、輪作・土壌改良、下水道整備、時計や文字の改良まで――「ラノベで読んだ」「ゲームで見た」を現実にして、疫病と貧困にあえぐ世界を丸ごとアップデートしていく。
婚約破棄→ザマァから始まり、医学革命・農業革命・衛生革命で「狂気のお嬢様」呼ばわりから一転“聖女様”に。
国家間の緊張が高まる中、平和のために隣国アリディアの第一王子レオナルド(5歳→6歳)と政略婚約→結婚へ。
無邪気で健気な“甘えん坊王子”に日々萌え悶えつつも、彼の未来の王としての成長を支え合う「清らかで温かい夫婦日常」と「社会を良くする小さな革命」を描く、爽快×癒しの異世界恋愛ザマァ物語。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる