ミュリエルとメルヒ先生〜魔術師を志す令嬢は野獣侯爵と婚約破棄したい〜

猫屋ちゃき

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第四話 初めての授業2

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「あの……どうすれば、光の魔術を発動できますか?」

 新しいおもちゃを前にした子供のように、ミュリエルははしゃいでいた。
 そんなミュリエルを見て、クレーフェ侯爵はアーモンドのような形の琥珀色の目を細める。獣ならば獲物を前にした物騒な表情のように見えるが、人間味が混じると柔らかな表情なのだとわかる。

「杖の、光の文様をなぞりながら、光の球を想像してみて。それから『我が杖の先に光を』って唱えてみよう」
「はい」

 ミュリエルは杖を左手に持ち直すと、右手の人差し指で文様をなぞった。目を閉じ、頭の中には光を思い浮かべる。
「我が杖の先に光を」
「……おお!」

 クレーフェ侯爵の声に目を開けると、握った杖の先に光が灯っていた。まるで星をひとつ捕まえたかのように、ゆっくり瞬きながら光はそこにある。

「さすがはリトヴィッツ卿のご息女だ。実に筋がいいね。魔力を均一に放出できるようになりさえすれば完璧だ。初歩の初歩にしては上出来と言えるだろう」
「……本当ですか?」

 手放しの褒め言葉に、ミュリエルは面映ゆくなった。
 幼いときから家庭教師をつけられ様々なことを学ばされてきたが、出来のいいミュリエルはそんなに褒められることはなかった。
 すんなりやってのけてしまうよりも、苦労して達成する姿のほうが見ている者の胸を打つらしい。
 ミュリエルはできて当たり前という顔で卒なくこなすため、教える側もさらりと流してしまうことが多かった。

「本当だよ。最初は力みすぎて魔力を無駄に放出してしまったり、集中できなくてうまく発動しなかったりするんだ。でも、ミュリエル嬢は上手だった。この筋の良さは誇っていいことだよ」
「……あ、ありがとうございます」

 野獣の顔に満足げな笑みが浮かんでいるのを見て、ミュリエルは思わずうつむいた。まっすぐに褒められて、どう反応していいのかわからなかったのだ。
 いつもなら、「こんなことくらい、できて当然ですわ」と言ってしまうところだ。優秀な魔術師の娘であるという自負と圧迫が、いつしかミュリエルに傲岸にすら見える態度を取らせてしまうようになっていた。
 だが、何の含みもないクレーフェ侯爵の褒め言葉は、素直に嬉しいという気持ちを引き出してくれた。

「あの、水の魔術陣を書いてくださいませんか? やってみたいことがあるんです」
「いいよ、やってごらん」

 喜んでみせる代わりに、そうクレーフェ侯爵にお願いした。ミュリエルの思いつきが何か気になったのか、クレーフェ侯爵は笑顔でサラサラと書いてくれる。

「では、やってみますね。『水、光、七色の橋を架けよ』」

 杖の先で魔術陣をなぞり、指先は光を表す文様をなぞった。すると、魔術陣の中心から小さな水柱が噴き上がり、そのまわりをキラキラした光が覆った。

「わっ……どうしましょう!」

 水は天井まで届くと今度は水滴となって降り注ぎ、あっという間にミュリエルとクレーフェ侯爵を濡らしてしまった。

「すみません! 虹を出してみたかったんです……」
「あはは! いいんだ。謝らなくて。すごくいい。すごく面白い発想だ!」

 クレーフェ侯爵は杖をひと振りして水と光を消し去ると、風を吹かせ身体を乾かした。その間、ずっと笑っている。怒られると思ったミュリエルは、大笑いする獣頭を前に戸惑った。

「陣と杖の文様を使って同時にふたつの魔術を使おうとするなんて、すごく面白くて柔軟な発想だ! 魔術学校に悪戯者はたくさんいたけど、彼らの発想力に負けてないよ!」

 どうやら笑いのツボにはまったらしく、しばらくクレーフェ侯爵は笑い続けた。そして笑い止むと、ミュリエルの頭をポンポンと撫でた。

「ミュリエル嬢、君にいろんなことを教えるのが、これからすごく楽しみだよ」
「……頑張ります」

 失敗したのに、それを咎めないどころか面白がってくれた。その上、褒めてくれた。それが嬉しくて、ミュリエルの胸にはやる気が満ちあふれた。
 まっすぐに褒められたのはいつぶりだろうか。
 こんなふうに頭を撫でられたのはいつぶりだろうか。
 思い出せないくらい久しぶりのことで、それだけに喜びはいつまでも広がっていくように感じられる。
 結婚は嫌だが、いい先生に巡り会えたことは、とても幸運だと思えたのだった。
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