ロボ彼がしたい10のこと

猫屋ちゃき

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最終話

2

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「お寺、駅から近くてよかったね」
「そうだな」

 墓地のある寺院に到着すると、星奈は手桶と柄杓を借りて五島家の墓を簡単に清めていく。
 墓に来たら何をすればいいのかは、両親に連れられて実家の墓参りをしていたからある程度知っていた。でも、それを自分と歳の変わらない、恋人の眠る墓に対してしなければならないなんて思ってもみなかったことだ。

「あの、お掃除が終わったから、今からお線香を供えて瑛一にいろいろ報告をするんだけど……エイジはどこかに座って休んでおく?」

 慣れない手つきで柄杓で水をかけたり簡単にゴミを拾ったりしているうちに、ずいぶんと暑くなっていたことに気がついた。
 人間の星奈でも八月の日射しはあまりに暑すぎる。ロボットのエイジにはなおのこと酷だろうし、何より釣りに行ったときのような不具合が起きないとも限らない。
 そう思って尋ねたのだけれど、エイジは笑顔で首を振った。

「大丈夫、そばにいるよ。俺にも、聞かせて」
「……わかった」

 エイジの笑顔は、星奈のよく見知ったものに変わっていた。そう感じるだけなのか、本当にそうなのか――わからないからあまり考えないようにと努めて、星奈は線香を供えて手を合わせた。

「まず最初に、来るのが遅くなってごめんなさい。本当は早くに来るべきだったんだけど、ここに来る勇気が持てるまで、半年もかかっちゃった。……瑛一が死んでしまったって認められなくて、お墓に来たらそれを認めるしかなくなると思って。同じ理由で、あなたが事故に遭った場所にも一度しか行けてないの。きれいなお花が供えてあるのを見るのがつらくて、それを見てあなたが死んでしまったのを確かめるのが嫌で……ごめんなさい」

 星奈の瑛一への報告は、まず謝罪から始まった。
 瑛一に対して抱いているのは、たくさんの「ごめんなさい」だ。何度その言葉を口にしても足りないほど、彼に対して申し訳ないと思っている。

「半年経った今でも、あの日のことを何度も何度も思い出して、考えてしまうの。あの日、くだらないことで喧嘩なんかしなければって。怒って私の家を出て行く瑛一を引き止めて、せめて雨が止むまでは、明るくなるまでは、ここにいてって言えばよかったって。そう考えて、時間が戻せるならって思って、どうか悪い夢なら早く覚めてって思いながら過ごしてたんだ」

 葬儀を終えてからの日々は、ずっと後悔に苛まれていた。
 詳しい理由を覚えていないほどの些細な喧嘩が原因で、あの日二人は互いに傷つけて傷ついた。瑛一は口下手で、気が強いのも弁が立つこの星奈のほうだったから、怒りに任せてずいぶん酷いことを言ってしまったように思う。

「うんと大好きだったのに、最後に瑛一にかけた言葉がそれとは真逆だったのが、今でも自分で許せないの。……本当に、ごめんなさい」

 いつもは、「大好き。おやすみなさい」と言って別れていたのに。離れたくなくて、もっと一緒にいたくて、すがるように見つめる星奈の頭を、瑛一が困った顔で撫でるのまでがセットだ。
 時折、瑛一がほだされて泊まっていくこともある。でも大抵は「また明日、大学で」と言って帰っていくのだ。
 あの日は、その「また明日」を聞くことすら叶わなかった。瑛一との〝明日〟も、二度と来ないものになってしまった。

「明日ごめんなさいって言えばいいと思ってたの。明日が来るのが、当たり前だと思ってたの……」

 泣くまいと思ってたのに、後悔の念が胸にあふれて止まらなくなると、もうこらえることができなくなった。
 この半年で平気なふりができるようになっただけで、後悔がなくなったわけではない。むしろ、日常を取り戻していくごとに、「ここに瑛一がいれば」という思いは強くなっていった。

「セナ、そんなに謝らなくていい。『ごめんなさい』って言葉に、押しつぶされてしまう」

 手を合わせたまま泣きじゃくる星奈の身体を、エイジが背中から抱きしめた。

「『ごめんなさい』よりも、今のセナのことを聞かせて。セナの周りの人たちの話とか、セナがどんなふうに楽しく過ごしてるかとか。きっと、そっちのほうがいいと思う」

 エイジほ無機質な手が、優しく星奈の頭を撫でる。
 最初の頃はぎこちなかった手の動きも、今ではすっかり自然なものになっている。
 その優しい手つきは、星奈の幸福な記憶を呼び起こさせる。あるいは、本物を忘れてしまっただけかもしれないけれど。

「……そうだね。せっかく来たのに泣いてばっかりだと、瑛一も困っちゃうもんね。それに今日は、ちゃんといろいろ報告しようと思ってきたわけだし」

 エイジに撫でられて少し落ち着きを取り戻し、星奈は涙を拭った。そして、キュッと口角を上げてみる。無理にでも笑ってみるとちょっぴり気持ちが明るくなるというのは、この半年で知ったことだ。
 それから星奈は、半年の間に自分の周りで起きたことを話し始めた。
 幸香が大学入学当初からの片思いを実らせて、前川と付き合い始めたこと。
 バイト先の後輩である金子と夏目という子たちが、すれ違いを乗り越えて恋人同士になったこと。
 バイト先のみんなで、花見や釣りや夏祭りに行ったことも話した。星を見たくてキャンプ場に行ったのに、雨に降られてしまったことも。

「プラネタリウムね、子供のとき以来だったんだけど、すごくよかったよ。むしろあの頃より解説の意味とかわかって、楽しかった。そうやって、大人になるにつれて楽しいこととか面白いことって増えていくんだと思う。……一緒に、もっといろんなことしたかったね」

 唇を噛みしめて、星奈は何とか泣くのを堪えた。
 今でも思ってしまうことだ。これからも、ずっと考えてしまうだろう。瑛一が、もし生きていてくれたなら――と。
 でも、星奈が伝えたいのは、その先の思いだ。
 だから、再び泣いてしまうのを我慢して、瑛一の眠る墓に向き直った。

「瑛一、大好きだったよ。これからも、ずっと好き。だから、私はこれから先も頑張って生きていくね。生きて、瑛一が見たことないものを見たり、行ったことないところへ行ったり、やったことないことをやったりするの。そうやって、たくさんたくさん楽しく生きる。……あなたがいたら、そうしただろうから。瑛一と一緒にいて楽しかったときと同じように、生きていくね!」

 半分以上、虚勢だった。でも、半分は本当だった。
 瑛一を失ってから半年、ずっとつらかった。後悔と喪失感に苛まれ続けることはなくなったけれど、唐突に強烈な悲しみが襲ってくることがある。頻度が低くなったとしても、この悲しみに襲われることはずっと続いていくのだと星奈は覚悟している。
 それでも、星奈は世界が色を失ったわけではないと知ったのだ。自分の命と人生が続いていくということも。

「セナ、よく言えたね。……これが聞けて、本当によかった」

 言いたいことを言い終えて震える星奈を、エイジは後ろから抱きしめた。これまでにないその腕の強さに、星奈は身をよじって振り返る。

「エイ……イチ?」

 名前を呼べば、星奈を抱きしめるその人は困った顔で笑った。帰って欲しくなくて服を摑む星奈を優しくなだめるときの顔で。
 今まで何度もそんな気がしていたのを、気のせいだ、思い込みだとなだめてきたけれど、もうごまかしようがなかった。

「……ずっと、そばにいてくれたの?」

 星奈が問うと、エイジは頷いた。

「何で言ってくれなかったの?」
「約束だったから。真野さんと長谷川さんとの。この体に留まるためには、瑛一であることは忘れなくちゃいけないし、名乗ってもいけない。そうじゃなきゃ、星奈のそばにいられないからって」

 エイジの、瑛一の言葉に星奈はハッとした。これではまるで、最後のネタバラシのようだ。

「……やだ、瑛一。今の、聞かなかったふりするから。忘れるから。まだそばにいてよ。モニター期間、もう少しあるのに」

 子供が駄々をこねるように、首を激しく振って星奈は言う。
 まだ一緒にいたい。まだ心の準備ができていない。
 そう思うのに、瑛一は困った顔をするだけだ。

「だめだよ。前川さんには、もうバレてる。あの人、すごく勘がいいからさ」
「じゃあ、店長に会わなければいい。モニター期間が終わるまで、私の部屋にいたらいいよ。夏休みだから、ずっと一緒にいられるよ。外に出なきゃいいんだよ。……ねえ、帰っちゃやだ」

 服にしがみつき、必死になって言うのに、瑛一は頷いてくれなかった。ただただ、星奈の髪を優しく撫でる。

「セナのそばにいるには、俺の思いは強すぎるんだって。死んだ者の強すぎる思いは、生きてる者に悪影響を及ぼすんだって。だから、俺はその強すぎる思いを薄めて薄めて、やっとこの体に留められるようにしてもらったんだ。でも、一緒にいるとやっぱり思いは強くなる。薄まった俺である〝エイジ〟でいられなくなったら、セナのそばにはいられないんだ」
「それが許される期間が、三ヶ月から半年だったの?」
「そういうこと」

 柔らかく微笑むと、突然瑛一の体は淡い光に包まれた。
 そこから小さな光の球が立ち上っていき、瞬きながら消えていく。まるで、蛍の光のように。
 終わりのときが来たのだとわかって、星奈は瑛一にしがみつきた。

「この半年間、一緒にいられてよかったよ。セナのこといっぱい泣かせたし、いい彼氏じゃなかったなって後悔してたから。彼氏としてじゃなくても、そばにいられて本当に幸せだった」
「そんなことない! 瑛一は、いい彼氏だったもん」
「セナは、彼女じゃなくても良い子だったな。〝エイジ〟にすごくよくしてくれた。こんな良い子は、これからもっと幸せに生きるべきだ」

 光になっていく瑛一は、そう言って満足そうに微笑む。

「喧嘩したまま別れずに済んでよかった。セナ、ごめんな。それから、ありがとう」
「待って、瑛一……!」
「笑って、星奈。幸せに生きて。大好きだよ」
「私も、瑛一が大好きだよ! ありがとう」
「うん、またね……」

 たくさんの光が空へと上っていき、最後の光が瞬くと、エイジの体は力を失った。星奈は、もたれかかってくるその体を、しっかり抱き留める。
 腕の中にいるのは、からっぽになった人形だ。何の気配もなくなっている。
 そうして気配がなくなっているのを感じて初めて、これまでずっと瑛一がエイジとしてそばにいてくれたことを実感して、星奈は泣いた。

「バイバイ。エイジ、瑛一」
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