35 / 37
最終話
2
しおりを挟む
「お寺、駅から近くてよかったね」
「そうだな」
墓地のある寺院に到着すると、星奈は手桶と柄杓を借りて五島家の墓を簡単に清めていく。
墓に来たら何をすればいいのかは、両親に連れられて実家の墓参りをしていたからある程度知っていた。でも、それを自分と歳の変わらない、恋人の眠る墓に対してしなければならないなんて思ってもみなかったことだ。
「あの、お掃除が終わったから、今からお線香を供えて瑛一にいろいろ報告をするんだけど……エイジはどこかに座って休んでおく?」
慣れない手つきで柄杓で水をかけたり簡単にゴミを拾ったりしているうちに、ずいぶんと暑くなっていたことに気がついた。
人間の星奈でも八月の日射しはあまりに暑すぎる。ロボットのエイジにはなおのこと酷だろうし、何より釣りに行ったときのような不具合が起きないとも限らない。
そう思って尋ねたのだけれど、エイジは笑顔で首を振った。
「大丈夫、そばにいるよ。俺にも、聞かせて」
「……わかった」
エイジの笑顔は、星奈のよく見知ったものに変わっていた。そう感じるだけなのか、本当にそうなのか――わからないからあまり考えないようにと努めて、星奈は線香を供えて手を合わせた。
「まず最初に、来るのが遅くなってごめんなさい。本当は早くに来るべきだったんだけど、ここに来る勇気が持てるまで、半年もかかっちゃった。……瑛一が死んでしまったって認められなくて、お墓に来たらそれを認めるしかなくなると思って。同じ理由で、あなたが事故に遭った場所にも一度しか行けてないの。きれいなお花が供えてあるのを見るのがつらくて、それを見てあなたが死んでしまったのを確かめるのが嫌で……ごめんなさい」
星奈の瑛一への報告は、まず謝罪から始まった。
瑛一に対して抱いているのは、たくさんの「ごめんなさい」だ。何度その言葉を口にしても足りないほど、彼に対して申し訳ないと思っている。
「半年経った今でも、あの日のことを何度も何度も思い出して、考えてしまうの。あの日、くだらないことで喧嘩なんかしなければって。怒って私の家を出て行く瑛一を引き止めて、せめて雨が止むまでは、明るくなるまでは、ここにいてって言えばよかったって。そう考えて、時間が戻せるならって思って、どうか悪い夢なら早く覚めてって思いながら過ごしてたんだ」
葬儀を終えてからの日々は、ずっと後悔に苛まれていた。
詳しい理由を覚えていないほどの些細な喧嘩が原因で、あの日二人は互いに傷つけて傷ついた。瑛一は口下手で、気が強いのも弁が立つこの星奈のほうだったから、怒りに任せてずいぶん酷いことを言ってしまったように思う。
「うんと大好きだったのに、最後に瑛一にかけた言葉がそれとは真逆だったのが、今でも自分で許せないの。……本当に、ごめんなさい」
いつもは、「大好き。おやすみなさい」と言って別れていたのに。離れたくなくて、もっと一緒にいたくて、すがるように見つめる星奈の頭を、瑛一が困った顔で撫でるのまでがセットだ。
時折、瑛一がほだされて泊まっていくこともある。でも大抵は「また明日、大学で」と言って帰っていくのだ。
あの日は、その「また明日」を聞くことすら叶わなかった。瑛一との〝明日〟も、二度と来ないものになってしまった。
「明日ごめんなさいって言えばいいと思ってたの。明日が来るのが、当たり前だと思ってたの……」
泣くまいと思ってたのに、後悔の念が胸にあふれて止まらなくなると、もう堪えることができなくなった。
この半年で平気なふりができるようになっただけで、後悔がなくなったわけではない。むしろ、日常を取り戻していくごとに、「ここに瑛一がいれば」という思いは強くなっていった。
「セナ、そんなに謝らなくていい。『ごめんなさい』って言葉に、押しつぶされてしまう」
手を合わせたまま泣きじゃくる星奈の身体を、エイジが背中から抱きしめた。
「『ごめんなさい』よりも、今のセナのことを聞かせて。セナの周りの人たちの話とか、セナがどんなふうに楽しく過ごしてるかとか。きっと、そっちのほうがいいと思う」
エイジほ無機質な手が、優しく星奈の頭を撫でる。
最初の頃はぎこちなかった手の動きも、今ではすっかり自然なものになっている。
その優しい手つきは、星奈の幸福な記憶を呼び起こさせる。あるいは、本物を忘れてしまっただけかもしれないけれど。
「……そうだね。せっかく来たのに泣いてばっかりだと、瑛一も困っちゃうもんね。それに今日は、ちゃんといろいろ報告しようと思ってきたわけだし」
エイジに撫でられて少し落ち着きを取り戻し、星奈は涙を拭った。そして、キュッと口角を上げてみる。無理にでも笑ってみるとちょっぴり気持ちが明るくなるというのは、この半年で知ったことだ。
それから星奈は、半年の間に自分の周りで起きたことを話し始めた。
幸香が大学入学当初からの片思いを実らせて、前川と付き合い始めたこと。
バイト先の後輩である金子と夏目という子たちが、すれ違いを乗り越えて恋人同士になったこと。
バイト先のみんなで、花見や釣りや夏祭りに行ったことも話した。星を見たくてキャンプ場に行ったのに、雨に降られてしまったことも。
「プラネタリウムね、子供のとき以来だったんだけど、すごくよかったよ。むしろあの頃より解説の意味とかわかって、楽しかった。そうやって、大人になるにつれて楽しいこととか面白いことって増えていくんだと思う。……一緒に、もっといろんなことしたかったね」
唇を噛みしめて、星奈は何とか泣くのを堪えた。
今でも思ってしまうことだ。これからも、ずっと考えてしまうだろう。瑛一が、もし生きていてくれたなら――と。
でも、星奈が伝えたいのは、その先の思いだ。
だから、再び泣いてしまうのを我慢して、瑛一の眠る墓に向き直った。
「瑛一、大好きだったよ。これからも、ずっと好き。だから、私はこれから先も頑張って生きていくね。生きて、瑛一が見たことないものを見たり、行ったことないところへ行ったり、やったことないことをやったりするの。そうやって、たくさんたくさん楽しく生きる。……あなたがいたら、そうしただろうから。瑛一と一緒にいて楽しかったときと同じように、生きていくね!」
半分以上、虚勢だった。でも、半分は本当だった。
瑛一を失ってから半年、ずっとつらかった。後悔と喪失感に苛まれ続けることはなくなったけれど、唐突に強烈な悲しみが襲ってくることがある。頻度が低くなったとしても、この悲しみに襲われることはずっと続いていくのだと星奈は覚悟している。
それでも、星奈は世界が色を失ったわけではないと知ったのだ。自分の命と人生が続いていくということも。
「セナ、よく言えたね。……これが聞けて、本当によかった」
言いたいことを言い終えて震える星奈を、エイジは後ろから抱きしめた。これまでにないその腕の強さに、星奈は身をよじって振り返る。
「エイ……イチ?」
名前を呼べば、星奈を抱きしめるその人は困った顔で笑った。帰って欲しくなくて服を摑む星奈を優しくなだめるときの顔で。
今まで何度もそんな気がしていたのを、気のせいだ、思い込みだとなだめてきたけれど、もうごまかしようがなかった。
「……ずっと、そばにいてくれたの?」
星奈が問うと、エイジは頷いた。
「何で言ってくれなかったの?」
「約束だったから。真野さんと長谷川さんとの。この体に留まるためには、瑛一であることは忘れなくちゃいけないし、名乗ってもいけない。そうじゃなきゃ、星奈のそばにいられないからって」
エイジの、瑛一の言葉に星奈はハッとした。これではまるで、最後のネタバラシのようだ。
「……やだ、瑛一。今の、聞かなかったふりするから。忘れるから。まだそばにいてよ。モニター期間、もう少しあるのに」
子供が駄々をこねるように、首を激しく振って星奈は言う。
まだ一緒にいたい。まだ心の準備ができていない。
そう思うのに、瑛一は困った顔をするだけだ。
「だめだよ。前川さんには、もうバレてる。あの人、すごく勘がいいからさ」
「じゃあ、店長に会わなければいい。モニター期間が終わるまで、私の部屋にいたらいいよ。夏休みだから、ずっと一緒にいられるよ。外に出なきゃいいんだよ。……ねえ、帰っちゃやだ」
服にしがみつき、必死になって言うのに、瑛一は頷いてくれなかった。ただただ、星奈の髪を優しく撫でる。
「セナのそばにいるには、俺の思いは強すぎるんだって。死んだ者の強すぎる思いは、生きてる者に悪影響を及ぼすんだって。だから、俺はその強すぎる思いを薄めて薄めて、やっとこの体に留められるようにしてもらったんだ。でも、一緒にいるとやっぱり思いは強くなる。薄まった俺である〝エイジ〟でいられなくなったら、セナのそばにはいられないんだ」
「それが許される期間が、三ヶ月から半年だったの?」
「そういうこと」
柔らかく微笑むと、突然瑛一の体は淡い光に包まれた。
そこから小さな光の球が立ち上っていき、瞬きながら消えていく。まるで、蛍の光のように。
終わりのときが来たのだとわかって、星奈は瑛一にしがみつきた。
「この半年間、一緒にいられてよかったよ。セナのこといっぱい泣かせたし、いい彼氏じゃなかったなって後悔してたから。彼氏としてじゃなくても、そばにいられて本当に幸せだった」
「そんなことない! 瑛一は、いい彼氏だったもん」
「セナは、彼女じゃなくても良い子だったな。〝エイジ〟にすごくよくしてくれた。こんな良い子は、これからもっと幸せに生きるべきだ」
光になっていく瑛一は、そう言って満足そうに微笑む。
「喧嘩したまま別れずに済んでよかった。セナ、ごめんな。それから、ありがとう」
「待って、瑛一……!」
「笑って、星奈。幸せに生きて。大好きだよ」
「私も、瑛一が大好きだよ! ありがとう」
「うん、またね……」
たくさんの光が空へと上っていき、最後の光が瞬くと、エイジの体は力を失った。星奈は、もたれかかってくるその体を、しっかり抱き留める。
腕の中にいるのは、からっぽになった人形だ。何の気配もなくなっている。
そうして気配がなくなっているのを感じて初めて、これまでずっと瑛一がエイジとしてそばにいてくれたことを実感して、星奈は泣いた。
「バイバイ。エイジ、瑛一」
「そうだな」
墓地のある寺院に到着すると、星奈は手桶と柄杓を借りて五島家の墓を簡単に清めていく。
墓に来たら何をすればいいのかは、両親に連れられて実家の墓参りをしていたからある程度知っていた。でも、それを自分と歳の変わらない、恋人の眠る墓に対してしなければならないなんて思ってもみなかったことだ。
「あの、お掃除が終わったから、今からお線香を供えて瑛一にいろいろ報告をするんだけど……エイジはどこかに座って休んでおく?」
慣れない手つきで柄杓で水をかけたり簡単にゴミを拾ったりしているうちに、ずいぶんと暑くなっていたことに気がついた。
人間の星奈でも八月の日射しはあまりに暑すぎる。ロボットのエイジにはなおのこと酷だろうし、何より釣りに行ったときのような不具合が起きないとも限らない。
そう思って尋ねたのだけれど、エイジは笑顔で首を振った。
「大丈夫、そばにいるよ。俺にも、聞かせて」
「……わかった」
エイジの笑顔は、星奈のよく見知ったものに変わっていた。そう感じるだけなのか、本当にそうなのか――わからないからあまり考えないようにと努めて、星奈は線香を供えて手を合わせた。
「まず最初に、来るのが遅くなってごめんなさい。本当は早くに来るべきだったんだけど、ここに来る勇気が持てるまで、半年もかかっちゃった。……瑛一が死んでしまったって認められなくて、お墓に来たらそれを認めるしかなくなると思って。同じ理由で、あなたが事故に遭った場所にも一度しか行けてないの。きれいなお花が供えてあるのを見るのがつらくて、それを見てあなたが死んでしまったのを確かめるのが嫌で……ごめんなさい」
星奈の瑛一への報告は、まず謝罪から始まった。
瑛一に対して抱いているのは、たくさんの「ごめんなさい」だ。何度その言葉を口にしても足りないほど、彼に対して申し訳ないと思っている。
「半年経った今でも、あの日のことを何度も何度も思い出して、考えてしまうの。あの日、くだらないことで喧嘩なんかしなければって。怒って私の家を出て行く瑛一を引き止めて、せめて雨が止むまでは、明るくなるまでは、ここにいてって言えばよかったって。そう考えて、時間が戻せるならって思って、どうか悪い夢なら早く覚めてって思いながら過ごしてたんだ」
葬儀を終えてからの日々は、ずっと後悔に苛まれていた。
詳しい理由を覚えていないほどの些細な喧嘩が原因で、あの日二人は互いに傷つけて傷ついた。瑛一は口下手で、気が強いのも弁が立つこの星奈のほうだったから、怒りに任せてずいぶん酷いことを言ってしまったように思う。
「うんと大好きだったのに、最後に瑛一にかけた言葉がそれとは真逆だったのが、今でも自分で許せないの。……本当に、ごめんなさい」
いつもは、「大好き。おやすみなさい」と言って別れていたのに。離れたくなくて、もっと一緒にいたくて、すがるように見つめる星奈の頭を、瑛一が困った顔で撫でるのまでがセットだ。
時折、瑛一がほだされて泊まっていくこともある。でも大抵は「また明日、大学で」と言って帰っていくのだ。
あの日は、その「また明日」を聞くことすら叶わなかった。瑛一との〝明日〟も、二度と来ないものになってしまった。
「明日ごめんなさいって言えばいいと思ってたの。明日が来るのが、当たり前だと思ってたの……」
泣くまいと思ってたのに、後悔の念が胸にあふれて止まらなくなると、もう堪えることができなくなった。
この半年で平気なふりができるようになっただけで、後悔がなくなったわけではない。むしろ、日常を取り戻していくごとに、「ここに瑛一がいれば」という思いは強くなっていった。
「セナ、そんなに謝らなくていい。『ごめんなさい』って言葉に、押しつぶされてしまう」
手を合わせたまま泣きじゃくる星奈の身体を、エイジが背中から抱きしめた。
「『ごめんなさい』よりも、今のセナのことを聞かせて。セナの周りの人たちの話とか、セナがどんなふうに楽しく過ごしてるかとか。きっと、そっちのほうがいいと思う」
エイジほ無機質な手が、優しく星奈の頭を撫でる。
最初の頃はぎこちなかった手の動きも、今ではすっかり自然なものになっている。
その優しい手つきは、星奈の幸福な記憶を呼び起こさせる。あるいは、本物を忘れてしまっただけかもしれないけれど。
「……そうだね。せっかく来たのに泣いてばっかりだと、瑛一も困っちゃうもんね。それに今日は、ちゃんといろいろ報告しようと思ってきたわけだし」
エイジに撫でられて少し落ち着きを取り戻し、星奈は涙を拭った。そして、キュッと口角を上げてみる。無理にでも笑ってみるとちょっぴり気持ちが明るくなるというのは、この半年で知ったことだ。
それから星奈は、半年の間に自分の周りで起きたことを話し始めた。
幸香が大学入学当初からの片思いを実らせて、前川と付き合い始めたこと。
バイト先の後輩である金子と夏目という子たちが、すれ違いを乗り越えて恋人同士になったこと。
バイト先のみんなで、花見や釣りや夏祭りに行ったことも話した。星を見たくてキャンプ場に行ったのに、雨に降られてしまったことも。
「プラネタリウムね、子供のとき以来だったんだけど、すごくよかったよ。むしろあの頃より解説の意味とかわかって、楽しかった。そうやって、大人になるにつれて楽しいこととか面白いことって増えていくんだと思う。……一緒に、もっといろんなことしたかったね」
唇を噛みしめて、星奈は何とか泣くのを堪えた。
今でも思ってしまうことだ。これからも、ずっと考えてしまうだろう。瑛一が、もし生きていてくれたなら――と。
でも、星奈が伝えたいのは、その先の思いだ。
だから、再び泣いてしまうのを我慢して、瑛一の眠る墓に向き直った。
「瑛一、大好きだったよ。これからも、ずっと好き。だから、私はこれから先も頑張って生きていくね。生きて、瑛一が見たことないものを見たり、行ったことないところへ行ったり、やったことないことをやったりするの。そうやって、たくさんたくさん楽しく生きる。……あなたがいたら、そうしただろうから。瑛一と一緒にいて楽しかったときと同じように、生きていくね!」
半分以上、虚勢だった。でも、半分は本当だった。
瑛一を失ってから半年、ずっとつらかった。後悔と喪失感に苛まれ続けることはなくなったけれど、唐突に強烈な悲しみが襲ってくることがある。頻度が低くなったとしても、この悲しみに襲われることはずっと続いていくのだと星奈は覚悟している。
それでも、星奈は世界が色を失ったわけではないと知ったのだ。自分の命と人生が続いていくということも。
「セナ、よく言えたね。……これが聞けて、本当によかった」
言いたいことを言い終えて震える星奈を、エイジは後ろから抱きしめた。これまでにないその腕の強さに、星奈は身をよじって振り返る。
「エイ……イチ?」
名前を呼べば、星奈を抱きしめるその人は困った顔で笑った。帰って欲しくなくて服を摑む星奈を優しくなだめるときの顔で。
今まで何度もそんな気がしていたのを、気のせいだ、思い込みだとなだめてきたけれど、もうごまかしようがなかった。
「……ずっと、そばにいてくれたの?」
星奈が問うと、エイジは頷いた。
「何で言ってくれなかったの?」
「約束だったから。真野さんと長谷川さんとの。この体に留まるためには、瑛一であることは忘れなくちゃいけないし、名乗ってもいけない。そうじゃなきゃ、星奈のそばにいられないからって」
エイジの、瑛一の言葉に星奈はハッとした。これではまるで、最後のネタバラシのようだ。
「……やだ、瑛一。今の、聞かなかったふりするから。忘れるから。まだそばにいてよ。モニター期間、もう少しあるのに」
子供が駄々をこねるように、首を激しく振って星奈は言う。
まだ一緒にいたい。まだ心の準備ができていない。
そう思うのに、瑛一は困った顔をするだけだ。
「だめだよ。前川さんには、もうバレてる。あの人、すごく勘がいいからさ」
「じゃあ、店長に会わなければいい。モニター期間が終わるまで、私の部屋にいたらいいよ。夏休みだから、ずっと一緒にいられるよ。外に出なきゃいいんだよ。……ねえ、帰っちゃやだ」
服にしがみつき、必死になって言うのに、瑛一は頷いてくれなかった。ただただ、星奈の髪を優しく撫でる。
「セナのそばにいるには、俺の思いは強すぎるんだって。死んだ者の強すぎる思いは、生きてる者に悪影響を及ぼすんだって。だから、俺はその強すぎる思いを薄めて薄めて、やっとこの体に留められるようにしてもらったんだ。でも、一緒にいるとやっぱり思いは強くなる。薄まった俺である〝エイジ〟でいられなくなったら、セナのそばにはいられないんだ」
「それが許される期間が、三ヶ月から半年だったの?」
「そういうこと」
柔らかく微笑むと、突然瑛一の体は淡い光に包まれた。
そこから小さな光の球が立ち上っていき、瞬きながら消えていく。まるで、蛍の光のように。
終わりのときが来たのだとわかって、星奈は瑛一にしがみつきた。
「この半年間、一緒にいられてよかったよ。セナのこといっぱい泣かせたし、いい彼氏じゃなかったなって後悔してたから。彼氏としてじゃなくても、そばにいられて本当に幸せだった」
「そんなことない! 瑛一は、いい彼氏だったもん」
「セナは、彼女じゃなくても良い子だったな。〝エイジ〟にすごくよくしてくれた。こんな良い子は、これからもっと幸せに生きるべきだ」
光になっていく瑛一は、そう言って満足そうに微笑む。
「喧嘩したまま別れずに済んでよかった。セナ、ごめんな。それから、ありがとう」
「待って、瑛一……!」
「笑って、星奈。幸せに生きて。大好きだよ」
「私も、瑛一が大好きだよ! ありがとう」
「うん、またね……」
たくさんの光が空へと上っていき、最後の光が瞬くと、エイジの体は力を失った。星奈は、もたれかかってくるその体を、しっかり抱き留める。
腕の中にいるのは、からっぽになった人形だ。何の気配もなくなっている。
そうして気配がなくなっているのを感じて初めて、これまでずっと瑛一がエイジとしてそばにいてくれたことを実感して、星奈は泣いた。
「バイバイ。エイジ、瑛一」
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する
ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。
夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。
社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。
ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。
「私たち、離婚しましょう」
アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。
どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。
彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。
アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。
こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇
☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
【3月中――完結!】
積み上がった伏線の回収目前!!
夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。
長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。
待っていたのは、凍てつく絶望。
けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。
「夫は愛人と生きればいい。
今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」
それでも私は誓う――
「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」
歪で、完全な幸福――それとも、破滅。
“石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる