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最終話
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海沿いの美しくのどかな景色の中を、電車は走っている。
その車窓から、星奈は景色を眺めていた。
窓を開けられる仕様にはなっていないけれど、もし開けられたなら潮騒と海風を感じられそうだなと思った。
濃密な海と緑の気配が、窓越しにも伝わってくる気がしたのだ。
「セナ、大丈夫? 疲れてない?」
窓の外をじっと見つめる星奈を、エイジが心配そうに見ていた。安心させようと、星奈は微笑む。
「大丈夫よ。海がきれいだなあって思って見てたの。瑛一は、こんな景色の中で育ったんだなって」
星奈たちが向かっているのは、瑛一の生まれ育った町だ。前回は前川の車で送ってもらったけれど、今日は新幹線と電車を乗り継いできている。
時間はかかるけれど、少しずつ瑛一の思い出のある場所に近づいているのだと思うと、感慨深いものがある。
というよりも、前回来たときは瑛一の葬儀のためだったため、景色を見るどころではなかったのだ。
どのくらい時間がかかったとか、どのようなところを走って辿り着いたのかとか、そんなことは頭の中からすっぽ抜けてしまっている。
覚えているのは、悲しくて苦しくて、ろくに送るという気持ちすら持てなかったということだけだ。
「お墓参り、ついてきてもらっちゃってごめんね」
星奈の代わりに花束を持ってくれているエイジを見ると、気にした様子はなく笑ってくれた。体温が高い星奈よりも花の保ちがいいだろうということで持ってくれているけれど、エイジが墓参り用の花束を持っているのは何だか変だなと思ってしまう。
「俺がついてきてやりたかったから、いいんだ」
「そうだったね。ありがとう」
今日の墓参りは、エイジが言い出したことだった。
〝やりたいことリスト〟を達成した今、エイジとの時間はすべて自由時間だ。
その中で、エイジが自らやりたいと言ったことのひとつが、瑛一の墓参りだったのだ。
まだ墓参りに行けていないことを星奈は気にしていたし、そのことをエイジは気にしてくれた。だから、自分がいる間にその気がかりなことを解消してくれようとしているらしい。
真野たちから、次にエイジに何かあったときが回収のときだと言われている。リストも達成できているし、モニターの目的も成されたと言えるから当然のことだろう。
それに、来たときと比べて随分と様子が違っている。星奈の目にそれは成長として映るのだけれど、二人の研究者には不具合かどうかギリギリという感じのようだ。
だからおそらく、これが最後の遠出となる。
「もっとこうして、遠出しておけばよかったね」
プラネタリウムには行ったけれど、結局本物の星空を見ることはなかった。行こうと思えばもう何回かくらい、キャンプに行けただろうに。キャンプでなくても、夜にレンタカーを借りて星を見に行くことくらいできたはずだ。
星だけではない。
釣りだって、ピクニックだって、できたはずなのに。
でも、あの雨の夜以降、星奈はエイジと普通の日々を送っていた。
何か特別なことをすると、エイジとの時間が少なくなってしまう気がしたのだ。何か不具合が起きて、エイジが回収されてしまうことを恐れたのだ。
「今してるから、いいじゃん。それに俺、家の中で星奈とぼんやり過ごすのも好きだからいいんだ」
「……そうだったね」
エイジの言う通り、星奈たちは特に何をすることもなく過ごした。
近所のスーパーに行ったり、映画を見たり、試験勉強をする星奈をエイジがジッと見守ったりと、何でもない日々を過ごした。
永遠などないと知っている星奈にとっては、そんな何気ない日々こそ尊くて愛おしい。
「もうすぐ着くからね」
到着を告げるアナウンスに星奈が立ち上がると、すかさずエイジも立ち上がり、網棚からカバンを取ってくれた。
カバンを持ってくれたエイジに代わって、星奈が花束を持つ。
白い地に濃い紫の縁取りのリンドウを中心に、仏花として供えられる花束にしてもらった。瑛一に花を贈ることなどなかったから不思議な感じがしたけれど、亡くなった彼にあげられるものなど他にないから、花を選ぶのにもずいぶん熱が入ってしまった。
「お花、派手じゃないかな」
「大丈夫。セナが一生懸命選んだんだから」
「そっか。地図の通りだと、十分くらい歩けば着くはずだからね」
「うん」
特に話すこともなく、そこから二人は黙って歩いた。
目指す場所は、瑛一が眠る五島家の墓地だ。
瑛一の実家に連絡すると、快く墓地の場所や行き方を教えてくれた。大学の友人を名乗る女性から連絡があればいろいろ思うところはあっただろうに、電話に出た瑛一の母はただ「瑛一のためにわざわざありがとう」と言っただけだった。
それを聞いて星奈も胸にこみ上げるものがあったものの、何とか泣かずに済んだ。
半年という月日が経ったというのもあるだろうけれど、エイジの存在がやはり大きい。
エイジがいたから立ち直れたし、何より楽しかった。楽しむことや喜ぶことを取り戻せたことで、星奈は瑛一の死を受け止めることができたのだ。
その車窓から、星奈は景色を眺めていた。
窓を開けられる仕様にはなっていないけれど、もし開けられたなら潮騒と海風を感じられそうだなと思った。
濃密な海と緑の気配が、窓越しにも伝わってくる気がしたのだ。
「セナ、大丈夫? 疲れてない?」
窓の外をじっと見つめる星奈を、エイジが心配そうに見ていた。安心させようと、星奈は微笑む。
「大丈夫よ。海がきれいだなあって思って見てたの。瑛一は、こんな景色の中で育ったんだなって」
星奈たちが向かっているのは、瑛一の生まれ育った町だ。前回は前川の車で送ってもらったけれど、今日は新幹線と電車を乗り継いできている。
時間はかかるけれど、少しずつ瑛一の思い出のある場所に近づいているのだと思うと、感慨深いものがある。
というよりも、前回来たときは瑛一の葬儀のためだったため、景色を見るどころではなかったのだ。
どのくらい時間がかかったとか、どのようなところを走って辿り着いたのかとか、そんなことは頭の中からすっぽ抜けてしまっている。
覚えているのは、悲しくて苦しくて、ろくに送るという気持ちすら持てなかったということだけだ。
「お墓参り、ついてきてもらっちゃってごめんね」
星奈の代わりに花束を持ってくれているエイジを見ると、気にした様子はなく笑ってくれた。体温が高い星奈よりも花の保ちがいいだろうということで持ってくれているけれど、エイジが墓参り用の花束を持っているのは何だか変だなと思ってしまう。
「俺がついてきてやりたかったから、いいんだ」
「そうだったね。ありがとう」
今日の墓参りは、エイジが言い出したことだった。
〝やりたいことリスト〟を達成した今、エイジとの時間はすべて自由時間だ。
その中で、エイジが自らやりたいと言ったことのひとつが、瑛一の墓参りだったのだ。
まだ墓参りに行けていないことを星奈は気にしていたし、そのことをエイジは気にしてくれた。だから、自分がいる間にその気がかりなことを解消してくれようとしているらしい。
真野たちから、次にエイジに何かあったときが回収のときだと言われている。リストも達成できているし、モニターの目的も成されたと言えるから当然のことだろう。
それに、来たときと比べて随分と様子が違っている。星奈の目にそれは成長として映るのだけれど、二人の研究者には不具合かどうかギリギリという感じのようだ。
だからおそらく、これが最後の遠出となる。
「もっとこうして、遠出しておけばよかったね」
プラネタリウムには行ったけれど、結局本物の星空を見ることはなかった。行こうと思えばもう何回かくらい、キャンプに行けただろうに。キャンプでなくても、夜にレンタカーを借りて星を見に行くことくらいできたはずだ。
星だけではない。
釣りだって、ピクニックだって、できたはずなのに。
でも、あの雨の夜以降、星奈はエイジと普通の日々を送っていた。
何か特別なことをすると、エイジとの時間が少なくなってしまう気がしたのだ。何か不具合が起きて、エイジが回収されてしまうことを恐れたのだ。
「今してるから、いいじゃん。それに俺、家の中で星奈とぼんやり過ごすのも好きだからいいんだ」
「……そうだったね」
エイジの言う通り、星奈たちは特に何をすることもなく過ごした。
近所のスーパーに行ったり、映画を見たり、試験勉強をする星奈をエイジがジッと見守ったりと、何でもない日々を過ごした。
永遠などないと知っている星奈にとっては、そんな何気ない日々こそ尊くて愛おしい。
「もうすぐ着くからね」
到着を告げるアナウンスに星奈が立ち上がると、すかさずエイジも立ち上がり、網棚からカバンを取ってくれた。
カバンを持ってくれたエイジに代わって、星奈が花束を持つ。
白い地に濃い紫の縁取りのリンドウを中心に、仏花として供えられる花束にしてもらった。瑛一に花を贈ることなどなかったから不思議な感じがしたけれど、亡くなった彼にあげられるものなど他にないから、花を選ぶのにもずいぶん熱が入ってしまった。
「お花、派手じゃないかな」
「大丈夫。セナが一生懸命選んだんだから」
「そっか。地図の通りだと、十分くらい歩けば着くはずだからね」
「うん」
特に話すこともなく、そこから二人は黙って歩いた。
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それを聞いて星奈も胸にこみ上げるものがあったものの、何とか泣かずに済んだ。
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